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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第三章 嵐の前
33/91

30 空より来るモノ

 その異変に最初に気付いたのはアークを操舵しているクルー達ではなく、アークその物を管理するエイジだった。


 各種データを精査。チェックを二度行い、間違いない事を確認する。

 己の頭上。塵の幕を超えた向こう側に何かがいる。否、何かなどとぼかす必要はない。ASID以外にはありえない。それを知覚してゆったりと天を仰ぐ。


《ふん……ついに来たか》


 鼻を鳴らして忌々しげに呟く彼がいるのは色とりどりの光に満ちた空間だ。その一つ一つがエーテル、都市住人の魂の輝きである。そこにただ一人目を閉じて揺蕩っていた。否、一人ではない。


《お兄様》


 そう声をかけたのはエイジと良く似た姿かたちをした少女だった。年の頃はエイジと同じ、十二歳程度だろうか。だがその存在が人間では無い事は明らかだ。宙に浮いている姿はエイジと同じ存在――即ちこの都市を司る一人であることを告げている。


《マナか。分かっておると思うが我は都市の防衛に専念する。マナは手筈通りに。ここでアークを落とされるわけには行かん》

《はい。心得ております。ですが――》


 ゆったりと眼を開けたエイジは不安そうな表情を浮かべるマナを見つめて苦笑する。


《案ずる事は無い。戦うのは我だけではない。我らが父もいらっしゃる》

《……はい》


 それで一応は納得したのか。マナは小さく頷く。


《では、少しばかり行ってくる》

《御武運を》


 マナに見送られてエイジは己の意識を外部に――即ち通常の都市内部に作った器に移す。エーテルで構築されたかりそめの肉体だが、触り、直接声を出すことが出来る。意外とこれがバカにならない。人間は緊急事態の時ほどモニター越しよりも直に聞こえる声に奮起する物だ。


 エイジが出現したのはアークの管制室。突然現れたのは離宮の三人の男性よりも縁遠い浮遊都市の制御を担う存在だ。ただ事ではない。事実付近にいた管制官は大きく眼を見開いている。


「え、エイジ様!?」

「如何なされましたか!」


 間近に居た慌てる二人の管制官を掌を向ける事だけで黙らせる。


「総員戦闘配備。特一級警報発令だ」


 特一級の単語を聞いてざわめきが一瞬で止む。特一級。それは即ち浮遊都市が最大の危険に晒されている状態にのみ発令される警報だ。トータスカタパルトにっ因って浮遊都市が墜落した時でさえ一級警報。特一級と言うのはそれ以上の危機でないと発令されないのだ。


「恐れながらエイジ様。地上にはASIDの姿もありません。半年前の様に砲撃を受けている訳でもなく……特一級の理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「確かに、地上には何もいないな。地上には、な」


 含みを持たせた言い方。その真意に気付くよりも早くエイジがネタばらしをする。そんな言葉遊びをしている時間すらも惜しい。


「空だ。幕の向こうに巨大なASIDがいるぞ」


 まさか、と言う空気が場を支配する。だがエイジが、文字通り浮遊都市のセンサー類全てを己の眼と耳とする存在がそう断言したのだ。ならばそこにいる。有り得ないはずの空を飛ぶ巨大なASIDが。


「それはもしやトータスカタパルトの時に存在を示唆されていた……」

「あの鈍亀の照準を取っていた奴、だと思いたいの。そう何体も空を飛んでいる奴がいるなどぞっとしない」


 トータスカタパルト単独では地平線の向こう側にいるアークを捉える事は不可能なはずだった。それ故にアークを観測し、それをトータスカタパルトに伝えていた観測役のASIDが存在したはずなのだが地上にその痕跡は無い。ならば考えにくいが空に居たのではないか。その予想は既に立てられていた。それ故に驚きは最小限で済んでいる。


 尤も、とエイジは心中で吐き捨てる。そうなるとこちらが気付けない程度にずっと頭の上をそれに抑えられていたと言う事になる。虫唾の走る話だった。


「理解したか? ならば発令を。同時にフレーム部隊を即応体制に。敵がどのような手を打って来るかは我にも分からん」

「りょ、了解」


 慌ただしく管制官が動き出す間にも空には変化が訪れた。都市に影が落ちたのだ。黒い、黒い影。昼間とは言え太陽光は塵に遮られて十分には届かない。それ故に都市内には太陽代わりの照明が設置されているが、それを入れても尚暗い。


「来るか」


 短くエイジが呟くと同時。空から無数の鉄球が降り注いだ。


 ◆ ◆ ◆


「ありがとうございましたー」


 やややる気に欠ける店員の挨拶を聞いて誠は服飾店を後にする。都市内部でリボンを取り扱っている店はここを含めて三件。別にやましい事があるわけではないが、屋敷から一番遠いこの店に買い物に来ていた。


「リサ達にも何か送った方が良いのかな……?」


 別に好感度を稼ごうとかそう言う話ではなく、日頃の感謝の気持ちを込めて。


 そうした場合リサには食事をおごった方が喜ばれそうだ。特に以前の祝勝会で安曇と会食した時は緊張の余り味が分からなかったと悔やんでいたので似たような物を送ることが出来れば喜ばれるだろうか。

 ルカには身に着ける物が良いと考えた。楽しそうに集めていると言ったアクセサリを見せてもらったことがある。やはりここでも貴重品なので中々数を集める事は出来ないと言う。

 雫には実用品が好まれそうである。手鏡、小物入れ。その辺りが欲しいと言うのを以前聞いた覚えがあった。そうした細々とした物を幾つかまとめて送ったらまあまあですと言いながら使ってくれるだろう。

 優美香はヴィクティムのコクピットにでも乗せれば涙を流して感謝するだろう。


 そういえば安曇にも何か送った方が良いのではないのかと誠は思う。この半年、浮遊都市での生活を支援してくれていたのは彼女だ。向こうには向こうの打算があったのだろうが、世話になったのもまた事実。御中元の一つでも送るべきだろうか。時期は半年近くずれているが。


 思い返せばここ一月程、誠はそんな事を考える余裕も無かった。ヴィクティムに乗っている時は流石に戦闘に集中していたが、それ以外の時は帰れないかもしれないと言う恐怖に怯えていた。

 そう考えるとミリアと出会って度々誠の知る話や遊びを教えている時間は彼自身が想像している以上に精神に安定効果をもたらしていた様だ。何故彼女がそこまで誠をリラックスさせられるのかは全く分かっていないが。


 そんな事を考えながら歩いていた。三日前からアークはエーテル充填の為の着陸期間を終えて航行中だ。ASIDは遥か下の地上。誠を始めフレーム乗りは訓練時間以外は一月ぶりの休暇を満喫していた。

 漸くまとまった時間が取れたのでミリアに以前から気になっていた黒いリボンの代わりのピンク色のリボンを購入しに来ていた。


 そこでふと思う。ピンクと言うのは余りに安直では無かっただろうか。それ以前に、あの黒いリボンを浮いていると誠は感じたがそれが彼女のセンス、好みである。それを否定する様な物を送るのはどうなのか。特に服装が変わってもあのリボンだけは変わっていない。並々ならぬ思い入れがあると考えた方が良い。それを踏まえた上で本当にピンク色のリボンを送るべきかと悩み、まあ良いかと考えるのを止めた。


 いらないと言われたら適切に処分してしまえばいい。新品同様でリサイクルに出すのは少々勿体ないが、断られたプレゼントを別の人に渡すわけには行かない。

 それに、誠自身が見てみたいと思ったのだ。黒いリボンの代わりにピンク色のリボンを身に着けている姿を。


 だが、と誠は思う。それは明らかにやばくないだろうかと。

 ミリアの年齢は十二歳だ。自分で言うのも何だと彼は思うのだが、好きだと直接告げられたルカや近頃それっぽい言動が散見されるようになってきた雫をスルーして十二歳の少女を着飾らせたいと思うのは明らかに危険だと感じる。

 もしかして幼女趣味だったのかと自分の性癖に疑問を持つ。周りに女性しかいない極限状況で目覚めてしまったのだろうかと。冷静に、深呼吸をして考えて、性的興奮は覚えていない事を確認する。大丈夫だった。変わらず自分は巨乳好きだと。


「……疲れてんのかな」


 明らかに自分の思考がおかしくなっている。その自覚があるので誠は頭を抱えた。しっかりと休暇を取った方が良いかもしれない。


 ふと耳が微かな音を捉えた。まるで窓ガラスを雨が叩く様な音。浮遊都市では雨は農耕エリアに水を与えるために人工的な雲を作って降らせている。その恩恵は都市部にも与えられ、時折雨の日があるのだ。だが、今日はそうではない。一体何の音かと頭上を見上げる。


「……ドームに何か当たってるのか」


 外部、通常の雨が降っていることは見た事が無い。それはアークが雨の降らない様な地域を航行しているのか――それとも環境が激変してしまい雨が降らなくなってしまったのかは誠には分からない。出来れば前者であってほしい。そこまで環境が変わっていたら地上の探索にも支障が出そうだった。


 ならば一体今当たっているのは何なのかと目を凝らす。音の感じから言って雨では無さそうだ。竜巻に巻かれて飛んで来た瓦礫か、或いは雹か。ほんの少しの好奇心を刺激されて次に落ちてくる物を見極めようとしたところで再び誠の耳が音を捉える。

 今度は上からではない。地上の音だ。それは浮遊都市で初めて聞く、だが知らない訳ではない警告音。俗に言うサイレンの音だ。


 半年間一度も聞いた事のない音。付近を歩いている人たちも困惑した顔でその音を聞いている。そしてサイレンが止み、放送が流れ始める。


『市民の皆様にお知らせします。アーク全域に特一級警報が発令されました。非戦闘員の方は最寄りのシェルターに避難してください。都市地上部のシェルターは危険です。可能な限り地下区画シェルターへ避難してください。戦闘員の方は総員地下二層、セントラルベースに至急集合してください。繰り返します――』


 市民に避難を促し、軍人の招集。ただ事ではない。慌ただしく周囲でも避難が始まる。

 誠も邪魔なスカーフと帽子を投げ捨てて最寄りのエレベーターへと向かう。その途中で漏れ聞こえてくる会話を聞いていれば異常事態だと言う事が良く分かる。


 雫から教えてもらった警報の基準を思い出す。

 二級は都市にASIDの襲撃があった状態。

 一級は都市に直接の攻撃が加えられ、それが継続している状態。

 そして特一級は、都市が壊滅させられる程の驚異が迫っている状態だ。


 無論、これは軍部でのみだ。市民に余計な不安を与えないためにこれらの基準は隠されている。だが今アークは空を飛んでいるのだ。異常事態が起きている事は隠し様が無い。

 頭上から聞こえてくる音はますます激しくなっている。一体何が、と見上げてその正体に気付いた。


 鉄球だ。それもかなり大きい。直径は十メートル近くあるだろう。そんな鉄球が雨の様にぱらぱらと降ってきている。それだけでも十分すぎる程に奇怪な光景だ。だがその脅威度はかなり低いと言わざるを得ない。レールガンの様に加速している訳でもない。エーテル爆雷の様に周囲に破壊を撒き散らすわけでもない。ただ自由落下によってその身をぶつけているだけだ。その大きさに見合った質量を有しているが、アークは全体をエーテルで覆っている。その程度ではドームの強化ガラスを突破する事など出来ない。


 ドームにぶつかった鉄球はその曲線に従って落下していく。その大半はそのまま地面へ。一部がアークに引っかかって止まる。


 少なくともあれは今の所無害だと判断した誠は足を速める。だが続いて上がった悲鳴に再び視線を頭上に戻した。


 塵の幕を突き破って何かが降りてきている。

 有り得ないと言う声が聞こえてきた。誠も全く持って同感だ。有り得ない。地上から塵を超えてその先の空に行くことが出来る存在はいない。塵が人類ASIDを問わず全てを拒絶している。だが今、その不可侵の領域から舞い降りる存在がある。上空の塵がまとめて吹き飛んだ。青空が誠の視界に飛び込んでくるがそれに対する感慨は今は無い。その穴から巨大な何かが姿を現す。


 傘、に誠は見えた。大きく広げた小間の様な円盤部と良い、地面に向けて突き出た尖塔と良い傘にしか見えない。だがあれが傘だとしたら持ち主は途轍もなく巨大で、何処か病んでいるだろう。その全長は一キロメートルほどもある。そして爬虫類や鳥類の卵の様に鉄球がびっちりと傘で言うはじきの部分にまとわりついているのだ。そのぶつぶつとした見た目に生理的な嫌悪感が湧き上がってくる程だ。


 ASID、なのだろう。これまで見た中で、映像で見たクイーンを含めても最大サイズをマークする巨躯。比較対象としてはアシッドフレームよりも浮遊都市を引き合いに出した方がまだ分かりやすいだろう。そして何より、浮いている。分かりきった事だが空を飛んでいる。つまりはエーテルレビテーター。だがあれだけの質量を浮かすとなると果たしてどれほどのエーテル貯蓄量と生産量があるのか。


 その巨躯に圧倒されかけたが誠は頭を振って気を取り直す。今のヴィクティムならば余程の出力でない限りエーテルカノンで撃ち落とせる。あれだけの巨体だ。当てる事は容易。


 それが分かっているがそれでも恐怖は消えない。大きい物。それは本能的に恐れを抱かせるのだ。


 そしてまた傘型のASIDが鉄球を落とす。これまでと同様白い鉄球。それは奇跡的なバランスを保ってドームの天辺で止まった。だが当然その程度ではドームは破れない。

 なのに誠はその鉄球から目が離せない。理由は分からないが嫌な予感がするのだ。彼が見つめる中でその鉄球は本来の姿を晒した。


 中心から亀裂が入る。球を囲む様に一本二本。そして球体が四分割されて中から産声を上げたのは――ASID。それも人型だがこれまで誠達が戦ってきたハイロベートのベースとはまた違うタイプだ。


「……嘘だろ」


 もしもあの鉄球一個一個が同様にあのASIDならば。

 頭上にそびえる傘型ASIDについている鉄球の数は千を超えている。つまり、現在アークは千以上のASIDに襲撃されていた。

次回更新は一週間後の12/10になります。詳細は11/29の活動報告をお読みください。

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