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第一話「転生者の響真」

 突然、視界が白から黒へと反転した。

 感覚が戻ってくる。

 先程までぼんやりとしていた五感が徐々に正常に戻ってきた。

 自分の鼓動がやけにはっきりと聞こえる。

 風の吹く音、頬をなでる温かな風と穏やかな日差しの温もりを感じる。

 背中に感じるこの感触は草と土だろうか?


「…………」

 目を開くと視界一面を鮮やかな青が支配した。ややあって雲一つない青空を見ているのだと気付く。

「……これが異世界転生か」

 身体を起こす。どうやら草原の只中に寝っ転がっていたらしい。

「夢じゃなかったらしいな」

 自分の状態を確認する。間違いなく、俺の身体だ。服装と装備こそユウに渡された物に変わっているが、それ以外は地球にいた頃の俺の身体だと分かる。鏡などがないため確認はできないが、見える限りでは髪の色や肌の色などは変わっていない。見まわすついでに気付いたが、あの背嚢もすぐ脇に転がっていた。

「そういえば……」

 ――この中どうなってるんだ?

 純粋な疑問が浮かぶ。ユウはキャリーバック二つ分も入るとか言っていたが、だとすれば入れたものはどのように収納されているのだろう。不自然に中が広かったりするのだろうか。

 そんなことを考えながら背嚢の中を覗く。しかし背嚢の口は真黒な闇が広がるのみで、中の様子は日の光を当てようが見えない。

「……どうなってるんだ?」

 もしや異世界転生の影響かなにかで故障しているのだろうか。というかそもそも正常なのか故障中なのか判断できない。

「…………ええいっ、ままよ!」

 思い切って右手を突っ込んでみる。流石にいきなり手が食いちぎられるなんてオチはないだろう。……後日、改めて思い返すとこの時の俺はやはりどこか浮かれていたのかもしれない。でなければここまで無謀な行動はしないだろう。

 それはさておき。

「……こいつはすごいな」

 手を入れた瞬間に脳内に直接、背嚢の中身の一覧がリストアップされた。おまけに使用方法のヘルプまでついている――――どうやら念んじながら取り出せばいいらしい。

「入ってるのは例の結晶とメモか」

 とりあえずメモを取り出す。わりと分厚い。もはやメモというかレポートだ。

「……………………」

 無言のまま一枚ずつ目をしっかり通していく。行動する前にしっかり情報を整理しておかねば。

 

 速読だったのもあり、一時間ほどで全部のメモに目を通すことが出来た。書かれているのはこの世界の地理やとくに大きな国の情報、生活水準や文明の発展度、あとは初心者向けの妖術の使い方など様々だ。かなり簡潔にまとめられていたが、それでも膨大な情報量である。

 ――とりあえず最初にするべきことは。

 メモを右手に持ったまま、意識を集中させる。妖術の基本は理解した。簡単に言えば妖術はイメージの具現化だ。大地――というよりは世界――より溢れ、人の体内を蓄積循環していく妖力という力にイメージを与えることで爆破や凍結といった現象を起こすらしい。

 瞳を閉じ、メモに書かれていたことを脳裏でなぞっていく。まずは妖力を認識しなくてはならない。深呼吸し、精神を落ち着かせ緩やかに研ぎ澄ませていく。このくらいの精神集中なら昔から訓練してきたから余裕だ。

「……………………!」

 そうしているうちに体内に違和感を覚える。血流とは明らかに違う、今まで感じたことのない感覚。心臓のあたりから流れ出て全身を循環している何か。

 ――これが妖力か。

 しばらく無言でその感覚の動きを追っていると、やがてその流れをコントロールする感覚がおぼろげだが掴めてきた。普通ならもっと時間がかかるとメモには書いてあったが、神様謹製の理論と方法をまとめた指南書を元にしているのだからスタートラインが違う。加えてユウの言葉通りなら元々俺には適性がある。これくらいなら不思議ではないだろう。

 そんな風に考えている内に妖力の操作はまだぎこちないものの、大まかには思い通りにできるようになってきた。

 ――さて、まずは試しも兼ねて……。

 目を開き、右手を炎が包む様子をイメージする。燃焼の原理を思い出していると、突如、右手が炎に包まれた。

「……便利すぎるだろ」

 もしやと思って試したのだが、どうやら妖術はイメージにかなり忠実に従うようだ。右手に握ったメモは全て燃えていくというのに、炎は決して右手首より先に広がらない上に、その炎は俺を傷つけない。熱すら感じないとは。

 ――おまけに妖術で発生した現象は妖術の法則に従うわけか。

 燃えているメモも俺の手を傷つけていない。自身の妖術ではダメージを受けないのはまだいいが、その妖術が起こした現象までその法則に従うとなると流石に恐ろしい。

 ――俺を対象外に指定した炎を使えばこの草原を全焼させようが俺は無傷なわけか。

 ユウとの会話では便利な能力程度にしか思っていなかったが、実際に使ってみるとこれは危険すぎる。

 ――俺が使うのはともかく、使われた時の対策は練る必要があるな。

 となれば詳しく妖術について調べたいが、そのためには町にでも行かないといけない。

「ユウももう少し詳しく書いていてくれればいいのに」

 無いものねだりと知りつつぼやく。まぁこれほどもらって更に望むのは欲が深すぎるか。

 そうこうしているうちに手の中のメモは全て灰も残さず燃え尽きた。これで証拠隠滅は完璧だ。

 ユウは特になにも言わなかったし、書いてもいなかったが、この情報は危険すぎる。特に地図が不味かった。まだまともな測量術すら確立されていないこの世界で、衛星写真レベルの精緻な地図などまず間違いなく軍事機密モノだ。そんなレベルの情報が詰め込まれたメモなど、誰かの目に触れる前に処分するのが正解だろう。内容は暗記したため、俺に不都合は無い。前世の仕事柄、暗記や速読は必須技能だったため訓練を受けたが、それがまさかこんな形で役に立つことになるとは思ってもみなかった。

 ――人生ってやつはホント、分からねぇもんだ。

 異世界転生に妖術と、今更ながらとんでもな出来事の連続に思わず苦笑する。まるで創作物の中のような、現実感に乏しい体験ばかりだ。おまけにいちいち驚かしてくれるものだから精神的に疲れる。

 ――でもまぁ、悪い気分じゃないな。

 やはりこの時の俺は少々浮かれていたのだろう。草原の只中で俺は、これから先のこともなにも考えずただ純粋に自分の現状を楽しみ、静かに笑っていた。


 十二分に幸せを噛みしめた所で、最重要の要件にとりかかるとする。

「これか」

 背嚢から結晶を取り出す。これがユウの言っていた〝歪みを直すシステム〟とやらなのだろう。深い蒼色で、結晶内で小さな文字が渦巻いている様子が見える。

 ――メモには妖力を込めれば起動するとか書いてあったな。

 右手に結晶を握りながら集中する。しばらくそうしていると、身体から何かが漏れ出ていくような感覚を憶える。その感覚は心臓辺りから始まり、右手の結晶へと流れていく。

 ピシッ、とひび割れるような小さな音が響いたかと思うと、右手の中から光が溢れてくる。握りしめていた指を開いてみると、手の平に小さな光球が出来上がっていた。

「…………」

 思わずその美しさに目を奪われていると、光球は手の平から天へと飛び立ち、そのまま空の彼方へ消え去った。

「今のでいいのか?」

 メモに従ったのだし、おそらくあれでいいのだろう。そう納得しておくことにする。


「さて、と」

 ――やることはやった。これからどうするか。

 とりあえずの目標は人のいる所へ行くこと、だろう。出来る限り大きな町がいい。妖術について調べたいため、図書館のような施設があればなお良い。

 軽く周囲を見渡してみる……緑、緑、緑。今、俺が立っている場所から左右と後ろの方向には森が広がっており、木々が密集して生い茂っている。前方だけは開けていて、遠く方を見やれば大きな山があり、そこへと細い道が続いているのが見える。

 ――道もあるし、山に行くのが無難そうだな。

 森に行くことも思案してみるが、道がないことに加え視界が悪い。そんな状態で妖怪とやらに襲撃されると流石に対処し切れる自信はない。それなら細かろうが、道がある方がマシだ。

 結論を出し、背嚢を背負う。空なので当然だが、重みを全く感じない。ついでに腰の得物も確認しておく。使いこなせるかは不明だが、丸腰よりはましだろう。

「行くか」

 ここにいても仕方がない。軽く息を吐いて歩き始める。明確な目的もなく、自由気ままに。

 

 こうして俺の第二の人生が始まった。

読んでくださりありがとうございます。

なんていうか第一話と言いつつ、半分まだ導入みたいでしたね。

次回から新しいキャラも出て少し話が進むはずです。

ちょっとした裏話なんですけど、第一話のプロット作成時、タイトルは「異世界人の百鬼夜行」だったんですよ。でも、プロットを最終話まで持っていったら思ってたより百鬼夜行じゃないなってことでボツりました。あらすじにその名残残ってますけどね。

あと第零話で書き忘れてたんですが、天ヶ郷は和風ていうかなんちゃって和風ですので、かなり適当です。とくに言葉とか言い回しとか。

あと妖怪の設定もかなり伝承から離れてるモノもあります。それどころかオリジナルのもあります。


2015/02/23追記

本文と後書きの誤字脱字修正。

一部描写変更。


2015/03/26

一部描写変更。

妖術使用時のところに妖力云々の描写追加。

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