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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第三章 嵐の前
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29 浮遊都市での日々

「大分顔色が良くなったね」

「へ?」


 何時も通りに受付をスルーしてエルディナの部屋を直接訪ねる。彼女は相当多忙らしく、何時もの様に隈のある顔で誠の顔色を評した。顔色に関していうのならばエルディナも相当悪い、と誠は突っ込みたくなる。


「二週に一度の定期検診の度に顔色が悪くなっていたからね。身体の傷は治せるが心の傷は専門外だ。何か良い癒しが見つかった様だね」

「癒し、って程の物でも無いですけど」


 エルディナの言に誠は少し言葉尻を濁す。十二歳の少女に癒されていますと言うのは些か抵抗があった。だがミリアと出会い、連日あの環境保護区の奥にある花畑で他愛の無い会話をしている時間が落ち着くのだ。決して何時ものメンバーといると心が休まらないと言っている訳では無い。そんな誰に向けたのか分からない言い訳をする。


「まあ落ち着ける場所を見つけたと言うか」

「良い事と言える。この浮遊都市に落ち着ける場所が見つかった。それは貴方の心がここを第二の故郷と思い始めてくれたと言う事だ」

「第二の、故郷」


 その言葉を聞いてそれは違うと誠は咄嗟に否定したくなる。それだけは認めてはいけない気がする。それを認めたら、帰還への道を諦めてしまった。そんな気がするのだ。

 だがここでそれを頑なに否定して得られる物はエルディナからの、延いては都市からの不信だけだ。

 故に誠は曖昧に笑って話を逸らした。


「マクレガン先生、心の方は専門外とか言っておきながら詳しいじゃないですか」

「知っているだけさ。さっきも言ったが私には心の傷は治せないさ」


 自嘲気味にそう呟いたエルディナの顔には影が差している。珍しい反応だと思いながら誠は本題に入る事にした。


「それで、俺の身体の事なんですが」

「ああ、無論分かっているさ。貴方が何を言いたいのかと言う事はね」


 委細承知とばかりに頷くエルディナの姿に誠は頼もしさを感じる。やはり餅は餅屋。こうした健康に関する事で医師以上に頼りになる人はいない。


「生殖機能に問題は無い。ガンガン子作りに励んでくれたまえ」

「全然分かってないじゃないですか!」


 的外れな解答に誠は全力で突っ込む。ここに来る前は一人で来るのが若干憂鬱だったが、今では一人で良かったと思う。未だにこの都市のこう言った言動には気恥ずかしさを覚えずにはいられない。


「頼りになると思った一瞬を返してください!」

「おや、頼りになると思われていたのか。それは、少し照れるね」

「安心してください。今はもうゼロです」


 誠が冷め切った視線を向けると肩を揺らしてエルディナは笑った。


「マイナスになっていないだけマシさ」

「無駄にポジティブですね……」

「都市の人間はみんなポジティブだよ。そうでないとやっていけない」


 そんな事を言いながらエルディナは端末を手にして応接用のテーブルを指す。


「座りたまえ。そっちで話そう」


 勧められるまま席に着くと検査結果の表示された端末が誠の前に差し出される。先ほどの発言は本題に入る前の軽いジョークだったようだ。


「検査結果は基本的には良好だ。未知の、旧時代の物と思われるウイルスは検出されず。その他の面にも問題は無い。確か三ヶ月前に一度風邪を引いたが、その影響も全く見られない。完全な健康体と言っていいだろう」


 この辺りは既に定期検診の結果を聞くたびに分かっている内容だ。重要なのはエルディナが基本的、と言葉を濁した部分。


「それで、血液の方は……?」

「まあ良くもなっていないが悪くもなっていない。横這いだよ」


 切り替えられた画面は誠の血液中の塵濃度を示したものだ。出撃後は山を描きそれが一週間をかけて元の数値に戻っていく。その軌跡自体は都市のフレーム乗りと何ら違いは無い。問題なのはその数字だ。

 平均値のグラフを重ねれば一目瞭然。平常時の値が倍以上ある。


「血中最低塵濃度が8%。最高濃度が17%。25%が中毒のラインと考えるとかなり危ういね。長期の出撃は許可できない」

「そう、ですか」


 この半年に有った遠征隊に同行できなかった理由はこれだ。短時間の出撃ならば問題ない。だが遠征隊ともなると一月近く都市外、塵の中にいる事になる。そんな中で塵中毒になったら最悪だ。


「そう気を落とさないでくれ。悪化はしていないんだ」

「それは、そうなんですけど」


 だが気落ちするなと言う方が無理なのだ。自分で探しに行くことが出来ないと言うのは大きな足枷となる。


「リサ・ウェイン。並びに山上雫。両名共に塵濃度は正常だ。ヴィクティムに登場したことが原因ではない事はほぼ確実と言っていいだろう。この現象が男性特有の物なのか、何か原因があるのかまでは検査の継続が必要だろう」


 それだけは唯一の慰めと言っても良い。今の所ヴィクティムに乗って戦闘を行った二名共異常は無いと言う。もしもヴィクティムが原因で二人にも異常があったとしたら顔向けが出来ないところだった。


「……塵を除去できたりしないかな」


 希望と言うよりも願望に近い、独り言のように呟いた言葉にエルディナは律儀に反応した。


「それが出来たら人類はもっと楽になっているだろうね」

「ですよね」


 そうそう美味い話は無い。


「一応抑制剤と言う物もあるのだがお勧めは出来ないね 」

「言葉だけ聞くと凄く今の状況に合致してそうなんですけど……どんなの何です?」

「飲めば一時的に血中の塵濃度を下げる事が出来る。効果が切れたら最低濃度が5%も上昇する」

「四回飲んだら俺死んじゃいますよね。それ」

「敢えて使い道を言うのならば塵中毒寸前の人間に飲ませて発狂を抑制する位だ。だからこその抑制剤と言う名前なのだが」


 美味い話は転がっていないと誠は肩を竦める。とは言え存在は覚えておくべきだろうと感じた。四回飲んだらアウトだが、逆を言えば三回までなら緊急回避として使える。その先に待っているのは遠ざけられた破滅だけだ。


 ――構わない。元の世界に戻るまで身体がもてばいい。


 そんなどこか自棄になった思考をしながら誠は前々から気になっていたことと尋ねる。


「そう言えば塵って何なんですかね」

「……誰からも聞いていないのかい?」


 その質問は予想外だったのだろう。眠たげな眼を見開いてエルディナが確認をしてくる。その問いに誠は頷いて答えた。


「ふむ……。誰かが教えると思ったのだが……まあ良い。だったら私の方から説明しよう」

「お願いします」

「塵はASIDが放出している物。ここまでは良いね?」

「はい」

「なら何故、何の為に放出しているか分かるかい?」


 その質問に誠は一瞬考え込む。嘗て聞いた話を総合すると出てくる答えは一つだ。


「人類の、航空戦力を使えなくするため、ですかね」

「残念だが外れだ。塵が空を奪ったのは単に人類側の航空機との相性が悪かったからだ。現にエーテルレビテーターで浮いている浮遊都市の航行には何の問題も出ていない」


 そうなると誠の残念な知識では思いつく考えは無い。両手を挙げて降参を示す。


「正解は塵は環境を書き換える一種のナノマシンだと言う事が分かっている。フォーミングマシン、と言っても良い」

「ナノマシン?」

「知らないかい? ナノメートル単位の極小サイズの機械の事なのだが」

「それは知ってますけど」


 ヴィクティムにも使用されていると言っていた。忘れようがない。


「なら話は早いな。要はASIDに居心地のいい環境に作り変えて行っているのさ。一定数が集まると加速度的にその作り変えは進んで行く」

「何かそれを聞いて凄く嫌な予感がしたんですが」

「多分その予感は正解だよ。塵中毒と言うのは人間がASIDに都合のいい何かに変化させられる過程だと考えられている……最も正確なサンプルが存在していないので研究は遅々として進んでいないがね。まさか誰かを無理やり塵中毒にするわけにも行かないし」


 最後の一言は彼女なりのジョークだと思いたかった。その割には目が本気だったが。


「詰まる所奴らは母星から遠く離れているであろうこの星を第二の故郷に変えようとしているのさ。迷惑な話だよ」

「……ほんとですね」


 その点だけは全面的に同意だった。何処から来たのかは誠は知らないし、興味もないがわざわざこんな所まで来ずとも恐らく有るであろうこの星の近隣の星に住み着いていてくれたら何の問題も無かったのにと思わずにはいられない。


「ああ、さっきの塵の除去手段だが……ASIDが一体残らずいなくなれば塵は消える、と言うよりも活動を停止するかもしれないね。そうすればきっと自然に消滅するだろう」


 それもまた現状期待できそうにない話だった。


 エルディナとの検診を終えて誠が足を向けたのは環境保全区だ。以前と同じもうすぐ日が暮れるかという時間帯。特に取り決めたわけではないがこの時間が何時しか目安となっていた。


 木の根が張っている地面を歩いて、森の中心にぽっかりと空いた薄暗い花畑に辿り付く。土を踏んだ音でそこにいた人物が銀色の髪を揺らして頭を上げた。


「あ……誠さんこんにちは」

「や、こんにちは」


 ふと、これが自分の家の近くの公園だったら通報案件だっただろうな、と下らない考えが誠の頭を過ぎった。神に誓ってやましい気持ちは無いが周囲がどう見てくれるかは別問題だ。


「今日は、何の話を聞かせてくれるんですか……?」


 彼女の近くに寄って座り込むとミリアは膝立ちで誠の側に近寄ってくる。その手首にはいつもと変わらない黒いリボン。最初はそれを隠すようなしぐさをしている事が多かったがここ数日はそんな事も無い。


「そうだな……」


 誠の知識は何をとっても目新しいのだろう。特に童話の関係は眼を輝かせて聞いていた。対象年齢的にはもっと下の人間が当てはまるのだろうが、これまで触れてこなかった少女にとっては十二分に新鮮な物語だ。

 少し迷って、定番のシンデレラを聞かせる事にした。ところどころうろ覚えで、シンデレラが義母にエアリアルコンボを決めていたが些細な違いだろうと自分を納得させる。どうせ都市に正確な話を知っている人はいない。……そう考えるとこの物語が今後のスタンダードになってしまうのだがその可能性には気付いていなかった。


「こうしてシンデレラと王子様は幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし」


 頬を上気させてふんふんと頷いているミリア。その姿を見て何か感じる物はあるかと誠は己を分析する。答えは否だ。年相応の少女らしさを見せていて可愛らしいと思う事はあっても、正体不明の感情に支配される事は無い。


 ちなみに、最初はこうは行かなかった。何しろ男が存在しないので王子様と言う物を理解させるのに非常に手間取ったのだ。それ以前に王族と言う物やら桃太郎に出てくる鬼など非現実的な物は尽く説明を要した。もういっそ鬼の類は全部ASIDで通してしまおうかと思ったほどだ。


「外の話は無いんですか?」

「他の話か」


 幾つか童話を聞かせていて分かったのだが基本的にミリアはお姫様と王子様が出てくる話が好きだ。逆に人魚姫などの悲しい結末の話は苦手らしい。人魚姫が泡となる下りではボロボロと涙を零していた。感情移入しやすいタイプなのだろう。


「それじゃあ次は……ヘンゼルとグレーテルでも」


 お菓子の家にはどんな反応をするだろうかと想像しながら誠は語り始める。

 まるで千一夜物語のシェヘラザードになった気分だった。


 こんな穏やかな時間が長く続けばいいと誠は思う。同時にやはり早く帰りたいと、ミリアと過ごしていると特に強くそう思うのだった。

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