第百五十五天 濃紺銀幕ッ!最後の晩餐ッ!
「全く、傷がまだ痛いんですけどね。どういう事ですか?」
「いいからいいからッ!」
明江に支えられて、信は旅館の前の松林を歩いていた。抜けて広がった先には、砂浜が広がり、巨大な鉄板を広げた竜牙たちが、純朴なスマイルで見つめていたッ!
「てめぇ。重傷のフリしてんじゃねぇよ」
と、笑い交じりに竜牙が言った。
「はぁ?何言ってんの?一人じゃ歩けないからってパシらせたの、竜牙でしょッ!この馬鹿ッ!」
「あ・・・いや、申し訳ありません。明江さん、大丈夫です。一人で歩けます」
「いやいやいやいや、どう見ても無理でしょッ!馬鹿ッ!」
「信さん、こちらに」
朝霧が砂浜にしっかり刺さった、折り畳み椅子をさした。
明江がゆっくりそこへ信を下した。
「何の騒ぎですか?」
「動いて大丈夫なのか?」
五閃が声をかけてきたのに、信は驚いたッ!
「あなたが何故?」
「ハッ!なんだか居着いちまったぜ」
「なッ!断じてそれは違うッ!俺はおまえの怪我が気にかかっただけだ」
信はふといろいろと考えて、
「・・・そうですか」
とだけ言って、微笑んだッ!あいかわらずの超推理が頭をめぐったに違いないッ!!!
「これから、何をするんですか?」
「なにって、ハンバーグパーティーよッ!」
竜牙は胸を張った。
「信さんにおいしいものを食べさせようって、みんなで食材を集めてきたんですよ。わたしは鉄板とか油を用意しただけですけどね」
「そんな、恐れ多い・・・」
と、信はかしこまったッ!
「ハッ!てめぇのためじゃねぇ。俺が食いてぇだけだぜッ!俺は牛肉を取ってきたぜッ!」
銀の台の上に、銀のトレイに乗って、紅白の美しい挽肉の線が美しかったッ!
「わたしは、卵とかパン粉とってきたよッ!」
そのかたわらには、ボールに山となった卵と、1キロのパン粉がどっさりだッ!それから調味料が細々と並んで、一大都市を気付いているッ!
―――だがしかしッ!
「あら、玉ねぎがありませんね。手に入れる予定だったはずですが」
と、朝霧が不思議な顔だ。
「おいッ!てめぇ、玉ねぎ取ってきたんだろうな?」
竜牙が五閃をにらんだ。
「あ、ああ。取ってきたぞ」
と、懐から取り出した
「それだけッ!?」
明江が目を丸くした。
「ああ、道端で拾った」
「馬鹿かてめぇッ!一個で足りるかッ!」
「えッ!?いや・・・」
「しかも拾ってきたのとか、マジありえないんだけどッ!」
「フフフ・・・スーパーで買ってきますよ」
朝霧が優しい微笑みで、スーパーへと走っていったッ!
玉ねぎは五閃の見事な居合でみじん切りにされ、具材をみんなでこね、焼き加減は紅茶の入れ方に定評のある朝霧が担当した。
涙まみれの五閃を笑い。焼き時間に神経質な朝霧に引いた。
そうして出来上がった巨大なハンバーグを等分に分けて、わいわいと食べた。
満腹になると、みんな黙って、砂浜に広がる満天の星空に浸っていた。竜牙は遠くの山をにらんでいた。信はどこに忍ばせていたのか、尺八を取り出して吹き始めた。朝霧は紅茶を飲みながら、その音色に聞き入った。五閃は星空を見上げて、ただ自然のありようを体いっぱいに感じていた。
「えっと、名前なんだっけ?」
「ぬ?」
五閃が顔を下すと、明江が少し恥ずかしそうに頬を染めていた。
そういえば、信以外には名乗ってすらいないのだと、五閃は思い出した。
「俺は、ご・・・いや、葛木・・・葛木 直久だ」
御聖院を名乗りかけて、明江には内緒なのだと本名を名乗った。
「ナオヒサ?かっこいい名前だね。ナオって呼んでいい?」
「あ、ああ。別に構わんが」
五閃はくすぐったいような感覚に戸惑った。思えば、本名を口にしたのはもう何十年も前の事だった。己の本当の名前、ありのままの名前に、ドキドキするのだった。
「ナオってさ、意外にイケメンだよね」
「イケメンってなんだ?ツケメンの仲間か?」
「・・・かっこいいって事だよ」
「そうか。それほどでもないと思うがな」
「信の友達にこんなイケメンがいたなんて、マジ意外ィ~」
「あ、ああ」
五閃はスマイルも引きつってるッ!
「信とは、長いの?」
「ん?まあ、そこそこにな」
「ふぅん。ナオも戦う人?」
「ああ。成平 信に怪我をさせてしまってな。・・・治るまでは世話になるつもりだ」
五閃はまた胸が痛くなる。信の内臓は、グズグズと腐敗が進行している。もう余命もあとわずかだ。わめいても黙っても、いずれ死ぬ。御聖院の務めも果たしたと言える。己の存在理由のあまりに希薄なことに、五閃は何を言っても、闇に語り掛けてるような気分だった。
「治ったら、どっか行っちゃうんだ?」
「まあな」
「信は殺すの?」
「ッ!?」
五閃は驚いて、目を見開いたッ!真意を見抜かれた顔が、とってもイージーッ!
明江はその顔に何の反応もしなかった。かまをかけたつもりでもなかった。
「ナオって、嘘下手だよね。バレバレ」
「・・・すまない」
「いいよ。そんな事だろうと思ってたから。オトナの事情があるんでしょ?」
明江は夜風のような涼しい微笑みだった。
「ぬぅ・・・」
「あ~あ、ずっとここにいればいいのに」
と、寂しげに夜空を見上げた。星々の瞬きが競うようだ。
「・・・」
「みんなでどこかに出かけて、おいしいもの食べて、全部忘れちゃって楽しく過ごせればいいのに」
「竜牙、さっきからそんな難しい顔をしてどうしたんです?」
「あん?・・・てめぇは感じねぇのかよ」
「ッ!?」
朝霧も北の山奥の方を見た。うっすらとだが感じる邪臭・・・。それはここら辺にいるザコの臭いに初めは感じた。だがしかし、その邪臭をよくたどればたどるほど、恐ろしく深黒な気配が潜んでいるようだった。目を凝らしてみると、山の端の空が黒くよどんでいた。それは暗黒パワーが上空で渦巻いているのだったッ!その強大な闇に、朝霧は冷や汗が出た。
「フン・・・気づいたか。アイツが俺を呼んでやがるぜ」
「なんという闇のパワー・・・。これが・・・黒王ッ!!!」
「ああ、間違いねぇ」
「あんな天を衝くほどの闇をまき散らして、なにをするつもりなんです?」
「各地に散らばる聖なる地を直線で結んだ中心があそこにある。中心の聖なる地を破壊し、漆黒に染め上げ、一気に闇のパワーを拡散させるつもりだ。つまり、世界の終焉」
「世界の終焉ッ!」
「まだ行くには、ちぃと早いが、行くしかねぇな」
竜牙のこめかみからも汗がッ!竜牙もビビっていたッ!それだけ今回の敵は強大だという事を示していたッ!
「今からですか?」
「いいや。宵闇の中では、ダークパワーは力を増す。フェアじゃねぇが、昼間を狙うぜ。それに・・・今からじゃ、病人もついてきちまうからな」
と、竜牙は信をチラ見した。
「信さんは連れて行かないんですか?」
「明江もな」
「・・・そうですか」
朝霧の顔は沈んだ。しかし、それは仕方のない事でもあった。
「あいつらは人間だ。人間は人間らしく生きればいい。こいつは俺たちの戦いだ」
「そうですね。聖天として成すべきことを成す」
竜牙と朝霧は北の空をそろってにらむのだった。尺八の音色が鋭く空に響き渡った。




