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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第四章 覚醒
37/91

33 消耗戦

 満ち始める輝きを見て誠は己の直感が正しかったと否応なしに理解させられる。あれがこちらの眼を楽しませるだけのイルミネーションなどと言うのは天地がひっくり返ってもあり得ない。


「ヴィクティム! 浮遊都市全域をエーテルコーティングで覆えるか?」

《理論上は可能。ただし現状の出力では十分な強度を確保できない可能性あり》

「それでもいい!」


 エーテルレビテーターを停止させてヴィクティムの両足が甲板を掴む。そのまま膝を突いて両手を突いて四つん這いになる。


「高エーテル反応……攻撃が来ます!」


 雫が警告を発するのと誠の準備が整うのはほぼ同時。全身からごっそり力を抜き取られたような感覚が誠を襲う。


《適用範囲の拡大を完了。エーテルコーティング出力最大》


 自身の数百、数千倍にも及ぶサイズの物体を全て覆うためにはヴィクティムの全出力をエーテルコーティングに注ぎ込んでも尚足りない。完全な無防備状態になったヴィクティムを狙ってASIDがぞろぞろと近寄ってくるが、その尽くが弾丸、或いは足刀によって頭部を砕かれている。


 そして更に上空。高まりつつあった輝きが今まさに決壊しようとしていた。


《浮遊都市全域のエーテルコーティング完了》


 その言葉に合わせたかのようなタイミングで空から都市部目掛けて閃光が降り注いだ。落雷の様な一瞬の煌めきではなく、まるでもう一つの太陽が生まれたかのような輝き。巨大な光の柱に目が眩む。ヴィクティムのエーテルカノンを遥かに超えるエーテル内包量。あんなものを受けたら浮遊都市の都市部は壊滅するだろう。

 ヴィクティムの施した追加のエーテルコーティングは十分に役割を果たしているようだった。まるで腕から血を抜かれ続けているような倦怠感は急激なエーテル消費――人が発する生エーテルの消耗の結果だ。その影響を受けているのは誠だけではない。後部シートに座っている雫も、むしろ雫の方が重症と言える。真っ青な顔をして操縦桿に縋り付く様にして辛うじて意識を保っていた。

 いけない、と誠は本能的に察する。明らかにこの状況は普通ではない。こんな無謀を続けていたら身体がどうにかなってしまう。そんな予感。そしてそれは恐らく自分よりも雫の方が早い。


「しず、く……! 大丈夫か」

「大、丈夫です」


 大丈夫なはずがないと誠は思う。だがここでこれを止めたら浮遊都市は滅びる。それが分かっているが故に限界と言う名の砂時計の砂が落ちて行くのを見続けるしかない。

 不要な個所のエーテルコーティングは殆どカットして被弾している都市部にのみ集中させている。それでもこの負担。一体相手にはどれだけの余力があるのか。


「ヴィク、ティム! あいつの出力は……」

《現在の攻撃の出力は約四百。レビテーター、フィールドを含めると八百を超えると思われます》


 その数値を聞いて聞くんじゃなかったと誠は後悔する。こちらは限界ぎりぎり。だが向こうはその気になればまだ出力を上げられると言う事実。意気が折れそうになる。


《共振効率53%。現状の出力維持可能時間残り二分十七秒》


 相手の砲撃は未だ途絶えない。そしてこちらのエーテルコーティングは二分と少しで途絶える。すぐそこで死神が肩を叩く。そんな錯覚を覚える寸前に、


『都市部全域へのエーテルコーティングか……。貴方様も無茶をする。ですが助かりましたぞ』


 そんな聞き慣れない声が聞こえた。一瞬誰だか分からず、記憶を探って漸く思い出す。


「エイジ……?」

『左様。エーテルコーティングの解除を。それ以上は危険なはず』

「いや、でも解除したら……」


 都市部が、と言う誠の無言の訴えは向こうにも通じたのだろう。通信回線が開いた。そこに写っているのは以前に誠が一度だけ出会った少年の姿をした浮遊都市の支配者。


『貴方様。我はエイジ。浮遊都市を支配し、護るモノです。その対策を取っていないとでもお思いで?』


 悩んでいる時間は無い。


「ヴィクティム!」


 その声だけで全てを了解したとばかりにヴィクティムは動く。


《エーテルコーティングの適用範囲を通常に。コーティング解除》


 瞬間、力を吸い取られるような感覚が無くなった。減った分が戻った訳では無いが少なくとも流出は止まる。萎えかけた身体をどうにか起こして後ろの雫を気遣う。


「生きてるか、雫」

「最初に、言う、セリフが、それですか……」


 生きてはいるようだった。だが息も絶え絶えだ。誠以上に消耗している。


「何で誠さんは、すぐに復活してるんですか」

「体力差、じゃないかな」


 会話をする余裕が出来たのを察したのか、リサとルカからも通信が飛んでくる。


『事前に一言位ないとこっちもフォローが間に合いませんよ、誠君』

「すまん、次からはやってから一言言うようにする」

『誠様……それは事後承諾って言うんです』


 冗談めかして誠は言っているが身体に感じる気怠さは誤魔化しようがない。ヴィクティムに乗って疲労感を覚える事は何時もの事だが、これほどの感覚は初めてだ。


 ヴィクティムが防御を止めても浮遊都市は健在だった。エイジが発生させたエーテルコーティングらしき物はしっかりと敵の砲撃を受け止めている。もしかすると余計な事をしたのかとさえ思う程の安定感だ。そんな誠の不安を一蹴するかのようにエイジからの通信が入る。


『いや、助かりましたぞ貴方様。少しばかりこれを展開するには時間がかかるのでな。上からの攻撃はお任せを。図々しくも土足で上がり込んだ無作法者共の退治をお願いしますぞ』


 なるほど、確かに。巨大ASIDからの砲撃に対して浮遊都市は小揺るぎもしていない様だった。そちらは任せても良いだろう。


「了解だ」

『ふ、ふふふ。六百年間ため込んできたエーテル結晶体を惜しみなく使っておるわ。そう簡単には落ちはせん』


 そんな笑い声を背に誠は改めて眼前の敵に向かい合う。完全に無防備だったヴィクティムをリサ、ルカだけでなく第三ゲート守備隊までが守ってくれていた。助けに来たのに余計な手間をかけてしまったと誠は心の中で反省する。ヴィクティムとリサ機、ルカ機。その三機を取り囲む様にASIDの包囲が存在し、更にその外縁に守備隊がいた。そしてその包囲はジリジリと輪を狭めてきている。


 一刻も早く殲滅しなくては。その思いに突き動かされて参戦しようと立ち上がる。そのタイミングで異常に気付く。出力があがっていない。ゲージを見ても最底辺を行ったり来たりしている程度である。


「ヴィクティム?」

《サブドライバーの昏倒により共振を中断。RERは現在メインドライバーの単独起動モード》


 昏倒。その言葉に誠は慌てて振り返る。彼の視界に飛び込んできたのは肌を病的なまでに白くさせ、顔を俯かせて苦しげに喘いでいる雫の姿だった。


「雫……? おい、雫!」


 どう見ても尋常ではない様子に誠も状況を忘れて取り乱す。雫の性格上、搭乗寸前まで体調不良を自覚できなかったと言う事は有り得ない。人一倍自分に厳しく、見た目とは裏腹に他人に優しい性格だ。そうなると可能性として考えられるのは、自覚して尚隠していたか。或いはこの短時間で急激に悪化させたか。どう考えても後者にしか誠は考える事が出来ない。無論、推測だ。

 兎も角理由は定かではないが、現在敵に囲まれている状況でヴィクティムの性能が大幅にダウンしたと言うのは最悪に近いニュースだ。


 そのタイミングを狙い澄ましたかのように一体のASIDが棍棒で殴りかかってくる。棍棒盾持ちの個体はこれまで防御に徹していたにも関わらずだ。その一撃を大鉈で受け止めて、ヴィクティムが一歩後ずさった。体勢が良くないと言うのもあるが力負けしている。平時ならばその状態からでも棍棒毎ASIDを切り裂けるのだが、今は拮抗状態を作り出すのが関の山。

 更に体重をかけようとしてくるASIDの腹を足の裏で蹴り飛ばし、たたらを踏んだところを二度三度と大鉈を叩きつけて頭部を潰す。一体倒すのでこれだ。こんな綱渡りを何度も続けられるはずがないと誠は歯噛みする。まだ後ろには四十体近く控えているのだ。


 その手間取った様子を不審に思ったのか、即座にリサから通信が飛んでくる。


『どうしましたか誠君』

「雫が倒れた。ヴィクティムの出力が上がらない」


 前置き抜きに状況を報告するとリサの顔が大きく歪んだ。何を意味するのか即座に理解したのだろう。

 現在のヴィクティムの性能はハイロベートよりはマシ、と言った状態だ。一対一ならばこの場にいる誰よりも強いが、相手のAISDは数を減らしたとはいえまだ四十以上いる。守備部隊を含めても数はほぼ互角。そうなるとヴィクティムが撃墜される可能性が生じてしまう。


 それは何よりも避けないといけない事態だ。


 一瞬リサが瞑目して小さく呟いた。余りに小さな声量だった為、通信回線にも乗らず誠にも届かなかったがリサはこう言ったのだ。


 ――これがボクの運命か。


 と。その真意はリサにしか分からない。あの日、誠と出会った日に死に損なったと言う思いを抱えてきた彼女にしか。


『誠君。ボクとルカ、守備隊で連携して包囲の一角に穴を空けます。そこから突破して第三ゲートの中に逃げ込んでください』

「逃げ……いや、それしかないか」


 敵を前にして背を向ける。その事に屈辱を覚えている自分に誠は何よりも驚く。この半年でそんな矜持めいた物さえ芽生えていたのかと。だが今のヴィクティムが普段とは比較にならない程撃墜のリスクが高まっていることは誠も理解している。そしてヴィクティムも。


《非常に遺憾であるがウェイン嬢の判断を支持する。マイドライバー、サブドライバーが昏倒中の今、当機は非常に脆弱です。ここは耐え忍んで後退すべきと当機も判断》

「分かっている。リサとルカはどうするんだ」

『ボク達は包囲の中に残ります』

「……は?」


 何を、言っているのか。誠には理解が出来なかった。思わず漏れた疑問の声をどのように理解したのか。リサは言葉を続ける。


『可能な限り敵を惹きつけておかないとヴィクティムを追ってASIDが都市内に入りかねない。そうで無くともこれだけの数が一斉に向かえば守備隊だけでは捌き切れない可能性が高いですしね。ある程度引き付けたらボク等も脱出しますから……』

「待て……ちょっと待ってくれ。それってつまりここで囮になるって事か? リサと、ルカも?」


 四十機近い相手の中で囲まれたまま囮になる。それが文字通りの撒き餌である事は誠にも理解できた。一度包囲を崩すのも死力を尽くす必要があるだろう。その後で囮となり、更にもう一度包囲を崩して脱出する。そんな神業は不可能だろう。

 つまり、ここに残ると言う事は今の状況だと死を意味する。


『その通りです誠様』

『聞いてたね、ルカ? 行くよ』

『はい、お姉ちゃん』

「いや、だから待てって! 二人を置いて行くなんて出来るはずないだろ!」

『時間がありません、誠君。離脱の準備を』


 包囲は秒単位で狭まっている。議論に割ける時間は殆どないと言うのも理解している。だがそれでも、こんな結論は認められない。


「何でそんなにあっさりと……自分の命を使い捨てられるんだよ!」

『あっさりとじゃありませんよ』


 ルカが敵の一角に駆ける前にそう言った。


『私は誠様の為だからここで命を使えます』


 そう言ってルカのハイロベートは一気に地面を駆ける。最後に遺言めいた事を、少し冗談めかしながら言い残して。


『雫さんに頑張ってと伝えておいてください。貴女だけが頼りですと……ああすみません。優美香さんにも、です』


 そして通信回線が切れる。止める暇も無い。手を伸ばしてもあっさりと届かない場所に行ってしまった。まだ誠は決断できないでいる。


『……っ! ヴィクティム! ボクを一時でも君の搭乗者と認めたのなら言う事を聞きなさい! 誠君を連れて走って! 早く!』

《了解。最優先事項に該当すると判断。操縦系に強制介入。自立行動モード》

「ヴィクティム!?」


 何時までたっても動こうとしない誠に業を煮やしたのリサがヴィクティムに叫ぶ。その必死の訴えに答えたのか、或いはヴィクティム自身が言ったようにそれが己の行動原理だからか、誠の意志を無視してヴィクティムが動き出す。


『言ったでしょう? 誠君の背中はボクが守りますって。どうか生きて下さい。こんなところで死ぬべき人じゃないって信じてますから』


 そんな祈りめいた言葉を置き去りにしてヴィクティムが走り出す。


「待て、止まれ、止まれって! 俺の言う事が聞けないのかヴィクティム!」

《肯定。当機はヴィクティム。その最優先事項はメインドライバーの保護。そしてクイーンの撃破。ここで機体を消失するリスクを許容するわけには行きません》

「二人を置いて逃げろって言うのか。お前も!」

《肯定。それが二人の意志であり、この場で最も合理的な判断です。ここに当機が残ったとしても両者の生存確率の向上には一切寄与しません》


 分かっているのだ。誠にも自分がここにいて役に立つことは無いと理解している。だがそれとこれは別だ。役に立てないからと言って見捨てる理由にはならない。


「頼む……止まってくれ、ヴィクティム」

《その要請は受諾できません》


 ルカの機体がASIDを蹴り飛ばす。頭を潰すのではなく、隣のASIDを巻き込む様に転倒させる。リサの狙撃が地面を穿った。外したわけではないだろう。如何に極限状態とは言えこの距離では外さない。その足元を狙った狙撃でASIDの一体が足を止める。その背に別のASIDがぶつかり、数体のASIDが団子状態になる。

 二人がしているのは徹底してASIDの行動を阻害する事。奴らは撃破された個体は容赦なく蹴飛ばし踏み越えて行くが、動いている個体はそうしない。その性質を利用し、阻害行動を繰り返す事で陣形を崩し、徐々にだが隙間が広がっていく。そして遂に一機が通れるだけの隙間が生まれる。


『行って、ヴィクティム!』

『行ってください誠様!』


 すっかり慣れてしまった普段のヴィクティムの速度と比較すると半分も出ていない遅さ。包囲が崩れてから動き出したのでは間に合わない。だからヴィクティムは崩れる前から動き出していた。そのタイミングで包囲の空いた箇所を最高速度で通過できると計算して。或いは信じる、と言う事を学習したのかもしれない。


《両名の支援に感謝する。武運を》


 チカチカと。別れを惜しむ様にヴィクティムはカメラアイを点滅させて真っ直ぐに第三ゲートに向けて走り出す。数体が追い縋るが、その数は守備隊で十分に対処可能だ。防衛線を突き抜けてゲートの中に飛び込む。


「リサ、ルカ!」


 そして二人の名前を叫ぶ誠の前で扉は固く閉ざされた。

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