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閑話その壱「使徒のレン」

 何もない、ただただ白い空間。天も地もあやふやでただただ白色が広がるのみ。ここは並列世界に存在する世界と世界の狭間。各世界から生み出され続ける世界の記憶――――膨大な情報が流れ交う空間だ。

 突如、白い立方体のクッションがふわりと出現し、何もないところにまるで地面があるかのように静止する。この並列世界の管理者、ユウは当然のようにそれに腰掛け、〝天ヶ郷〟のデータを閲覧し始めた。

 ここはユウの居住エリア。並列世界からあふれ出る膨大な情報の流れの中に、ユウが作ったユウのためのひどく小さなサイズの疑似世界だ。ここでユウは並列世界の情報を管理し、時には転生者などを呼び込んで話をする。

世界の記憶(レコード)の出力タイムラグはまだまだ、か」

 分かっていたが残念だ、と言わんばかりの口調でぼやく。内部構造が歪んだ影響で管理者権限をもってしても、リアルタイムの〝天ヶ郷〟を外部から観測できないのが現状だ。全く管理者の名が聞いて呆れる。

「ん〜まぁでもだいぶマシにはなってきてるかな」

 手元に表示したデータの記録タイムは〝天ヶ郷〟の現在時間の二週間前。以前の最速で取れたのが一ヶ月前のものだったのに比べればだいぶ早くなったものだ。

「彼には感謝しないとねぇ」

 天ヶ郷に送り込んだ響真のことを思い浮かべ笑みを浮かべる。だが、すぐにその笑みを掻き消した。

「伝えておくべきだったろうか……」

 手元に別のデータが表示される。それは以前に響真に見せた彼の存在情報だった。

「至零計画、か」

 表示される情報の一部に目を向ける。


 ――静季響真。至零計画被験者、識別コードF-16。


「ユウ」

 突如、後ろから声をかけられてユウの意識は響真の存在情報から引き戻された。慌てて振り向くと、そこには見知った男が一人立っていた。

「なんだレンくんじゃないか。どうしたんだい? こっちにくるなんて珍しい」

 レンと呼ばれた男は一見、黒髪黒目の極々平凡な見た目をした日本人に見えた――――黒色のプレートアーマーを装備して腰にロングソードを吊っていなければ。

「しかしいつ見てもその顔立ちとその装備の組み合わせは、なんというか独特の雰囲気だねぇ」

 似合ってないわけではないが、似合ってるとも言い難い。表現に困る出で立ちだ。

「ほっとけ。ちょっと行ってた世界でトラブってな。出直す準備に外側こっちに戻ってきたからついでに顔を出しただけだ」

 その言葉にユウは眉をひそめる。?天ヶ郷?の事もあって、トラブルが起きたとあっては気にもなる。

「……手助け入りそう?」

「わざわざ管理者アンタに介入を頼むほどじゃない。使徒オレのレベルで対処できる」

「そうかい? いやぁ優秀な使徒を持って僕も鼻が高いねぇ」

 使徒。それは管理者の下で並列世界対し様々な方法で介入アクセスし、世界の安定を図る存在だ。レンもその一人であるが、彼は生まれながらの使徒ではない。元々は人間であったが、ある時、彼の生まれ育った世界とは別の世界に召喚されて勇者をやることになった――――というテンプレ的な主人公をやってきた人物だ。その後、さらに複数の世界を渡ることとなり、その過程で彼は人間の枠を超えて使徒レベルの力を得るに至ってしまった。流石にそのままにするわけにもいかないので、世界の外側へと呼び出し、管理者であるユウの使徒として活動してもらっている。

「ところで、何を見てたんだ?」

 気になったのか、ユウの手元の存在情報を覗き込むレン。

「いやね、〝天ヶ郷〟に送り込んだ子のことでちょっとね。前に情報送ったでしょ? 内部構造が歪んだって」

「ああ。それで使徒を送らずに転生者を送ったのか?」

 レンが不思議そうに問う。確かにわざわざ転生者を準備しなくても使徒を一人送り込む方が早い。だが……。

「あの状態だと使徒を送ると歪みが酷くなりそうだったからねぇ。存在波長の合う転生者を送った方が安全だったんだよ」

「そうか。下手に使徒の存在情報が入りこむとどうなるか分からないものな」

「そういうこと。僕レベルじゃないとはいえ、使徒も無視できないほどの力の塊だから、ね」

 これが使徒という存在がいても転生者や召喚者に頼ってしまう理由だ。大抵が絶妙なバランスで成り立っている並列世界への介入は、一歩間違うとその世界に悪影響をもたらしてしまう。使徒が介入する際は、その世界に適した専用ボディ――疑似身体アバターと呼ばれるものを作って精神データを転写して送り込んだりする。その間、使徒の本体はその世界のすぐ外側にバックアップとして留まるため、使徒は基本的に一つの世界に対してしか介入できない。なにより、介入先の世界に適した疑似身体アバターの構築には最短でも半年はかかる。

 以上のように、様々な制限があるからこそ今も転生や召喚のシステムが残っているのである。

「しかし〝天ヶ郷〟っていえば結構キツイとこだろ? お前のプレゼントがあっても……」

 妖怪の存在に加え、天ヶ郷は各地で戦乱が絶えない。下手をすれば巻き込まれてさっくりと命を落とすこととなる。こちらの都合で送り込むのだから、安全の確保には尽力したいのがレンの心情だ。

「心配ないよ。ほらこれを見てみなよ。彼なら十分にやっていけるさ」

 そう言って、ユウは響真の存在情報のある部分を示す。

「何々……至零計画? なんだこ……れ……」

 徐々にレンの声が小さくなっていく。しばらく無言で情報を閲覧した後、突如として大声を上げた。

「ふざけるなっ! こんな……こんな馬鹿げた計画のためにっ、多くの人を使い潰したってのかっ?!」

「まぁその反応は至極当然だよね。……土台無理だものね。人が人のまま使徒に至る、なんてさ」


 至零計画。

 先ほどから彼らが口にするその計画は簡単に言えば戦闘訓練を施した暗殺者の育成計画だ。そこだけを抜き出すなら別に珍しくはない。並列世界でならかなりの世界でその手の計画が行われている。だがこの計画はその目標が決定的に違っていた。

ゼロ。僕が生み出した使徒の中でも最強と言って差し支えのない〝彼女〟を人の手で作ろうとしたのさ。この(、、)〝地球〟の人々は」

 

 それは事故のようなもので、本当にただの偶然だった。

 〝たまたま〟寿命を迎え崩壊した世界から流れ出た「パラスト」という名の精神に寄生する精神生命体が、〝たまたま〟響真の出身世界であるNo.614-106213〝地球〟へと流れ込んだ。そしてその世界の人間に「パラスト」が寄生、無いと定義されたはずの魔法を使える存在として定着したのだ。加えて精神だけの存在であるこの「パラスト」は存在波長による世界の修正を、寄生し同化するという特性を持って克服してしまった。さらに運の悪いことに世界を渡る過程で「パラスト」自体の自我が一部壊れており、破壊衝動が特化されてしまっていた。これらの重なりでNo.614-106213〝地球〟は凶悪かつ自力修正不可能な存在を抱えることとなった。

 その異変を察知し、ユウが送り込んだ使徒が零である。彼女はユウが最初期に作った使徒であり、戦闘関係においてはユウの下に所属する使徒では最強である。そんな彼女なら力をセーブすることとなる疑似身体アバターでも常人を遥かに凌ぐ能力を発揮できる。使徒としての目立つ力を使わずとも純粋に身体能力による戦闘で「パラスト」を処理できるはずだ。

 そしてその期待通りに彼女は「パラスト」の寄生した人間を始末していった。仕方がないが、同化された時点で人としては肉体的にも精神的にも死んでいる彼らを救う手だてはなかった。ユウにできたせめてものことは彼らの来世に干渉し、希望を聞いて叶えれる範囲で叶えてあげることくらいだった。こちらの手落ちであっても管理者にできることには限りがある。自身の不甲斐無さにユウは悔しさを噛み締めたのを今でも忘れない。そんな中、零は確実に「パラスト」を殺し、大きな被害が出る前に全滅させることに成功した。

 だが、そこで終わりとはならなかった。偶然にも零の戦いを見てしまった者がいたのだ。その男は名を井原亮之介いはらりょうのすけといい、裏社会で非合法な人体実験を行う組織の幹部だった。零は〝たまたま〟同じ組織の幹部に寄生した「パラスト」を殺すために組織の施設に乗り込んでいた。その時に偶然、その場に居合わせてしまった井原は零の戦いに魅了され、心を奪われた。元々人体に興味を持ち、好奇心から外道に落ちて組織に入った井原だったが、零はそんな彼の心に鮮烈に刻み込まれた。彼は使徒も「パラスト」も知らない。彼にとっては寄生されている幹部はただの自分の上司で、使徒の零は何者かに雇われた暗殺者にしか見えなかった。だが、その技術は彼の知っている領域の遥か高みにあった。

 隙のない体捌き、無駄のない攻撃の流れ、一切の感情を読み取らせない完全な無表情ポーカーフェイス。ただ殺す――それだけの、完成された、まるで「殺す」という行為が人の形を成しているの如き存在。これぞ暗殺者というべき人形ひとかた。彼の瞳に映った彼女はそんな存在だった。

 思わず彼は彼女に尋ねた、「君は何者なんだ」と。それに対し彼女はただ一言、「零」と名乗りその場を去った。

 余計な被害を出さないために彼女が「パラスト」を倒すことだけに集中しなければ、監視カメラを破壊するようにしていれば、あるいは井原の記憶を操作していれば。何かが違っていれば結果は変わっていただろう。

 だがそんなことはなく、ユウの「身体能力だけでパラストを処理すれば目撃されても只人にしか見えないだろう」という思惑は最悪の結果をもたらす。

 残された井原は「人間はあのような素晴らしき高みに至れるのだ」と勘違い(、、、)してしまったのだ。

 直属の上司が殺され、元から幹部候補であった井原は代わりにその幹部の座に就くこととなった。その後、彼はゆっくりと、だが確実に根回しを行っていった。記録映像から零の暗殺技術の素晴らしさを示し、他の幹部を説得、時には無理やりにでも従わせて彼は組織全体を上げて一つの計画を立ち上げた。

 それが至零計画。零のような最高の暗殺者を人の手で生み出す計画だ。


彼女ゼロという完成品を彼は見てしまっていた。だからできると思ったんだ。「パラスト」を全滅させた後、彼女や僕が気づいたころにはもう手遅れ。彼らの計画はもう防止不可能なところまできてしまっていた」

 ユウがモニターを一つ空中に構成する。映し出されていくのは至零計画についての世界の記憶(レコード)

「彼らは大きく分けて二つの道筋を立てた。一つは薬物や外科手術などの強引な手段で思考や人格を矯正し、肉体を改造する方法」

 モニターには、薬に対する拒絶反応で血みどろになりながら息絶えていく男や無理な手術に耐え切れず肉体が崩壊した女が映る。

「これは失敗した。当然だけど、技術レベルがまるで足りなかったんだ」

 映像が切り替わる。映し出されたのは簡素な検査服を身にまとった少年少女たち。

「もう一つは幼い子供――あるいは赤子のころからゆっくりと手術と薬物投与、訓練を繰り返して徐々に完成させる方法」

 モニターに映されるのは、まだ十にも満たぬ子供たちが銃やナイフを片手に訓練を繰り返す様だ。

「最終的には後者が採用された。「パラスト」を全滅させた頃には、すでに人員や物資は動いていた。僕らは計画が早々に潰れるように動こうとした。でも…………」

 零は妨害のため〝地球〟に残った。だが…………。

「〝地球〟は零を弾き出しはしなかったが、彼女の干渉は拒んだ。あの世界に至零計画は認識され、受け入れられた。その時点で使徒として干渉することは不可能。彼女も僕もただ見ていることしかできなかった」

 干渉しようとすると零の疑似身体アバターは不安定になった。世界による拒絶反応リジェクション。それが発生するのは、使徒の行動あるいは存在そのものがその世界に不適合と世界が認識した時だ。

「そして計画は継続され、その結果の一人が静季響真か」

 レンの言葉に反応するようにモニターが切り替わり、〝地球〟にいた頃の響真が映し出される。

「そう。計画から不適合だと弾かれた失敗作の部隊(フェイラー)。その一人が響真くんさ」

「失敗、ね。成功はいたのかよ?」

 レンが皮肉気に言う。彼からしてみれば端から不可能が前提なのだ。成功だの失敗だのというレベルですらない。

「今に至るまで一人も成功してはいない。響真くん以前も以後も、ね」

「だろうな」

 わかっていた答えだ。だが、それが余計にレンにとっては不快だった。


「というわけで、響真くんなら〝天ヶ郷〟でも大丈夫って思ってるわけさ」

「なるほどな。戦闘訓練を受けていて、実戦も知ってる。加えて妖術の才能もあるならある程度は大丈夫か」

 ようやく納得いった、とレンが安堵の息を漏らす。最初は不安だったが、これなら心配する必要は無さそうだ。と、そこでユウが気まずそうに視線を逸らして呟く。

「まぁ唯一の不安材料は、転生先が運任せでどこか不明なことかなぁ」

「おい?」

 その一言にレンの表情が豹変する。思わずユウの胸ぐらを掴みあげ、怖い顔で問い詰める。

「いや、ほら……あのね? 〝天ヶ郷〟は不安定だから送り込むのすら一苦労で座標固定なんてとてもじゃないけど無理でさ?」

 レンの視線から逃れようと首を180度回転させるユウ。だが、次の瞬間にはさらに180度、レンの手によって回転させられる。人だったら死んでいるところだ。

「ユウ」

「……はい」

「馬鹿じゃねぇの?! 何考えてるんだ! だいたい、いつもいつもお前は肝心なところに抜けがあるし、説明下手で――――」

 そのまましばらくレンの説教が続いた。傍から見ると、もはやどちらが上司かわからない光景だ。

「――――くそっ、仕方がねぇ! こうなったら干渉できそうなポイント探すぞ。最低でも位置と安否は特定する。その後で交流のとれるエリアを構築して……」

 ……そのままレンは止まらず、いつの間にか話題は移り、最終的には〝天ヶ郷〟の安定状況を見ながら干渉を行うこととなった。

 読んでくださりありがとうございます。


 ということで説明回でした。

 この辺の設定を考え過ぎて、どうしても書きたくなりました。後悔はしていない。

 でも一番、設定を詰めるのに時間がかかった気もします。使徒とか管理者とか。最初は「使徒作りだせるなら転生者に頼る理由ってあるのか?」ってなってそのことから使徒ではダメな理由とか色々考えることに。神様的な力もったユウを設定した時点でなんでこいつらが介入できないか、が避けて通れなくなったんですよね。

 ただまだまだ書けてない部分があるんでそのうち本編や今回みたいな閑話という形で挟んでいきたいです。響真の死んだ理由とか、天ヶ郷での体についてとか、なぜにユウが響真に零のことなどを黙っていたのか、その他いろいろ。1話に詰めるととんでもない長さになりそうですので。


 ちなみに今回登場したレン君。再登場は未定。並列世界の設定をベースに考えてた別のプロットから持ってきたキャラですが、あまり人物増やすのもなぁと今更ながら思いまして。説明回にするために出しましたが、今後どう扱うかを決めあぐねてます。どうでもいい補足をするとフルネームは綴木練慈朗つづるぎれんじろう。響真とはまた違う〝地球〟出身の日本人で、年齢は細かくは決めてませんが850歳前後。まだまだ若手の使徒です。


 あと今回、ユウがレンの出現に気付けてなかったりしてますが、ユウは通常時は並列世界の膨大な情報量を全てチェックしている状態なので、普段は人間より少し上程度のスペックしか出せません。ということで、なにかに集中していると後ろに誰かいても気付けなくなってしまうというわけです。……なんだか設定を見直すと、すごいんだかすごくないんだか分からないスペックですねぇ。

 ちなみに前にユウが話し相手が少ない的な話をしてましたが、ユウの使徒は先天的使徒は生真面目な仕事一筋、後天的使徒は何故か〝地球〟の日本人から使徒になった人物が多くおまけにワーカーホリックばっか、と全員揃って基本的には世界の外側にあるユウの居住エリアにやってきません。嫌われてはいません。彼らは目を離した隙に自分の担当の世界に異変が起きないか不安なだけなんです。

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