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終焉機ヴィクティム  作者: 梅上
第二章 浮遊都市
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15 作戦準備

 ASIDが作戦行動を取っている。強力なジェネラルタイプ二体を投入して。


 それが事実だとした場合浮遊都市の窮地は今以上となる。これまでASIDの攻勢を凌げていたのは向こうが狩りの延長でしか攻めてこなかったからだ。強大ではあるが獣の群れ。あしらい方を心得ていれば重傷は負わずに済む。

 だが向こうが戦略的、且つ積極的にこちらを攻略しようと言うのなら話は変わる。群れではなく軍勢。明確な戦術と戦略に基づいた攻撃はかつてない損害を人類側に与える事になるだろう。


「……そうだと断定するにはまだ材料が少なすぎますね。ですが留意しておきましょう」


 無論、推測だ。本当に不運が重なってジェネラルタイプ二体と交戦する事になっただけかもしれない。真相はASIDに聞いてみない限り分からないのだから。


「先ほどのヴィクティムの懸念点ですがどちらも何とかなるかもしれません。二人ともついてきてください」


 そう言って歩き出した安曇の後を二人してついて行く。何時の間に合流したのか、音も無く秘書らしき人が安曇の斜め横についており、その仕事ぶりに誠は感心するしかない。

 行政局の建物は地上七階建て。それでも十分に他の建物よりも高い。階段を下って一階まで降り、そこからはエレベーターだ。


 向かっている先はこの階層よりも更に下。都市部から離れて浮遊機構等を納めた浮遊艦部に降りている。このエレベーターのあるあたりだけ造りが違うのは恐らくここだけは元からあった場所で、行政局の建物は後から建てたからだ。地上部から地下に行くエレベーターしかないのも同じ理由である。


 現在の浮遊都市の生産能力では生活必需品とアシッドフレームなどの兵器。そして浮遊都市の補修部品。それ以上の生産ラインを確保できていない。階段を使えば良く、緊急時に使用できなくなるかもしれないエレベーターはそう優先順位が高い物ではない。


 そんな説明をエレベーターの中で秘書官が誠にしてくれていた。興味深げにエレベーターを見ているのを察しての事だ。非常に気が利く人だと誠は思う。ヴィクティムとは大違いである。


 目的階層に到着したのだろう。微かな浮遊感が止まり、ほんの少し体が重くなったような錯覚。それなりに長い時間乗っていたことを考えると相当下まで来たことになる。

 どの辺りなのだろうと疑問に思ったのを察したのか秘書官がまた口を開いた。やはり気の利く人だとこの短時間で評価を高めつつある。


「こちらは中枢ブロック。浮遊都市の動力部が存在する階層です。基本的には技術者と安曇様の様な一部のお方以外は立ち入りが禁止されているフロアです」


 その言葉を聞いてあわわあわわと慌てているリサを宥めながら疑問を口にする。


「どうしてそんな重要な場所に?」

「それは……いえ、安曇様から直接ご説明を受けた方が宜しいでしょう。私にも推測は出来ますが、余計な事前知識を与えるべきではないと判断致しました。申し訳ありません」


 そう一礼してくる姿は優雅さを感じさせるが、同時にこの話は終わりだと言う硬い意思が見える。これ以上聞いても何も答えてくれないだろうと判断した誠は安曇の方に視線を向ける。


「……私の方からも言える事はありません。まずはこちらにいるお方からお話を聞いてください」


 都市のトップである安曇が敬語を使う相手となると誠にはそう多く思いつかない。すぐにわかる事だと思考を切り上げ、安曇が指し示す扉を潜ろうとする。


「リサ・ウェイン。貴女はこちらです」


 その背を追おうとしたリサがそこで呼び止められた。若干不安そうな顔をしているリサに大丈夫と言う様に手を振って誠は扉の中に入る。


 彼を迎えたのは色とりどりの光。まるでオーロラの様に複雑に色を変えながら揺蕩う柔らかな光だった。


《綺麗な物であろう?》


 一瞬その光景に見惚れていた誠を正気に引き戻したのはどこか尊大な、それでいて幼い響きをもつ男の声。だが姿はどこにも見当たらない。


「貴方は……誰、ですか?」


 知らずうちに言葉遣いが硬くなる。安曇と相対した時以上に緊張している誠の様子をどこかから見ているのか小さな笑い声が聞こえてきた。


《そう硬くならずとも良い……いや、むしろ堂々としていても良い位である。我が父よ》


 その言葉と同時に誠から数歩離れた空間に光が集い、少年の姿を形作る。黒い髪の十二歳くらいの容姿。だがその表情はあどけなさや幼さよりも老獪さが目立つ。


《我の名はエイジ。この浮遊都市そのものである。歓迎しよう。貴きお方よ》

「貴きお方……?」

《旧時代の技術によって我は生み出された。それ故に旧時代の人間は我にとっては全てが等しく父であり母である。そして浮遊都市の人間は全て我が子だ。何かおかしなところはあるか?》


 誠としてはその内容よりも会話の受け答えに驚く。仮にこれがヴィクティムだとしたら「貴きお方とは当機にとっての親の事である」などともう一度質問をしなければ分からない様な解答しか返してこないだろう。


「アークその物、ってことは旧時代からずっといるって事、ですか?」

《先も言ったが敬語は不要である。親が子に畏まるのは逆であろう》


 そう言われても誠は旧時代に生きた人間では無い以上親ですら無い。だが固辞して相手の機嫌――があるのか誠にはまだ判断が付かなかったが――を損ねても良い事は無いので無理やり口調を修正する。


「分かり、った。これでいいか?」

《うむ。ああ、良いぞ。我が父と言葉を交わすのは実に六百年ぶりの事になる。この時代でその様な経験が出来るとは予想もしていなかった》

「六百年。やっぱり旧時代から連続して意識があるって事で……なんだな」


 どうにも、自然と敬語が――と言っても誠の覚えている敬語と言うのが酷く半端な物だが――出てしまう。目の前にいる相手が六百歳を超えているとなれば尚の事。


《その通りだ。この都市が飛んで以来我はずっとここで人々を見守り浮遊都市を見守ってきた》


 そう言いながら背後に手を伸ばす。


《ほれ、見よ。このエーテルの輝きを。全て上に住む人々の魂の輝きだ。この美しい輝きを守り続けると思えば役得であろう?》

「やっぱり、これってエーテルなのか……」

《エーテルリアクター。ここは浮遊都市の心臓部その物と言えよう……さて、それで今回は何用か? 我に顔を見せに来たと言うのならば喜ばしい話じゃがそうでは無さそうだしの》


 そう言われても誠は安曇に言われるがままここに来ただけで何も分からない。


《まあ推測は出来る。こうして浮遊都市が落とされたのだ。それに関する事であろう?》

「その通りです……エイジさまがいらっしゃるとは想像しておりませんでしたが」


 エイジの言葉は前半誠、後半は静かに入ってきた安曇に向けられた物だった。誠は安曇の言葉に首を捻る。


《ん? ああ、我はな、普段は余り表に出んのよ。大概はもう一人に任せている》

「はい。普段はマナ様が御姿を現してくださるのですが……珍しいですね」

《あ奴緊張するから変わってなどと言い出しての……六百も過ぎて何が緊張すると言うんだか……》


 流石に六百年も生きていると人工知能と言えども人間っぽくなるのだろうか。まるで今のは妹の粗相を嘆く兄の様に誠には感じられた。


《まあ我であろうとあ奴であろうと出来る事にそう差は無い。何か頼みごとがあって来たのじゃろう?》

「はい。緊急時用のエーテル結晶体を一つ、頂きたいのです」

《……ふむ。なるほど。エーテル爆雷を作るのか》


 また固有名詞が出てきて誠は置いて行かれそうになるが何となく内容は理解できた。恐らくは文字どおりなのだろう。エーテルの結晶体と、エーテルを使った爆雷。なるほど、それで攻撃力を補う訳か。


「はい。トータスカタパルトが出現いたしました」

《あの鈍亀か。確かに前回もそれで撃退したような物だからな。分かった。一つ持っていくがいい》

「感謝いたします」


 話がスムーズにまとまって安堵したのだろう。表情を和らげて安曇が一礼した。そのタイミングで思い出したかのようにレンジが言葉を発する。


《それはそうと、こちらのお方をお連れしたのはどういうつもりがあっての事だ? 今回の件など安曇一人で足りる話であろう》

「用事があったのでそのついでにご紹介致しましたまでですわ」、

《そう言う事にしておこうか》


 そのやり取りを見て誠は思った。年長者怖い。


 ◆ ◆ ◆


 エ―テル爆雷とは誠の想像通り、エーテルを使った爆弾の事らしい。その威力はアークで作れる物の中で最大。前回のトータスカタパルト撃退の際にも二発使用した代物だ。つまり十分に相手のエーテルコーティングを突破できる威力が保障されていると言う事だ。


「それでは私はこちらの手配をしてきます」


 秘書官が一礼して足早に別の階層へと向かっていく。その背を見送るのもそこそこに安曇は次に行きましょうと先を歩き始める。


「残る問題は防御力……耐えられないならば耐えられるだけ装甲を積めばいいのです」

「至言ですね。安曇様!」


 まるでどこかの御姫様みたいな事を言う安曇に追従するリサを見て誠はふと思う。もしかしてこの街の人間ってみんなこんな考え方しているのだろうか。だとしたらついて行けるか自信が無い。


 そうして辿り付いたのは、工場――否、腑分け場と言った方が正しいだろう。その光景を見て誠は表情を顰める。


「ここは……」

「アシッドフレームの製造ラインですよ。マコト君」

「これが!?」


 言われてみれば確かにそうなのだろう。視界の半分はパーツ同士をくみ上げてハイロベートの姿になっているのが見える。だがもう半分では――。


「どう見ても解剖しているようにしか見えないんだが」

「実際そうですしね。解体して内部構造を把握して……そして使える部品を取っていくと言うのが何時もの流れです」


 悪趣味だと断じる事は誠にも出来なかった。そうしなければ人類が滅びてしまう。そんな中でこうも生々しく解体していることを非難する権利が自分には無いと十分に分かっていたからだ。


「それで、その装甲はどこにあるんだ?」

「あっち、だったと思います」

「マコト殿。私はここの責任者と話しをしてきますのでしばしリサに案内させます。リサ。頼みましたよ」

「は、はい。畏まりましたっ!」


 リサは再び直立不動で敬礼する。安曇の背が角を曲がるまで見送って、漸く肩の力を抜いた。


「き、緊張しました。どうしてマコト君は平然としていられるんですか」

「いや、むしろそっちが緊張しすぎな気も……」


 先ほどまで比較対象が少なかったのでそんな物かと思ったが、こうして他の人がいる空間に来ると明らかにリサは緊張しすぎだった。

 製造ラインで作業をしている人も安曇を見れば手を休めて敬礼をしている。だがそれだけだ。リサの様にガチガチになっている人間は一人もいない。


「いえ……その。実はですね」

「うん」

「お母さんなんですよ……ボクの」

「うん。うん?」


 頷いていた誠が一瞬固まる。予想外な解答だった。だが同時に納得もした。言われてみれば顔つきや仕草が若干似ているような気もする


「あーそりゃ……うん。緊張するな。でも名前が全然似てないと言うか……」

「安曇、と言うのはこの街の市長が代々襲名する名前なんですよ。ですから安曇様には苗字もありません」

「安曇様ってそんな他人行儀な」

「だって、もう十年以上親子として何て会話してないですし。向こうがどう思ってるかも分かりませんよ」


 不貞腐れたようにリサはそう言うが、その態度は誠から見れば親に構って貰えなくてさびしい子供でしかない。二十歳の相手に言う事でもないかもしれないが。


「そんな事より! 案内をしますよ」

「ああ、頼むよ」


 そう言って案内されたのが大まかに三つのフロアだ。


 一つ目が解体場。鹵獲した、或いは頭を叩き潰したASIDを解体し、使える部品とそうで無い部品に分けて行く。

 二つ目が組立場。使える部品同士を組み合わせ、ASIDから捕獲器官を取り除いたところにコクピット等の人が操縦するために必要な部品を取り付けて行く。その光景を見て誠は尋ねた。


「そう言えばこういうコクピットとかの材料ってどうやって調達してるんだ?」

「基本的には海底からの採掘ですね。地上の鉱山は変質してしまっていて碌に使用も出来ないので」


 海はASIDの領域ではないので食材資材共に重要な生命線となっている。仮に海もASIDに占領された場合はもはや人類は完全に詰んだ状態になる。それ位に重要な個所だ。


 そして三つ目が。


「アシッドフレームはASIDと比較すると装甲が大分薄くなっています。その為余った装甲や使えない程に壊れた部品はこちらに保管して再利用する日まで待つことになるんです」

「へー」


 一見すればゴミの山にしか見えない。いや、実際にもこのままでは何の役にも立たないのでその通りだとも言える。


「そういえばヴィクティムの修理ってここで出来るのか?」

「図面があれば部品は作れそうですけどどうなんでしょう」

《解答。可能不可能で言えば可能です。ただし原材料が必要》


 ふと気になった疑問を口にすると間髪入れずヴィクティムが答えを出してくれる。


《当機はナノマシンを使用した修理方法を採用。原材料があればそれを用いてナノマシンで機体を補修している。ただし、大きく損失した箇所は再製造の方が速いと思われます》

「もう驚かないぞ。ナノマシンとか言われても」

「へーナノマシンですか。浮遊都市の一つが医療用ナノマシンの製造に長けていたらしいですけど」


 今はもう墜落して埋もれていますと肩を竦める。少しばかりナノマシンと言う物に恐怖感が――主にフィクションのせいでだが――ある誠として確認したいのはこの一点だけだ。


「それ漏れ出して全てを溶かしたりしないよな?」

「何ですかその想像。怖すぎますよ」

《残念ながらその様な機能は持っていません》

「残念ながらってどういう意味ですか!?」

《ナノマシンを用いてASIDを溶かし尽くす事は不可能である》

「そう言う意味なのね……」


 リサ共々ホッと胸を撫で下ろす。機械の反乱で人類が終わると言う事は無さそうで良かった。


「となると原材料は鉄とかか?」

《それ以外にもASIDの残骸からでも抽出する事は可能です。あまり効率は良くは無いですが》

「どのくらいの効率なんだ?」

《大凡、前回の戦闘での損傷、機体疲労を回復するために必要なASIDの数は約六百体です》


 本当に効率が悪いと誠は頭を抱える。六百体倒している間に更に機体に負荷が溜まってしまうだろう。


《故に修理にはなるべく純度の高い鉱石を使用するのが望ましいと提言》

「安曇さんに要望出しておくよ……」


 兵器として修理などは当然なのだが、所謂スーパーロボットと言うか、その辺りの事は不思議パワーで何とかしてくれるんじゃないかと期待していた。その為妙な所で現実を突きつけられて頭が痛くなる。エーテルもそこまで万能ではなかった。


「話がまとまりました。こちらの装甲版を張り付けて急造の盾とします。どうでしょうか。ヴィクティム」

《……計算中。了承した。そちらの作業責任者の所に図面を送信する。ここにあるとおりに加工し、当機の近辺まで持ってきてほしい》

「畏まりました。作業には小一時間ほどかかるでしょう。その間身体を休めておいてください」


 前半はヴィクティムに、後半は誠とリサに安曇は告げて慌ただしく去っていく。取り残された形となった二人は顔を見合わせる。


「休憩だってさ」

「ん~そうですね。でしたら上層のブリーフィングルームにでも行きましょうか。多分どこか空いてると思いますし」

「贅沢は言わないからどこで良いよ」


 そう告げるとリサは微妙な顔をする。度々そんな顔をするのは見てきたので誠も気になってくる。


「どうかしたの?」

「いえ、何といいますか。マコト君って無いですよね。欲が」

「そうか? 普通にあれが欲しいとかこうしてほしいとか要求出してると思うんだけど」

「いえいえ。その要求がささやかって意味ですよ。クイーンASID戦の切り札なんですからもっと威張っても大丈夫ですよ?」


 そう言われても元が小市民である誠としては今の状態でも既にいっぱいいっぱいなのだ。例えば人口増加に協力すると言うのだってこの世界の人間の立場から考えれば相当な我儘だと言うのも理解している。その我儘を言ったうえで更なる我儘を重ねると言うのは出来ない事だった。


「ほら、例えばこの街にいる女を全部自分の物にしたいとか……」

「え、ちょっと待って。何で俺の欲求の例えでそんな物が出てくるの」

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