最終天 旅立ちの朝
「大聖天様、旅の支度が整いました」
信が荷物をまとめ、畳にひざまずいた。
「いつもありがとう。信二さん」
「いえ、大聖天に忠実に仕えるのが、中聖天の役目。これを」
「ありがとう」
信がさしだした巨大な鞘に入った刀。それは、五神武クランツ・クレールだった。
朝霧はそれを背負い、窓の外の松林を見た。
晴天の元、海原はキラキラと輝き、松林はすがすがしい一日の始まりにはしゃぐようだった。
「どこへ参りましょうかね?」
「西へ流れるのはどうでしょうか?今日は、海峡の渦もさぞ美しく見えましょう」
「それは良いですね」
朝霧がさわやかなスマイルだ。
しかし、信は和やかな空気でありながらも、常にキリッと張りつめている。
「そういえば、あの黒王と名乗る凶悪な魔はどうなさったのでしょう?」
「生きているという噂です。よくわからない話ですが、ある大聖天がボコボコにして、殺さずに生かした。生き恥を感じて黒王は何度も自殺を試みたが死ねず、山へ籠ったとの話ですよ。まあ、殺さずにおいたというところが、聖天としてあるまじき行為ですし、眉唾ものですが」
「そうでありましたかッ!」
そこへ、ズズズと木の引き戸が擦れて、洗面所から明江が出てきた。
「明江さんッ!まだ支度が終わらないのですかッ!!置いていきますよッ!」
「まあまあ」
怒りだす信に、朝霧はなだめた。
しかし、浴室から出てきた明江は、うかない顔だった。
「本当に覚えてないんだ。竜牙のこと」
「また夢の話ですかッ!私は一切記憶にありませんよ。現に大聖天様だってそうおっしゃっているでしょう」
「朝霧は、ずっと一緒にいたんだよッ!」
「朝霧ッ!!!その呼び捨て、いい加減にしてくださいッ!!!」
信はめちゃキレてるッ!!!
「そうですか・・・。しかし、私もまったく記憶にないのですよ。もし、それが真実だったとするならば、竜牙という人物はさぞ立派な方だったのでしょうね。是非お会いしてみたいものです」
朝霧は涼しい微笑みで優しさに溢れていた。
しかし、その優しさが明江の目には沁みて、泣きたくなる。
すさまじい激闘で島は壊滅したハズだった。
しかし、その激闘は夢のごとく、明江は旅館の布団で目覚めた。朝霧と信が隣に寝ていて、竜牙の姿はなかった。
壊滅状態にあったはずの島はきれいさっぱり何事もなく、日常が続いていた。そして、朝霧と信の記憶はその一切が消され、大聖天と中聖天という間柄に変わっていて、一部始終を記憶していたのは、明江だけだったのである。
明江は話が合わない朝霧達に、それらの出来事、竜牙と過ごした日々を語ってみせたが、面白い夢を見たという結論に終わってしまった。創生の力によって新たに生まれた彼らは、似て非なる者だったのだ。
旅館をチェックアウトし、バスターミナルまで来ると、朝霧達とは違うところへ、明江は立った。
「明江さんッ!どこにいるんですかッ!こっちですよッ!!!」
と、信は口うるさい。
「いいのッ!私ちょっと家に用事できちゃったから、帰る~ッ!」
「何を突然ッ!ろくに挨拶もしないでッ!!!いいから、戻りなさいッ!」
「まあまあ。彼女には彼女の都合があるのでしょう。我々はただ風のように流れて、魔を滅するのみです」
朝霧は優雅だった。
「明江さんッ!お達者でッ!!!」
朝霧は手を振った。
「は~い」
そして、朝霧達のバスは到着し、走り去っていった。
明江は実家へ帰る道すがら、古都によるつもりだった。ごく短い付き合いで、古都に住んでいるというわずかな手がかりしか明江にはなかったが、五閃、彼女に言うナオを見つけ、確認するつもりだった。
もっとも確認したところで、五閃はなにも覚えていないだろう。諦めきれないながらも、明江はもうわかっていた。世界は新たに生まれ変わったのだ。ただし・・・、
―――明江には思い出を残していった。それもまた、竜牙の愛なのだろう。
北へ向かうバスが、朝の光を浴びてやってきた。
明江は力強い足取りで、ステップを駆け上った。
完
これで大聖天英雄録は終わります。
最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。
次作品の大まかな予定は立ててたが、書く予定は今のところありません。ので、更新はこれにてストップです。
闇から闇へ・・・
俺はわずかな人に見送られ、この地を去るのでしょう。
そのわずかな人たちへ・・・
重ね重ね、最後まで読んでくれてありがとうございました!
以上




