南瓜頭と錬金術師の恋愛反応
「シャルル、親指姫の魔女と仲良くなれ。ついでに結婚しろ」
「……何勝手な事言ってるんですか」
突然呼び出されたと思えば、どこまでもふざけた事をのたまう王子に、私は冷たい視線を向ける。
「何も変な事じゃないだろう。君もそろそろ妻をめどらなければならない年齢じゃないか。だとしたら、君の上司であるこの僕がひと肌ぬいであげないと」
「そういう場合、普通は、貴族の娘を紹介するものでしょうが。何で私は異国で童話に出ている女性との結婚を勧められているんですか」
上司が部下の結婚相手を紹介するのはおかしな話ではない。でもその場合は大抵、どこそこの大臣の娘とか、公爵令嬢とか――まあ、いわゆるお嬢様をピックアップするものだ。かくいう私も、魔法使いを排出する家系である、ポティロン伯爵家の次男であり、貴族の一員だ。もっとも、兄ほど王家を崇拝してはいないし、本当ならば誰かに仕えるのも性に合わないタイプだと思っている。
それでも何故王子に仕えているのかと言えば、若気の至りで王子を裏から操れたら面白そうだと考えた頃があったためだ。その頃にしでかしたミスを逆手に取られ、今じゃ絶対服従のわんこ状況は私の方となった。我ながら悲惨な現状である。
腹黒は、黒いなんて所がまったく見えないから腹黒であって、この王子は正しくそれだった。
「だって、お前と俺って結構性格が似ていると思うんだよな」
「……そうですか?」
失礼ですねととっさに言わなかったのは 、私なりの気遣いだ。
たしかに私は、真っ白な性格ではない。白か黒かと問われれば、黒としか言いようがない性格だ。でも子の王子よりはまだマシである。
王子は腹黒ある事にプラスアルファでどうでもいい相手にも、悪戯を仕掛けて場を混乱させて楽しむタイプだ。
「だから、似たような性格だと、ほら、俺の嫁に恋煩いしたら不味いだろ」
「あり得ないので、安心して下さい」
この王子は最近、おもいびとを手に入れた。何でも一目ぼれをしたそうで、その彼女を手に入れる為に、私が苦労させられた為よく知っている。だからそう簡単に手放してもらったら困るのだ。
王子の一目ぼれの相手は貴族ではあったが、貧乏一直線の傾きかけた家の娘で、節約を趣味にしている様な子だった。折角お城の舞踏会という、絶好の出会いの場を用意しても一向に行こうとしない彼女を、魔法だのなんだのと適当な事を言って、カボチャの馬車に突っこんで城に送り届けたのだ。今思うとかなり強引な上に、彼女は半泣きだった気もするが、終った事なので仕方がない。
まあとにかく、苦労してくっ付けたのだ。その後もガラスの靴で相手を見染めるとか、頭にカビでも生えたのかこのチーズ頭と蹴飛ばしたくなるような、彼曰くロマンティックな求婚をした王子と同じような事は、私にはできない。だから彼女の相手は王子しかいない。
「そうとも言えないぞ。人は自分と違う相手に興味津々だったりするんだ。彼女と俺は、まさにそんな関係だと思うしな」
「そうですか。どちらにしろ、上司の嫁に手を出すほど、馬鹿じゃないので安心して下さい」
「恋は突然、愛は積み重ね。ある日いきなり恋煩いする可能性がないとはいえないだろ? だから、お前も結婚しろ。で、シャルルが気にいりそうな相手は、親指姫の魔女だと思うわけよ」
「どこで知り合いったんですか――っと、そう言えば、シンデレラ姫は、親指姫と親友でしたね」
何をもってして私が気にいると思ったのか知らないが、よくよく思い出せば、王子の嫁は、童話で良く語られる親指姫と親友だった。貧乏生活を2人とも体験した事がありそこから意気投合したそうだ。
「そう言う事。俺がもしもシンデレラと出会わずにあの子と出会っていたら、間違いなく求婚すると思うんだ。だから、シャルルも絶対好きになるって」
「どこから来るんですかその自信」
そもそもどうして王子の趣味と私の趣味が一緒だと思うのだろう。私はあそこまで腹黒くない。失礼極まりない話だ。
「まあ、ご主人様からの命令という事で、ちょっと見に行ってきなって。気にいらなかったら別にいいから」
命令と言われてしまったら仕方がない。
私は膝をつき手を胸にあてた。一度勝負に負けてから、私への絶対的な命令権を持っている人だから。
「仕方ありません。我が主人の言うままに」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「親指姫の魔女は……魔女と言うより錬金術師ですね」
色々と身辺調査をして分かったのは、彼女の魔法は私の魔法と少し性質が違う所だ。彼女は薬などを扱う事に長けており、どうやら通常よりもよく効くそれが魔法と彼女の国では捉えられているようだった。
錬金術師というのは、元々は金や不老不死を作り出す秘術を研究する者達の名称。魔法とは少し違う。薬などは、そこから派生したものの一つである。
そして親指姫の魔女である、メルサは錬金術師達のなかではずば抜けて優秀なようだ。年齢が15歳の時に、親指姫と現在呼ばれている、ホムンクルス、いわゆる人工人間を作り出したというのだから。ホムンクルスの作成は神の領域で、魔女の間では禁術とされているが、ぶっちゃければいまだ成功した例がほぼないからでもある。
そしてそんな禁術を彼女は、自分の力だけでやってのけたのだ。これを天才と言わずして、なんと言おうか。
ただ残念なのは、親指姫の童話に親指姫がホムンクルスだと読む人が読めばバレバレの描写が入ってしまっている所だろう。うっかりさんと言うか、何というかだ。頭が悪いはずはないのに、彼女の罪は確実に拡散されている。
そんな彼女はいつもフードを目深にかぶり、体の線が極力でないようにしたダボ着いた地味な服を着こんでいた。確かに頭脳には、興味をひかれるが、この外見はちょっと色々女性としてないだろう。手は薬草などを触る為、色素が爪に入り込み綺麗とは程遠い。どうみてもお洒落というお洒落をしていない。
その上、人見知りというか、極度の男嫌いらしく、自分の家と畑以外はほとんど出歩かないようだ。
正直、王子がなぜ彼女と付き合えと言ったのか分からない。
やっぱり、ホムンクルスが作れるほどの頭脳だろうか。でも、頭がいいだけなら同僚で十分じゃないだろうか。
「……嫌がらせですかね?」
王子の嫉妬が鬱陶しいので、余りシンデレラには近づかないようにしているのだが、何か勘違いをされたのかもしれない。
「とりあえず、適当に勧誘しとけばいいんですよね」
嫌がらせとはいえ、何か利点がなければ名前を上げる事もないだろう。人嫌い、男嫌いだとすると、なかなか近づくのも大変かもしれないけれど。
私は買い物客のふりをして、メルサの薬局を叩いた。
「すみません。どなたかみえますか?」
勿論メルサがいる事は事前に調査済みだ。だから薄暗い店内でじっと待つ。
「魔女の薬局に何か用?」
奥から、体型や顔かたちどころか年齢さえも分からない、人が出てきた。あまりに露出部分が少ないせいで、本当に人かどうかも怪しくなる。ただし、声は女性だ。そこそこ若そうな声に聞こえる。
「貴方がこの店の店主ですか?」
「そうよ」
たぶんメルサで間違いなさそうだ。
声が硬いのは、緊張しているのだろう。ただ客商売には致命傷だ。客商売は愛想と愛嬌が必要である。それでも何とか店を構えていられるという事は、薬がよく効くというわけだ。
「薬を分けていただきたいのですが」
「金は?」
「この国のモノはあまりありませんので、金では駄目でしょうか?」
「いいわ。何の薬が欲しいの?」
一定距離から近づいてこないな……。客と店員の距離としては少し離れている気がする。やはり私が男だから怖いのだろうか。
ホムンクルスが作れるぐらいの知識があれば、ただの男なら一気に倒す能力も持っていそうなものだが。
とりあえずこちらから近づくとどういう反応をするだろうかと思い、一歩踏み出してみると、布の塊は一歩後ずさった。
「声は聞こえているからそこから話して。店の中にこれ以上入ってこないでちょうだい。それを守れないなら、薬は売らない」
「分かりました。最近目が悪くなってまして、何かいい薬はないかと思って来たんですよ」
この距離が彼女の中ではギリギリか。確認をしたかっただけで、無理な事をして嫌われたりするつもりもない。私はその場で足を止めた。
「……どういう時にみえにくいのか具体的な症状を言って」
「職業柄書類に目を通す事が多いのですが、どうにも乾燥するのか目がかすみまして――」
症状を説明するとメルサは店の奥へ入っていった。そして何やら薬を持ってくる。
「煮沸消毒したスポイドを使って、この薬を2,3滴目の中に入れて。入れるのは霞んだ時でいいから。でもまずは医者へ行く事をお勧めするわ。目の疲れなら、ホットタオルで目を温めたり、ツボを押すのも効果的よ」
人が苦手で、特に男が苦手と思っていたが、意外に親切だ。薬だけではなく、改善方法も伝えるだなんて。
「医者に行ってしまったら、貴方の商売あがったりではないですか?」
「この薬を医者が買いに来るから問題ないわ。私の場合ただ症状を聞いただけで渡しているから必ずその薬で合っているか分からないの」
なるほど。医者が必要とする薬を適切に売れるならば、医者も重宝し利用するだろう。薬を作るのには時間や手間がかかるものだ。
「それにしても、素晴らしい知識ですね。どちらで身に着けられたのです?」
「……ど、独学よ」
「独学ですか」
確かにこの国は医療の本も充実している。でも一冊一冊が高価上に、そもそも彼女は錬金術師。普通の錬金術師は誰かに弟子入りして学ぶというのが基本。
それが独学。しかも15歳でホムンクルスを作るほどの能力がある……天才という言葉だけで片付けてしまっていいものだろうか。
そもそも彼女はどうしてこれほどまでに人が苦手なのだろうか。会話がおかしいという事はないので、喋れないわけではないようだが……なんだか色々なところがちぐはぐな気がしてならない。
「実は私、魔法使いをしているシャルルといいます。シンデレラの魔法使いという方が有名かもしれませんが」
「シンデレラって……童話のよね」
「はい。貴方の魔法は私の知り合いの魔法とはまた違うようですし、できれば私達、【童話の魔女】のコミュニティに入りませんか? このコミュニティは様々な魔女がみえるので、魔法知識の交流も盛んですよ」
「えっ。私が?――いや。外出はあまり好きではないので……」
お洒落から程遠い服装は、外を歩きまわるようなものではなさそうなので、確かにメルサはインドア派なのだろう。
「大丈夫ですよ。オフ会はたまにしかやらず、基本は【音声チャット】や【筆記チャット】と呼ばれる、遠くの相手と音声のみや筆談のみでの会話になりますから。是非とも参加してくれませんか? 勿論嫌になったらいつでも脱退は可能ですし。このカボチャランタンは音声チャット用、こちらの紙が筆記用ですので試しに一度使ってみて下さい。取扱説明書も置いておきますね」
「……最初から私を誘うために来たの?」
用意周到だと言いたいのだろう。
実際に面白い知識がなければ誘うつもりはなかったが、面白ければ――と考えていたのも事実ではあるので、最初からそのつもりというのもあながち間違えではない。でもそれを伝えると彼女は警戒をしてしまうだろう。
「普段から持ち歩くようにしているんですよ。魔女や魔法使いはあまり多くないので、いい人材がいたら勧誘できるようにしているんです。では、お代はこちらに。あ、そうだ。その音声認識の方は、一度顔を登録しなければいけませんので、フードをとって、カボチャランタンに顔を見せてもらえませんか?」
強引にやるという前提で、私は話をした。そうでないとたぶん彼女はやらないという選択をしてしまいそうだったために。
諦めたようにメルサはフードをとった。フードの下からは栗色の髪の毛が現れる。やはり、ホムンクルスの実験に成功したにしては驚くほど若い。そして顔を隠すので見られない顔なのかと思えば、そこそこ可愛らしい顔立ちをしていた。
絶世の美女かといえば、違うのだが、十分可愛いと思う。
「これでいいの?」
「……はい。ありがとうございます」
不思議な彼女との繋がりを強引ではあったが得られた私は、知らず知らずのうちに笑っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
メルサの過去を調べて分かった事。
それは、まったくメルサが分からないという事だ。分からない事が分かったと言えばいいのか。彼女は不思議でできている。
まず彼女は最初に私に話した通り、師匠を持っていなかった。
ならば親や祖父母が錬金術に連なる出かと思えば、普通の農家だ。魔法の【ま】もなければ、錬金術の【れ】もない。ごく一般の農家。しかも、6歳の時に流行り病で両親が死んだという不幸っぷり。
その後6歳の子供は、その小さな手で畑を耕すかと思えば、岩でゴーレムをを作って畑を耕すという荒業を使い生計を立て始めた。……この辺りから彼女の異常さは拍車がかかって来る。
野菜をゴーレムに育てさせる合間に、山から薬草の種をとって来ては植えつけ、薬も作りはじめた。最初こそ、子供が作った怪しげな薬を買い求める人などいなかったが、再び流行り病が起こった時、その薬は多くの村人を救った。だとしたら、今度は神の子として村人にあがめられるのかと思えば、そうなる前に村から逃亡したという、前代未聞な状況だ。
メルサは人と距離をとりたがる。
喋るのが嫌いというわけでもないので流暢に話すが、人に近づかないし近寄らせない。調べれば調べるほど謎に包まれ、こんなに不思議で飽きない者は珍しいと思う。
「おや。そろそろ時間ですね」
私は時計を確認して、カボチャランタンの前に座り、カボチャランタンの目の色を通話用の黄色に変える。
「こんにちは。私はシャルルです。どなたかいますか?」
「こんにちは、シャルル。私はメルサよ。……今日はシャルルだけみたいね」
メルサは普段誰とも会話しない生活をしているせいか、すぐにこの魔女会を気にいったようで、音声チャットや筆記チャットに参加するようになった。
ただし今日は他の魔女に協力してもらって、メルサと2人で話せるようにしたので、邪魔は入らない。
「そうですか。皆さんお忙しいんですね」
シレッと私はメルサだけだという事を今知りましたという形で伝える。
メルサは男嫌いだったが、私の言葉遣いが丁寧な事からか、ただ喋る分には問題がない様子だ。というか、近づかなければ大丈夫なのかもしれない。
「メルサ、最近仕事は順調ですか?」
まずは当たり障りのない質問。最初の頃こそ警戒心丸出しだったが、最近は、だいぶんと警戒を解いてくれているように思う。何となく、懐かない野生の動物が近寄ってきたような感覚だ。
「おかげさまで。他国へ売るルートまでできたから、食べるものがないなんて状況には陥らなくても済んでいるわ。特に、植物の病気を治す為の薬があんなに売れるとは思わなかったから、感謝してる」
「植物が病気で作物が全滅してしまう事は、どこの農家も恐れていますからね」
薬や植物の知識が、メルサは抜きんでていた。
その為、今までに植物がすべて枯れてしまい飢饉を引き起こした病気に対しても対処法を知っていたのだ。
「それにしても、どこでその知識を? やはり本ですか?」
「植物の病気に関しては私の両親よ。土の事や植物の事はとても詳しかったわ」
「かった?……過去形ですか?」
「流行り病で死んだのよ」
知っているがあえて聞いてみると、メルサは何てことないような口調で答えた。
「すみません」
「気にしないで。というか、気にしてないわよね。シャルルって、結構性格悪いし」
「おや、ばれてましたか」
「流石、腹黒の王子様に使えてるだけあるわよね」
そう言ってくすくすと笑う。
笑い声はなんというか、可愛いなと思う。私とは違って、普段からあまり愛想笑いとかしないからだろう。笑う時は本当に楽しげだ。
「……以前、私の知識をどこで身につけたかと聞いていたけど、独学と言うのは嘘なの」
「そうなんですか。どうしてそれを?」
「なんだか、騙しているみたいで居心地が悪いというか。……嘘をつくのって、その場限りだったらいいんだけど、こんな風に長く付き合う事になるとは思っていなかったから」
私も同感だっだ。
王子に言われて彼女を調べていたが、たぶんすぐに調べきって終わりだろうと思っていた。それなのに、ずるずると長引いている。
それは調べれば調べるほど彼女が分からなくなるから。
「別に気にしてませんよ。私は性格が悪いですので」
ここで彼女に問いただせば、彼女の師匠が誰で、どのタイミングで教わったのかが分かるだろう。でも分かってしまったら……こうやって彼女と話す理由がなくなってしまう。
「ありがとう」
そう言うメルサの声は少し震えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「メルサ、今度どこかで会いませんか?」
「ごめん。その日は都合が悪くて」
「まだ日程も言ってませんけれど……」
カボチャランタンからは彼女の笑い声が聞こえる。
更に月日は流れ、比較的軽口をたたき合えるような関係にはなった。でも、いまだにオフで会う事はない。
誰とも会わないかと思えば、人魚姫の魔女とは個人的に何度か会っているらしいので、やはり私は男と認識されているのだろう。
「本当にごめん。シャルルは話してて楽しいし、南瓜ごしだと南瓜と話しているみたいで怖くはないんだけど……どうにも男は苦手で」
「いつまでもそういうわけにはいかないと思いますが。どうしてと聞いてもいいですか?」
彼女を調べるが、男嫌いになる切っ掛けというものが見つからなかった。孤児になった時に、村人から汚い言葉をあびせられたようだが……それが原因なのだろうか。
「言ったって、信じてもらえない話になるから」
「信じますよ?」
誰かに信じられないなどの言葉をぶつけられたことがあるのだろうか。でも嫌いになるかどうかは本人の感情に起因するもの。信じるも何も、彼女が感じた事が真実だ。
「じゃあ、私に前世の記憶があると言ったら?」
「……あるんですか?」
想像していた言葉とはだいぶんと違い反応が遅れる。
「とても変な感覚ではあるけれどね。しかも前世の私は私? みたいな?」
「どういう意味です?」
確かににわかに信じられる話ではなさそうだ。しかしまずはどういう話なのかしっかり理解してから判断しなければ、彼女は2度と話してくれくなってしまうだろう。
なんたって、誰かに頼らなければ生きていけないような年齢の時ですら、ゴーレムまで作って1人で生きたぐらいなんでも自分で解決させてしまう。しかも自分自身見捨てた村人を病気から救うぐらい人が好きなくせに、その輪には決して入れないぐらいに、徹底した臆病っぷりだ。
「精神だけ過去へタイムスリップしたみたいな感じだと思うわ。タイムスリップは知ってる?」
「時間を移動する意味ですよね。何かの魔法ですか?」
「分からないわ。少なくとも、私が何かしたというわけではないし。もしかしたら、未来の貴方とか、他の魔女が何かしたのかもしれないけれど」
「私とも出会っていたのですか?」
未来の事を知っているという意味にもとれる話は気になったが、それよりも未来の私はメルサとどういう関係だったのかが気になった。
「今とは違う出会い方だったけれどね。こんな風に談笑しあう間柄でもなかったし」
「そうなんですか?」
「全部変えちゃったからね。両親が死んだところまでは同じで、その後に、【逆行】というような現象を体験して、折角だから好き勝手してみたの」
なるほど。荒唐無稽な話だが、何らかの魔法でその現象が引き起こせないとも言えない。実際私の知り合いには時を操れる魔法使いが何人かいる。
それに逆行したのが両親が死んだ直後だとしたら、師匠もおらず、本もないのに、ゴーレムを作れるだけの知識が彼女に備わっていたのも納得がいく。
「今の私の魔法知識は、逆行前に知った事よ。でないと、自分で言うのもなんだけど、私は神童ということになっちゃうでしょ?」
「元の世界に帰る事もあり得るのですか?」
「これが誰による気まぐれなのか分からないから何とも言えないけれど――」
「帰らないで下さい」
「帰れないわ」
私の言葉に、メルサの言葉が重なる。帰れない?
「この世界が私の過去なのか、それとも違う並行世界なのか、ただの私の走馬灯なのか、分からないけれど、帰れないの。帰った時に私に残っているのは、死だけだから。実を言えば死んだと思ってからこの現象を体験しているの」
「亡くなったんですか?」
「ええ。その時結構酷い人生で、両親が死んで孤児になってお腹が空きすぎて色々悪い事して、最終的に錬金術師に弟子入りして。そこで体売って……騙されて」
声が震える。泣いているのだろうか。カボチャランタンは泣かないから、彼女の様子は声でしか分からない。
「辛い事聞いてすみません」
「いいわ。別に。でも、本当に面白いものね。逆行前の記憶では、シャルルはもっと冷たい人かと思っていたから。実際話してだいぶんと印象が違うから驚いたわ」
「未来の私はそんなに性格悪そうでしたか?」
「うーん。性格が悪いというか、腹黒そうというか。でも、働いている先の王子様が結構横暴な人らしくて、結構やつれていたような」
間違いない。
それは間違いなく私だ。王子は未来でも傍若無人らしい。
「とにかく2人きりで会うのが怖いなら、他の魔女も誘ってみましょう。前世の知識は大いに活用すればいいと思いますが、そんな過去に囚われる必要はないですし」
それにいつまでも、今は存在しない過去に囚われてくれたら、私がメルサの師匠になるはずだった人に復讐をしてしまいそうだ。きっと今の彼にはまったく関係ない話だろうけれど。
でもいつまでも引きずられるなんて冗談じゃない。
「皆でなら……また考えるけど」
メルサの声でふと我に返る。
そして、結局王子の言う通りだと気が付く。彼女は確かに興味が尽きない。
案外メルサが逆行するような魔法をかけたのは私かもしれないと思う。
今のような穏やかな関係でなければ、もう一度やり直したかっただろうから。痛くても誰かに助けを求めない彼女の痛みを少しでも取り除きたいと思ったに違いない。
どちらにしろ、メルサの記憶がある事で歴史は変わってしまったのだから、もうその未来の私とメルサが出会う事はないだろうが。
「それは良かった」
王子に話すのは少し憂鬱だが、話さないと、きっともっと憂鬱な事をしでかしてくれるに違いない。何といっても王子は私より腹黒な上に、どうせこの展開も読んでいるだろう。
「その日が来るのを楽しみにします」
南瓜の魔法使いじゃなくても、彼女が怖がらなくなる日を待ち望んで。
私はようやく自分が恋に落ちたと気が付いた。