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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第三章 嵐の前
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26 テスト

 雫を乗せたヴィクティムのテストは即座に行う事が出来た。


 普段ならば着陸期でもない限りは空の上だ。一機のテストの為に地上に降りる事は出来ない。浮遊都市の浮上は最もエーテルを消費する行動だ。一度着陸してすぐに離陸する事は難しい。


 そうなると浮遊都市の上でのテストになり、非常に窮屈且つ制限された内容のテストしか出来ない。例えばエーテルカノンの試射は危険すぎて許可が下りない。


 だが今はその心配は無用だ。不幸中の幸いではあるが、未だ浮遊都市は地面に墜落したままだ。レールガンの直撃したエーテルレビテーターの修復が完了するまでは飛び立つ事は出来ない。

 そしてそんな無防備な脇腹を見せているアークを狙って多くのASIDが散発的に襲撃を行っている。そのお蔭で武装を試す相手にも困らない。


「アシッドフレームのコクピットとそう違いは無いんですね」

「らしいね。俺はそっちには乗った事ないから良くは知らないけど」


 リサがそう言っていたのを聞いただけなので又聞きだ。


「ええ、本当にそっくりです。旧時代にアシッドフレームの技術があったことを考えるとレイアウトが一致するのも納得できますが」

「その辺りの技術史は優美香が詳しそうだよな」


 あの機械に対する熱狂ぶり。きっと歴史も網羅しているに違いないと思わされるほどだ。


「かもしれません。彼女の機械への愛は飛びぬけていますから」


 ネジを一本どこかに置いてきたかのような狂信は都市内で知らぬ者はいないらしい。雫が道すがら教えてくれた。あの姿を見た後では大げさとは思えない。


「あの言動であらゆる面で損してるよな」

「そう、かもしれませんね」


 何気ない雑談のつもりだったが、急に背後の空気が重くなった。一体どこで失態を演じたのかが分からず誠は焦る。


「……正面よりASID三体の接近を確認。出力から通常タイプと推定」

《RER戦闘出力に。エーテルレビテーターの使用可能出力に到達》


 とうとう飛べるようになるのかと誠は半ば呆れながら機体を操作する。二本の脚で地面を蹴って走るのではなく、浮遊して滑る様な移動。浮遊都市とは出力が全く違うため然程浮かび上がる事は出来ない。感覚的にはスケートの様な物だろうか。機体の揺れが一瞬で収まった。その事に背後で雫が安堵の息を吐くのが聞こえた。


「やっぱり揺れは辛い?」

「はい。フレーム搭乗経験はそう多くは無いので余り慣れていませんね」

「そうなんだ」

「はい」


 会話が終わってしまった。もちろん戦闘態勢だ。雑談をしていて良い状況でもないが、会話が全く続かないと言うのも如何な物なのかと不安になる。その予感を後押しするようにヴィクティムが誠にだけ聞こえるようにヘッドセットを介して告げてくる。


《サブドライバーとの意思疎通に問題有りと認識。共振効率が落ちています》

「それ関係あるのか?」


 小声でヴィクティムに尋ねる。


《肯定。共通の感情を抱いていた時の方が共振は強まり、出力は高まります》


 劇的に変わる事は無いが、無視できない程度には向上するらしい。そう言われてしまうとコミュニケーションを取らざるを得ない。


「……戦闘機動に入るので少し揺れるよ」

「大丈夫です。気にせずにやってください」


 明らかに話題の選択を間違った。こういう言い方をすれば向こうは大丈夫としか言えないだろう。


 迫ってくるのは人型が三体。ハイロベートと似たASIDは恐らくその第一印象通り、ハイロベートの素体となるのだろう。そうなるとなるべく傷を付けずに倒すのが望ましいのかと誠は思案する。


「再利用できるようにしておいた方が良いかな?」

「その余裕があればですが、出来ますか?」

「勿論」


 最低出力のヴィクティムでもこのタイプには遅れを取らなかった。今の状態ならば余裕を持って制圧できるだろう。

 そこでふとどの武装を使うべきか迷ってしまった。


 エーテルダガー。切断面が溶けて内部に浸透する。

 エーテルバルカン。蜂の巣になって使い物にならない。

 エーテルカノン。多分どこに当たっても爆散する。

 ハーモニックレイザー。残骸すらも残らない。論外だ。


 捕獲するのに丁度良い威力の武器が無い事に気付く。だが大見得を切ってしまった以上、いつも通りなぎ倒すわけには行かない。悩んだ末に誠が出した結論は――。


「近接格闘……グラップリングだ畜生!」


 素手。半ばヤケクソになりながら先頭のASIDに掴み掛る。左肩口を掴んだ。それだけで装甲はひしゃげ、関節が砕ける。

 そのまま引き寄せようとする。有り余るパワーで腕が引きちぎれた。手元に残ったASIDの左腕を見て誠は冷や汗を垂らす。まさかの素手でもオーバーキルだった。


「柏木さん?」


 背後からの視線が痛い。


《警告。無用な近接格闘は避けられたし。現状の当機ならばこの程度の格闘戦におけるフレームへの負荷は0.1%未満であるが、積もって行けば重大な損傷に繋がる恐れがあり》


 ヴィクティムからの警告も胸に刺さった。


 強過ぎて難儀する。まさかそんな状態になるとは思わなかった。


 その後も素手で挑んだが散々だった。


 地面に押し倒そうと足払いを仕掛ける。誠としては軽くやったつもりだ。その軽くでASIDの両足は百メートルほど吹き飛び、左腕に続いて膝から下が無くなったASIDが地面に転がった。

 それを唖然としながら見ていると残る二体の内一体が殴りかかってくる。その拳を受け止める――つもりがあっさり砕け散った。苦痛で叫び声を上げるASIDを黙らせようと思った訳ではないが、首に腕を回して締め上げる。一瞬で頸部フレームが圧し折れ、その勢いで脊椎部も真っ二つになった。事実上、完全にフレームが逝った状態だ。

 最後の一体もやはり殴りかかってくる。今度はその腕を取り、一本背負い。地面に叩きつけられる瞬間に受け身を取る事も出来ず、ASIDは衝撃で四肢を撒き散らす。


 見渡すととても素手で行ったとは思えない惨状の数々。


 結果、一機たりともまともに鹵獲できなかった。いずれの機体もフレームに多大な損傷有り。内部部品の一部が再利用可能と言った具合だった。


「まこっちさ、もっと丁寧にやろうよ」

「そうですよ柏木さん。あんな大雑把にやったんじゃ捕獲できません」


 そして終了後の反省会である。会場は格納庫。参加者は雫、優美香、誠の三名。その実態は雫と優美香の二名による誠へのダメ出しである。正座をしながら甘んじてそれを受け入れる。


「というか、そもそも鹵獲って数機がかりでやる物だからまこっちの場合最初から躓いてるんだけどね」

「ですね。まさかあんなに自信満々だったのにそれも知らなかったと言うのは予想外でした」

「申し訳ございません……」


 自惚れていたと言うのは否定できない。圧倒的に自分には経験が不足していると思い知らされた。


「まあでも確かに問題だね、これは」

「そうなんですか?」


 これ、と言うのはヴィクティムの武装が過剰な物ばかりと言う事だ。優美香が難しそうな顔をして腕を組みながらぼやく。そのお蔭で胸が強調されて視線がそこに誘導されていく。

 しかし誠としてもそれほど重大な問題とは思えない。確かに鹵獲は難しいが、そうしなければいけない状況にならなければいいのだ。


「うん。だってこれってASIDに当たったら一撃必殺の武器ばかりじゃない?」

「それがいけないのか?」


 誠にとって幸運なのは正座をしていたことで、他の二人は立っていた事だろう。お蔭で自然に見上げる事が出来る。最も雫の顔は見えるのに対して優美香の顔は突き出した胸が邪魔になって隠れているのだが。


「ASIDが一撃必殺って言う事は、アシッドフレームも一撃必殺って事だよ? 危なすぎて共同戦線何て張れない」

「あー」

「確かにその通りですね」


 確かに一番威力の低いエーテルバルカンでさえアシッドフレームには致命的だろう。


「……良く見てるんだな」


 ヴィクティムの構造を把握したと言うだけあって、その問題点もすぐに把握したのだろう。誠はそんな事思いつきもしなかった。


「クイーンと戦うってなったら流石に僚機は足手まといだろうけど、都市防衛の時とかはそうもいかない。何か考えないとね」

《提案があります》

「何々、ダーリン」


 ヴィクティムが発言した途端に先ほどまでの熟練した整備兵の顔は消え去って表情が緩みまくりのだらしない顔になる。その変わり身の早さに驚きつつも誠は続きを促す。


「提案って?」

《ASIDの装甲を加工して近接格闘用の兵装を製造したいと思います》

「良いアイデアじゃないか?」

「ん~ごめんね、ダーリン。多分ダーリン専用の兵装を製造するためのラインはすぐには用意できないと思う。結構他にもたくさん作ってるから」


 言われてなるほどと納得する。元々の生産計画があるのだ。そこにヴィクティムの為と言って無理やり横槍を入れたら都市の運営にも関わってくるのだろう。それが必要だから作っているのだ。余分な物を作る余裕はこの都市には無い。

 しかしデレデレしていても言う事は言うのだな、と誠は感心する。機械関係に関しては本当にやり手らしい。


《生産ラインは不要である》


 優美香の遠回りな断りにヴィクティムは否定の言を述べた。


《材料さえあれば当機が加工する》


 ここにいる三人はまさかヴィクティムがチマチマ自分でASIDの装甲から刀身を削り出すとは欠片も予想していなかった。


 ◆ ◆ ◆


 衝撃のヴィクティムによる手作業での武器製作現場を目撃した後、誠は雫と先ほどの戦闘について打ち合わせをする。

 今回の議題は主に雫が機体の機動に耐えられたかどうかが焦点だ。


「と言う訳で軽く戦闘をしてみたんだけど体調とかは大丈夫かな?」

「まずあれを軽くと言ってしまう辺り常識はずれだと言わざるをえませんね……体調は問題ありません。思っていたよりも揺れませんでしたし」


 浮いていたのが良かったのか、コクピットへの振動は殆どなかった。ホバー移動の様な物だ。脚を使った移動とはまた全く違っているので新たな機動を考える事が出来るだろう。

 それはそうとして、どうして彼女はずっとこちらを睨むような目で見ているのだろうかと誠は疑問に思う。口調は最初から変わっておらず一貫して淡々としたものだ。目付きだけが時間経過で悪化している。


 何か気分を損ねる様な事をしただろうかと考えて、戦闘前に急にテンションが下がったあの発言が思い当たった。他に無いかと思い返すが他には浮かばない。だが結局どの発言が原因かが分からない。数秒悩んだ末に素直に聞くことにした。


「何か、勘に障る事をしましたでしょうか?」

「はい?」


 無言の迫力に押されて思わず敬語になってしまった。その質問をされた雫は眼を瞬かせて間の抜けた顔をしている。


「何か機嫌が悪そうだったから、俺が何かしたかなと」

「いえ……そうですね。柏木様が何かと言う訳ではありません。元々こんな顔つきなのです。優美香程ではありませんが、私も仏頂面で有名な物で」


 浮かんだ笑みは苦みが走っている。滔々と己の扱いを口にしていくが、次第にその内容が愚痴っぽくなっていく。


「大体が何ですか。睨まれただけで石化するって。どういう理屈ですか。そんな事が出来たらASID共を片っ端から石化させていきますよ。人を殺せそうな目つき? このアークで人が一人突然死しただけで大ニュースでしょうが。何より腹立たしいのはそんな馬鹿げた噂をみんな信じていると言う事ですよ。どう思いますか柏木様」

「とりあえず落ち着いてくれ」


 本人が気にしている目つきと相まって最早呪いをかけているようにしか見えなくなってきている。


「……すみません、取り乱しました」


 一通り悪態を吐いて落ち着いたのか、妙にすっきりとした顔で雫はそう言う。相当に鬱憤が溜まっていたのだろう。


「偶には不満をぶちまけるのもいいと思う、よ」


 出来ればこんなドロドロとしたのは二度目は無しにして欲しいと思うのも本音だが。


「ありがとうございます。中々このような愚痴を口にできる相手もいないもので」


 頬を赤らめながらきらきらした目を向けてくる雫。その表情とは裏腹に、今ものすごく悲しい告白を誠は聞いた気がした。


「その何だ……。また機会があったら聞くから溜めこまない様にな……?」


 そう言う事しか誠には出来なかった。自分の声が震えなかったのを褒めてやりたいくらいである。


「先ほどの話に戻りますが……体調には問題ありませんけどやはり疲れますね」

「まあ慣れてないとそうだろうな。俺も最初に乗った時はどっと疲れた」


 誠の場合、二回目以降の疲労感は然程でも無かったのだからあれは本当に気疲れだったのだろう。雫は今回後ろに乗っていただけだが、それでも後方とは違って常に身体が強張っていた。


「今回私は後ろに乗っていただけなんですが、前任の方は何をしていたのでしょう」

「前任……」


 つまるところリサだが、リサが何をしていたかと言えば思いつく物は一つだ。


「数十キロ先の移動物体を狙撃してたな」

「私には無理ですね」


 即答だった。言っておいてなんだが誠もあの離れ業は無理だと思った。ヴィクティムの能力を超えた狙撃など誰でも出来るようなら苦労しない。


「理想を言えばヴィクティムには出来ない所をフォローして欲しいんだけど」

「なるほど……それは何度か乗ってやれることを確認していくしかないですね」


 雫の確認する様な言葉に誠は頷く。実際誠自身ヴィクティムの全てを把握しているとは言えない。もしかしたら優美香の方が詳しいかもしれない。


「一度優美香に聞いてみるのも手かも」

「確かに。そうするのが良さそうですね」


 早速あの万能整備兵に頼る事になりそうだ。次に会う時は視線を落とさずに額だけを見つめようと固く誓う。


「得意分野を活かす方向にした方が良いんでしょうか」

「だと思う」


 冷静に考えると自分の得意分野って何なんだろうと誠は思わないでもないが、今それを口にしても話がややこしくなるだけなので黙っておく。


「ありがとうございます。柏木さん。少し考えてみます」

「気にしないで。バディの話だし」

「いいえ。こうして普通に会話をしてくれるだけでも私には珍しい体験です」


 どれだけボッチだったのだろうと誠は心の中で涙を流す。表情が鋭いと言う物に加えて本人がそれを気にして消極的になっていたのが原因なのだが、それを指摘する無粋はしない。


「とても……とてもお優しいのですね柏木様は」


 心なしか先ほどよりも輝いた瞳を向けてくる雫を見て誠は思う。

 友人に飢えてるせいか知らないけどちょろいなあ……、と。


 雫の呼び方が柏木様から誠様に変わったのはその三日後だった。

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