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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第四章 覚醒
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32 近付くモノ

「なっ」


 金属同士が擦れ合う音。斜めに構えられた盾の上を大鉈が滑る。刃が立っていない。本来の切れ味の半分も発揮できず、勢いはそのままに大鉈はASIDの頭上を駆け抜けた。

 まさか回避されるとは思っていなかった誠はヴィクティムの制動を慌てて行うが間に合わない。体当たりとも呼べない不格好な姿勢でぶつかり縺れ合う。


「あぐっ!」

「きゃあっ!」


 ここしばらく感じた事の無い大きな衝撃。誠が最後に感じたのはトータスカタパルトの時だっただろうか。当然雫は初体験である。上下左右に揺れるコクピットの中で誠と雫は悲鳴を上げながらも操縦桿にしがみ付く。パイロットスーツは意識しない限りシートから外れないとはいえ、これだけの揺れの中で無防備なままでは失神してしまう。


 未だに揺れている気がする視界を頭を振る事で立て直す。そうして改めて相手の姿を確認して呻いた。


「盾に、棍棒……。余りになじみが有り過ぎて気付かなかったぞ」


 どちらもアシッドフレームが持つ武器としてはありふれた物だ。それ故に違和感が少なく気付くのが遅れてしまった。武器をASIDが持っている。その異常に。


「地面に転がっている残骸の何割かはASIDの物みたいですね」


 手に武器を持っているからアシッドフレームだと早とちりした。だがこうしてASIDも同じような物を持っている以上判別は咄嗟には難しいだろう。大概のASIDは頭部を潰されて転がっているのだから尚更だ。


「包囲が完成しました。どうしますか?」

「どうするもこうするも」


 機体は無傷だ。相当な勢いでぶつかった結果、新型ASIDの装甲はトラックを受け止めたようにひしゃげている。その差は純粋にエーテルコーティングの強度、つまりエーテルリアクターの出力差が生み出した物だろう。


 機体性能の優位性は失っていない。それに気付けば余裕も生まれてくる。


「ヴィクティム。敵の性能は予測できるか?」

《推論。先ほどの攻防から敵の出力、機体強度共に従来のハイロベートベース型と大きな差は有りません。しかしながら運動性能に関しては約三割が向上。格闘戦の能力は上がっていると考えても良いでしょう。更にASIDの思考パターンの変化を確認。道具を得た故に変化したのか、変化したが故に道具を用いるようになったのかは不明》

「思考パターンの変化?」

《戦術行動の変化と言い換えても良いでしょう。要約するのならば、以前よりも手ごわくなった、の一言で済みます》


 なるほど確かに、今までよりも強くはなっているのだろう。現に大鉈の一閃を受け止められた事からもそれは確実だ。これまで一度たりとも受け止められたことは無い。ましてただ盾を使ったのだったらそのまま上から斬り潰していただろう。そうならなかったのは斜めに構えて斬撃を逸らしたからだ。戦闘に対する術理を心得ているのは間違いない。


「でも俺たちよりは弱い」

《肯定》


 だが、それだけの話である。1が2になった程度ならば誠達にとっては何の問題も無い。一発叩いて潰れるのならば二発叩けばいい。そんな手間の問題だ。


 囲まれた状態を厭ったのは単に面倒だからだ。後ろから攻撃されればダメージは無くとも動作が止まる。その繰り返しは少なくない時間を浪費させる。言い換ええてしまえば、囲まれたままでも殲滅は十分に可能だ。


「可能な限り数を減らす。アシッドフレームだと荷が重い」


 これまでとは違いアシッドフレーム側に優位性は無い。間合いと機体の制御技術で並ばれてしまった現在、戦力比は完全に互角となっている。つまり、正面から殴り合えばかなり危険な相手だ。

 これからここに来るリサとルカの負担を少しでも減らす。そんな事を考えながら誠はヴィクティムを走らせる。新型ASIDは包囲陣形を作り終えている。戦闘に盾を持った個体が、その後ろには長物――原始的だが槍だろうか――を持った個体が控える。この場にいる個体全てがヴィクティムに向かっていた。


「モテモテだな」

《溢れ出る魅力がそうさせるのでしょう》

「そうだな。優美香とかにもモテるしな」

《彼女の言を引用しましたが、ASIDが惹かれる当機の魅力とは何なんでしょうか》

「知らん」


 珍しい事を言う物だと思ったらどうやら優美香の発言を引用しただけだったらしい。確かにいつも魅力的だのどうのと言っていた。優美香の感じる魅力とASIDが感じる魅力が同じ物とはとても思えなかったが。


 手近な一体を袈裟切りにする。当然の様に盾で防がれた。刃を立てないように斜めに構えていたが、既にそう来ることは承知済みだ。斬ると言うよりも殴り付ける様な一撃の衝撃までは殺しきれなかったのか。体勢を崩してたたらを踏む。それをフォローするように槍衾が迫るが、ヴィクティムからすればそれは雨を浴びる程度の意味しか持たない。その全てを無視して崩れた個体の盾を掴みその内側に腕を差し込む。槍が突き立てられるがその全てがヴィクティムの装甲に触れた瞬間に圧し折れる。


「エーテルバルカン!」


 上腕部に仕込まれた銃口が咆哮した。毎分四千発の弾頭が二カ所から放たれる。胸部に撃たれたのはほんの三秒。その間に四百発の弾丸を浴びせられたASIDは胸部にいびつな穴を空けて崩れ落ちた。


 包囲陣に隙間が生じる。その隙間に機体を滑り込ませた。目の前には折れた槍を構えているASID。槍を握ったままの腕を引きちぎる。金属的な悲鳴があがった。ふとそう言えば今日ASIDの声を聴くのは初めてだと誠の頭にどうでも良い考えがよぎった。

 ボロボロになった槍とは言え、かなりの長さ。折れていてもリーチは大鉈よりも長い。腕が付いたままのそれを奪って更に奥にいるASIDの頭部を貫く。粗末な槍であろうと、ヴィクティムに握られた時点で機体の一部とみなされて槍自体にもエーテルコーティングがかかる。即席の武器としては十分だ。


 包囲陣の一角が完全に崩れた。だがそれに動揺する事も無く――ASIDに動揺するという概念があるのかは疑問だが――即座に陣形を組み直そうと動き出す。


 その機先を制するように動く影があった。


『やぁああああ!』


 気合の声と共に横合いから飛び込んできたアシッドフレーム、ハイロベートが槍を持った個体の背後から強烈な飛び蹴りを浴びせる。余りに苛烈な格闘戦に誠は呆然とした声を出した。


「あんなことして機体は大丈夫なのか?」

「多分ですけど攻撃の瞬間にエーテルコーティングを脚部に集中させてるんだと思います」


 誠の疑問に答えたのは雫だ。センサを見て読み取ったのだろう。雫の考察にヴィクティムも同意を示す。


《山上雫の考察の通りだと考える。その代償として攻撃部位以外のエーテルコーティングは最小限、普段ならば問題の無いダメージも致命打となる可能性がある》


 遠まわしに、だからヴィクティムはそう言う事をやらなかったんだと弁明してきた。確かに誠としてもそんな一か八かの想いをしてまで格闘戦をしようとは思わなかっただろう。


 ルカの攻撃は止まらない。飛び蹴りの反動で着地。そのまますかさず右回し蹴りでもう一体のASIDの頭部を吹き飛ばす。追撃の宙を舞っての左蹴り。両腕を地面についてロンダート。そして綺麗に着地した。その動きが硬直した瞬間を狙って三体が持つ槍が放たれる。突き出される穂先。その全てに。


『遅い遅い遅いですよ!』


 弾丸が突き刺さる。半ばまで圧し折れた槍。それが届くころにはルカの機体は既に制御を回復している。腕で打ち払い、足刀で打ち落とし、体捌きで躱す。後ろに大きく飛んでヴィクティムの隣に並んだ。


『誠様。早すぎます』

「急ぎだと思ったからね」


 そんな言葉を交わしているのを感じ取ったのか、或いは隙だと感じたのか、盾持ちの一体が手にした棍棒を振りかぶって迫る。

 着弾はほぼ同時。棍棒が砕かれ、頭部を撃ち抜かれて一瞬で無力化される。


 先の槍への攻撃。そして今の二連射。下手人は言うまでもない。


『二人ともフォローをボク任せにするのはやめてくれませんかね』

「リサを信じてるんだよ」

『お姉ちゃんを信じてますから』


 誠とルカが声を揃えてそう言うとリサは半眼にして通信回線越しに睨んでくる。


『二人揃ってそんな事を……』

「……っ! 甲板上の全機に通達! 指定ポイントの機体は至急退避を! 上から来ます!」


 雫が早口に叫びながらアークの通信を介して甲板上に出ている全機に位置情報を送信する。それが何を示しているかと言うのは最後の一言ですぐに分かった。

 上空の巨大傘型ASIDがまたも鉄球を落下させているのだ。誠達が立っている地点もそれに含まれている。


 飛びずさりながら誠は武装をコールする。


「エーテルカノン!」


 甲板を滑走しながらエーテルカノンを展開。二つ折りになった砲身が一本になり、上空に狙いを定める。狙うは落下中の鉄球、そしてその先にいる巨大ASIDだ。


「誠さん。優先ターゲットを表示します。この鉄球の予想落下地点に行動不能になったアシッドフレームが存在します」

「了解だ」


 チャージには時間がかかる。このままでは全部撃ち落とせないと歯噛みした所でリサのハイロベートが膝を突いて狙撃銃を構える。


『ルカ、援護を!』

『はい!』


 動きを止めたリサ機を狙うASIDをルカのハイロベートが足技で蹴散らす。そのフォローを受けてリサのスナイパーライフルが火を噴く。落下中の鉄球の一つに命中する。だがその程度では大したダメージにもならない。更に一発。鉄球は健在。そして一瞬溜めるように動きを止めたかと思うとマズルフラッシュが瞬きする間に三度煌めく。

 鉄球に着弾したのは三発。計五発で空中で鉄球が弾ける。それは中のASIDが企図した行為ではなかったのだろう。錐もみ回転をしながら落ちて行くASIDに更に追撃。都合六度の射撃で大きく軌道を逸らされた鉄球は落下するはずだったアシッドフレームが擱座した地点から遠く離れてアークの甲板の上にも乗らず遥か地面へと落下していく。


 本来ならばリサのスナイパーライフルでもあの鉄球を貫通する事は難しい。それを成し遂げたのは全て同一カ所に着弾させると言う離れ業の結果だ。それに気づいたのはヴィクティムと、そのセンサを通じてみていた雫だけだ。噂以上の腕前に雫は息を飲む。ルカの足技も見事な物だった。そんな中に自分が混ざっていると言う事に雫は違和感を感じずにはいられない。


「チャージ完了……」


 残った味方を巻き込む落下地点に行く鉄球は全て射程内に収めている。


「発射!」


 照準が外れない内に引き金を引き絞る。砲口からかつてない程のエーテルが溢れだす。浮遊都市の甲板に閃光が生まれたかと思うとそのまま上空へと光が伸びて行った。十三の鉄球を飲み込み一瞬で蒸発させる。抵抗も何も許さない。激流の中に泥団子を放り込んだが如く容易さで消し去った。

 その威力を見て誠は改めて恐ろしいと感じる。もしもこれが浮遊都市に当たったらどうなるのか。少なくとも良い結果にならないのは分かりきっている。そんな兵器が自分の意志で動いていると言うのは頼もしさと同時にやはり恐ろしい。


 光の矢は天を駆け上って傘型ASIDへと延びて行く。それがもうすぐで届くと言うところでその軌道を大きく曲げた。まるでASIDの周りに見えない球体があるかのように弧を描いて拡散していく。そして分散した奔流はバラバラの方向に飛び青空に消えて行った。


「何だ、今のは」


 エーテルコーティングで耐えられた訳では無い。それよりも遥かに手前で見えない何かに防がれたように見える。


「ヴィクティム。今のは何か分かるか?」

《詳細不明。当機に類似する装備は存在しません。推論。エーテルを利用した防御兵装。流動するエーテルの層でエーテルのベクトルをずらし攻撃を逸らす物と思われます》

「厄介な……」


 つまりエーテルカノンは今の様に受け流されると言う事だ。エーテルバルカンも原理的にはほぼ同じ物である以上同様の結果に終わるだろう。


「対処方法は思いつくか?」

《暫定呼称、エーテルフィールドと命名。フィールドの特性上エーテルのみで構成された攻撃のみ受け流せると推測。従って実体兵器での攻撃が有効。或いはフィールドの内側に入り込めればエーテルカノンでも本体に届くと思われる》

「あの空高くいる奴の内側に、か」


 大分高度を下げているので飛び移るのも不可能ではないだろう。向こうが素直に待っていてくれればだが。あれが空を飛ぶだけしか能の無い運び屋には思えないのだ。

 そんな誠の懸念を証明するように、多数の鉄球を取り付けた部分。水晶状の柱が光を帯び始めていた。

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