表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第三章 嵐の前
27/91

24 検査と検査

 医師としての腕は確かだったらしい。


 エルディナ・マクレガンと名乗った女医は身なりを整えると途端に出来る医師に見えるから不思議だ。リサやルカが着ているような軍服の上から羽織った白衣はミスマッチだがこれ以上ない程に似合っていた。


 既に誠の状態は把握していたらしい。極々少数の看護師を手配したかと思うとテキパキと検査を進めて行った。まずは外科的アプローチから試みるらしく、CTを始めとする様々な検査を受けた。


「ふむ」


 そのうちの二つ。その結果を見てエルディナは難しい顔で頷く。


「何か分かりましたか?」


 そう期待を込めて聞くのはルカだ。対して誠は冷め切っている。仮病なのだから何かが分かるはずもない。そう思っているし事実そうであろう。誠の心境としては学校をさぼりたくて風邪っぽいと言ったら救急車を呼ばれたかのような気分だ。


「端的に言うのならば……良く生きていたね」

「ほ?」


 間抜けな声をあげたのは誠だ。難しい顔をしていたのはてっきり「何処にも異常は見当たらないがどういう事だろう」という意味だと思っていたのだ。ところが全く予想に反して出てきたのは現在までの生存を疑う様な言葉。


「血液検査の結果だ。体内の塵濃度が平均よりも高い」

「それは、出撃していたからじゃないですか? フレーム乗りは大なり小なり塵を吸い込むので濃度が高くなる傾向にあると思いますけど」

「うん。だからこの平均と言うのはフレーム乗りのだ。参考までに言うのならば平均値の二倍だ」


 ルカの疑問を予想していたのだろう。エルディナは回り込むように解答を用意していた。それを聞いてなるほど、とルカは頷く。


「分かりやすく言うのならば塵中毒ギリギリだ」


 塵中毒。以前ヴィクティムから聞いた言葉だ。確かその時は精神に著しい悪影響を及ぼすと聞いただけで、正確な事は分かっていない。


「塵中毒になるとどうなるんですか?」

「発狂する」


 返事は即答且つシンプルだった。その事が事態の深刻さを表しているように思えて誠は喉を鳴らす。


「まるで獣の様だったよ。一度病院に運び込まれた事があるんだが……看護師二人を噛み殺した後射殺されたよ」

「なっ!?」


 誠は絶句した。ASIDとの戦いで死人が出る事は分かる。だがそうではない。これは人の手に因る物で、その死因が異常に過ぎる。


「噛み殺したって……」

「食い殺した、と言う方が正確かな。発症者は食いちぎった肉を咀嚼していたからね」


 ゾッとした。それはエルディナが言ったように比喩でも何でもなく獣の様ではないかと。


「治療方法は無いのか? 薬とか……」

「無い。ただ時間経過で塵濃度が下がるのを待つだけだ。だが不思議な事にね。発症前は一週間も塵から隔離していれば平常値に戻るのに対して、発症後はそうではない」

「つまり、時間がかかるって言う事か?」


 周りくどいエルディナの言葉を読み解いて誠は疑問形で口にする。その答えを聞いてエルディナは満足そうに頷いた。


「そう。それも気の遠くなる程にゆっくりとした時間をかけて遅々と、ね。そのペースで平常値に戻るのは果たして何年かかるのやら……少なくとも人の寿命は余裕で突破してしまうね」

「それ、治療方法って言うのか?」

「言わないさ。だから言っただろう。無いって」


 どうやらあの無いは薬とか、ではなく治療方法にかかっていたらしい。納得したと頷く誠を見てエルディナは総括を口にした。


「と言う訳でカシワギ様は肉体的には健康そのものだ。塵濃度は今言った通り一週間もすれば下がる。それまでは都市内で過ごしてくれたまえ」

「検査ありがとうございます」

「礼はいらんよ。むしろこちらは謝らなければいけない。記憶喪失に対する有効な治療が出来なかった」

「いえ、気になさらず」


 本気で案じてくる視線を真っ向から受けられず誠は眼を逸らす。逸らすしかなかった。


「今の検査結果の塵濃度に関してだが……数パーセントは既に定着している」

「定着?」

「さっき言った塵中毒が発症した後の状態の事だ。つまり減少するのに長い時間がかかる状態になっていると言う事だ」


 その言葉に誠は心が波立つのを感じた。その動揺を面に出さず静かに尋ねる。


「それは、濃度が下がらないと言う事か?」

「最低ラインが人よりも少しだけ高い、と言ったレベルだ。ただその原因が全く分からない」


 男女による違いか、はたまた六百年で人の身体が変化したのか。推論は立てられるが確証はいずれも無いと言う。誠と同じ立場の人間がいればいいのだが、この浮遊都市にいる男を外に出して塵濃度の定着率を調べる訳にもいかない。


「私としては今後都市外出ずに中で過ごすことをお勧めするよ」

「御助言感謝します」


 誠はエルディナに頭の天辺が見える程深々と頭を下げる。それは助言を貰ったことへの礼と、そしてその助言を踏みにじる事に対する謝罪だ。その意思が伝わったのだろう。苦笑を漏らしてエルディナは首を振った。


「貴方は律儀な人だ。だがどうかご自愛を。既にこの都市にも貴方に死んでほしくないと思う者はいるはず。それを忘れずに」


 その言葉を最後として誠の診察は終わった。


「治療方法はアークには存在しない、ですか。残念でしたね。マコト様」

「ああ。そうだな……」


 帰りの車内はどこか暗い空気が漂っていた。その発生源は言うまでも無く誠だ。ルカはそんな空気を変えようと努めて明るい声を出しているのだが肝心の誠の反応が芳しくないのでそれも上滑りするだけだ。


 誠の頭の中を占めているのは帰り際にエルディナから言われた言葉だ。


 それはタイムリミットを設けられたに等しい。塵濃度が一体どこまで行けば中毒症状を起こすのか分からないが、出撃頻度が増える度に定着する塵が増えいずれは発狂に至るのだろう。

 元々十年単位の計画を立てるつもりは無かったが、実際に爆弾を抱えるとなると焦りを感じずにはいられない。


「俺は帰れるのか……?」

「え? はい。この後は特に何も無いので帰るつもりでしたが。どこか行きたいところでもありますか?」


 聞こえるか聞こえないかの声量で思わず零れた呟きをルカはすかさず拾う。その健気さに誠は口元が緩むのを感じた。


「折角だからさっき言った環境保全区画の方を通って貰えるかな? 道を覚えておきたい」

「分かりました」


 その寄り道のお蔭でほんの少しだけ誠の気分は晴れた。


 ◆ ◆ ◆


《マッチング結果。D-》

「分かった。次の人に入って貰ってくれ」

《了解》


 診察の翌日。ヴィクティムのサブドライバー選定の為の検査を誠は見学していた。と言っても別段特別な事はしていない。何しろそのマッチングを判別できるのがヴィクティムだけなのだ。ただそこに候補者が座って、ヴィクティムが約五分ほどかけてマッチングを判定。そして次の人へと言う手順だ。そのコクピット周りの映像をこちらで見ているだけの仕事だ。


 この検査はトータスカタパルトを撃破した次の日から連続して行っている。だがその進行率は芳しくないと言うのが現状だ。一人当たり五分から六分。一時間で十人。一日十時間行ったとしても百人しか見る事が出来ない。今は軍部の人間からテストを行っているが、今日漸くフレーム乗りのテストが終わると言う段階だ。そして現状リサ以上の候補者は見つかっていない。


 流れ作業的に進んで行くテストを部屋の隅から見ている。意外と、と言うべきだろうか。ヴィクティムの存在を浮遊都市の人間は抵抗も無く受け入れているらしい。時折テストを進行している相手と雑談をしていた。尤もその内容はどこかずれている物だったが。


 着々と進行する中で一人だけ眼を惹く少女がいた。艶めく金髪に、側頭部で二つに括った髪型。正統派のツインテール。それも西洋人形染みた少女がしていると似合うと同時に目立つ。しかし誠が興味を持ったのはその見た目ではなく持ち物に、だが。遠目では良く分からないが、何かを抱えている。比較的小柄な金髪の少女がすっぽり腕に収められる大きさだ。然程大きな物ではないだろう。ぬいぐるみだろうか。


 何故そんな物を抱えているのか理解に苦しむ。まず第一にこのテストはれっきとした公務であり、第二にそもそも人前に出る時にぬいぐるみを抱えるのは常識ではありえない。流石にここまでくれば誠も学ぶ。常識が違うのかもしれないと思うが、九割九分九厘それは無いだろうと。

 作業を邪魔して悪いと思いつつテストを進行している女性に声をかける。


「ちょっと良いですか?」

「は、はい!」


 ここにいる人間は誠が都市外から来た男だと知っている。だからだろうか。裏返った声で返事があって誠の方が少し驚く。


「今テストを受けている彼女――」

「え? ああ、はい。嘉納玲愛かのうれあさんですね」


 何故だからチラチラと画面と誠の顔を見比べて頬を染めている進行役の姿に疑問を覚えながらも問いを口にする。


「その嘉納さんが抱えてる物ってあれは……」

「ぬいぐるみですよ?」


 何でもない事の様にそう言われてしまい誠は一瞬言葉に詰まる。もしかしてこれは本当に常識が違う奴だったのだろうかと思いながら質問を変える。


「俺都市の常識はまだ全部学びきったとは言えないんだけど……ああやってぬいぐるみ持ち歩くのって都市だと普通なの?」


 その問いでようやく向こうも何が言いたいのか分かったのだろう。小さく頭を下げてくる。


「すみません。私達も慣れ切っていたのでうっかりしていました。まず今の質問ですがぬいぐるみを持ち歩くのは普通ではありません。しかし彼女の場合は別です」

「特別って言う事?」

「はい。柏木様はASIDを何体倒しましたか?」


 突然の話題転換に戸惑いながらも誠は大雑把に数を数える。


「多分二百は行ってないと思うけど」

「……一週間でそれとは凄まじい戦果ですね。ですが、彼女の総討伐数はその三倍です」

「六百体?」

「はい。アークの中でも頂点に君臨するフレーム乗りです」


 その凄まじい戦果に誠は戦慄する。ASIDとアシッドフレームの性能はほぼ互角だ。誠の様にヴィクティムと言う特別があるわけでもない。あくまで普通の機体に乗っている彼女がそれだけの数のASIDを狩っていると言う事実はにわかに信じがたい。だが同時に納得もする。それだけの実力があれば多少の事は眼を瞑るだろうと。


「とんでもないな」

「ええ、まだ十六歳。むしろこれからが伸び盛りなのを考えると更に強くなると思います」


 そんな相手がサブドライバーになったとしたら彼女が操縦した方が良いのではないかと誠は真剣に悩む。幸いな事にその悩みは五分で解決したのだが。


《マッチング結果E》

「……最低ランクか」


 僅かたりとも共振現象が発生しないと言う事だ。他の人間が全滅しない限りはサブドライバーになる事は無い結果だった。


 それで誠は再びテストの進行を見守る。嘉納玲愛とは接点が無くなっただろうと思い、既に頭の中からはその存在が消えつつ。


 次に会うとしてもそれは戦場でだと思っていたのだが、予想以上に再会は早く来た。


 部屋の外が騒がしくなったと思ったら堂々とした足取りで玲愛が室内に入ってきたのだ。


 突然の闖入者に進行役も誠も目を丸くする。後ろから入口を固めていた女性が駆け寄ってきた。


「こ、困りますよ嘉納さん! 許可も無く勝手に入られては!」

「すぐに用事は済むのに……」

「そう言う問題じゃありません!」


 困った様に眉をハの字にしている玲愛だが、本当に困っているのはここまで強行突破されてしまった警備兵の方だろう。とは言え玲愛を強引に押し留めるのも難しい。何しろトップエースだ。怪我でもさせたら都市の防衛力に関わってくる。それ以前に玲愛が誠を害する理由も無い。

 だがこのままだと叱責を受けるのは彼女だ。そのジレンマに苦しんでいる彼女が見ていられなくて誠は助け船を出すことにした。


「すまん。俺が頼むのを忘れてた。嘉納さんは俺が呼んだんだ」


 もちろん大嘘だ。忘れていたも何も最初からそんな予定はない。白々しすぎる言葉は警備兵にも一瞬でそれが嘘だと分かっただろう。だがそれが自分の失態をフォローするためだと気付くと小さく頭を下げる。


「分かりました。上にはその様に報告しておきます」

「うん。そうしておいて。こっちの不手際で手間取らせて悪いね」

「いえ、感謝いたします。それでは」


 そう言って立ち去って行く兵士を玲愛は訝しげな視線で見送る。そして誠に向き直る。その際に茫洋とした瞳が誠を捉えた。


「私は貴方と約束した覚えは無いのだが」

「奇遇だな。俺も無い」


 どうやら玲愛は今の一連のやり取りが何なのか全く理解できなかったらしい。十六と聞いていた年齢以上に幼い印象の顔つきを困惑に染めていた。


「嘉納さんが無理やり入ってきたからそれを誤魔化すためにああ言ったんだよ」

「なるほど。理解。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる。何だか微妙にテンポが狂うなと思いながら誠は小さく首を横に振る。


「それは良いのだけど、どうしてあんなに強引に?」

「忘れるところだった。こいつだ」


 そう言いながら玲愛は抱えていた物を突き出す。


「こいつ?」


 ぬいぐるみがどうかしたのかと視線をそちらに向ける。良く見たらそれはぬいぐるみでは無かった。どころか見覚えのある物だった。

 ヴィクティムの室内ボディーとして大活躍していたお茶くみロボットだ。リサがどこかに行ってしまったと嘆いており、ヴィクティムも場所が分からなくなったと言っていたため諦めていたのだが……まさかこんなところで見つけられるとは。


「ど、どこでそれを……?」


 ひきつった表情筋を笑顔にするのは中々な苦労だった。そんな誠の苦労を気にすることなく玲愛は端的に答える。


「拾った」


 盗んだ、では無くて良かったと思うべきなのだろうかと誠は真剣に悩む。悩んでいると向こうが不思議そうに尋ねてきた。


「ところでマコトはどうして私の名前を?」


 今更疑問だった。やはり会話のテンポが上手くかみ合わない。おまけに呼び捨てと言うある種の新鮮さを覚える。この都市に来てから様付や殿付が多くリサの君、が一番砕けた呼び方と言う状況は肩が凝る物だった。


「……さっき聞いたんだ。少し気になったから」


 まさかその興味の対象がぬいぐるみではなく身内だったとは思わなかったが。

 誠の解答にハッとした顔をする。間をおいて頬を染める。


「優しくしてほしい」

「何の話かな!?」


 誠はこの短時間のやり取りで確信する。確かに彼女とは相性が悪い。致命的なまでに会話のリズムが噛みあわない。先ほどから実りある会話と言う物が一切できていない。


「兎も角、嘉納さん。それは俺が都市に持ち込んだものなんだ。出来れば返してほしい」

「分かった」


 おや、と誠は意外に思う。大事そうに抱えていたのでさぞかし愛着があるのかと思ったが、そうでも無かったのだろうか。


「元々私も返すために来た」

「それは、ありがとう」

「その代り条件がある」


 その言葉で誠は表情を動かさないように努める。条件、非常に嫌な響きだ。要求される内容によってはお茶くみロボとはサヨナラだろうと決意を固めた。


「条件、とは?」

「私に貴方の事を教えて欲しい」


 少し、予想外の言葉だったため誠は考え込む。てっきりまた子供がどうこうという話かと思ってしまった辺り三日間ですっかり染められていると自覚してしまい悲しくなった。いや、この言葉もうがった見方をすればそう言う事になる。

 慎重に言葉を選びながら誠は問いを重ねる。


「それは、どういう意味で取れば?」


 その言葉で玲愛は自身の言葉が足りなかったことに気付いたのだろう。やや早口に補足してきた。


「マコトが生きていた旧時代の事を教えて欲しい」


 その希望は誠にとっては非常に困った物だった。現状、誠にとっての旧時代と言うのは都市にいる人間と同じ程度の知識しかない。ヴィクティムにもその情報が無い以上、誠が切れるカードは無い。

 正直に言うとお茶くみロボットを差し上げても良いのだが、下から見上げてくる瞳が好奇心に輝いているのを見て断りにくかった。その視線に押し負けて誠は眼を逸らしながら答える。


「お、俺の記憶にある事だったら」


 情けない態度とは裏腹に誠には考えがあった。即ち、どうせ確認できないのだから何言っても問題ない、と言うかなり最低な考えが。自分の知識を披露しておけば旧時代と錯覚できるだろうと言った酷い考えだ。


「感謝する」


 そんな底辺思考を微塵も出さずに誠は鷹揚に頷く。この対策はまた今度しっかりと考えようと思いつつ。


 結局その日もリサを超えるマッチング結果は出なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ