第百五十一天 御聖刮目ッ!竜牙達の住処・・・
―――五閃。本名、葛木 直久。
五閃・・・葛木 直久が物心ついた頃には、すでに両親はおらず、祖父と二人暮らしだった。
彼の住処は古都から少し離れた山奥にあったが、家ではなく廃寺で、首のない不動明王が彼の印象に強く残っている。引き千切られた諸々の装飾、穴の開いた障子や床板、雨漏りする瓦屋根、すべてが破滅的な世界で救いはなかった。くわえて祖父の容赦ない木刀の一撃は、彼に無数の痣を作り、ボロ布をまとった姿は奴隷となんら変わらなかった。しかしそれでも逃げ出さずにいたのは、彼には他に居場所がなかったからだ。
祖父は言った。
「出ていきたければ、いつでも出ていくがいい。だが、お前の居場所などこの世のどこにもありはしないぞ」
森は深かった。歩いて出れるかもわからなかった。また森を出たからと言って、何があるかもわからなかった。近代的な町があるという事も彼は知らなかった。
食事は祖父の獲ってくるものが頼りで、彼には生き抜く力がなかった。
だから彼は、祖父にすがって必死で生きた。神音流の居合を死にもの狂いで体得した。そして、成人した年、彼は祖父を殺した。自由を獲得する為に。
長年の内に祖父は狂ってしまっていたのだ。その山奥で孫を最強の剣士に育てる。それしか頭になかった。外に出ることをしなかった。彼は外に出たかった。彼の腕が祖父を超越した時、さまざまな剣士と刃を交えたくなっていた。己の最強をこそ証明するには、それが絶対に正しいと疑わなかった。そして、それを実現するためには、祖父を殺すしかなかったのである。彼もまた最強の剣士を目指すという点では、すっかり狂ってしまっていたのだろう。
しかし、山を下りた時、目の前にある世界は最強の剣士などとは程遠いものだった。なにしろ、誰ひとり刀を持っていない。これがまず衝撃的だった。そして次に、刀では飯を食べていけない。
祖父の言う通り、彼の居場所はどこにもなかった。山が恋しくなった。頭に浮かぶ祖父の恐ろしい形相すら温かみを覚えた。最強の剣士なぞを夢見たが為に、彼は居場所を失った。自身に必要だったのは、最強の剣士ではなく、自分の居場所だったのだと、彼はその時になって気づいたのだった。
彼は絶望にうちひしがれながら、ふらふらとあてどなく町をさまよった。帰る場所などもうないのだ。そうしてボロ布のような生活を続けて数日、彼は祖父以外の人間を斬った。相手は刀も持たない頭の悪そうな男だった。彼は公園のベンチで寝ていた。そこへ、ベンチに居座るなと因縁をつけてきたのだ。大人しくしていると、吸っていた煙草を腕に押し付けようとしてきた。反射的に腕を斬り落とした。
そこから、彼の人斬りは止まらなかった。日本語をしゃべれるというだけで、彼は社会のルールを知らない。捕まえに来る警察、止むを得ず発砲する警察、ところ構わず斬った。斬って斬って斬りまくった。斬る内に相手はどんどんと強大になっていった。最強の剣士を目指すとはこういう事か、と一時は高揚感に包まれたが、それにしてはあまりに弱すぎた。弱い者を相手にしても意味がない。しかし、彼はすっかり追われる身となり、戦いは彼を離さなかった。そして、戦いに戦った果て、ついに御聖院からの果たし状が来た。
相手は五転という刃のついた丸いリングを持った男だった。一秒で首をはねた。
はねた後、御聖院の支配人、二階堂 光良は拍手と共に、素晴らしいと褒め称えた。彼は驚いた。山から下りて初めて褒められたのだった。そして、光良は続けた。
「これで今日から、おまえは御聖院の一員だ。五閃を名乗るが良い。力を持て余していたんだろう?ここはそんなおまえにふさわしい場所だ。相手は用意してやる。おまえは存分に力を振るうが良い。おまえの居場所はここだ」
彼は新たな居場所を得た。
そして十数年、御聖院として仕えてきたのだった。
二階堂 光良には恩義がある。忠誠も固い。
―――ところがッ!そんなもっとも篤き絆を持つ五閃がッ!毒に伏せる信の横で、敵である彼の身を案じていたッ!
「ったく、邪臭を感じて来てみりゃ、ひでぇザマだな?信」
「申し訳ありません」
信は冷や汗を満面にかきながら謝った。
「あまり喋らない方がいいですよ。竜牙、どうしますか?」
朝霧は竜牙を見た。
「まずは、こいつを引き抜くぜ」
「そいつはだめだ。その帯は触れたものを一瞬で腐らせるぞ」
「あん?てめぇが元々の原因を作ったんだろうがッ!黙れ」
竜牙の険しい顔だッ!イラ立ちが半端ないッ!
「ぐッ・・・すまない」
五閃はガックシきた。
「俺は十数年間、御聖院で挑戦者を相手する立場にあった。挑戦者はあくまで挑戦だった。圧倒的な差を見せつければ、大抵の者は命乞いをし、後の処理は二階堂 光良さんに任せていた。しかし本当の戦いは、止めを差すまで終わらない。俺は、本当の戦いというものをわかっていなかったのだ。成平 信には本当に済まない事をした」
と、頭をさげた。
「ごちゃごちゃうるせぇな。てめぇもてめぇだが、こいつもこいつだぜ。てめぇの敵だってのにかばいやがってよ。なぁ?」
竜牙は嫌味たらしい笑みだ。
「申し訳ありません」
「フン・・・抜くぜ」
「竜牙、どうやって?」
「こうやんだよ」
竜牙は白いオーラを手にまとったッ!神々しい光がまぶしいッ!
そして、その光の手で紫の包帯をむんずとつかんだッ!
「うぉぉぉッ!」
信がうめいた。
「我慢しやがれッ!引き抜くぜッ!」
竜牙は芋ほりでもするが如く、包帯を勢い良く引っこ抜いたッ!そこへすかさず朝霧が布をあてがったッ!一瞬で血に染まるッ!傷は深いッ!
「もう一本ッ!」
と、もう片方にも光をまとい、竜牙は力いっぱい引き抜いたッ!朝霧が手際よく応急処置だッ!
紫の包帯は光に食い込もうとしているが、圧倒的な聖なる光のパワーがそれを阻んでいた。しかし、その包帯は消滅せずにいつまでも蝕む機会をうかがっている。
「おい、そこの馬鹿。ドア開けろ。手が塞がってんだ」
「あ・・・はいッ!」
五閃は慌てて、部屋の引き戸を開けた。
「ちぃと、こいつを捨ててくるぜ。朝霧は血が出ないようにしとけ」
「ええ」
朝霧は傷口を必死に抑えながら、うなずいたッ!
島の向こうにうっすらとある半島の山間は、もう白み始めていた。




