栄華に生きる偉大なる歩み 其の五歩
魔王陛下を【犠牲】にするといっても、そんなに大した事をする訳ではない。
情けなくとも魔王陛下。
腐っても王様であるので、危害を加える様な真似は、絶対にばれない様に入念な細工を施してから実行すべきである。
今回のケースについては、犠牲という言い回しは大げさだったと訂正しよう。
私達はこっそりと、陛下の在り余る魔力を少々拝借しようとしていただけなのだ。
多少の危険があった事については、生きてる間には付き物なのでご寛恕願いたい。
決して、陛下に対しての害意が有った訳ではないのである。
そんな言い訳が頭の中を咄嗟に過るが、凍ったように固まる私は声を出す事すらも出来ない。
後から冷静になって振り返ってみれば、その言い訳には余計な事も多分に含まれていたから、言葉に出来なくて良かったんだろうけど、声も出せずに固まっていた私には、目の前で余計な事を喋りまくる部長を止める事だって、出来はしなかったのである。
私が茫然と固まっている間にも、部長は宰相に問われるがまま、発明品の名称から使い方、形状、材質、仕組みや理論。果ては現在の保管場所までをも教えていく。
部長は研究熱心な馬鹿であったが、私は恋に盲目となった間抜けであった。
此処は廊下のど真ん中。
それも地上階で一番広く通行人の多い中央通路であり、今も、二十人は裕に並んで通れそうなこの廊下を、多くの者達が行き交っている。
こんな場所で、あんな話をするべきでは無かった……。
「では、その発明品は今日の午後にでも、私の方まで提出に来て下さい」
一通りの話を部長から聞き出した宰相閣下は、清々しい笑顔でそう宣った。
部長は鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしている。
「は?何故私の発明品を渡さなければならない」
「その発明品は国の予算で作られたのでは?」
「違う、コレの材料費や研究費は研究所に属する部員らでそれぞれ出し合って賄ったものだ!」
宰相の問いに強気で反論する部長。
彼に見つかった時点で、全ての希望は風前の灯となって消える運命にあると云うのに……。
「そうであったとしても、先程聞いた話から察するに、それは国家予算によって研究設備が整えられた研究室で作られたのでしょう?何より、貴方方研究者との契約書には、『研究基盤を整え毎月契約金を支払い生活を保障する代わりに、魔王城理化学研究部研究所に所属している間の研究成果は全て、魔区全体の為に、魔王城中枢機関の決定に基づいて利用される』旨が記されておりましたが?」
何百年も昔にサインした契約書の内容など、憶えているのはこの宰相くらいではないだろうか。
『何か問題でも?……ある筈がありませんね』
そう言外に告げて来る宰相の微笑みに、部長の反論は完膚なきまでに叩き潰され、敢無く発明品【魔法の杖】は、宰相セズシルバスの手に渡る事となったのである。
――あれの費用で魔力提供を受けて本命の研究を進めていれば良かった……。
――どうせ取り上げられるなら、自腹で製作なんかしなかったのに……。
茫然自失となった私達に、宰相閣下は告げる。
「ああ、研究成果を上げた際の特別手当に関しては、契約に基づききちんと支給されるので安心してください。では、また後ほど」
【魔法の杖】の研究製作費に比べたら、特別手当など雀の涙ほどしかない。
慰めにならない言葉を掛けて、宰相閣下は部長の横をすり抜けていく。
ところで、私達、魔王城理化学研究部の部員には、夢中になるとその他の事があまり目に入らない、目に入ったとしても特に気にならないという困った性質があった。
宰相セズシルバスが私達の横を通り過ぎて何歩も進まない内に、「部長~~、アルワスさ~~ん」という何とも情けない声の叫びが聞こえた。
呼び声に顔を向ければ、此方に走り寄るのは魔王城理化学研究部にして歴代最年少の研究部員メデセール・ウェルノット君である。
彼は顔面を蒼白にし、息せき切ってふらつきながらも報告する。
「大変ですっ!第一種絶滅危険魔獣達が、城外へと逃げだしていました!」
日頃からよく通る、声変わり前のその声を、廊下中に響かせながら。
その報告に、胃の腑の冷える、思いがした……。
絶滅危険魔獣とは、その名の通り、絶滅の危機に瀕する希少な魔獣達のことであり、他の種族を絶滅の危機に陥れる危険な魔獣達の事である。
生態調査や魔力研究の為に、研究所の職員達で管理・保護をしていたが、ここ数日(いや、一週間?)程は、【魔法の杖】が完成間近となって研究が佳境に入り、……誰も世話をしていなかったかもしれない、と思い当った。
中でも、第一種というのは希少度も危険度も最高ランクに高い事を示す分類であり……、嗚呼、頭が痛い……。
今日はとんだ厄日である。
我が研究所のマスコット、タイリクオオウミガメのリクちゃんも、第一種絶滅危険魔獣に認定された希少で危険な魔獣であった。
何故あの時、特殊ケージの中に居る筈のリクちゃんが、掴み易い手近な位置に居た事を疑問に思わなかったのだろう。
後悔先に立たず。
後ろを振り返りたくないと思いつつも、報告の義務がある為に、振り返らない訳にもいかない。
ギギ、ギ、と音がしそうな程のぎこちない動きで振り返れば、やはりというか其処には、魔界の宰相セズシルバスの姿があって……、
顔に浮かべたその笑みは、目が、笑っていなかった……。
嗚呼、終った……。
同時刻、魔王城西に広がる魔空樹海には、ひとりの人間が入り込んでいた。
魔空樹海とは、魔区と魔区外との境にあたるゲセドゥル山脈に広がる特殊森林域である。
空間自体に魔力が深く染み付いていて、古くから、異様な成長進化を遂げた野生魔生物が跋扈する無法地帯となっていた。
太い樹木が巨大な蛇の如くにうねり、絡み合い、空をも地面をもその男の目前をも覆っている。
唯一の細い道を頼りに、男は突き進んでいた。
視界の悪いその場所で、何も知らずに男は歩く。
否、何も知らないからこそ、男はその道を歩んでいたのである……。
広大な魔空樹海の奥深く、男の悲痛な叫びが響く。
……その場所には今、逃げ出した絶滅危険魔獣たちの多くが潜み彷徨っていたのであった。
助けを求めるその声が、新たな獣を呼び寄せる。
……その事を、男は知らない。
知らないからこそ、男は叫び続けるのである。
男の悲痛な叫びは、いつまでも響き渡る……という事も無く、まもなく、その叫び声には終止符が打たれた。
……魔王城理化学研究部研究所のマスコット、第一種絶滅危険魔獣のリクちゃんによって、
騒々しかった魔空樹海には、『惨劇の後』という名の沈黙が訪れたのである……。
『アーメン。』
って最後に入れたかった……。
この「栄華に生きる偉大なる歩み」の話。
このサブタイトルを思いついた時点で、五歩までと決めていました。
「三~歩進んで、二歩下がるぅ~♪」(合わせて五歩)
というフレーズに引っかけて( ̄ー ̄*)
宰相に出くわして歩みに影が差すのも、四歩目からになるよう調整したのです。
進んでも退いても近付いても遠ざかっても、
栄華に生きる偉大なる歩みのその一歩。
負けるな魔研!
三歩の後書きで言っていた『ネガティブ版の解釈』。
素直な人には分からなかったかも知れませんが、この五歩の後半で分かるかと。