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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第三章 嵐の前
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28 説明好きな人

「さて、それでは今日は浮遊都市の恋愛観について講義をしましょう」


 雫のその言葉に誠は思いっきり顔を顰める。どう転んでも楽しくなる気配がしない。


「それは、必要な事なのか?」

「何を言っているんですかね、誠さんは。必要に決まっているでしょう」


 雫がサブドライバーになってから、こう言った講義を担当するのは主に彼女になった。リサもルカもフレーム乗りだ。トレーニングを一日サボると取り戻すのが大変と言う事で講義からは外れている。それに関しては誠も同じなのだが、まずトレーニングよりも常識を学んだ方が良いと言う事でこちらが優先されている。

 結果、ここ一月ほどはアークの着陸期だったので中断されていたがそれ以前二ヶ月はほぼ毎日の様に屋敷のリビングでこのような講義が行われていた。


「本来はもっと早くにレクチャーしたかったのですが、他に教えるべきことが沢山ありましたので」

「それはどうもすみませんね」


 不貞腐れたように言う誠を何故か雫は嬉しそうな表情で眺めている。嬉しそう、と言ってもいつもへの字の口元が一文字に引き結ばれていると言うだけなのだが。半年も顔を突き合わせているとその程度の事は分かってきた。


 と言うよりも、意外と雫は分かりやすいとさえ誠は思う。


「それで恋愛観って言うと?」

「身も蓋も無い事を言いますと、女だけでどうやって人類を存続させてきたかと言う話です」


 なるほど、確かに身も蓋も無い。恋愛という甘酸っぱい空気を感じさせそうな話題とは裏腹に実務的な話の様だ。ほんの少し興味を惹かれて身体を雫の方に向ける。

 それだけでちょっとだけ眉があがった。これは機嫌が良くなった時に見られる仕草だ。


「聞く姿勢になってくれましたね」

「まあちょっとだけ面白そうだったし」


 その方法は既に知っている。人工精子と言う存在が女性だけでも存続を可能にした。だがあくまでそれは可能にしただけだ。旧時代が誠の知る知識と同じような物だったとして、六百年もその風習を維持できたとは誠には到底思えない。事実、男女が付き合う、などと言う真っ当な恋愛はほぼ不可能になっている。ならばそう言った文化は消滅してしまったのか。答えは否だ。


「まず六百年前ですが男性がほぼ絶滅した時です。あくまで一時避難として人工精子は活用されていました。すぐにとはいきませんがその内男性の数も戻るだろうと」

「まあ当時は女性しか生まれない、って事が分かってなかったんですから二十年後くらいにはほどほどの数になっていそうですよね」


 以前リサから聞いた講義を思い出して誠は話を合わせる。技術的なハードルを越えられなかったと言う話だったはずだ。


「御存知でしたか。折角説明できると思ったのに残念です」


 そろそろ誠も理解したのだが、雫は説明したがりだ。

 友人がいないと言い切っていただけあって、休日は一人資料室に行って読書(電子書籍だが)をするのが趣味。その結果知識は蓄えたがそれを話す相手もいなく……結果、話せるときに只管しゃべり続けると言うちょっと残念な人になってしまっていた。


 眉が僅かだが下がった。折角の説明の機会を逃して少しだけ落ち込んでいる。

 見るべきポイントを押さえてしまえば雫は意外と感情豊かだ。ただパッと見ではいつも通りのクールビューティーな仕草を維持しているので見破るのが大変なだけで。


「まあそんな事が判明するのはすぐでした。何しろ生まれてくる子供がみんな女の子なんですからすぐにおかしいって気付きますよね」

「気付かなかったらそれはそれで間抜けな話だな」

「はい。間抜けは殆どいなかった様です。すぐさま人工精子の欠陥に気が付きました。ですがその段階でもやっぱり医療行為的側面が強かったようです」


 つまりは人類延命の手段として子供を産んでいたのだろう。男の子が成長すればいずれは元に戻ると思っていたのだろう。


「その傾向が変わったのが浮遊都市が飛んだ当時十歳前後だった子が成人――当時の、ですので二十歳になった頃ですね。その辺りで女性同士の恋愛が一般的になったようです」

「まあそれは予想できてた」


 それ以上の年代となると男がいた時代を覚えている。同性愛が一般的ではなかった事も理解している。だがその辺りからになると性の対象として男を見ていた人間はガクッと減る。そもそも周りに女しかいないのだから一般的も何も無い。そう言う傾向になるのも無理はないだろう。


「更に変化が起きたのはその十年後くらいですね。AMウイルスをやり過ごせた男の子が無事に成長し、恋をする年齢になりました……が、その競争率は実に同年代だけでも千倍どころではありません」


 その時代には離宮の様な制度も設備も無かったと言う。心の底から誠は当時の男の子たちに同情する。周りを見ても女性女性女性。幼少時はその差を意識せずにいられたかもしれないが、二次性徴以降はそうもいかない。

 少数の男子の取り合い。何故そんな事が起きたのかは記録が無いらしい。対策を取らなかったのか、取ったが無意味だったのか。兎も角競争は激化していた。


「結果血を血で洗う様な争奪戦が起こった為、今の離宮と似た制度が作られた様です」

「こえー」


 血を血で洗うと言うのが比喩でも何でもなく本当に流血沙汰になっていたと言うのだから恐ろしい話だった。危うく人類は内戦で滅びるところだったのかもしれない。


「後はその辺りからリサさんみたいなエスコート役、つまりは男性役を演じる女性が一定数生まれたみたいですね」

「口の悪い言い方をすると代償行為か」

「そんな所です」


 マンガとかで良くいる女子高の王子様的なポジションが求められたのだろう。まさか現実で見る事になるとは誠も思っていなかったが。

 ひとしきり喋って満足したのだろう。鼻がひくついていた。ついでなので関連して前から気になっていたことを聞いてみる事にした。


「そういえばさ、大分前の話なんだが――いや、とりあえず前提として偶然の結果だって事を言っておくんだけど」

「そんなに強調しなくても大丈夫ですよ」

「……浮遊都市の人ってシャワー浴びてるところ覗かれても平気なの?」


 その時の雫の顔を見て誠は「あ、怒ってる顔だ」と思ったのであった。


「…………まあ人によりますね」

「……人に因るんだ」


 誠が五分少々注意不足についてお説教を受けた後、雫が質問に答えてくれた。割とアバウトな解答を。


「先ほども言いましたが基本的に浮遊都市で男性に接する機会がある人は極々少数です。私達みたいにこうして一日中行動を共にするなど有り得ないでしょう。そう言う事を考えると、浮遊都市の大半の人は誠様に入浴を覗かれたとして特別な反応はしないと思います」

「つまり、普通に同性にみられたような物だと」

「そう言う事です。ああ、そう言えば秘書官さんから渡しておいてくれって頼まれてたんでした」


 そう言いながら封筒を手渡してくる。


「……何これ?」

「今朝ここに来る前に渡されたんですよ。重要な資料だから必ず目を通してくれって」

「ふーん」


 ならば早めに眼を通した方が良いのだろう。全員が集まっている時に説明しないと言う事は誠個人に宛てた、だが人伝なので秘匿性はそこまで高くない、と言う事だと推測する。


「まあ見てみるか」

「それじゃあ私は帰りますね。午後からは管制官の方で仕事があるので」


 若干死んだ眼をしながら雫がそう言う。管制官の同僚たちは見た目に怯えてそれに準じた態度しか取ってこないので精神がすり減るのだろう。乾いた様な笑い声を無表情で出している姿は幼児が見たら夢に出てきてうなされそうな怖さがあった。


「まあ、頑張れ。っと、そうだ。ちょっと待って」


 ふと聞こうと思っていたことを思い出した。慌てて誠は雫を呼び止める。非常に珍しい事だと雫は少しだけ眼を見開いて驚きを表現する。特に誠から何かアクションを起こすと言うのは本当に珍しい。


「どうしましたか?」

「いや、そのさ。リボンとかそう言うの扱ってる店ってどこにあるかな」

「リボン、ですか?」


 訝しげな視線が突き刺さる。露骨に何に使うのかと問われているが気付かないフリをした。答える気が無いのが分かったのか、雫は小さくため息を吐いた後答える。


「心当たりが幾つかありますが、後ほどこの屋敷の端末に地図を送っておきます」


 元が安曇の別邸だっただけあって、貴重品である端末もこの家には設置されていた。そこに送ると言うのを聞いて誠は感謝の言葉を伝える。


「ありがとう。助かったよ」

「気になさらず。またその内愚痴に付き合って下さい……それでは」


 そう言いながら雫は立ち去って行く。誠と違って雫は元々管制官だ。そして今もそちらに籍を置いており、離陸期だからといって仕事が無くなるわけではない。休日の少ない雫に同情する。そんな中で


 気を取り直して誠は手元にある封筒の中身を確認する。重さと手触りから中身が紙――貴重品だと言う事が分かっている。丁寧に中身を取り出し一番上――表紙に当たる部分を見る。そこに書かれていた文字は――。


「離宮での鉄則。決して騙されてはいけない数々の行動……?」


 どうやら離宮、即ち男性向けに作られた資料の様だった。首を捻りながら誠はページを読み進めて行く。そして一枚めくる毎に人間不信に陥りそうになった。


 そこに書かれていたのは離宮で人類繁栄の為の行為をした際に男性が相手に情を移さない様に、言質を取られないようにする為の注意事項が書かれていた。その注意事項の大半が「これこれと言った行動は九割がた演技だから本気にするな」と言う物である。夢も希望も無い。


 それなりに耐性を付けてきたつもりだった誠もこれには参った。何より困ったのはその行為が具体的に図解付きで書かれているのだ。最早説明の多いエロ本である。一体何の意図があってこんな物を送ってきたのかと思いながらも最後まで読む。決して欲望に流された訳では無いと誰に聞かせるでもない言い訳を胸中で唱えつつ。


 最後の一枚にはこう書かれていた。


『以上が離宮の男性方の常識になります。これらを崩すような言動は離宮では控えてください。間もなく離宮訪問の許可が下ります』


 その一文を読んで誠はようやく疑問が氷解したのを感じる。


「なるほど。離宮訪問の為の準備か」


 浮遊都市にいると言う三人の男性。その三人と話しをしたいと言ってから既に半年が経つ。それほどに間が空いてしまったのは誠が浮遊都市の常識をしっかりと学ぶまでに時間が必要だったからだ。余りちぐはぐな事を言ってしまうと離宮の男性に悪影響を与える。それ故にほぼ間違いなく大丈夫と言えるまで誠が訪問するのは禁じられていたのだ。


 純粋にスケジュールの都合もあった。たった一日を空けるのに相当な労力を要するらしい。そう言った諸々の問題が漸く解決したのだ。


 最後に、


『定期検診は忘れずに受ける事。次の結果で訪問が許可されるかどうか決まります』


 と書かれていた。誠自身浮遊都市では貴重な存在だ。ヴィクティムと言う戦力が行動不能にならないために健康管理は一般人よりも厳しい。


「マクレガン先生の所に行くのか……あの人苦手なんだよな」


 ペースが独特過ぎて疲れるのだ。時折直視し難い格好をしていることもあるのでそこに突っ込んでくれる同行者が一人でもいると心の底から楽になるのだが。

 だが気になる事もある。定期検診は行かざるを得ないだろう。


 若干憂鬱な――だがここ最近と比較すれば晴れ渡った気分で誠は外出の準備を始めた。

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