序章 その1
勇者の振るう聖剣ロドリゲスは、魔王の腕を切り飛ばし、その胴を抉り取る。
しかし、魔王は度重なる攻撃にも動じずに、只その笑みを深めるだけであった。
尋常ならざるその姿に今までにない戦慄を覚える。
手応えは確かにあり、魔王は確実に手傷を負っているはずなのに、どうあっても勝てる気がしない。
募る焦燥に嫌な汗が背筋を流れた。
自らも剣を持ち相対する魔王は、こちらの攻撃を誘うように隙を見せ、その身に攻撃を受ける。
まるで、筋道の決まった剣舞のように。
罠かと考えもしたが、様子見をしたとて何が解かろう?
たとえ罠だとしても、魔王の根城に乗り込み戦いを仕掛けてしまった今、もう後戻りはできなかった。
魔王の肉を削る度、辺りに赤い飛沫が舞い散って、徐々に広間を染めていく。
ただひたすらに剣を振るい、いったいどれ程の時が経ったのか。
唐突に魔王が倒れ、戦いは終焉を迎える。
精神を激しく消耗させられた2代目勇者は、さして怪我もないのに地に倒れ伏した。
本当にこれで魔王は死んだのか?
胸の内に残る不安からは目を逸らし、勇者と呼ばれた男はその意識を手放した。
勇者が気づけばそこは祖国エレミアの辺境だった。
その後、魔王を相手に勝利して、無傷で生還を果たしたその勇者の逸話は、聖エレミア国の伝承国書に記載され、子供の寝物語として多くの者たちに語り継がれた。
歌劇や絵画の題材としても取り上げられ、この世界に彼の勇者の名前を知らぬ者は無い。
しかし、彼自らが、魔界での出来事を語ることは、生涯を通じてなかったという。
ただ国王に、魔王を倒したことの報告をしたのみだ。
それ故、人々の関心はさらに高まり、そのたくましい想像力に話は豊かに膨れ上がるのだった。
女神に授けられし彼の聖剣は、神殿に奉納されて、この後何百年も大切に保管された。
神殿を参拝した人は、伝説の【勇者の剣】に感嘆の溜め息を零し、おとぎ話の中に伝わる魔王と勇者の壮絶な戦いに想いを馳せる。
勇者はどんな思いで、魔王に立ち向かって行ったのか?
魔王に打ち勝つ勇者の力は、如何ほどのものであろうかと。




