第百三十八天 漁港彷徨ッ!灯台を見失った者達ッ!!!
神生島へと渡れるこの町は漁港と住宅地が密に接していて、一般人も釣りとは馴染み深く、防波堤には小さな子供や、その子供に良いところを見せようと張り切る父親や、わんぱくな小学生がはしゃいでいる。
漁船は優しく揺れて、ポールは猛々しく孤高にまっすぐだった。
竜牙達、戦士の生き様もまた、この漁船のポールみたくまっすぐである。
それは戦士である以上、当然のことで、曲がってしまえば、それは傭兵だッ!
しかしやはり、孤独との戦いは常であった。
朝霧も信も、一流の立派な戦士である。孤独にはもう慣れていた。
己とは異にする者との戦いにも、己を貫けるほどの意志を持っていた。
―――だがしかしッ!
たった一人のか弱い女のあまりにも浅はかな言葉に、朝霧は少しく動揺を禁じ得なかった。
橋の欄干で漁港のささやかな戯れを見つめながら、
「明江さんがいざいなくなってみると、寂しくなりましたね。なんだかぽっかりと穴が開いたような・・・」
朝霧はそれとなく言った。
「これで良かったんですよ。いや、もっと早くこうするべきだったんです。彼女とわたしたちとは、住む世界が違いすぎた」
「それはそうですが・・・。彼女はこれからどうするんでしょう」
「地元だと言うし、実家に帰ったんでしょう」
「ええ。ただ・・・」
朝霧は言葉に詰まった。なんと言ったら良いのか、胸中が霧がかっていた。
「別れた時のことを、気にしているんですか?」
と、信はズバリ名推理だッ!
「そうッ!それですよ。あんな別れ方しちゃいましたからね」
「気にする必要はないと思います。あの争いは、いつか必ず起こった。定められた運命だったのです」
「・・・」
「放っておきましょう。それが彼女の選んだ道なのです」
「そうですね」
朝霧は口ではそう言ってみたものの、どうも納得がいかなかった。
明江の考えには一分の同意もない。ただ、自分の戦いの行きつく先の深い謎に、先日、死を間近にしたとたん、ぶちあたったのであったッ!戦う意外に答えがないことはわかっている。戦いが終わらないことも知っている。なのに、戦いの果てを心のどこかで求めている。Chaos of heart...
―――その実、自分は明江さんの考え方に近いのかも知れない。
認めたくはないが、そう考えられなくもなかった。
古いクッションの匂いが充満する暗室は古い面影変わらず、静かに正面の映像を向いていた。
正面には、二十後半くらいの女性が裸身をくねらせて、あられもない姿が映されている。その艶やかな曲線が生々しく柔らかい。
映像が反射するほどに瞳をばっちりと開いて、体を縛り付けられたように固くして、明江は席に座っていた。隣には黒王が肘をついて、見慣れた感じだった。
神生島と海峡を挟んだこの町は、西の魔都からも外れて、団塊の懐かしき面影が随所に残っている。漁港しかり、アーケードしかり、喫茶店しかり、ポルノしかり・・・。
アーケード街から一本外れた大通り沿いにその劇場はあった。薄暗い玄関口はもはや閉店してしまったかのようであるが、扉が開いている。
明江はその薄暗さにためらっていたが、黒王に手を引っ張られて、選択の余地はなかった。劇場内は、異端に感じるほど、人がいなかった。
「あの・・・」
明江が小声に言った
「なんだ?」
「なんで、こんなところに?」
「貴様がゆっくりしたいというから、来たんだろうが」
「ゆっくりって・・・」
「我はここが一番落ち着く。くだらん婆の話も聞こえてこない。暗くて静かでいい」
「・・・そっか」
明江は困惑しながらも頷くほかになかった。
それきり、会話のとっかかりもなくなって、明江は目を閉じた。竜牙以上にからみづらいッ!
「・・・貴様、何故我についてきた」
映像を見たまま、黒王が口を開いた。
「ッ?・・・」
明江は胸がつかれるような苦しさを感じた
「まあ、いい。貴様なんぞに興味はない。我にあるのは、玉座のみッ!」
「竜牙とはまた戦うの?」
「フッ・・・我の邪魔をするのならばな」
「争いのない世界を作るのに、なんで争いが必要なの?」
黒王の目がいちだんと鋭くなって、明江はびくりと固まった。映写機の映像も乱れて、わずかな客が吐息をもらした。暗闇だというのに、この迫力であるッ!
「貴様は我を説得しにきたのか?」
「ううん、そうじゃない。でも・・・、おかしいよッ!こんなのッ!!!」
明江は勇気を出して言い切ったッ!
黒王の殺気はどっと増して、劇場がつぶれんばかりの圧力に押しつぶされそうになったが、
「ハッハッハ!さすが竜牙の見込んだ女よ。度胸だけはあるようだ。おかしいかッ?その通りッ!おかしいッ!良かろう、ならば貴様に我を止めるチャンスを与えてやろう」
「えッ!?」
「貴様が我の出す試練を突破できたならば、我は竜牙とは戦わない。大人しく貴様の言う事を聞く事にしよう」
「試練・・・わかりましたッ!あなたが戦いを止めるというのなら、やりますッ!」
明江は鋭い眼差しで黒王を見た。その目はまさに勇者ッ!黒王はその澄んだまっすぐな目に、満足げな笑みを浮かべた。
「フッ・・・そんなに力まずとも良い。我も一度は通った道。至極簡単な事だ」
そういうと黒王は立ち上がった。
明江も続いて歩いた。
―――数分後。
劇場は何事もなく、女がふしだらな恰好で男にむさぼられていた。
静かに眠ったような劇場の扉をすっと開けて入ってきたのは、竜牙だったッ!
竜牙は鼻を利かせたッ!
「ここに・・・いた。一足遅かったか」
席を見渡したが、禿げ上がった親父、ゆらゆらと揺れている親父、変な配色のシャツを着た青年がいただけだった。
明江の匂いも微かだがする。黒王と明江は一緒にいるッ!
「明江も一緒か・・・。ま・・・あいつの選んだ道だ」
竜牙は感慨にふけるごとく、目を閉じ匂いをかいだ。数日の記憶が濃密によみがえってきた。
「・・・馬鹿野郎が」
と、竜牙は腹立たしくなりながら、劇場を後にした。
大通りに立って、更なる足取りをつかもうと鼻を利かせたが、まるで追跡をまくかのように黒王の邪臭はそこでぷつりと途絶えていた。
「・・・ちッ!」




