追憶の中の幻想に浸る ひととき
――あれから、200年。
魔王ヴェルディルガ・ジョセフは、もう、いない。
200年という月日は、人間にとってみれば長いもので、数世代が入れ代わる。
あの勇者も、とっくの昔に死んでいる事だろう。
宰相セズシルバスはあれから、あの時の事を振り返っては幾度も後悔する事を繰り返した。
全ての始まりはバパムメレの一言であったが、動揺するジョセフに追い討ちを掛ける様な真似をしなければ、このような結果にはならなかったかもしれない。
過去を修正したいと思っても、今更仕方のないことは承知の上である。
それでも、思わずにはいられない。愚かしい事とは知りながら、過ぎ去った日々を思い返しては憂いと後悔に心を曇らせた。
私が彼と初めて会ったのは、第一次成長期もまだ終わらない幼少期のことだった。
あの頃は良かった。私は、周囲の同世代の者と比べて己が少し大人びたきらいがあるのは自覚していたし、彼が馬鹿なことを言い出しても、若気のいたりというもので年相応にはしゃいでいるのだと思うことが出来ていた。
何時になっても、その当時の『年相応』さが抜けない魔王に、
(あぁ、馬鹿なのだ)
と、諦めがついたのは何時のことだっただろうか。
先代のいい加減な政治体制を見過ごせず、実権を把握するつもりで中枢に上り詰めた私に、魔力ばかりが他に類を見ない程に成長を続けたジョセフは、腐れ縁のようについてまわった。
史上最強の魔王として民から仰がれ続けたジョセフだが、王に相応しい品格と権威を装わせるのにどれだけ私が苦心したことか。
魔王となる以前から、ジョセフは何かある度に私の名を呼んでは駆け込んできた。
相談を持ち掛けられる度に、何故そんなことにも気が回らないのかと愚かさ加減にうんざりすることも多々あったが、私が他人との馴れ合いを嫌う事を留意して必要以上に接触を試みたりすることは無かった。
他の者のように私生活にまで踏み入ろうとしない関係は不快ではなかったというのに……。
気付けば薄暗い回廊の中、足を止めて立ち止まっていた。
こうして、もう幾度も追憶に浸る中で無為な時間を過ごしている。
私は、時間を無駄にすることが嫌いだ。
それでもふと思い返しては、歩む足を、仕事の手を、先を読む思考を止めて、魔王ジョセフの事を考えてしまう。
『セズシルバス!』
目を閉じれば今も尚、あの嬉々として自分を呼ぶ声が、鮮明に聞こえてくる気がした。
後悔は、尽きる事がない。