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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第四章 覚醒
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35 台風の目

 浮遊都市に落着したASIDの排除は戦闘開始から約一時間で完了した。

 一先ずの勝利。だがそれに沸き立つ者は殆どいない。喜んでいるのは今回が初陣の新兵位だ。今回の勝利に何の価値も無いと、少しでも冷静な頭を持っている人間ならばすぐに気付く。

 今回の総数は大目に見積もっても百。頭上の巨大ASIDは変わらず健在で、そこには今と同じ敵が千以上残っている。数だけならば一割近くも削ったことになる。

 対して浮遊都市側はこの初戦で十三機のアシッドフレームが撃破された。総戦力の約3%の損失だ。いずれ緩やかに回復していくだろうが、即座に戦力を戻す魔法は存在しない。


 つまり、今回の戦いで削った数だけを競うのならば大勝と言っても良い部類なのだ。撃墜比は1:3の優勢。決して悪くないどころか良い数字である。


 だが数字はあくまで数字だ。

 敵の最大戦力である大型ASIDは健在。

 浮遊都市側の最大戦力であるヴィクティムは搭乗者である雫の原因不明の昏倒により戦力が大幅に低下。更に言うのならば一瞬の交戦だが、現状のヴィクティムでは巨大ASIDに対し決定打を持ちえないと言う事も発覚した。


 状況は、好転の兆しも見せずにいた。


 ◆ ◆ ◆


 走る。

 格納庫は整備兵でごった返している。まだ戦いは終わった訳では無い。むしろ後方はこれからが本番だ。次の襲撃があるまでに陣容を整える。それが一時間後の可能性もある以上、とにかく早く整備を終える必要がある。あの優美香でさえ五分に一度装甲に頬擦りするのを自粛して十分に一度にしているくらいなのだ。

 そんな慌ただしい中を誠は走る。


 雫は既に医療スタッフが連れて行った。誠が彼女に出来る事は手を握って快復を祈ることくらいだ。今彼が走るきっかけとなる通信が無ければ彼はそうしていただろう。それが雫の為になるから、と言う訳では無く彼自身が縋り付く対象を求めて。


 だが幸いにも、と言うべきなのだろうか。一つの通信が彼に迷うことなく行動を取らせた。

 その通信の内容は言うまでもない。


 リサとルカの無事を伝え、二人が帰還したと言う報告だ。


 だから誠は走っている。二人を出迎えるために。


 角を曲がる。整備兵とぶつかりそうになった。相手は文句を言うよりも今すれ違ったのが誠だと気が付いて呆然としている。そんな彼女をあっと言う間に置き去りにして誠は走る。走って走って――。


「リサ、ルカ!」


 ようやく二人の姿を己の眼で確認した。五体無事で立っている姿に思わず涙が零れそうになる。


「誠君。どうしましたかそんなに慌てて」


 そんな風に言ってくるリサの様子は何時も通りと言えばいつも通りだ。まるで先ほどの出来事は夢だったかのような気さえしてくる程に自然体。

 対してルカは深々と頭を下げる。


「御心配をおかけしました。誠様」


 そんな二人の所に駆け寄って誠は繁々と二人を頭の鉄片から足の先まで眺める。怪我らしい怪我も見えない。本当に無事だと確認して全身から力が抜けるのを感じた。どうにか踏ん張り誠は安堵の息を吐く。


「良かった。二人が無事で……」

「……まあボクは誠君の背中を守ると約束しましたから。まだまだあの程度じゃ足りないって事でしょうね」


 そう答えるリサの顔をじっくりと見ている人がいたら珍しいと感じた事だろう。頬を赤らめて恥ずかしがっている。あのリサ・ウェインが、である。エスコート役を自他ともに認め、相手を赤面させることはあっても赤面する事は無いとさえ言われた彼女がその辺にいる誠に憧れている女子の様に緊張している。


 これまでに感じた事の無い感情。それを上手く御する事が出来ずに表情に表れてしまっている。とは言えそれも少しすれば慣れてしまい、取り繕えるようになるだろうが。


「誠様誠様」


 ちょいちょい、とルカが手招きする。


「キュンと来ましたか?」

「キュン、と言うよりも心臓がヒュンとしたかな……」


 彼女なりのジョークついでの反応探りなのだろう。少しだけ残念そうな顔をしながらももう一度頭を下げる。


「お姉ちゃん共々、まだしばらくは働かせて貰いますね」

「しばらく、何て言わずにずっといてくれ。本当に生きた心地がしなかった」


 その言葉にルカは嬉しそうに笑いながら首を横に振る。


「それは約束できません。きっと同じ事があったら私はまた同じ行動を取ります」

「……それはボクもですよ。誠君。君はもっと自分の価値を自覚した方が良いです。極論を言えば、浮遊都市の大半を犠牲にしてでも誠君は助ける価値がある人です」


 それはヴィクティムの操縦者としての意味だろうと誠は受け取った。実際、それも一つの真実ではあるのだが二人の場合はもう少しだけ事情が違う。純粋に、誠個人にそれだけの価値を見出しているのだ。


「私は誠様に命を救われました。ならば命を賭けずしてどうして恩を返せましょうか」


 その献身を通り越して挺身の精神を止めさせようと誠は口を開きかける。そこに割り込んでくる小さな影があった。


「済まない、誠。その二人は被撃墜者だ。大丈夫だとは思うが一応検査の必要がある」

「嘉納、玲愛」

「ん、覚えていてくれたか」

「まあ、一応」


 色々とインパクトのある相手だったことに加えて、約束の事もある。簡単には忘れられない。


「まあそう言う事ですので、誠君。また後で」

「行ってきます。誠様」

「あ、ああ。行ってらっしゃい」


 二人を見送って誠は改めて玲愛に向かい合う。と言うよりもじっと見上げてくるので応じないわけには行かない。


「何か用か?」

「一つ聞きたい事があった」


 そう前置きして玲愛は口を開く。相変わらずの茫洋とした瞳は感情を窺わせない。


「貴方が戦っていた時、あいつらはやる気があったか?」

「あいつら……?」


 リサとルカの事かと思うが、それにしては質問の仕方が変だ。少なくともリサの性格上、死地に立ったからやる気をなくすなんてことは無いはずだ。それは初めて会った時に証明されている。


「あの新しいASIDの事だ」


 そちらか、と一つ頷く。前に会った時も誠が感じた事だが、この少女一言足りない事が多い。ヴィクティムと少し似ているなと失礼な事を考えながら誠は答えた。


「何時も通り、俺たちを倒そうと襲って……」


 来ていただろうか。ふと誠は疑問に思う。確かに攻撃をすれば反撃をしてきた。だが何時もの様に一直線に向かってきただろうか。答えは否だ。特に気にしていなかったが、包囲陣形を取ると言う事が既にいつもとは違う。姿かたちが変わった事に気を取られ過ぎて、そんな簡単な事にさえ気づかなかった。


「いや、来なかったな。陣を敷いては居たが」

「やはりそうか……」


 顎に手を当てて考え込む玲愛の姿はどこかユーモラスだ。背丈の低さと幼い表情が相まってまるで父親の真似をしている子供の様な雰囲気さえある。


「何を考えているんだ?」

「一体あいつらはどこであんな動きを学んだのだろうと思って」

「どこでってそれは……巣とかじゃないのか? ネストとか言う」


 世界各地に点在するASIDの巣の話は聞いていた。そう数は多くないが、そのうちの一つにクイーンが潜伏していると見られている。ASIDが何かを学ぶのだとしたらそう言った本拠地だろうと誠は当然の様に考えていた。


「学んだ場所はそれで合ってると思う。でもその大元をどこで学んだのだろう」


 ようやく誠にも玲愛が言いたい事が分かった。陣形と言う概念、武器を使うと言う概念。それらをどこで得たのか、と言う疑問だ。そしてすぐさま恐ろしい可能性に気付いてしまう。


「……奴らが独力で編み出したか」

「或いは私たちの戦術を模倣したか」


 どちらにしても楽しくない想像だ。基本的には本能に従って行動をする獣だった存在が理性によって戦いを挑んできている。そしてその成長スピードは未知数。


「六百年かけて漸く今の戦術を身につけた、のだと思いたいな」

「そうで無いとしたら少々厄介な事になってしまう。それは困る」


 眉をハの字にして困った、と言う表情を浮かべているが口調からはとてもそうとは思えない。淡々とした語りからは危機感を感じられない。


「……用件はそれだけか?」

「うん、それだけだ。時間を取らせた」


 バイバイと手を振ってもう用事は無いと示す玲愛に誠は苦笑を浮かべる。そうして振り返った時には既に笑みの残滓は無い。ただ敵を見据える様な険しい目つきで誠は元来た道を戻る。

 特第一小隊の格納庫。そこでは搬入された予備機の調整を優美香を筆頭に行っていた。


「……ん? おーい、まこっち。りさちーとるかるかはどうだった?」

「元気そうだったよ」

「そかそか。無事に帰ってきて良かったよ。機体はボロボロだったって聞いたけど」


 二人の無事を聞いた優美香の表情が僅かに和らぐ。そこでふと顔を顰めた。


「それでまこっちは何でそんな怖い顔してるの?」

「怖い顔……? してるか?」

「凄いしてる。眼こんなんになってるよ」


 自分の目尻を指で思いっきり吊り上げる優美香の顔を見て誠は思わず吹き出す。彼女なりに表現をしたのだろうが、笑いを取りに来たとしか思えない。


「人が心配してるのに笑いおって……! まあそっちのが良いけどさ。それでどうしたの」

「ちょっとヴィクティムに聞きたい事があってな」

「ダーリンに? まあ今ダーリンは誰も整備してないから話すなら好きにして。私は向こうの調整続けるから」

「分かった。頑張れ優美香」

「これが私のお仕事さ、っと」


 スパナを器用に回しながら優美香は張り付いている整備兵の方に歩いて行く。その後ろ姿を見送って、誠はコクピットに入り込む。


《如何致しましたかメインドライバー》

「雫の昏倒の原因。お前だな、ヴィクティム」


 前置き抜きの質問ですら無い確認。人間ならば鼻白むだろうが、機械であるヴィクティムはそうではない。即座に返答があった。


《肯定》


 やはり、と誠は歯噛みする。苛立ちがマグマの様に競り上がって喉から溢れそうになるが、どうにかそれを飲み込み誠は問う。


「原因は」

《マッチング適性以上の共振を強行した結果、サブドライバーに過負荷がかかりました。その結果の昏倒です》

「……俺が無事な理由は? まさか例の最優先事項じゃないだろうな」

《否定。あくまで共振現象の主であるためと解答。そこに当機の制御は関与しません》


 それを聞いて誠は小さく安堵の息を吐く。卑怯な話だと自分でも思うが、ヴィクティムが誠を庇って雫に負荷を押し付けたのだとしたら合わせる顔が無いと思っていたのだ。細かい事は分からないが、ヴィクティムが敢えて搭乗者に害を与えるとはどうしても思えない。故に、今回の結果は不可避の物だったのだろう。理解は出来た。納得はしていないが。


「じゃあ雫をその共振現象の主にすれば大丈夫なんだな?」

《解答。それは二重の意味で不可能です。先ず第一に当機の最優先事項。第二に共振の主となるのは常に男性です。女性が主となる事は出来ません》

「……どうしてそんな事を今まで言わなかった」

《解答。聞かれなかったからです》


 その言葉に辛うじて塞き止めていた怒りが溢れだした。


「ふざけるな! そんな重要な事を聞かれなかったから答えなかっただと?」

《肯定。当機はAI。人間と同じ柔軟性を持った返答を期待されても限度があります》


 融通が利かないと思ってはいたが、まさかこれほどまでとは誠も思っていなかった。同時に納得も出来る。スムーズに受け答えできるので忘れがちだが、相手は機械なのだ。


「……搭乗員の健康に関わる事は全て情報を開示しろ」


 知っている事を全て教えろ、と聞かなかったのはこの様子からして自分のコードを延々と羅列するような事をしそうだと感じたからだ。今そんな事をされたらコクピットの中を殴り付けない自信が無い。


《了解。該当する情報を表示》


 モニターに表示されたかなりの量のデータを誠は流し見する。原理について今は知る必要はない。一体何をしたら危険なのか。それを把握する必要がある。


「この有人テレポートっていうのは?」

《解答。当機には量子テレポート機能が搭載されているが、コクピット内部に生物が存在した場合それが実行不可能になります。理由はテレポート時に生物から生命反応が失われるとの実験結果が存在している事です》

「……テレポート機能があるなんて聞いてない、いや言わなくていい。どうせ聞かれなかったから、だろう」

《肯定》


 舌打ちをして画面をスクロールさせる。とりあえずの結果としては今回のがかなり稀なケースだと言うのが分かった。それだけで一先ずは満足しておく。

 この機会に他にも色々と聞くべきかとも思うが、何しろ時間が無い。次の出撃に必要そうな事を聞くのが優先だと誠は考え、頭の中でリストアップしていく。


「雫はすぐに乗れるのか?」

《可否を問うならば可能。しかし当機としては非推奨。共振の反動によるダメージは外傷ではなく人が持つエーテルに直接負う事になります。故に、再び負荷を掛けるEAOFへの搭乗は避けるべきかと》

「と、なるとリサにまた乗って貰う事になるのか」

《現状のドライバー候補の中では最も優秀な数値です。他に選択肢はありません》


 だが、と誠は思うのだ。雫と乗った時のヴィクティムでも歯が立たなかった。果たしてリサが乗った時で対抗できるのだろうか、と。不安を抱きながら誠はヴィクティムから降りた。

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