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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第三章 嵐の前
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EX04 お茶会

 最近誠の様子がおかしいと最初に言い出したのはリサだった。


「絶対におかしいとボクは思うんです」

「そうですか? 私にはいつも通りに見えるんですが」


 そう呟いたのは口元に紅茶を運んでいる雫だ。偶には一緒にお茶でもしようとリサに誘われてここにいる。澄ました顔をしているが内心はウキウキである。こうして友人同士の茶会に招かれると言うのは久しく覚えのない経験だった。


 そう、今日は誠抜きで部隊関係者によるお茶会である。家主不在の屋敷でそれは行われていた。


「お姉ちゃんの気のせいだと私も思うけどなあ」


 ルカはテーブルに御茶請けの煎餅を置いて自分も席に着く。紅茶の御茶請けが煎餅っておかしいだろうと誠ならば突っ込むところではあるが、生憎とここにそれを疑問に思う者はいない。

 置かれた煎餅を掴んで齧って飲み込む。そうしてから優美香は少し考え込む様に顎に指先を当てる。


「でもまあ、何か最近ピリピリした感じが薄まったと言うか。焦ってたのが少し良くなったと言うか。何か落ち着いた感じが出てるね」


 思いの外真っ当な考察が出てきてこの場に集っていた他三人の視線が優美香に突き刺さる。言外に機械ばかり弄っているくせに何故そこまで見ているのか、と問うている。それが優美香にも分かったのだろう。何でもなさそうに笑いながら言った。


「機械のミクロン単位の歪みを見つける事に比べればこのくらいは容易い事だよ」

「優美香さんにも人の機微が分かるんですね」

「ルカ、失礼ですよ。……いえ、ボクもそう思っていましたけど」

「右に同じく」


 あんまりと言えばあんまりな三人の反応に優美香の泣きが入った。


「いや、みんな言いたい事は分かるけど私の事人のカテゴライズから外すのは止めてくれないかな!?」

「人と機械なら?」

「機械」


 その即答振りを見て人にカテゴライズしろというのは無理がある。


「さて、優美香さんを苛めるのはこの辺にして……何時も後ろに乗っている雫さんから見て何か思う事はありませんか?」

「そうですね。言われてみれば確かに戦闘時のストレス発散の様な行動が減った気がします」


 主に飛び降りたりとか。


「実際ここ最近増加傾向だった機体の疲労度もやや右肩下がり、ってとこかな。ダーリンの解析結果だから間違いないよん」

「って事はお姉ちゃんの言うとおり様子がおかしい……おかしいって言い方も変ですけど」

「妙に上機嫌、でも良いですよ。兎に角何かおかしいと思いませんか?」


 改めてリサにそう言われるとこの場にいる三人も唸る。言われてみれば、と言うレベルではあるがあながち的外れとも言えなくなってきた。


「じゃあまずは、いつから上機嫌だったのか思い出してみましょう」


 雫の言葉を皮切りにルカがどこからか卓上で使える様な小さ目のホワイトボードを持ってくる。書記役、と言う事なのだろう。


「じゃあまず何時から機嫌が良くなったのか」

「……確か、優美香さんとヴィクティムの量産計画について話した時はいつも通りでしたね」

「そうだったねー」

「それって私がいなかった時のですか?」

「そうそう」


 リサの返答にルカは小さく頷いてホワイトボードに一週間前、と書き込む。


「そういえば……先日の話なんですけど。妙な事聞かれましたね」


 ふと思い出したように雫がそう言う。今まで気に留めてもいなかったが、この様な話題が出ると些細な事でも気になる。


「妙な事?」

「ええ、リボンを売っている店はどこにあるかと」


 嫌な感じの沈黙が場を支配する。その空気を読まずにか、或いは読んだからこそか、あっけらかんと優美香が言う。


「誰かへのプレゼント……って訳じゃあなさそうだね。その顔じゃ」


 筆頭候補は同居しているリサとルカだったのだが、心当たりが全くないと言う顔をしている。それ以前に。


「誠君が何かを買って帰ってきたことが無いんですが……」

「私も見た事ないなあ」


 姉妹揃ってみた事が無いのならば、雫に聞いておいて買っていないか、持ち帰ることなく誰かに渡したか、だ。それに思い当たったのか、やや慌てた口調でリサが言い訳染みた事を口にする。


「で、でもボク達が一番付き合い長いですし! 後でプレゼントしようとした可能性も……!」

「もっと単純に外の人に渡したって可能性のが高いよね……女か」


 どうでも良さそうに――事実ヴィクティムの方に興味が傾いているのでどうでも良いと思っている優美香はリサの願望をバッサリと切り捨てる。ルカが外部の人? とホワイトボードに書き込んだ。

 わざわざ溜めて女か、と口にしたがそもそもが男が離宮に隔離されている三人しかいない以上、誠が接触できるのは女しかいないので当たり前の話ではある。


「ぐう……」

「ですが、リサさんの言っている事も事実です。そもそも誠さんは殆ど他の人との接触がありませんし」


 打ちのめされたリサをフォローするように雫がそう口にする。


「……そう言えばこの前同期から聞いた話なのですが」


 やはりこれまでは気に留めていなかった些細な出来事を思い出したルカは記憶を手繰りながら口にする。


「誠様は嘉納玲愛さんに興味があると」

「あのトップエースに?」


 名前を聞いただけでもすぐに分かる。アークの中では特に有名人だ。六百以上のASIDを撃ち落とした撃墜王――否、撃墜女王。ヴィクティムが来る前まではアークの切り札であった少女。その姿を思い浮かべてその隣に誠を置いてみると非常に犯罪チックな絵面にしかならない。ややげんなりした表情をリサが浮かべる。


「そもそもあの二人に接点が無いと思うんですけど」

「それがね、お姉ちゃん。マッチングテストの時に二人は約束して会ってたんだって」

「むむ……それは」


 まさかの接点にリサはまた難しい顔をする。無責任な噂話と断じるには情報が多い。


「あの、嘉納さんに限らず誰か誠さんからプレゼント貰ったなんて言ったらあっという間に噂になると思うのですが」

「ま、だろうね。まこっちが仮に己の素性を隠していたとしても流石に贈り物する様な仲ならあんな雑な変装じゃすぐに見抜かれるし」


 今の帽子を被ってスカーフを巻いただけの素晴らしく雑な変装を思い出して納得の息を吐く。あれは最低限の接触しかせず、まさかこんなところに男がいるはずもないという心理を突いている物だ。一度疑われたら効果を発揮しない程度の変装でしかない。

 何しろガタイが良い。百八十近い身長と言うのは女性ばかりの浮遊都市では文字通り頭一つ抜きんでている。


「というか、未だに私は誠さんが十七歳だと言うのが信じられないのですが」

「実は私も……」

「ボクも最初はもっと上だと思ってたよ」

「え、嘘!? まこっち十七歳なの!?」


 この反応から全員が全員誠を十七歳と見ていなかった事が分かる。今の所都市に来てから誠の年齢を正確に言い当てた人はゼロだ。

 閑話休題。


「さっきのリボンの話だけど……もしかして自分で使うようだったりして」


 何気ない風に優美香が再び爆弾をぶち込む。クールにお茶を飲んでいた雫が思いっきり咽ていた。ルカも書きかけていた文字が大きく歪んで識別不能になっていた。リサだけはその可能性があったかと真剣に考えていた。


「いや、まさか。そんな事は……」


 立ち直った雫が口元を拭きながらそう言う。その反応を面白がって優美香は煽るように言った。


「いや、分からないよ? 大体が半年も居て誰一人手を出していないのが私には信じられないかな。離宮のお方ならもう1800人は相手してるよ」


 離宮――即ちこの都市にいる男性を優美香はそう評するが、別にこれは誇張でも何でもない。文字通り一日十人当たりを相手しているのだ。そのスケジュールは様々な要素を加味して最も懐妊する確率が高い人物を選別して行っている。基本的に拒否権は無い――と言うよりも拒否する人は居ない。もしも運よく妊娠し、そが男だったりした場合その人は一生を遊んで暮らせるのだ。一種の運試しとも言える。

 そんなキッチリ決まったスケジュールのせいで誠も未だ離宮の男三人とは顔を合わせる事が出来ていないが今は関係の無い話である。


「見た目は男だけど心は女の子……せめてもの慰めとしてリボンで自分を飾るのであった……まる」

「大丈夫ですよ。誠君、前にボクの半裸姿を見た時に動揺してましたから。女の子にもちゃんと興味があると思います」


 そこで優美香の胸を熱心に見ていたからと言わないのはリサなりの優しさだったが、今明かした新事実も十二分に誠にとっては隠しておきたい話だった事を彼女は理解していない。

 当然の様に初めて聞く――それも中々に衝撃的な内容に三人の興味が一気に集中する。


「そういえばお姉ちゃん……助け出されてから一週間くらい地下施設に居たって」

「閉鎖空間に」

「二人きり?」


 リサの話が何時の事か思い当たったのだろう。ルカが頬を赤らめながら以前聞いた話を口にするとそこに雫と優美香は食いつく。尤も、優美香の二人きりと言う発言は誠と、と言うよりもヴィクティムと、と言う単語が隠れているように思えるのは決して気のせいではないだろう。


「一体どうやったらそんな状況になるんですか」

「ん? 一緒にシャワー浴びてたらですけど」


 本当に何でもないようにリサが答えると優美香が手を挙げた。


「はーい。リサ以外こっち集合」


 この集りの主催者であるリサを省いて残り三人が額を突き合わせて緊急会議を始める。一人だけ省かれたリサは不満そうにしながらも紅茶を口に運んで黙っていた。


「どう思う?」

「予想外でしたね。まさか誠さんとリサさんがそこまでの関係だったとは」

「お姉ちゃん……誠様は私みたいなものだって言ってたのに」


 妹扱いはそれはそれでどうなのかと優美香は思ったが黙っていた方が面白そうなので言葉にはしない。


「ここはしっかりその辺りの話を聞いておくべきだと思うんだけど。面白そ……君たち二人の為にも」

「そうですね……誠様を狙っているのならお姉ちゃんでもライバルです」

「だ、誰が誠さんを好きな二人ですか。勘違いもいい加減にしてください!」


 見事の対照的な反応である。顔を真っ赤にしてわたわたしながら三つ編みを揺らしている雫は怜悧な風貌が霞むほど――否、だからこそより可愛らしい。誠の前でもその表情の一つでも見せれば一気に評価が変わるだろうにと優美香は思う。

 対してルカは然程動揺は無い。ある意味で一番分かりやすい。日頃から誠様ラブ! を表明しているだけあってからかわれた程度では狼狽えない。ただその表情は強い緊迫に彩られている。それだけルカの中では姉と言う存在は強敵なのだろう。


 この半年程この三人を見てきた優美香ではあるが、未だにリサだけ誠に対するスタンスが見えない。

 ルカは見るからにラブ。

 雫は隠しているつもりだがライク、或いはラブ。

 そして優美香はヴィクティムラブ。


 ある意味で分かりやすい。これは三人が三人とも共通して把握している。だがリサだけが分からないのだ。


 間違いなく親愛は抱いている。嫌いと言う事は無いだろう。だがそれ以上なのかどうか。もっと言ってしまうとルカや雫みたいに異性への情愛があるのかどうか。その一線が見えない。


「あのーみなさん? そろそろボク一人でお茶飲んでるのも寂しいんですけど。集まってるのに一人省かれるって何の虐めですか」


 そんなリサの泣きが入ったので三人とも席に戻る。


「まったくどうしたんですか三人ともいきなり」

「お姉ちゃんが変なこと言うからだよ……」


 全く自分が原因とは思っていないリサにやんわりとルカが苦言を呈する。あんな爆弾発言を連発されたらルカの心臓の方が持たないだろう。


「リサさん。普通特に意味も無く一緒にシャワーは浴びません」

「雫さん。顔が近くて怖いですわ。なんちゃって」

「何かきっかけとかあったんじゃないですか? 誠様に何かを言われたとか」

「誠君は何を言ってたかな。確か……身体で払ってもらうとか」


 再びの爆弾発言である。誠がこの場にいたのならば泣いて止めてくださいと頼んでいただろう。断片的に、ピンポイントで危ない所だけ思い出していくのだ。


「ほ、他には、他には何か無かったんですかお姉ちゃん!」


 鼻息を荒くしたルカの勢いに気圧されながらリサは記憶を辿り……。


「そうそう。誠君の(筋肉)に触れたけど凄くガチガチだった」


 誤解が解けるまで屋敷内は本日最高の喧騒に包まれた。


 リサへの質問と言う名の詰問が終わり漸く本来の趣旨に戻って四人はゆっくりとお茶を飲んでいた。


「こう言うゆったりとしか時間は良いよね」


 一番この場をかき回していた優美香がそんな事を言うのでリサは半眼で睨む。


「でしたらもっと手加減してほしいんですけど」

「いや、りさちーの場合は殆ど自爆だからさ」

「むう」


 納得がいかないとばかりに唸る。だがこの件ばかりは優美香の言う通りなのでルカもフォローはしない。


「でもそうですね。ボクもそう思います」

「またやりましょうよ。休みが合い次第」

「そう、ですね。全員がオフって言うのは中々難しいですが」

「まあ私ら整備兵は戦闘が終わってからがある意味本番だから中々ね」


 それでもまたこんな平和な時間を過ごしたいと。願うならばこの平穏が一日でも長く続いてほしい。それはここにいる四人が抱いた共通の想いだった。


 そのささやかな願いが破られるのは三日後の事である。

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