第六十七天 微妙な戸惑い
信が上着を脱いで、シャワーを浴びようかやめようか考えていると、部屋をノックされた。
「どうぞ」
ガチャリ
入ってきたのは、朝霧だ
「朝霧様ですか。どうしました?」
「いや、どうということはないのだけれどね。ちょっと気になって」
と聞いて、信はすぐにぴぴんとくる
「ああ。明江さんのことですか?」
「ええ」
「あの人には、もうついてこない方がいいと、言いました」
「そうですか」
朝霧は、感づいていたような顔をしていた。
「ま、彼女はイヤだと言い返してきましたけどね」
「フフフ。あの子らしいですね」
「ええ。ま・・・わたしの気持ちを伝えただけです。正直追い出したい気持ちですけどね。大聖天様が良いというのであれば、わたしごときが勝手をしていいわけがないですから」
と信は一気に言う。ちょっとキレ気味である。思い出してじわじわきてやがる
「明江さんが嫌いですか?」
「嫌いというんじゃないです。人にはそれぞれ、いるべき場所があると思うんです」
「フム・・・明江さんはわたしたちのそばにはふさわしくないと?」
「はい。ま・・・これもわたしの勝手な考えにすぎませんがね」
信はひきつった笑いだった
「・・・竜牙には竜牙の深い考えがあるんでしょうね。わたしは、彼女は純粋すぎるんだと思ってます」
「純粋・・・ですか」
信はぼけっとした。聖なる力に身を包んだ我々にくらべ、彼女は凡人ッ!闇を胸の内に抱え、それは薄汚れた魂だろう。どちらが純粋かというのならば、言うまでもなく、むしろ、われわれの方ッ!
しかし、朝霧がそういうのはナゼッ!?わけがわからないッ!
「あまり責めないであげてください。すべてを竜牙にゆだねましょう」
「そうですね」
信は怒りをしずめるようだった
「ところで、朝霧様は大聖天様とはどのくらいのお付き合いになるのですか?」
「そうですね・・・52年くらいだと思います」
「52年?!」
信はおどろいた
「あ、人間には長すぎる年月ですね。でも、大した付き合いじゃないんですよ。時々、魔を狩ったりするくらいの仲です。あとは14年前の大戦にお供させていただいたくらいですね」
「わたしは、まだ子供でした」
「フフフ・・・人の変化は速いものですね」
信は言葉を失った。52年は人間にしたら、ほぼ一生であるッ!それだけの年月を共にしている。それだけで仲の良さがものすごいように思われたッ!
「そんなにおどろくほどのことでもありませんよ。われわれ聖天にしてみれば、大した長さじゃありません」
朝霧は涼しく笑った。
「いやいや・・・。言葉が出ません」
と信は子供の時代をふりかえって、そういえば、昔の友達とも会ってないなと思いだした。
「わたしなんか、10年も前の友達すら会わなくなってしまったんですよ」
「いえ、52年といっても、わたしは竜牙についてきただけのこと。ただ信じて、共に戦っただけです。人間のそれとは、もっと複雑なものなのでしょう?」
「さぁ、そう変わらないと思いますが」
信は困った顔をした
「そうですか」
「おっと、そろそろ眠りましょうか?わたしのために時間を取らせてしまってもうしわけない」
信は頭をさげた
「いえいえ、いいんですよ。こちらから声をかけたのですしね」
と朝霧はわらった
「それでは、また明日」
「明日」
朝霧は扉をパタンとしめた。
しんとなった静寂を味わいながら、信はふとんに潜った。
瞼を閉じた闇の中で、ふと明江の言葉が思い出された。
あの女は魔だったのだろうか・・・。
たしかにあの漆黒のパワーは、恐ろしいものだった。あんなものを、聖天が使うとは思えない。
しかし、朝霧の話を聞いて、52年もの間、揺るがない信頼は、そんな邪悪なものを隠したまま、築き上げられるものだろうかと思えた。信の自分の過去を振り返れば、そんなことは不可能だったッ!
信の見間違い以外にありえないッ!
そして、ちょっとの疑いをも持った自分を恥じたッ!




