第零話「はじまりの話」
どさっ、と大きな音を立てて俺はコンクリートの壁に寄り掛かるように倒れる。壁に当たった衝撃が傷口に響いたため、小さく呻き声が零れた。
――痛ぇ。
左脇腹に刺さっていたナイフを乱暴に引き抜き地面に投げ捨てる。
「よくもまぁ、こんなに出るもんだ」
足下を見れば真っ赤な血溜まり。視線を巡らせれば俺が歩いてきた道に沿って血の跡が続いているのが見える。これらは全て俺の血液だ。量から察するにもう間もなく出血多量で死ぬだろう。
――まぁ、それなりに生きた……か。
僅か17年の人生だったが、自分の知る連中に比べれば長生きした方だ。あいつらは俺より早くに死んでしまった。
――靖哉、良佳、藤一郎、司、怜志…………藍歌。
ふと、脳裏に仲間の姿が浮かび上がると共に、苦い感情が湧きあがる。自分同様、物心付いたときから暗殺者として訓練を受け、死地に送り出されていった者たち。俺にとって身内と呼べる存在は彼らくらいのものだ。それも今となっては自分一人……否。
「もうすぐ俺も、か」
何とも妙な気分だ。今まさに死にかけているというのに、恐怖や不安など一切なく、むしろ安心感がある。
――あいつらに…………会えるといい、な。
血液不足で朦朧とする意識の中で、都合の良いことを考える。そのまま、徐々に意識が薄れていき…………。
って、そもそもあの世とかあるのか?
なんとも締まらぬ疑問を抱えたまま、俺の生涯はその幕を下ろした――――。
――――はずだった。
「オメデトウ! 静季響真くん、君には〝もう一度人生を歩む権利〟が与えられましたっ!」
妙に芝居がかった軽薄な台詞と共に、じゃじゃーんと効果音が鳴り響く。朦朧としていたはずの俺の意識は一瞬にして覚醒した。
反射的に身構えようとしたが、視界に入ってきた光景に思わず動きを止める。
「……へ?」
「いやぁ奇跡的だねぇ。下手したらあと何百年も待たなきゃいけないのに。まさか半年で、とはねぇ」
白一色の世界で、小豆色のジャージを着た金髪美女がとても嬉しそうにはしゃいでいる…………何だこの状況。というか何処だ、ここ。
「あの……ちょっと聞きたいんだが」
「うん? ああ、そうだった説明しないとね! いやぁゴメンね、はしゃいじゃって。何せ、こんな幸運滅多にないものでねぇ」
こちらの言葉を遮ってしみじみと呟くと、女性は視線を宙に彷徨わせ出した。
「えっ、と、まず何から説明しようかね? 君、現状をどのくらい理解してる?」
「何も分からん。そもそも俺は死んだはず……で……」
そこでようやく気付く。自分は死んだはずだ。死ぬ直前まで感じていた痛みは夢幻ではない。紛うことなき現実のはずで、確実に致命傷だったし、あの出血量ではどうしようもないはずだ。
思わず傷を確認する……無い。あるはずの左脇腹の傷が綺麗さっぱり跡形も無く治っている。
「なんで、だ?」
「うんうん。その疑問はごもっとも。でも解答は単純明快! 君は確かに死んでいますっ!」
天使のような笑顔でどぎつい言葉を言い放たれた…………いや、ちょっと待て。
「死んでるって……生きてるだろ?」
「言葉が悪かったね。分かりやすく言うと、肉体的に死んでいるけど魂だけ生きてるって状態かな?」
つまり今の俺は魂だけってことか? ますます訳が分からない。
「魂だけって何で……」
「それは僕がサルベージしたからだね。ちょいっと事情があって、ある条件に適う魂をここに呼び出したんだよ。それが君だったのは本当に偶然なんだけどね」
「サルベージ? お前一体何だ?」
その問いに待ってました、といわんばかりに女性が瞳を輝かせる。
「やっと聞いてくれたね!? 何者だ、じゃなく何だって言い方が引っかかるけど――――まぁいいや――――僕は並列世界の管理者No.614、個体識別名ユウ。あなた達人間が言うカミサマってやつですっ!」
女性――ユウが胸を張って言い放つと同時に、じゃじゃーんと再び何処からか仰々しい効果音が鳴り響く。
「か、み……さまァ?」
正直に言おう、物凄く胡散臭い。上下小豆色のジャージでそんなこと言われてもただの痛い人である。
「むぅ、信じてないね?」
「当たり前だ。何処の世界に上下小豆色のジャージ着た神様がいるんだよ」
「ほれここに」
ユウが自身を指差すが、俺がなおも懐疑的な視線を向けていると首を傾げて呟きだした。
「おっかしいなぁ。君のいた日本で有名かつ親近感が湧く服装で調べたらこれが上位にあったんだけどなぁ。えっと……じゃあ威厳ありそうなやつに変えるね」
言うや否やユウの体が発光しだす。
「なっ……?」
思わず身構えるが、特に何も無くすぐに光は収まる。だが次の瞬間、眼に入ってきた光景に思わず呆けてしまった。
「どうどう? 神様的な威厳ある格好でこれが上位だったんだけど」
そこには光り輝く貫頭衣を身にまとい、白い翼を背中から生やしたユウの姿があった。
「神様っていうのは信じてもいい」
「ようやくですか。ていうか神様相手にすごいタメ口だね」
「生憎と神様に祈って助けて貰えたためしがないんでな。敬う気にならん」
「あ、そうですか」
がっくりとユウは肩を落とす。なんというか言動が物凄く人間じみてて、どうにも神様的な威厳とか神聖さが感じられない。
「で、目的は何だ? 権利がどうとか言ってたが」
「そうそう、それですよ! オメデトウ! 静季響真くん、君には〝もう一度人生を歩む権利〟が与えられましたっ!」
じゃじゃーん、と再び効果音が鳴り響く。
「それはもういい! ……もっと具体的に教えろ」
「もちろん教えますとも。その前にまずは経緯の説明なんだけど、君は2034年7月13日午前4時28分に死亡。その後、僕にサルベージされてここに来たってわけだね。ここまではいい?」
ユウの説明に頷く。流石にあの状態で助かりました、と言われるよりは信じられる。どっちも突飛さではさほど変わらんが。
「で、君を呼んだ理由だけどね。静季響真くん、君に異世界転生をして欲しいのさ」
「異世界……転生?」
なんだその理由は。すぐには理解できなくて思わず首をかしげてしまった。
「おや、その反応は珍しい。ここに来る日本人ってだいたいこういうだけで『テンプレキター』とか言ってはしゃぐんだけどなー」
俺が思った反応をしなかったからか、ユウがどことなく残念そうにぼやく。別に俺が悪い訳ではないが、思わず弁解してしまう。
「いや、その手の話は聞いたことあるけどあまり詳しくなくてな」
その手の話を司が教えてくれたことが過去にあったが、生憎とその手の趣味とは縁遠く、興味も薄かった。その所為で彼女が熱く語ってきても真面目に聞いていなかったし、覚えていない。
今更ながら真面目に聞いておくべきだったかと後悔しかけ、こんな展開を予想できる訳ないかと思い直す。
「あ、そっか。ていうか普通はこういう反応だよね。……えっと、簡潔に言うなら君が生きていた世界とは全く別の世界に行ってほしい、ってことなんだ」
「何故?」
「実は君に行って欲しい世界っていうのがさ、半年前に異常が発生して内部構造の一部が歪んじゃったんだよ。で、その歪みを直すためのシステムを導入したいんだけど、どうも内側からの干渉が原因らしくてね。直すには同じように内側からでないと駄目みたいなんだ」
「自分で行けばいいんじゃないのか?」
わざわざ俺が行かなくちゃいけないわけでもなかろうに。
「それが出来ないんだよね。これでも僕、神様みたいなものだから存在情報が世界の許容量を超えちゃうんだ。うっかり降臨しちゃった日には世界が滅びるよ?」
所々意味が分からなかったが、つまりは神様クラスの存在だからいるだけでとてつもない影響が出てしまうという事か。
「お前じゃ駄目なのは分かったが、何故俺なんだ?」
今の話ではユウが駄目な理由は分かるが、俺である必要性がない。
「それは並列世界の性質が原因でね……」
「並列世界ってなんだ?」
専門的な単語を使われても困る。
「あ〜えっと、平行世界って考え方は知ってるかな?」
「聞いたことはある。今いる世界とは微妙に違う世界だったか?」
「まぁ、考え方はそれでいいよ。そうだねぇ、例えば君が左右に分かれた道で右の道を行ったとしようか。これに対して君が左の道に行った世界というのが平行世界ってやつなのさ」
何となく理解した。要は〝あったかもしれない世界〟というやつだ。
「まぁ、今のは例えであって普通はそんな単純に平行世界は生まれないけどね。で、そもそも今のはある時点の二択に絞った話で、巨視的な観点で見るともっと選択肢の多い分岐点は存在するし、分岐を重ねていけば他の世界とは決定的に違う世界が生まれることもある」
「最初は似ていても分岐し続けた果ては全くの別物ってことか」
「そういうこと。でね、平行世界っていうのは終点こそバラバラだけど始点は同じなんだよ。これに対して始点すら違うのが人が言う所の異世界ってやつさ。並列世界っていうのはまぁそういう平行世界と異世界をまとめて呼ぶ時の名称なんだ」
簡単に言うと多種多様な世界をひっくるめて並列世界と呼んでいる、という事か。
「で、その並列世界ってやつは基本的にそれぞれ個々で完結しているんだ。特殊なタイプでない限り、世界同士の繋がりなんてないし、世界ごとに特殊な結界で包まれてるから世界を超えるなんて現象は滅多に起こらない」
「滅多に、ってことはあるにはあるのか」
「一応ね。ほとんど事故みたいなものだよ。君の場合は僕の管理者権限によるものだから違うけどね」
「ふぅん。まぁ並列世界がどういうものかはなんとなく分かった。が、それと俺でなくちゃいけない理由が繋がらないんだが?」
「世界ってやつは面倒でね。基本的に異物は排除しようとするんだ。生物でも何でも基本的にその世界に無いはずの存在は拒絶される。大抵はすぐに消滅しちゃうね」
「じゃあ、俺も消滅するんじゃないのか?」
跡形なく消滅するなんて死ぬより嫌だ……もう死んでるけど。
「いや、それが一概にそうとも言えない。世界がどうやって異物を判別しているか、という話だけど、これは存在情報ってやつが鍵になる」
ユウが指を鳴らすと突然、何もない空間に長方形の透明な板が現れる。更にそこに俺の顔写真に経歴、その他個人情報など様々な記述が表示されていく。
「これが存在情報ってやつなのか?」
「そう。存在情報は万物が持つ記録なんだ。この中にはその存在がどうやって誕生し現在に至るかの経歴はもちろん、どういった特質を持つか、とか色々記されてるんだ。で、その中に存在波長って項目がある」
「ああ、字面でなんとなく分かった。その存在波長とやらが合う合わないで世界に異物かどうかを判断されるんだな?」
俺の問いにユウが首肯で答える。ここまで説明されれば俺が選ばれた理由も察せる。
「つまり、その行って欲しい異世界に俺の存在波長はぴったりってことか」
「そういうこと。適合率96%という高数値だよ。これなら向こうに行っても問題ないし、数日で慣れて完全に適合できるだろうね」
「そうか…………」
相槌をしつつ、思考を巡らせ始める。さて、この話を受けるか否か、どうしたものか。
「ちなみに最初、半年がどうこうと言っていたが、俺みたいな存在が現れる確率は低いのか?」
「高くはないね。基本的に一つの世界にしか適応できない存在の方が多いよ。君のレベルなんて一万年に一度くらいのものさ」
「基準を知らないから高いのか低いのか判断できんが…………まぁいい。それより異世界に行って俺は何をしなきゃいけないんだ?」
「ああ、そういう使命的なモノは何もないよ」
「へ?」
思いがけない回答に思わず変な声が漏れた。
「歪みを直すシステムは起動すればあとは自動だからね。僕じゃ運べないから君に運んで欲しい、ってだけだよ。その後はその世界で自由に過ごしてくれていい」
「自由……」
思わず呆けてしまった。自由。その言葉のなんと魅力的なことか。生前を思いだせば、俺は物心ついた時から「あいつら」の実験に使われ、最終的には使い勝手のいい道具に仕立て上げられ……死んだ。常に誰かに従うだけで、自分の意思で行動したことなど狭い範囲でしか出来なかった。
――だが、こいつの言う通りなら、俺は今度こそ自由に生きることができる。
騙されているかもしれない、などという疑念はあるにはあったが、さほど強くなかった。人の魂を自由に出来る奴が俺を騙す利点が無い。加えて彼女の提案は俺には魅力的過ぎた。
誰にも縛られない。自分で考えて、自分がしたいように行動できる。それはあの檻の中のような暮らしではできなかったこと。憧れることさえ無駄に思えた生き方。
悩むことは無い。心は決まっている。
「……いいだろう。転生してやる」
俺の返答を聞き、ユウが眼に見えて嬉しそうな表情になっていく。
「本当?! ありがとう、響真くんっ!」
そう言って見惚れそうになるほどの綺麗な笑顔をこちらに向ける。思わず喋らなければ完璧だな、などと大分失礼な感想を抱いてしまった。
「あ、ああ。……というかこれ俺の意思を聞く意味があるのか? お前に権限があるなら無理やりにでもできるんじゃ……?」
今更ながら思いつく。そもそもユウが異世界転生させるならこちらに拒否権は無いような気がする。そもそも抵抗する方法が分からない。
「それはできないんだよねぇ。僕たちは世界の管理者ではあるけど支配者ではないから。詳しくは言えないけど、本人の意思を無視しての権利行使はできないように色々制限があるんだよ」
――そういうものなのか。神様ってやつも万能じゃないんだな…………ん?
納得しかけたが、何か引っかかった。今、ユウは確か「僕たち」って言ったよな? てことは……。
「たち、って他にもいるのか?」
「いるよー。というか面倒だから説明を端折ったけど、僕たちはあくまで君達、人で言うところの神様に近いからそう名乗るだけで万能ってわけじゃないんだよ。単体で膨大な数の並列世界全ての管理なんて出来ないし、そもそも非効率だよ。というか一の個体が全てを管理するなんて危険すぎるよ。その個体の公正さなんかを一体誰が保証してくれるっていうんだい?」
ユウが肩をすくめる。確かに、全ての権限が一か所に集まるのは暴君が治める専制政治のような危機をもたらしかねないだろう。
「だから、並列世界の管理は分担作業で行っているのさ。そんな訳だから、僕はあくまで膨大な並列世界の一部の管理をしているだけにすぎないのさ」
「そうなのか」
「そうなのです。ま、でもそれでもそこらの有象無象よりは上位存在と言えるよ? 存在情報にアクセスするとか、加護として色々付与するとか。したくないけど一応、世界一つ程度なら1秒で痕跡一つ残さず消せるよ」
「…………」
思わず後ずさってしまった。先程までの発言を顧みると、自分は大した勇者であろう。もっともこの場合、勇者は勇者でも馬鹿とか無謀という意味を含む方であるが。
「あ、今更態度改めなくていいよ? こっちはお願いしてる側だから立場は下だし、なんか君にかしこまられても違和感しかないし」
何気に酷いことを言われたが、こちらはもっと不味いことをしてのけたのだから何も言えない。
「そう、か。……分かった。じゃあ、このままで続ける。で、結局俺はどこに行けばいいんだ?」
「ちょっと待ってね…………」
そう言うとユウが空中に手の平を翳す。何をしているのかと首を傾げていると、突然、その手の先に青い球体の立体映像が浮かび上がった。
「地球? ……いや違うか」
一瞬、地球かと思ったがすぐに否定する。大陸の形が明らかに違う。ほぼサイズの等しい三つの大陸が球体の――俺の視点から見て――上下と右側に存在し、左側には小さな島らしきものが無数に存在している。地球より少し陸地の総面積が広そうだ。
「地球じゃないよ。これは並列世界の一つ。No.614-906231325114〝天ヶ郷〟。君がいた世界――No.614-106213〝地球〟で言う所の日本を基盤情報にして構成、発展していった世界さ」
「日本を?」
「そう。といっても君がいた日本ほどの科学技術は無いよ? 簡潔にいうと、侍とか城とか所謂〝和風〟っていう奴が主軸になって生みだされ育った世界さ。あと君の世界では空想の産物だった魑魅魍魎や妖怪が現実のものとして棲息しているよ」
日本を世界規模に広げた感じなのだろうか…………上手く想像できない。しかし、妖怪が存在しているとはなんともまた――。
「変わった世界だな」
「そうだねぇ。言うなれば剣と魔法の世界ならぬ、刀と妖術の世界ってところかな?」
「妖術?」
どうもこの神様は素人にはわからない単語を普通に使ってくる。説明役に向いてない気がするのは気のせいだろうか。
「えっと、簡単に言うとこの世界における魔法みたいなもの。妖力と呼ばれる生命が生まれながら持つエネルギーをコントロールして爆発を起こしたり、物を凍らせたりできるんだ」
「ほぅ、便利そうだな。俺でも使えるのか?」
使えるならぜひとも使いたい、そう思って尋ねるがユウは何故か不思議そうな顔をした。
「え、響真くん。似たような系列の術を使ってたんじゃないの?」
「……は?」
どうもユウ曰く、俺の存在情報には既に妖術らしきものを扱っていたデータがあったらしい。身に覚えが全くないが。
「心当たりがないな」
「うーん。響真くんのいた世界は妖術とは無縁。それらしき魔法体系や呪術的技術も皆無か……変だね」
そう言って首をかしげながらユウが俺の存在情報を閲覧しだす。
「え〜っと、妖術でキーワード検索してみるかな? ……あーこれは珍しい」
「何かわかったのか?」
「うん。どうやら君は天性の勘ともいうべきもので感覚的に妖術の肉体強化を使っていたみたいだね」
「肉体強化か。…………心当たりはあるな」
確かに俺の身体能力は異常なのは自覚がある。常にという訳ではないが、追いつめられた時の爆発力は自分でも驚くことがある。以前、仕事でドジを踏んで逃げた際、マンションの六階から無傷で飛び降りた時は自分の身体とはいえ気味が悪くなった。
「反応薄いけど、これってとんでもないことだよ? 体系とかそういう段階以前に妖術や魔法などは存在しないと定義された世界で術が使えるなんて、常人の域ではないね。下手すると使徒レベルだよ」
「使徒?」
「簡単に言うと神様の部下」
規格外すぎる。どうやら俺は結構な化け物らしい。
「まぁ、これなら妖術の使用は問題ないね。むしろとんでもない使い手になれると思うよ」
「……そうか」
――まぁ、気にした所でどうにもならんか。
今更悩んでも仕方ない話だ。むしろ才能があるなら喜ぶべきだろう。才能なんてものはあって困るものではないのだから。
「さて、ではお待ちかねのプレゼントのお時間です!」
「プレゼント?」
「そう、よく言う神様の加護ってやつだね。あちらの世界で活動するために衣服はもちろん、自衛用の武器、なんと今なら旅のお供に最適の素敵な小道具までつけちゃうよ!」
深夜の通信販売みたいなノリで、ユウがやたらとテンション高く捲くし立てる。
「やけに嬉しそうだな」
「そりゃあもう。普段が制限だらけでストレスたまるからね。この加護を与える作業は世界に干渉する方法でずば抜けて自由度の高いものなんだ。だから、やりたい放題してストレスを発散できる数少ないチャンスなのさ。あ、もちろん君への感謝の気持ちもあるよ?」
随分とぶっちゃけた内情を語られたが、この際無視しよう。重要なのはユウの口ぶりから察するにかなりイイモノをもらえそうだという事実だ。
「具体的には何をくれるんだ?」
「まずは衣服だね、天ヶ郷ではその格好は目立ちすぎるよ」
言われて自分の服装を見直す。薄手の黒いパーカーと黒いシャツ、そして黒いカーゴパンツ。仕事のため必要だったとはいえ全身黒一色、和風の世界でなくても浮くこと必至である。
「ということでこちらに着替えてもらおっか」
ユウがパチンと指を鳴らすと同時、俺の体を白い光が包み込む。
「お、おい?!」
「大丈夫だよー。自動で着替えるだけですから」
――せめて事前に一言言ってほしい。心臓に悪すぎる。
そうこうしているうちに光が収まる。そして光が収まると先程まで着ていた俺の服は跡形も無く消えており、代わりに上下を軍服のようなきっちりとした制服が包んでいた。ベースの色は上下ともに先程同様の黒で、細部には銀色の――どうやら金属らしい――装飾が施されている。
「これは……」
「それはね、天ヶ郷の歴史で言うと、400年程昔に滅んだとある帝国の軍服をモデルにちょいと地球の学生服を足して弄ったモノだよ」
「軍服か」
「いやぁ、天ヶ郷って妖怪とかが存在してるから地球ほど安全じゃないんだよね。割と身近に戦闘が転がってる感じ。おまけに未だにあちこちで小競り合いがあるし、軽く戦国時代なんだよね」
軽く戦国時代、なんとも奇妙な表現だ。
「ということでそちらの軍服は普通の服より頑丈だよ。そのままでも最低限の防御性能持ちだけど、さっき言った妖力を込めればさらに強靭になるよ。損傷しても妖力を込めれば修復可能、おまけに速乾性抜群で汚れの落ちやすさも当社比五倍の代物さ!」
「どことどこで比較してんだよ……。というかそれって高性能すぎないか?」
正直なところ、規格外すぎる気がしてならない。あまり高性能すぎると厄介事を引き寄せそうで嫌なんだが。
「うーん。珍しいけど存在してない訳じゃないよ? 鎧とかならこういう妖力で補強するヤツは結構出回ってるし、服も探せば見つかるはず……だよ?」
「自信なげに言うなよ、不安になるだろうが」
「まぁ、とりあえずそこまでのものじゃないから大丈夫、だいじょーぶ。天ヶ郷じゃむしろ君の妖術の方が目立つから問題なし」
――それはそれで別問題だと思うが…………まぁ、どの道目立つのなら装備は良いに越したことはないか。
半ば諦観混じりで納得する。この際だ。開き直って、もらえるものはあらかたもらう方針でいくとしよう。
「他には何があるんだ?」
「えっと、次は武器だね」
何もない空間へとユウが手を翳すと、次の瞬間には黒い鞘に納められた大小一振りずつの差料が出現し、宙を漂う。柄は黒、鍔と頭の辺りは銀色に輝いている。
一目見ただけで相当の代物だと直観的に理解させられる。かなりの業物のようだ。
「刀か」
「そ。あっちじゃ妖術の所為で微妙に技術が発達しなくてねぇ。小型の銃火器とかがまだ無いんだ。大砲とか火縄銃ならあるかしれないけど」
「なるほど。それならこういう方が目立たないか」
「さっき見た存在情報的にも接近戦のほうが得意分野みたいだしね」
「……まぁな」
得意分野と言われても正直なところ微妙だ。たしかに今まで仕事では大抵、近距離で相手を仕留めてきたがそれはあくまで確実性や隠密性を優先させてきただけだ。だいたい刀なんて使う機会はなかった。同じ長さなら鉄パイプや角材で殴殺することはあったが。
複雑な心境の俺をよそにユウが楽しそうに解説を始める。
「両方とも頑丈な上、そのままでも切れ味抜群、妖力で更に切れ味が増す特殊機能搭載! 更に妖力を流すことで自動で修復して刃こぼれとかにも対応可能な伝説クラスのハイスペックウェポンさ!」
「……………………」
思わず手で顔を覆い言葉を失ってしまった。良い装備が手に入ればいいと思っていたが、ここまでのものは却って扱いに困る。
「おい、そんなもの迂闊に使えんぞ。おまけに盗まれでもしたら大事になる」
「その辺も対策済みさ。鞘と刀に存在情報を読み込む機能を組み込んであるから抜くことすらできない。仮に抜き身を奪って振るっても精々、ちょっと上物って程度さ」
「完全に俺専用ってわけか」
「そういうこと。ま、何十年かして君が死んだらのことを考えてね。事前に手は打ってあるさ。余計な騒動は起こしたくない」
確かにこんなものを残しても火種にしかならないだろう。
「で、次はね…………これさ」
再びユウが何もない空間に物体を出現させる。それは小さな背嚢だった。先程までのやり取りから察するにこれも何かしら特殊効果を持つのだろう。
「こいつもただのリュックじゃないんだろうな」
「そうそう。これはね、見た目よりも容量がある不思議なリュックさ。具体的にはキャリーバック二つ分くらいだよ。でもって重さは反映されない。俗に言うアイテムボックスってやつだ」
「……それはすごいな」
思わず素直に感想を呟いた。その容量をこのサイズでおまけに重量を気にせずに運搬できるなど、生前の世界では誰もが欲する代物だ。正直、先程の武装よりもこれはすごいかもしれない。
「ちなみにこれは性能が良いだけで、軍服同様に天ヶ郷じゃ珍しくはないよ。高価だけど」
「そうなのか。変なところで技術が進んでるな」
「うーん、厳密には違うかな。これってあちらにしかない素材や妖術で作られたものだからね」
「妖術ってやつは凄いな」
「僕としてはむしろ、妖術も魔術も無しでそこまで文明を発達させた地球の方が凄いと思うけどね」
ユウに指摘されて、思わず苦笑する。確かに純粋に科学技術だけを発展させ、あれほどの文明を築き上げたという点を鑑みれば地球も十分凄い。
「あと天ヶ郷は妖術があったから技術の発展はかなりピンキリになってるよ。そこまで酷くは無いけど地球ほどの生活はやっぱり無理だろうね」
「そうか……まぁ、問題ないだろう」
よくよく考えれば仕事の際、劣悪な環境で数日過ごすのなんてざらにあったし、ある程度までなら気にならない自信がある。
「さて、もう少しお話してたかったけど時間みたいだね」
ユウが残念そうに告げた瞬間、俺の身体が再び光に包まれだした。
「……これは?」
「出発の時間さ。人の魂程度じゃここに入れる時間は限られてる」
「……随分急な話だな」
時間制限付きなら先に言っておいてほしい。まだまだ色々と聞いておきたいことがあり過ぎる。
「ここって〝世界の外〟だからさ、情報の奔流の只中なんだよ。長く居過ぎると存在が変質しちゃうんだ。ということではい、いってらっしゃい」
そう言って、ユウがぞんざいに先程まで広げていた物品を押し付けてくる。
「おい、まだ聞きたいことが…………」
「大丈夫。必要事項はまとめてメモを背嚢のなかに入れてるから」
――そういう大事なことは先に言え!
思わずキレそうになるのを寸での所で抑える。流石に神様に喧嘩を売る気は無い。
「いや、折角の機会だからね。お話したかったんだよ。ここって話し相手になるような奴が滅多に来ないから、さ」
「…………」
思わず黙り込む。そんな切なげな顔でそんな台詞を言われては責める気も失せてしまった。
「……長く居れなくて悪かったな」
「気にしなくてもいいよ。十分楽しんだからね。それじゃあ良い人生を」
そう言って彼女は手を振る。
――所詮、俺は只の人だ。神様相手に何かできるわけじゃない。
だから俺に出来る精々の事は一つだ。
「ああ。謳歌させてもらう」
そう言って手を振り返す。第二の人生、出来る限り楽しみ抜いてやろう。それが俺に出来る唯一の事だ。
「あ、あと例の歪みを直すシステム。あれを詰め込んだ結晶体が背嚢に入ってるから。向こうに着いたら取り出しといてね」
「……………………」
――だからっ。
「そういう大事なことは先に言えっ!」
折角の雰囲気も台無しで、とうとう俺は怒鳴ってしまった。
そしてそのまま視界が完全に白く染まって――――。
――――俺は異世界転生した。
皆さま初めまして。識谷ケイと申します。
読んでくださりありがとうございます。
前々から書きたいと思ってた異世界転生モノに挑戦してみました。
何かと設定を考えたがる性分で、ついつい導入が長くなってしまいました。これでもかなり削ったんですが、それでも長すぎですね。
機会があれば書ききれなかった細かい設定をまとめて別に投稿するかもしれません。
今後は基本的になるべく一話一話は短くさっくり読める量にする予定です。
長期の連載モノを書く経験どころか文章を書く経験自体がまだまだで拙い所も多々ございますが、よければ暇つぶし程度にお付き合いください。
2015/02/23追記
誤字脱字とルビ修正。
あとユウからのもらいものから「経済を壊さない程度の路銀」を削除。第一話で存在を忘れてて書き加えようと思ったんですが、後の展開考えたらもらわなくても困らなかったし、金が突然湧いて出てくるのは問題かなという理由で第零話を修正(そんなこと言ったら武器とか装備もろもろもなんですけどそれはそれということで一つ)。