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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第四章 覚醒
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36 月二つ

 ヴィクティムのチェックを終えた誠が向かうのは医療センターだ。部隊員の内三名がその世話になっている。必然行動を起こす前に一度は寄る必要があった。


「二人の具合はどうだったんだ?」

「ボクもルカもまあ一応は問題なし、と言う感じですね。撃墜と言っても機体は損傷を負いましたが身体の方には影響ありませんでしたから」


 青い髪を摘みながらリサは己の状況を報告する。長椅子に座って足をぶらぶらさせている姿は妙に幼く見せている。


「一先ずは健康体、です。雫さんは?」

「まだ眠っている。命に別状はないとの事だけど」


 実際の所都市ではエーテルリアクターと言う物を運用していても、その源である人の生エーテル、即ち魂に関しては理解が深いとは言えない。肉体的には健康ならば大丈夫としか言えないのだ。その判別が出来るのは現状ヴィクティムだけで、そのヴィクティムが問題ないと言っているのならば問題は無いのだろう。


 色々と隠し事――当人にはその認識は無いのだろうが――の多いパーソナリティーであるが、嘘だけは言わない。その一点において誠は不思議な程信用していた。

 だから雫の無事を誠は確信している。


「そうですか……そうなると次の出撃はボクが乗る、と言う事で良いですか?」

「そうなるな。ルカは?」


 二人一緒に検査を受けに行ったにも関わらず既に一人がこの場にいない事を疑問に思った誠の問いかけにリサは小さく肩を竦める。


「予備機の受領の手続きです」

「……リサはしなくてもいいの?」

「ルカに任せました」


 堂々と胸を張って言うリサに誠は飽きれて声も出ない。本人がやる事が原則の受領手続きを代行させると言う横紙破りを堂々と言う辺り大物だとさえ思った。


「今は緊急時ですから。原則は原則、ですよ」

「それって何でも許される免罪符じゃないと思うんだけどな……」


 その誠のぼやきを歯を見せた笑顔で誤魔化し、リサはぶらつかせていた脚で弾みを付けて立ち上がる。


「それじゃあボクも今の状況を聞いてきます。誠君はヘッドセットを着用していてください。こちらから連絡を入れます」

「ああ、分かった。俺は雫の様子を見てくる」

「お願いします」


 その背中を見送って誠は小さくため息を吐く。状況は悪化している。どうすれば良いのか打開策が浮かんでこない。

 雫の病室、と言ってもカーテンと仕切りで区切っただけの空間に辿り付く。一声かけて反応が無いのを確認してカーテンを潜る。


 常より少し白い顔をした雫がベッドに横たえられていた。トレードマークの三つ編みは解かれ、白いシーツの上に広がっている。常に編んでいるためか波打っていた。小さく上下する胸元が雫が生きていることを伝えてくれる。

 日頃の厳しい表情から解放された寝顔は常以上に穏やかだ。少なくとも夢見は悪くないと分かって誠は良かったと思う。


「ヴィクティム。本当に大丈夫なんだな?」

《肯定。重篤な場合は肉体の生命活動の方にも影響が出ます。現状は問題ないと判断できるでしょう》

「そうか……」


 そんな風に枕元で話していたからだろうか。小さく雫の瞼が震えたかと思うとゆっくりと眼が開いた。焦点の合わない眼で覗き込んでいる誠の顔を見つめる。


「誠、さん?」

「目が覚めたか。体調はどう? 気分が悪いとか無い?」

「いえ、特には……ここは?」


 緩慢に首を振るが現在位置が分からないのだろう。額に手を当てながら身体を起こして、ボンヤリとした表情でそう問いかけてくる。


「医療センター。空にいる奴の砲撃を防いだあと気を失ったんだ。覚えてるか?」


 状況を把握させるためにゆっくりとそう確認するとただでさえ不健康な顔色が更に青くなった。


「わた、私は、肝心な時に足を引っ張って……!」

「落ち着け。今浮遊都市は問題ない。ASIDはひとまずは殲滅した」


 過呼吸になるのではないかと思うほどに大きく喘ぎながら自分を責める雫を誠は努めて冷静さをつくろって宥める。出撃前に薄々感じていた事だが、雫がヴィクティムに乗ると言うのは誠が思っている以上に彼女の負荷になっているようだった。


「それでも、それでも私が気を失って……ヴィクティムはどうなったんですか? リサやルカは?」

「二人とも無事だ。だから落ち着いて、深呼吸をして」


 この分では二人が一時相当に危ない状況だったのは言わない方が良いだろうと誠は判断した。今の精神状況でそんな事を聞かせたら自傷行為に走りかねない。それほどの狂乱があった。


「私のせいで負けたら。私が頑張らないといけないのに……どうして」

「雫のせいじゃない。ヴィクティムの構造的な欠陥だ。キツイ言い方になるけど雫がどう努力しても改善できない事だ」


 そう言われた事でようやく少し落ち着いたのだろう。それでも目覚めた直後よりも憔悴した顔で雫は誠を見上げる。


「本当に、すみません」

「だから雫は悪くない。謝るなって」

「……私の体調はどうなってるんですか?」


 本来ならばそれは医療センターに詰めている医師か看護師が伝えるべきなのだろうが、生憎と彼女らは雫の容体を正確に把握は出来ていない。それ故に誠が伝えることにした。


「肉体的には問題が無い。ただ雫のエーテルの方にダメージが行っているらしい」

「エーテル……」

「俺にも良く分からんが、しばらくはヴィクティムに乗らない方が良いらしい」

《肯定。現状で再度先ほどの様な出力を出した場合、最悪死に至る可能性もあります。完全にエーテルが回復すると思われる二週間後までは搭乗しない方が賢明でしょう》


 ヴィクティムのその言葉を聞いて雫は天井を見上げたまま長く息を吐く。それはどこか諦めた様なそんな色が付いていた。


「だからしばらくはまたリサに乗って貰うから雫は休んでいてくれ」

「……分かりました。可能な限りは乗らないようにします。ですが誠さん」

「うん?」

「もしも、いいえきっとあの大型ASIDを倒すにはリサさんでは力不足になると思います」


 その言葉に誠は咄嗟に返事が出来なかった。誠もその可能性は考えていた。だからこそ次の雫の言葉は諦観にも似た納得を覚えた。


「その時は私を乗せてください」

「ヴィクティムの話を聞いていなかった訳じゃないよな」

「はい」


 自分が死ぬかもしれない。そう思っても乗ると、雫は言っているのだ。


 リサも、ルカも、雫も。どうして自分の命を賭けられるのか。簡単に、などと言うつもりは誠には無い。きっとその答えに至るには彼女たちなりの葛藤があっての事だと言うのは分かっている。それを簡単にという一言で切り捨てるのは彼女たちへの侮辱だ。


 分かっている。ヴィクティムの機体性能は圧倒的だ。リサとルカがそれを保全する事が延いては浮遊都市を延命させることに繋がると判断した。雫も同じだ。ここであの大型ASIDを倒せなければ浮遊都市が危険だから乗ると言った。

 浮遊都市。人類最後の聖域。それを守ると言うのは至って健全な考えだ。保身に走ったとしてもその足場となる場所が崩れてしまえば意味をなさない。同じ死ならばそこに意味を持たせたいと言うのは人類全てが持つエゴだろう。


 それでも言わずにはいられないのだ。

 どうして、自分の周りの人だけそこまで身を捧げないといけないのか。


 当然ながら誠にだって優先順位はある。人を助けるにしたって、顔も知らない誰かよりも顔を知っている一人を優先するに決まっている。だと言うのに、今誠を取り巻く状況はその逆を強要する。それが堪らなく嫌なのだ。


 そんな事を戦友たる彼女たちに言う訳にはいかない。その価値観の方がここでは異常なのだと理解できる位の知恵はあった。だから飲み込んで、小さく頷く。


「分かった。その時はそうしよう」


 だがそれ以上に誠が嫌なのは、帰還手段を見つける為にはそうして貰うしかないと思っている自分自身だった。


 ◆ ◆ ◆


 医療センターから出て誠は道を歩く。昼前から始まった戦闘は小休止。にらみ合いが続いたまま既に夜に入ろうとしていた。

 周囲にはシェルターから出てきた人がちらほらと見える。急な避難だ。殆どの人はそう言う時の為の避難セットを用意しているが、それを常時持ち歩いている訳では無い。ASIDの攻勢が一時的にでも止んだのでそうした道具を取りに行くため幾つかのグループに分けて一時帰宅が行われているのだ。

 その人の流れを見ながら誠はどうしようかと考える。今誠がやるべきことは休養を取る事だ。そうなると一度屋敷に戻る必要があるだろう。


 ふと頭上を見上げた。塵の幕に大穴を空けたまま、傘の形をした大型ASIDは浮遊都市の頭上を押さえ続けている。今尚浮遊都市は移動しているにも関わらず振りきれないと言う事は、あのASIDの速度は浮遊都市と同等かそれ以上なのは確実だ。後はどれだけ飛行を続けられるかだ。


 エーテルレビテーターは重力を中和するだけならば比較的エーテルを消耗しない。大きく擦り減らすのは地面から離れるにつれて、つまり高度を上げれば上げる程指数関数的に消費エーテルは増えて行く。

 浮遊都市はその巨大な質量を持ち上げるために貯蔵したエーテルの大半を使い切る。そして残りで浮き続けて航行を行うのだ。だがその浮き続けると言うのも比較的消耗しないだけでアークの精製量を上回る程に消費する。ましてや今は防御用のエーテルコーティングをフル稼働中だ。貯蔵エーテルの消費速度は普段の比ではないだろう。予定では三か月は持つはずだったが、その半分も持つかどうか怪しい。


 その間に向こうのエーテルが切れて着陸してくれればその隙に逃げられるのだがその望みは薄いと誠は思っていた。このASIDは骨組みの様だ。余分な部分が存在しない。それはつまり大きさの割に軽いと言う事でもある。浮遊都市よりも遥かに軽い分、消費エーテルは小さくなる。一切攻撃を仕掛けてこない今が果たして消費と精製が釣り合っているのか、それとも目減りしているのかは外からは分からない。


 どちらにせよ、すぐさま向こうが墜落すると言う事は無いだろう。そうなるとしばらくはこのままなのだが、その場合は市民がどうなるかが誠には不安だった。慣れないシェルター暮らしに加え、今までに無い程ASIDを身近に感じているはずだ。その抑圧と恐怖から後先考えずによからぬ行動に出る物が出てもおかしくない。

 そうなる前に決着を付けなくては、と浮遊都市からライトで照らされた巨大ASIDを見上げる。そこでふと気が付いた。骨組みの様なASIDの隙間から星空が見える。更にその向こうには粛々と輝く月も。かれこれ半年ぶりの月に誠はほう、と感嘆の息を漏らし星空を眺めて表情を引き攣らせた。


「……月が二つとか、無いわ―」


 丸々とした満月が一つに、それよりも一回り小さいだが同じく真円を描くもう一つの存在。それはずっと棚上げしていたここはどこか、と言う誠の考えを決定づける物だった。


「やっぱ異世界か」


 小さくため息を吐く。本当に遠いところに来てしまったと言う諦観の息だ。


 もう一度そのふざけた二つの月を見ようと見上げた所で、上空のASIDの変化に気付いた。移動中の市民もざわめき始める。


 鉄球が降り注いでいる。それも一つや二つではない。その全てを吐き出すように大量に。無造作に外された鉄球は落下中にぶつかり合い見当はずれの方向に落ちて行く物も多い。この分では浮遊都市に辿り付けるのは全体の二割も残ればいい方だろう。その二割でも二百以上という大集団になるわけなのだが、誠にはあのASIDの意図が分からない。


 そんな適当な事をしないでももう少し丁寧に落とせばその倍は浮遊都市に着地させられただろう。そうされなかったのは誠達からすればありがたい話だが何故そうしなかったのか。まるで急ぐかのように。

 もしや向こうの航行限界が近いのかと希望が生まれる。


 だが現実はその希望を塗りつぶす。


 ほぼすべての鉄球を落とした傘型ASIDの水晶柱部分は大分すっきりとしていた。残っているのは三つ。鉄色をした球体ではなく、水晶柱と同じ水晶の様に透き通った素材で包まれた三体のASID。

 その一つが切り離された。回転しながら落下し、これまでとは違い空中で弾けた。中から飛び出したのは漆黒の装甲を持ち、両腕が肥大化した――かつて誠が撃破した黒鋼ゴリラと呼んだ個体に良く似たシルエットを持つASIDが器用に浮遊都市のドームの上に着地する。


 どう見てもジェネラルタイプだった。先ほど相手をした人型とは大きくシルエットが違う。

 着地したASIDを見て民衆がパニックになりかける。それを咄嗟に治めたのは誘導をしていた歩兵だ。


「落ち着いて! ドームは簡単には破られません。すぐ傍に見えますが実際には非常に遠くにいます。慌てずにシェルターに避難してください」


 今の浮遊都市には相当のエーテルコーティングが展開されている。あの光の柱としか見えない砲撃も凌いだのだ。突き抜けるはずがないという言葉は浸透していきパニックは抑制される。

 そんな時だと言うのに誠はミリアがどこにいるのか気になった。知己と言えばほとんどが軍か行政関係だ。無事は確認できている。ミリアだけが不明なのがこのタイミングで思い出してしまったのだ。


 少し横道に逸れても意識は頭上のジェネラルタイプに向いている。その両腕の装備を見極めてから格納庫に走ろうと思って気が付いた。あの左腕。その形状に見覚えがある。


 着地したジェネラルタイプは左腕のをドームの天辺に宛がう。不味いと思う暇さえも無い。その左腕の用途は浮遊都市の人間には分からないのだろう。避難の速度に変化はない。

 ASIDが嗤った気がした。瞬間、都市部の大気が大きく振動する。その原因が高速且つ連続で叩きつけられているASIDの杭にある事は確実だった。


 左腕の装備の名前は杭打機。もっと相応しく言うのならば、パイルバンカー。


 瞬間的に多大な負荷を掛けられたドームの天辺が砕け散る。まるで星の様に煌めくガラス片の中を突っ切ってジェネラルタイプが着陸し、咆えた。


 一日はまだ終わらない。

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