エメラルド屋根の実験室
「僕ってさー、花粉症が酷くって、目を丸ごと取り出して洗うことができたらなーって、よく思ってたんだよねー」
浅子はちらりと横目で朋子を見た。
「できるよ」と朋子。
朋子は棚の高い位置からミキサーのような機械を取り出す。そしてパタパタとスリッパを響かせてキッチンへと向かった。その様子を、料理を待つ子供のようにキラキラと目を輝かせた浅子が見つめている。
しばらくしてから、朋子が戻ってきた。1リットルくらいの液体がはいったプラスティックの容器を、赤ん坊をのように抱えている。
「なにそれ? ジュース?」
「いんや。常温放置できないからね。冷蔵庫にしまってあるだけだよん」
そう言ってから、朋子はミキサーの中にその液体をドバドバといれた。そして白衣のポケットから、薄めて使用するうがい薬のようなものを取り出して、ミキサーの中に数滴垂らした。
「うがい薬みたいだね、それ」
「ずばっとその通りのうがい薬だよ」
「うっ、そーん!」
「たまたま、これがちょうどいい成分だったんだなー」
朋子はミキサーの蓋を閉め、ウィンウィン音を鳴らして液体を混ぜ終わると、浅子をまっすぐ見た。
「ちょっとコツがいるの」
「コツ?」
「目、開けたまま下向いてて」
「え、ホント? ちょっと怖いかも……」
言う通りにする浅子。
朋子がつかつかと近づいてきた。
「三つ数えてから、目、外すから」
「ち、ちなみになんだけど、どうやって」
「さん」
スポン!
朋子は浅子の後頭部にチョップをした。
それと同時に浅子の両目から眼球がこぼれ落ちた。
「おわっ! ちょっとちょっと! 三つ数えてからって!」
「少し待っててねん」
チョップの手とは反対の手でキャッチした浅子の眼球二つを、朋子はミキサーの液体の中にぽちゃりと入れて、またウィンウィン音を鳴らした。
「なんにも見えないよー。てか僕の目、粉々になんないよねー?」
「へーきへーき。ほら、もうできた」
朋子は浅子に洗浄した眼球をはめてやった。
「どうかな?」
「まだ視界がぼんやり……。いや、でも目が痒くない! むしろ気持ちいいかも! ……って!」
浅子はいきなり驚愕の表情になった。口に拳が入りそうなほど、あんぐり。辺りをキョロキョロ見回している。
「うわ! うわーっ!」
「どうしたのさ?」
朋子に声をかけられて、浅子は朋子がそこにいることに初めて気付いたかのようにびっくりして、まっすぐ朋子を指をさした。
「なんていうか! なんていうか! いろいろあるけど……えっと、白衣が!」
「白衣が?」
「黒いよ! いや、白衣だけじゃなくて、壁も、このテーブルも真っ白だったのに、なんか黒いし、んで、朋子の髪は白くなってるしぃ!」
朋子は腕を組んで、真剣な眼差しで浅子を見つめている。
「あたしの白衣は白だし、あたしの髪は黒だよ?」
「だからそれが、全部変わっちゃたのよーっ!」
朋子はしばらく考えてから、言った。
「多分、今、浅子が見ている世界が正常。今までが逆だったんだよ」
浅子は口をぽっかりと開けたまま朋子を見ている。何も言葉が出てこない。
「なーに問題はない。黒を白、白を黒って覚え直せばいいだけだよ」




