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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第三章 嵐の前
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27 花の香り

 記憶を辿るのをそこで止める。


 ここから先はそう特筆すべき出来事は無かったとも言える。リサと、ルカと、雫で隊を組み、そこに専属整備兵として優美香が参加した。

 屋敷での生活には色々とあったが、それはあくまで思い出であり成果と呼べるような出来事では無かった。


 以降半年間。ずっと戦い続けてきた。


 最初は不時着したアークを守るため。そしてその後は着陸時のアークを守るため。


 当初はASIDをただ殲滅するだけだったが、次第にパーツを取ることを意識して倒せるようになってきた。それが成果と言えば成果だろうか。だがそれは誠の目的に近づくための成果ではない。


 ベッドに寝転がったまま天井を見上げて誠は呻く。


「何一つ、近づいていない……!」


 元の世界に戻ると言う誠の目的。その達成に向けて動いた物は何もない。

 ヴィクティムのサブドライバー選定は最悪の予想が当たってしまった。既に軍属――アシッドフレームの操縦資格がある人間は全てチェックが終わっている。残り候補者は八万近くいるがいずれも文民。そんな女性の中から適合者が現れたとしてもフレーム乗りとして最低限の技量を身に着けさせるのに果たして何年かかるのか。


 誠は近頃眠りが浅くなった気がすると自分を分析した。夜中に些細な物音で目が覚める。幸い日中の活動に支障は出ていないが、この調子ではそうなる日も遠くは無いだろう。理由は言うまでもない。帰れないのではないのかと言う不安。それが一気に現実味を帯びたが故に。


 昼間はまだ良い。誰かと話していれば気がまぎれる。だが夜寝る時や今の様に一人きりになると途端に手招きを始めるのだ。不安と言う物は。


 ちらりと時計を見る。まだ夕方だ。浮遊都市全体の消灯時間にはしばらくの余裕がある。リサとルカはまだ戻ってきていないらしい。一瞬迷うそぶりを見せたがこの時間ならばいいと思ったのだろう。身支度を整え一人で屋敷を後にする。


 行先は環境保全区画。ルカに勧められて以来、誠が考えをまとめたいときに足を運ぶことが多くなった場所だ。ほとんど人とも会わないので誠的にも都合が良い。加えてこの区画は想像以上に広い。最悪ヘッドセット経由でヴィクティムがナビゲートしてくれるため迷子になる事は無いが、探索のし甲斐がある場所だ。


 誠も一応都市から給金――と言うよりも配給チケットが出ている。その中の一つで購入したのが自転車だ。所謂シティーサイクルに近い構造だが移動手段としては十分過ぎる性能だ。

 鼻歌を歌いながらペダルを回す。そうして肩で風を切りながら進むだけでも気分転換には十分だ。


 そうして辿り付いた環境保全区画は森林公園の更に凄い版と言うのが一番近いだろうか。入口側は比較的人が立ち入っているようだが、奥の方になると環境整備の人間しか立ち入らない。もしもここが自然の森ならばその辺りは野生生物の住処になっているだろうが、全てを管理されているアークで野良の生き物は存在しない。虫すら碌にいない死んだ森とも言える。


 この無駄とも思える労力を割いて森林を維持している理由の一つはASID駆逐後にここにある植物を地上に植え替えて植生を回復させると言う目的があるからだ。現在の地上は雑草の一つも生えていない不毛地帯が九割以上を占めている。僅かでも植生が残っている地域は全体の0.1%未満だ。それでもかつての地上の状況と比較すれば0.001%まで減らした人類よりは生き残っていると言えよう。その殆どが海に囲まれた歩けば三十分程度で一周できてしまう程度の島だ。元々人がいなかったため無事で済んだのだと言う。


 そんなこの都市で学んだ地上の状況を思い返しながら森の中に足を踏み入れる。


「確か……こっちの方に開けた場所があったよな」


 今日の戦闘時に上から飛び降りた際に偶然見えたのだ。環境保全区の中に木の植えられていないスペースがあると。そちらの方にはまだ言ったことが無いため、興味本位で歩き出す。


 歩きだして三十分ほど経っただろうか。未だに開けた場所には出ない。鬱蒼と茂った木と木の間。葉に遮られて一際薄暗い。やや薄気味悪さを感じ始めたところで声が聞こえた。


 風に乗って微かに聞こえてくるのは歌声、だろうか。だがこんなところまで来る物好きが自分以外にいるのだろうかと誠は思う。そもそもが、通常浮遊都市では昼間の時間帯はほぼ全員が何かしらの職務についている。夜間やシフトで休みの人間もいるが、やはりこんな奥にまで入って来るとは思えない。

 現実の物として声が聞こえてくる以上誰かいるのは確実なのだが、ふと不吉な考えが頭を過ぎった。即ち、幽霊とか好きそうな場所だよな、ここと言う。


 非科学的だと否定したいが、エーテルリアクターの魂云々と言う説明を聞いてしまった後だとそうも言えない。魂と言う物が観測可能であると証明されてしまったのだから。


 ここで引き返したらきっと当分気になって不眠の原因が増える事になる。そう思った誠は恐る恐る歩を進める。


 徐々に声が明瞭になってくる。と言っても歌っている本人も歌詞を覚えていないのかそう言う気分ではないのか、ハミングでどこか物悲しいメロディーを奏でている。その歌声が何となく郷愁を覚えさせるもので誠はいつしか不安を忘れていた。

 大分近くなってきた。そう思った瞬間に周囲が一層暗くなる。気が付いたら都市の消灯時間――昼間の時間は終わり、夜となった様だ。昼間であろうと塵の影響で薄暗いため都市内はドームからの光源で日中の明るさ確保している。それが切れると途端に自然の暗さが戻ってくるのだ。


 辺りが暗くなっても歌声は変わらない。意を決して最後の一歩を踏み出す。木々が途切れて視界が一気に広がる。飛び込んできたのは花畑。風に吹かれて濃密な花の香りが誠を包む。どことなく懐かしい。


 歌声が途絶えた。代わりに聞こえた来たのは誰何の声。


「誰、ですか?」


 その声を聞いた瞬間、そこに跪いて許しを請いたくなった。決して威圧的な声ではない。不安と緊張が等分にブレンドされた至って普通の少女の声。それなのに何故こんなにも罪悪感を覚えているのかが分からない。ただひたすらに謝罪の言葉を告げたい。


 花畑の真ん中に少女がいた。流れるような銀色の髪。腰辺りまである長い髪を揺らしている姿はまるで西洋人形の様。自身を抱きしめるようにして視線から逃れようとしている。


「す、すまん。別に驚かせたりするつもりは無かった」

「……誰なんですか?」


 見た所年齢は十代前半……十二辺りであろう。幼さの残る顔つきに露骨なまでの警戒が宿っている。何者かが分かるまでは決して気を抜くつもりはない、とでも言いたげな顔だった。別に誠はこの少女に用事は無い。恐らくこの花畑が空から見えた開けた場所だろうと見当もつく。そうなるとここまで入ってきた理由も解決した。適当に謝ってこの場から辞しても良い。そのはずだった。


「柏木誠。一応軍部所属って事になってる」


 なのにわざわざ名乗って、この少女と会話をするつもりになっている自分が不思議だった。本来ならば名乗る事がタブーなのに今はそれを意識する事すら無かった。


「柏木誠……?」


 考え込む様に首を傾げて、一呼吸すると表情に理解が広がる。青ざめたと言った方が良い。


「し、失礼しました。柏木様!」


 こちらが男だと――それもヴィクティムを駆って最前線を駆け抜けている相手だと気付くと畏まった対応を取られるのにはもう慣れた。慣れたのだが、何故だかこの時は無性にそれが嫌だった。


「畏まらないで良いよ。それよりも君の名前は……?」


 その問いを発するには想像以上に精神力が必要とされた。何かを求めている。ある名前を求めている。何かを思い出したくて仕方がない。


「ミリア……ミリア・ガーランド、です」


 おずおずと告げられた名前に聞き覚えはない。少なくとも誠が求めていた誰かの名前では無かった。一体何を期待していたのかと寸前まで自身を支配していた得体のしれない熱狂が消え去っていくのを感じる。その様子を勘違いしたのか、ミリアと名乗った少女は今にも泣きそうな顔で頭を下げる。


「す、すみません! 私みたいのがこんな似つかわしくない名前で!」

「そうかな。無数の花冠でしょ?」


 何気なく言った言葉にミリアは眼を丸くする。言ってから誠も首を捻る。英語の評価が十段階で3以上を取った事が無いと言う低空飛行だった成績の自分がこんなマイナーな英単語の意味――MyriaとGarland。それぞれ無数の、と花冠である事を知っているのが意外だった。多分単語帳にでも乗っていたのだろうと気にするのは止める。


「確かに私の名前のミリアは珍しい綴りで無数のを意味する物ですけど……ガーランドは栄誉、と言う意味だと母から教わりました」

「あれ、そうなの?」


 だとすると勘違いだったのだろうか。ガーランドと言う単語に複数の意味があるのかもしれないが、誠が知っているのは花冠だけだ。


「はい。沢山の栄誉を浴びれるように努力しなさいと」

「また厳しい事言うお母さんだね……」

「それでええっと、その花冠と言うのは何なんでしょうか?」


 最初は警戒、その次は恐縮。そして今は好奇心を瞳に宿らせた少女はそう尋ねてくる。問いを意外に感じたのは誠の方だ。まさかそこからだとは思わなかった。


「見た事ない?」

「はい。存じません。名前から察するに花で作った冠でしょうか」


 もしかしなくても文化的な面では色々な物が失われているのではないか、と誠は以前考えた事を思い出した。どんな風にこの浮遊都市に人類が逃げ延びたのかその辺りは知らない。だがそこにあらゆる文化を熟知している人間が揃っていた訳ではないだろう。大は伝統芸能から小は些細な遊びまで。完全に失われてしまった物は多いのではないだろうか。


「まあそれで大体あってる……かな。花を編んで冠みたいにこう、わっかにするんだけど」


 ジェスチャー交じりで花冠を伝えようとする。とりあえず理解したように頷いているが果たして本当に分かって貰えたのだろうか。


 ふと足元に視線が行った。植えられている無数の花。最後に花冠を作ったのは何時だっただろうかと思い返しながらそのうちの一つを摘む。間近で見る限りではシロツメクサに良く似ている。これならば作れるだろう。もう一本を摘み取り巻きつけを始める。そしてまた一本を手に取り巻きつける。それを繰り返していく。


 思いの外スムーズに手は動いた。最後に作ったのは確か妹に作った時だから十年近く前の話だ。良く覚えていた物だと思いながら手際よく編み込んでいく。その様子を興味深げにミリアは見つめていた。

 薄暗い中でやや苦戦しながらもどうにか輪の形になる。


「ちょっと下手くそだけどこんな感じの物」

「凄いです。凄いです!」


 小さな掌を興奮したように叩く姿は見ていて愛らしい。手首に結んだ黒いリボンが揺れるのを見ながら口元がほころぶのを感じる。だが途端にミリアの表情が凍りついた。先ほどまでの笑顔は消え失せ、慌てて手元を胸元に引き寄せる。その一連の動作が分からずに誠は首を捻る。


「どうかした?」

「いえ、その……何でもありません」


 何でもないと言う風には誠には見えなかったが、本人がそう言う以上追及は出来ない。と言うよりも誠の権限的な物は本人が思っている以上に大きく、一度でも追及すると言うのは話せと言う命令になってしまうのだ。それに気づいてしまった以上、無理を強いるわけには行かない。


 ふと時計を見る。夢中になって花冠を作っていたが、そろそろ帰らないと拙い。時間を気にする素振りに気付いたのかミリアは表情を曇らせる。俯いて、だが意を決したように面を上げた。


「あ、あの柏木様!」

「うん何?」

「失礼なお願いだと言うのは重々承知しているのですが……その花冠の作り方、教えて頂けないでしょうか?」


 そのお願いに誠は困ってしまう。教えるのは構わないのだが、既に時間が無い。光源が失われて手元も見えにくくなってきた。良く見えないのに教えるのは難しいだろう。そうなると選択肢はそう多くは無い。


「分かった。でも今日はもう暗いからまた明日にしよう」

「え?」

「明日が都合悪ければ別の日でも良いけど」


 明日以降のスケジュールを頭に思い浮かべながら誠はそう言う。基本的にフレーム乗りは一度出撃したら体内の塵濃度が落ち着くまでは待機任務だ。調整は難しくないだろう。着陸期の終わりを考えるとそのまま離陸して長期休暇に入るはずだ。


「また来てくれるんですか?」

「そのつもりだけど。忙しくて難しいかな?」


 そう尋ねると音が出そうなほどの勢いで首を横に振る。


「いいえ。大丈夫です」

「なら良かった」


 そこでふと手にしたままの花冠に気付いた。男がこんな物を持っていてもしょうがない。リサやルカに上げると言う手もあるが、どちらか一人にとなるとまたトラブルの元となるだろう。今からもう一個作る時間もないのでミリアに手渡す。


「俺が持ってても使わないからあげるよ」

「良いんですか……?」


 目の前に持ち上げて改めてじっくりと見つめて呟く。


「凄い綺麗……」


 本当に初めて見たのだろう。その青い瞳には感嘆の色が宿っている。実際には編み方も雑だし、誠の記憶にあるだけでももっとうまく作れる人はいた。それでもミリアにとってはとてつもなく凄い物に見えるらしい。壊れ物を扱うかのようにそっと持ち上げる。


 ミリアは嬉しそうに微笑みながら花冠を自分の頭に乗せる。その姿を見て誠の頭にチリっとした感覚が走る。これとよく似た光景をどこかで見た様な気がした。だが気のせいか、或いは十年前の妹の姿を重ねているのだろう。


「ありがとうございます!」

「じゃ、俺はそろそろ帰るよ。森の出口まで送って行こうか?」


 そこから先ならば安全だろう。浮遊都市に変質者が出たと言う話は聞いたことが無い。優美香は変態だが人には興味が無いので安全だろう。


「いいえ、お迎えが来るので大丈夫です」

「ならまた明日。同じくらいの時間に」

「はい、また明日!」


 元気よく頷く姿を見て誠は満足げに微笑んで元来た道を戻る。そう言えばあの歌が何と言うのか聞くのを忘れたのを思い出したが、また明日聞けばいいだろうと考えて。更に考えるのは手首に巻いていた黒いリボンだ。あれだけ全体の服装の中から浮いていた。もうちょっと明るい色のリボンを巻いた方が似合う。そんな気がしたのだ。


 自然に贈り物でもしようかと思った自分の思考の不自然さ――女性に対してアプローチと取られかねない様な言動を控えてきたこれまでとの矛盾に気付かない。


 いつの間にか不安が消え、晴れやかな気分のまま誠は自転車に跨った。

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