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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第四章 覚醒
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31 空から舞い降りる絶望

 慌ただしくなる下層区画。通称基地階層とも呼ばれる階層の通路を誠は全速力で走る。途中で何度かすれ違いざまに肩がぶつかったが謝る時間さえも惜しい。その勢いのままにドレッシングルームに駆け込む。

 既にリサが着替え中だった。この緊急事態に恥ずかしがる余裕は無い。余裕がある時ならば着替えの時間をずらすがそんな暇も無い。誠も気にすることなく来ていた服を脱いでパイロットスーツに着替える。


「放送、聞きましたか?」


 口を開いている間も手は止まらない。リサもパイロットスーツを着て首元までジッパーを上げる。


「ああ。聞いた。上空にいる馬鹿でかいASIDも見た。一キロはあったぞ……」

「浮いていてそのサイズ……まさか」


 リサの無言の問いかけは誠にも分かった。クイーンではないのか。リサはそう問いたいのだろう。小さく首を振る。


「いや、違うと思う」

「その根拠は?」

「勘」


 本当のところは龍型がクイーンだと言う映像を見ていたからそう感じたのだが、あれは機密に属する映像だ。そしてその入手手段もイリーガルだ。余りおおっぴらに出来る物ではない。

 だがクイーンで無いにしても相当に強力な個体であることは間違いない。それ以上に脅威なのが。


「卵みたいな球体が沢山ついてるんだが……その一個一個が通常タイプ、なのかな。とりあえずASIDだ」

「沢山、と言うと」

「パッと見た感じ千は下らないと思う」

「千……」


 浮遊都市に存在するアシッドフレームの総数は五百弱。その内一割ほどは予備機と言う事を考えると実動数は四百五十程。実に倍近い数だ。

 何より先ほど見た個体が未知のタイプだと言うのが気になる。あの球体一個一個があのタイプだとすればジェネラルタイプと言う事は無さそうだが、人型とは言えハイロベートのベースタイプとはまた違う種類。その戦力比は一体いくつになるのか。それによって総戦力では大きな開きが生まれる可能性がある。


 恐らくだがヴィクティムならば問題なく対処できると誠は思っていた。正面切って戦う限り遅れは取らない自信もある。だがそれ以前の問題だ。ヴィクティムは同時に二カ所に存在できない。あの千体が他方から一斉に攻めたててくればその全てを同時に殲滅するのは難しいだろう。ここは空の上、浮遊都市だ。破壊力のある兵装は使えない。ハーモニックレイザーなど論外。エーテルカノンでさえ危険を伴う。


 拙いかもしれない、何て言う事は二人とも口にはしなかった。だが表情がこれ以上ない程に物語っている。現状はかなり厳しい。

 唯一救いを上げるとしたらあの千を超える鉄球はいくつかが地面へと落下している事だろう。そのお蔭で浮遊都市が一気にASIDに占拠されると言う最悪の事態だけは避けられた。


「先に行きます」

「すぐに行く」


 一足先に着替え終わったリサが足早に部屋を出て行く。入れ替わるように雫が入ってきた。


「すみません、遅れました」

「先に起動している。そっちも急いでくれ」


 ヘッドセットを耳に取り付けて誠も支度を終える。通路を駆けて格納庫へと向かう。既に優美香がそこに待機していた。


「機体状況はホット。エーテルリアクターは私で最低出力で起動させてある」

「流石だ。助かる」

「……気を付けてね」


 しおらしい言葉を掛けられて誠は意外そうな顔をして優美香の方を見る。既に状況は聞いているのだろう。その表情には不安が色濃い。


「らしくないな。何時もなら『ダーリンに傷つけたら許さないんだから!』とか言うところだろう」

「……まこっちが私の事をどう思っているかはよーく分かったよ。一回だけしか言わないからちゃんと聞いてね」

「何だよ改まって」


 間違ってもここで告白などしないで欲しいと誠は思う。死亡フラグにも程がある。尤も優美香だ。その心配はあまりしていない。


「機体はどんなにボロボロになったって良い。ちゃんと持ち帰ってくれたら私達整備兵が直して見せる。でも死なないで。死んじゃったらどんな名医だって治せない。どんな機械でも直せる私達でも人は治せないから。無事に帰ってきて欲しい。それが私達の本音だよ」

「……りょーかい」


 そんな優美香の本音を聞いて誠はがりがりと頭をかく。掻いてぼやく様に言った。


「優美香ってあの機械フェチが無ければ良い女だよな」


 それは誠の偽り無き本音だった。恋愛対象云々は抜きにして、非常に良い女だと心の底から思ったのだ。尤も、その機械フェチがありとあらゆる長所を塗りつぶしてしまうのだが。

 誠のその言葉をジョークと取ったのかニヤッと笑って優美香が言う。


「ふっふふ。ダメだよまこっち。私の心は既にダーリンの物だからね」

「言ってろ」


 とびっきりの冗談を聞いたかのような笑みを交わし合って誠はヴィクティムのコクピットに滑り込む。優美香が言った通り既に機体は起動している。前部搭乗席に飛び込んでテキパキと発進準備を進める。


「各種センサ起動。機体状況チェック、オールグリーン。僚機とのデータ接続開始」

《了解。データリンク接続。機体ステータスを共有》


 ヴィクティムの性能は通信面でも隔絶している。近隣の機体の状況、周辺のデータ。それらをリアルタイムで同期して通信範囲内の機体と共有できるのだ。今回の様に浮遊都市のセンサがカバーしていない上方向の情報を遅滞なく得られると言うのは大きい。


《小隊各機との通信確立》


 その言葉と同時にリサのハイロベートとルカのハイロベートと通信が繋がる。機体状況も同じく。当然ながらどちらもグリーン。良好だ。

 頭上から響いてくる音は先ほどの球体が次々と落下してきているのだろう。投下位置を居住区であるドームから展開用の甲板に移した為落下する球体はかなり少なくなっているようだった。今また一つが落下した音。このペースではあっと言う間に百を超えるだろう。


 遅れてきた雫がコクピットに飛び込み、ハッチが閉鎖される。密閉され声が外にもれなくなった状態で雫が口を開いた。


「……勝てますでしょうか」


 その声は小さく震えている。不安なのだろう。誠自身圧倒された。あの巨大なASID。トータスカタパルトもあれと比較すれば赤子の様な物だ。そして千体以上のASIDの群れ。間違いなく誠がこれまで戦った中でも最大の数だ。それを見て無心でいられる程誠は強くない。それでも言わなくてはいけないだろう。


「勝つ。勝たないといけない」


 それも僅差で勝つのではない。圧倒しなくてはいけない。何故ならば既に都市住民は知ってしまった。空を飛ぶASIDがいると。それを悠然と撃退できるようでなければ遠からず不安から暴発する事になるだろう。


 だが誠のその答えは雫にとっては満足できるものではなかった様だ。声音から不安の色は消えない。


「そう、ですね。勝たないと、負けたら全員……」


 ちらりとみた雫の表情は切羽詰まっていると言っても良い。気負いすぎてると感じた誠は何か言おうと口を開きかける。だが丁度そのタイミングで通信――管制室からの物が届いた。これを無視するわけには行かない。


『こちら管制室。特第一小隊聞こえますか?』

『こちら特第一小隊。聞こえています』


 通信に応じたのは外行きモードのリサだ。戦闘力ではヴィクティムが断トツだが、そのパイロットの誠は部隊指揮などした事も無い。雫もあくまで戦域情報を整理するのが得意なだけで、指揮は別だ。必然、遠征隊隊長まで務めたリサにお鉢が回ってくる。


『現在の状況を説明します。都市上空に出現した巨大ASIDは鉄球を投下する以外は行動を起こしていません。こちらから刺激する事は避け、まずは投下された鉄球の対処に当たります。鉄球内部には未知のタイプのASIDが収納。既に数体が都市に取りついています』


 ヴィクティムのコクピットに浮遊都市の甲板部の図面が送られて来た。同様の物がリサとルカの元にも送られているのだろう。


『アーク内部に侵入するためには計五つあるゲートを通過する必要があります。都市部への侵入は絶対に阻止しなければなりません。故に都市内のフレーム部隊の大半は分散してゲート防衛に配備されます』


 その言葉と同時にアシッドフレームを模したアイコンが五つある赤点へと分散していく。赤点はゲートを示している。更にアイコンの隅に書かれた数字は恐らく配備数だろう。


『各ゲートを交代要員含め六十機のアシッドフレームで固めます。更に残り五十を予備兵力として後方に待機。残りのフレーム部隊を遊撃とし甲板上の敵ASIDを殲滅します。特第一小隊は遊撃部隊として活動をお願いします』

『了解。他の遊撃部隊はどういう編成になっていますか?』

『特第一小隊の他には第三大隊が遊撃を予定しています。――現在の状況を更新します。甲板上に落着したASIDの総数は現時点で七十を超えました。早急な対処をお願いします』

『了解……小隊各機準備は良いですか?』


 通信を終えたリサが確認をしてくる。既に誠は準備万端だ。問題は雫なのだが、誠の杞憂を吹き飛ばすかのようにはっきりと言葉を発した。


「私は大丈夫です。誠さんは?」

「俺も大丈夫」

『ルカ・ウェイン。準備完了です』


 機体ステータスを確認。全機問題なし。リサの機体もルカの機体も状態は良い。戦闘中に異常が発生する様な事も無いだろう。


《敵ASID群の解析結果。現在展開中のASID群の中にジェネラルタイプクラスのエーテルリアクター反応は確認できず。未確認種の性能に関しては直接接触しない限りは推測の域を出ない》

「ジェネラルタイプがいないってだけでもいいニュースだ」

『本当ですね』


 この状況で地下施設を襲撃した様なジェネラルタイプがいたら一瞬でゲートは突破されていただろう。何しろ八百メートルの岩盤を突き抜けてきたのだ。通常のアシッドフレームならば触れただけで粉砕されてもおかしくない。


「さっき言ってた第三大隊って何なんだ?」

『誠様も面識があるらしいですが、嘉納玲愛を擁する浮遊都市最強と言っても良い部隊です。彼女以外の隊員も凄腕揃いですよ』

『誠君が来る前までは浮遊都市の切り札でした。部隊で連携してジェネラルタイプを数機撃破しています』


 戦力差が百倍近いジェネラルタイプを複数とは言え圧倒的に劣るアシッドフレームで撃破できる時点で人間を止めているのではないかと誠は本気で思う。詰まる所新旧の切り札が遊撃部隊として動く訳だ。


『現在第三ゲートが集中的な襲撃を受けています。特第一小隊は敵の薄い第四ゲートより出撃。第三ゲートの敵を排除してください』

『了解。小隊各機出撃します』


 第四ゲート、そこに移動するまでに約五分。ゲート防衛部隊が周辺の敵を押し戻しし、侵入の可能性を減らすのに約五分。外に出た時には既に十分が経過していた。

 だがそれでも十分に速い。たった三機と言う少なさは機動力と言う点では大きな利点となる。人数が多くなればなるほど不思議と動きは鈍くなる物だ。拙速が求められる現状に誠達の三機と言う部隊編成は上手くマッチしていた。


 解放されたゲートから真っ先に飛び出したのは白い機影。最早施設内と言う事でしていたセーブの必要も無くなったヴィクティムが全速力で駆け抜ける。

 当然と言うべきか。誠達の小隊で――と言うよりも都市内の全機で最も速いのはヴィクティムだ。第四ゲートから第三ゲートまでは一キロ近く離れている。だがその一キロをたったの12秒で駆け抜ける。風の様にヴィクティムは第三ゲートで交戦しているASIDの群れとアシッドフレーム部隊の間に割り込む。


 ASIDの数は大凡六十。落着した大半がここに来ていた。鈍色の装甲は変わらず。だが形状は大きく違う。これまでの機体は人型と言えどどちらかと言うと動物色が濃かった。前傾姿勢だったり、手が長かったりと言った具合だ。だが今回は違う。完全な直立二足歩行。腕も人と同じバランス。つまりこれまで以上に人に近い形状となっていた。

 既に甲板には少なくない数の残骸と化したアシッドフレームが転がっている。胸部を手酷く破壊されている機体は既に手遅れだろうが、そうで無い機体も数機存在する。それを手遅れになるかどうかはこの六十体を押し返せるか否かにかかっている。


 口の中が乾いているのを誠は感じた。これだけの数を一度に相手するのは地下施設を出た時以来だ。浮遊都市の上である以上広範囲に破壊を撒き散らす兵装は使えない。頼りになるのはエーテルダガーと手にした名も無き大鉈だけだ。


「敵集団の中から優先ターゲットを識別。友軍にトドメを刺そうとしている個体を優先的に狙います。異存は?」

「無いよ。雫の判断を信頼してる」

「……ありがとうございます。ヴィクティム、お願いします」

《了解。山上雫の識別に従い優先ターゲットを表示》


 言葉と同時に真正面の一機に赤いマーカーが付く。今まさに足元に倒れ――胸部付近は無事なアシッドフレームに棍棒・・を振り下ろそうとしている所だった。


「しっ」


 小さく息を吐いて誠は機体を思いっきり踏み込ませる。踏み込み先は対象ASIDの足元。そのまま足払い。出力が同等ならばそれで転ぶだけだっただろうが、圧倒的な出力差によって足払いはそのまま相手の膝を粉砕し、膝から下を甲板から吹き飛ばして地面に落とす程の威力となった。そうなってしまえば無力化したも同然だ。トドメを刺すのはここを守備していた部隊に任せて誠は次のASIDを狙う。


 一体やられた事で警戒したのか、一瞬で包囲陣形を取ってくる。


「三時方向。包囲が手薄です」

「了解」


 瞬時に敵の薄い箇所を見抜いた雫の指示に従って誠はヴィクティムを突進させる。右のASIDを切り伏せて突破口を切り開く。その為の最短行為。即ち一撃で首を刎ねる。

 これまで何度も繰り返してきたルーチン。この半年で染みついた動作。間違いなく一撃必殺。だがその必殺の一撃は意図した結果に結びつかない。


 そっと差し込まれたにヴィクティムの大鉈が受け流されていた。

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