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第二話「白狐のゆき」

 二十分ほど道なりに歩き続けると、山の入口へとたどり着いた。

 ――さて。

 視線を道の先へと向ける。山自体はそれなりの大きさで、山頂まで登るなら5、6時間はかかるだろう。もっとも外から観察するに、道は山の中腹あたりで横方向へ続いているので、わざわざ登る必要はなさそうだが。

 ――山の中で一夜過ごすことになりそうだな。

 空を仰ぎ見る。歩きながら確認していたが、太陽の位置は先程から徐々に低くなっている。高さから判断するにだいたい14時過ぎくらいだろうか。山の規模から察するに確実に途中で日が沈む。

 ――まぁ、水と食料には困らなそうだ。

 近くから川のせせらぎが聞こえてくる。山なら動植物にも事欠くまい。サバイバルなら得意中の得意だ。同期の誰よりも野外戦の経験には自信がある。

 ――研究員どもに感謝するのは癪だが、役には立ってるな。

 教育と称し、自分や仲間にあれこれ叩き込んできた奴らを思い返す。当時は憎悪しか抱かなかったが、こうして別世界に転生してみると今更、拘るのも馬鹿馬鹿しく思えてくる。文字通り別世界の住人となったのだから、もう二度と関わることはない。

 ――問題は寝床か。

 流石に徹夜は避けたい。睡眠が不十分だと、心身ともに十全に機能しなくなってしまう。

 ――洞窟か何かあればいいんだがなぁ。

 いささか都合のいいことを考えながら、俺は山へと足を踏み入れた。


 黙々と歩き続けること一時間半。人にも獣にも出会うことなく登り道は終わり、少し開けた場所へと出た。道は山頂方向と横方向へと分かれている。

 歩きながら観察していたが、どうやらこの森は人の手が加えられていないらしい。木々は果実をこれでもかと枝に実らせているし、足もとの草花は思う存分にその勢力圏を広げている。歩いて来た道も所々侵蝕されていたことから、人通りは少ないと見るべきだろう。もしかしたら昔に作られた道で、今は使われていないのかもしれない。

「ん?」

 休憩がてら足を止めてつらつらと考えいたが、ふと近くから聞こえた物音に我に返る。

「っ! 誰だ!」

 気配を感じて山頂への道へ視線を向ける。話に聞く妖怪だろうかと、警戒しながら腰の刀へと手を伸ばす。

「おっと、こいつぁ失礼。驚かしちまったかい?」

 視線の先には派手な朱色の着物を身にまとった女が一人、山頂へ続く道と今いる広場との境目あたりに佇んでいた。年齢は二十代半ばほどで、腰ほどまでの長い髪を後ろで一つまとめにしており、その顔立ちは非常に整っている。町などに行けばさぞ人目を引くことだろう。その黒い瞳はまるで夜闇のように暗く、引き込まれそうだ。

「人、か?」

 警戒を解かずに観察を続ける。どうもこの女はおかしい。山だというのに、汚れの目立ちそうな派手な着物姿。だというのに地につきそうなほどに長い丈は全く汚れてはいない…………足下はこれでもかと草花が生い茂っているというのに。何より履いている足袋や草履も新品のように綺麗だ。というかそれ以前に――――。

「そう怖い顔しないでおくれな。わたしはここを少し登ったとこに住んでるものさね」

 そう言って女は山頂方向を指さす。その声音はどこか蟲惑的で、聞いていると思わず警戒を解きそうになる。刀に伸ばしていたはずの手がいつの間にか、力なく垂れ下がっていた。

「折角だ。ちょいと休んでいかないかい? 人と会うのは久しぶりなもんでね。よけりゃ旅の話でも聞かせておくれよ」

 そう言いながら女は近付いてくる。何故だか、不思議なことに女から視線が外せない。誘われるように近づいていき――――


 ――無言のまま、居合の要領で女の首を斬り飛ばした。


「きゃっ」

 短く悲鳴を上がったかと思うと、どろんとくぐもった爆発音と白煙を伴って女の首と胴体が消え去る。後には俺の胸元ほどしかない少女が目の前で尻もちをついていた。その姿は先程の女性とは似ても似つかない。十代半ばほどの少女で、肩ほどまで伸びた黒髪に真っ赤な瞳、身に付けている朱色の着物はさっきと同じデザインだがサイズが違う。

「妖術……いや、幻術とでも言うべきか」

 おそらく先程の女はこの少女が妖力で作った幻なのだろう。正直、作りは甘かったがあの声音や雰囲気はそれらを気にしなくなるほど精神に直接影響してきた。最初に気付いていなければ俺も騙されていただろう。

「うぅ……いきなり危ないじゃないかっ!」

 立ち直った少女が俺に向かって怒声を上げる。

 ――今にして思えば、確証もなしに幻と決めつけて首を斬り飛ばしたのだから、間違ってたら危ないどころではなかったな。

 どこかずれた感想を抱きつつ、少女に反論する。

「そもそも最初に仕掛けてきたのはお前の方だろう」

「うっ…………」

 話がすり替わっているが、それに気付かず少女は押し黙る。さて、どうしたものか。折角、対話可能な相手を見つけたのだから道やら何やら聞きたいものだ。

 ――というかそれより。

「おい、ガキ。お前一人でこんなとこに住んでるのか?」

 ふと気になって尋ねる。先程、ここに住んでるとか幻が喋っていたが、食料になりそうなものは周囲にあるとはいえ、こんな子供が一人で生活していけるのだろうか。それとも誰か他に人がいるのだろうか、などと考えていると少女が答える。

「一人じゃないやいっ。あとガキって言うな!」

 そう言って、再びどろんという音と共に少女の体が煙に包まれる。そして――。

「ぼくはゆき、白狐はくこのゆきだ!」

 煙が晴れると、先程の少女に白い狐耳と尻尾が生えていた。


「白狐、ねぇ」

 どうやらこれが件の妖怪というやつらしい。俺の中にあった妖怪というおどろおどろしいイメージが音を立てて崩れていく。

 ――もっとこう、古いデータとかで見た、筆と墨で描かれているような怪物然としたのを想像していたんだがな。

 コスプレと言っても通じそうなほどだ。まぁ、耳と尻尾はかなりリアルだが。

「ねぇねぇ、何で気付いたの?」

 その白狐ことゆきは先程から俺の袖を引っ張って執拗に尋ねてくる。正直なところ、最初の幻術などが無かったらこいつのことを妖怪とは信じなかっただろう。

「何でも何も見えてたからな」

「え?」

「あの女の幻、透けて足下に子供おまえの姿が見えてた。だから幻か何かだと思って斬り捨てた」

 二重写しのようなあの姿を見た途端、敵と認定したのは早計だったかもしれないが、結果的には正解だった。

「えぇ……見えるって何さ」

 俺の答えにゆきは愕然とした顔で呟く。そんな様子を気にもかけず俺はここぞとばかりに追撃を加えた。

「ま、別にそれが無くても怪しさ満点だったがな。こんな山にあんな着物姿でいる時点で普通じゃないし、足回りが綺麗過ぎる。こんな足場で新品同然の綺麗な草履とかまずあり得ないだろうが」

「うぅ……」

 ぐぅの音も出なくなったゆきは悔しそうに唇を噛みしめる。その姿に流石に言いすぎたかと思わなくもないが、こちらは騙されそうになったのだ。これくらいはまだ許される範囲だろう。

 ――しかし、このままじゃ少々大人げないか。

「……ただし」

「?」

「あの声音や雰囲気はよかったな。分かっていても警戒を解きかけた」

 そう褒めると目に見えてゆきの顔色が喜色を帯びる。

 ――ちょろ…………いや、わかりやすいな。

「ほんと? ほんと?」

 何度も袖を引っ張ってゆきが尋ねてくる。少々うっとおしい。

「引っ張るな。……本当だ。俺じゃなかったら引っかかったかもな」

「そっか〜」

 俺の答えに満足したのかゆきが嬉しそうにほほ笑む。……ころころと、よく表情の変わる奴だ。見ている分には面白い。

 ――ん?

 ゆきを観察しながら、俺はふと気になったことを尋ねてみる。

「そういえばさっきはどうする気だったんだ?」

「ふえ?」

 突然の質問に首を傾げるゆき。なんというか全身で感情を表現する奴だな。

「いや、俺を騙そうとしてただろ? 何が目的だったのか気になってな」

「あ〜。さっきのはね、妖力をもらおうかなぁって思ってたの」

「妖力を?」

 今度は俺が首を傾げる。

「うん。ぼくみたいな妖怪は普通の食事以外にも妖力を摂取しないといけないの。そんなに頻繁にはいらないけど、しないと消えちゃうんだよ」

「ほぅ」

 つまり妖怪にとって妖力は存在を維持する要因ということか。ユウに渡されたメモには妖怪については妖術を使うものもいることや、知性のあるものとないもの、何かから変じるものがいるなどさわり程度しか書いていなかったため、こういう情報は重要だ。

「おまけに感じた妖力がおいしそうだったから、つい食べたくなって化け術を使っちゃったの」

「妖力に質があるのか」

「あるよ! ……ほんとにおいしそう」

 呟いてゆきは俺をうっとりとした目で見つめてくる。純粋に食欲を向けられて、少々背筋が寒くなる。流石に食材として見られる経験など初めてだ。

 ――しかし、これは使えるかもしれない。

 ふと、アイデアを閃く。上手くいけば、妖怪に関する知識と寝床が手に入るかもしれない。

「おい、ゆき。一つ取引をしないか」

「なに?」

 返事はするものの、ゆきは今にもよだれをたらさんばかりだ…………大丈夫だろうか。少し不安になってきた。

「妖力を少しくらいはくれてやってもいい。代わりに寝床になりそうな場所を教えてくれないか。今日中には山を越えれそうになくて困ってるんだ」

 俺の言葉にゆきの目がギラリと煌めく。そして千切れんばかりに勢いよく首を上下に動かし首肯してきた。

「ほんと?! いいよ、ぼくの家においでよ。すぐそこだからさ!」

「あ、ああ」

 あまりの勢いに思わず一歩後ずさる。提案しておいてなんだが、早まったかもしれない。しかし、ゆきの家か。もしや一人暮らしだろうか。流石にこんな少女と一つ屋根の下にいるのはその気が無くとも良くないんじゃないだろうか…………そこまで考え、相手が妖怪であることを思い出す。妖怪相手なら間違いの起きようも無いか。出来ればいろいろと話を聞きたかったから彼女の家に行くのは、こちらとしては好都合だ。

 ――そういえば。

「……妖力ってどうやって摂取するんだ? 食べるとかじゃないんだよな?」

 今更ながら尋ねる。そういえば聞いていなかった。先程の物言いから察するに普通の食事とは違う摂取方法だと思うのだが。

「簡単だよ。手出して」

 言われるままに右手を差し出すと、ゆきがその手を握ってきた。その動作から察する。

「触れるだけでいいのか」

「相手が心を許してないと無理だよ。だから化かすのさ」

 そうこうしていると、結晶体を解き放った時のように身体から何かがゆきへと流れ出ていくのを感じる。

「ああ〜、これいい。今までのどの妖力よりもおいしいよ〜」

 弛緩しきった顔でゆきが力なく言う…………どうやら大層お気に召したらしい。

 そのまましばらく、ゆきが再起動するまで待つこととなった。


「ごちそうさまっ! すっごくおいしかったよ!」

 そう言ってゆきは満面の笑みを浮かべる。

「まぁ、喜んでくれて何よりだ。で、案内の方を頼んでいいか?」

「うん。まかせてよ! ……あ」

 俺の手を引いて歩き出そうとしたゆきが何か思い出したのか、声を上げてその足を止める。

「どうした?」

「名前! そういえば名前まだ聞いてなかった!」

「……そういや名乗ってなかったな。俺は響真、静季響真だ」

「響真……きょーくんね! よろしくきょーくん!」

「勝手にあだ名を……まぁいいか」

 もう面倒だ。呼び方くらい好きにさせてやろう。

「じゃ、案内よろしくな。ゆき」

「うん! まかせてよ、きょーくん」


 この出会いが、その後この天ヶ郷で長い付き合いとなる白狐のゆきとの出会いだとは、この時の俺は思いもしていなかった。

読んでくださりありがとうございます。

やっとメインヒロイン(予定)の登場です。ちなみにユウといいゆきといいぼくっ娘なのは完全に私の趣味です。

裏話ですけど一番最初に設定が出来たのはゆきでした。というかこのキャラを先に思いついてから話を考えてました。

白狐とか名乗ってますけど完全に伝承とは別モノです。もうほとんどオリジナル。

狐でそれっぽい名前の妖怪ないかなぁって調べてつけました。今後もこんな感じの妖怪が多々登場予定です。


2015/02/23追記

誤字脱字修正。一部の描写変更。

書き忘れてましたが、ゆきの髪の色が黒で狐耳と尻尾が白色なのは設定です。次回辺りに触れる予定。

2015/02/23更に追記

ゆきの身長描写を響真の腰ほどから胸元までに変更。設定を書き間違えて、別キャラと身長の数値が入れ替わってるのをそのまま見て書いちゃいました。

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