こんな魔王様の物語
黒い髪の恐ろしいほど美形が驚愕の表情で誰かを見ている。
音はない、不鮮明な世界でその男以外は酷く曖昧にしか認識できない。
男がボロボロの身体でそれでも床に倒れた誰かに近寄る、誰かに寄り添っていた大きな影が場所を譲り、誰かにしがみついていた小さな影をそっと離す。
男が誰かに何か言っていた。床に倒れた誰かは何かを伝えている。
不意に視界が揺れた。風景が混じりはじめすぐに色しか認識できなくなる。
(っう)
息を飲む私の耳に途切れ途切れの声が聞こえた。
「こんな……で…るか」
「世界が……と闇の……」
「い……か?……ればお前が………だぞ?」
「……だとしても、私は………を失いたくない」
不鮮明過ぎて理解ができない会話。
だけど最後に聞こえた子供の悲痛なまでの願いが込められた言葉だけは耳に残った。
ああ、あの子供はたったそれだけ、失えないという気持ちだけで受け入れてしまったのだ。
救いのない、その宿命を。
私ではない誰かが子供の選択に私の中で嘆いている。
嘆きにつられたように私の目から涙が零れた。
冷たい何かが頬を伝う感触で私は閉じられた瞳を開けた。
なにか、夢を見ていたはずなのに記憶は淡雪のように溶けて消えていく。
ただ、不可解な感情の欠片だけを私の中に残して。
皆さんこんにちは。裏表が激しい自覚のあるシスターリリです。
超絶美形な魔族に魔王と呼ばれ(絶対間違いだと思うのだけどね!)教会から魔王城のある魔の領域にかっ拐われて早、数日。
………イメージと実物の違いについて悩む毎日です。
「まおーさままおーさま!ぽんぽんからっぽー」
「ごはんーごはーん!」
「ふにゃーふにゃふにゃするー」
「まおーさまごはんまだー?」
「ごはんごはん」
「「ねぇねぇ~~まおーさま~~~」」
つぶらな瞳に舌足らずな喋り方に私は思わずその場に座り込む。そんな私によじりのぼり、コロコロポテン。
うんしょうんしょ。コロコロポテン。
それを延々と繰り返すのは人の世界では魔王の眷属として恐れられる魔族………なのですが。
私は内心荒れまくりですよ。
魔王っておさんどんする人の別名だっけ?
魔王城って託児所の別名だっけ!?
そして、最初に会ったあの美形以外に会った魔族ってさ………。
「まおーさま?」
「どーしたの?」
どうやら登頂に成功したらしい一人が私の肩にしがみついて顔を覗き込んでくる。小さな手でぺちぺちと私の頬を叩く。どうやら心配してくれているらしい。
見た目言動は人間の三歳児そのもの。舌足らずなしゃべり方が可愛らしさを増幅させている。しかも、しーかーもー!!
この子たちの頭には獣耳やらクルリした羊のような角、お尻には獣のようなフサフサ尻尾やらドラゴンのミニマム尻尾やらが生えてるんだよ!!犬耳狐耳猫耳などなど個人によって違うけど共通しているのは可愛いということ。
可愛すぎる。可愛すぎる!!大切なことですから二度言います。むしろ何度でも言います、うざいとか言わない。だって可愛いだもん。可愛いは正義だよ!
誰だ、魔族が冷酷無慈悲の化け物だと言った奴は!人と変わらない上に人にはないチャーミングポイントで可愛い一族じゃない!!
おい、誘拐されたのにえらい馴染んでんじゃねぇかって?私だって最初は抵抗したんですよ?起きたら見知らぬ部屋のベットに寝かされていて誘拐犯が顔を覗き込んでいたのでとりあえず叫んで往復ビンタを喰らわしたのち腹部に蹴りを入れて逃げましたよ。
滅茶苦茶に逃げているうちにこの子達………後で聞いたんだけど今年生まれたばかりの子供魔族は魔王城でまとめて育てるのが慣例なんだそうで、そういう理由で子供の魔族、略して子魔ちゃん達(私命名)が城にいたのよ………が団子になって眠っている育児部屋にたどり着いちゃったのが運のつき。
スピスピと健やかな寝息を立てる可愛らしい(オプション付き)子供達に思わずノックアウト。コロンと寝返りしたりむにゃむにゃと寝言を言う姿があまりにも可愛いからついつい見守ってしまったのよねぇ~~。ぺいと布団を跳ね除けるのを直してあげたり、お布団から転がりでる寝相の悪い子を戻してあげたり………至福でした………代償に両頬に綺麗な手形を咲かせたじつに痛々しい美形魔族に捕まりましたが悔いはない!
それに美形魔族………ジジっていうらしい、なんか名前が似ててやだなぁと思った………も特に私に害を与えるような感じじゃないしね。私のこと魔王と間違えているけど逃げ出さないようにしようとする以外に何かさせようとはしないし。
「掃除用具がない!台所が埃まみれとは何事だ!鍋、皿、ナイフ、フォーク、包丁、まな板が何故にないの!!子育て舐めるな!!このメモにあるものを買って来い!!あ、オムツ!オムツ作るから布も!!」
………むしろ城の生活感のなさと子育てするのにあまりも適さない環境、物資のなさに切れた私がジジに色々させたわね………買出しやら掃除やら庭の草むしりさせて畑を作らせたりとか………。
(あの時は切れててどっかの鬼教官のようになってたわね。私………)
またジジも黙って従ってくれるものだからつい色々頼んじゃったのよねぇ………。などどここ数日を回想しつつ私は子魔ちゃんたちのためにご飯を張り切って作る。
今まで一体どんな食生活をしていたのか子魔ちゃん達は乳幼児用の柔らかくした料理の数々に不思議そうに首を傾げるばかりで「こりぇなぁに?」と聞いてくる始末。どうやら目の前の料理が「食べられるもの」だという認識がないようだった。
今まで何を食べさせてきたんだー!と保護者であろうジジに教育的指導をしたのは言うまでもない。