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栄華に生きる偉大なる歩み 其の三歩



 研究に、犠牲は付き物である。


 研究には、膨大な資金と、時間と、労力が要る。


 その資金と労力を工面し、知識を集め、試みを行使する事に時間を費やす研究者は、己が手掛ける研究に人生を捧げていると言っても過言ではない。


 何者も生きる上で糧を必要とし何かを犠牲にして生きてはいるが、日常的なその犠牲を一々【犠牲】と認識する事はあまりない。


 私は、研究職というもの程、【犠牲】というものと向き合い続ける職業はないと思っている。



 家族や友人と過ごす時間を犠牲にし、自らの家財を犠牲にし、研究対象や実験動物の生命と自由を犠牲にする。


 時にはその全てが無駄になるという事もまま珍しい事ではないが、それを認知しながらも、【犠牲】を意識しながらも、それを支払い続けるのだ。


 その【犠牲】がなければ、如何な研究も成し遂げる事は出来ないのである。




 生涯を賭して自らの信念を貫くその生き方を、


 その、覚悟を秘めた眼差しを、



 私は美しいと思い、惚れたのだった。





 医務室に辿り着き、ガチャリとその扉を開く。


 中を覗くが、医務員は居ない。


 部屋の中は、仕切りこそ無いがその役割ごとになんとなく空間が分かれている。


 手前には応接室兼待合室といった風情にソファーが並び、右奥には診察の為の作業机と椅子と機具、左奥には患者を寝かせる為のベットが十数並んでいた。


 アルワス・テーナは迷う事無くベットに向かうと、背負った部長を放り投げた。


 畳まれていた掛け布団を掛けてやり、溜め息を吐きたい気持ちで部長を睨む。



 まったく、こんなに献身的に尽くしてやってるというのに、いつになったら部長は私の気持ちに気づくのか。



 私の悶々とした想いも知らぬ気に、部長は白目を剥いて眠っている。


――まったく、暢気なものだ。


 電圧装置にでも繋いで、どこまで耐えられるか、試してやりたくなる。



 テーナの心の声が聞こえた訳でもあるまいに、その時、部長の身体はぶるりと震えたのだった。




 テーナは部長を眺めながら、ベット脇の椅子に腰かけた。


 開いた白目を閉じてやれば、その寝顔は至極まともで、先程まで莫迦笑いをしていた人物の物とはとても思えない。


 ホントに、何でこんな人を好きになってしまったのか。


 部長の事を知れば知る程、分からなくなってくる。


 けれど、知れば知る程に深みに嵌まってしまっている様なのは、気のせいでは無いのに違いない。


 もっと、もっと、と彼の全てが知りたくなってくるのだから。


……恋と研究は、とても似ている。



 そんな事を考えながら、テーナは手近な布で、血だらけになった部長の顔や頭を拭っていたのだが、そんなテーナを目撃した隣のベットに伏せる患者は、己が身体を戦慄させた。


 彼女の手にするその布は、いつから其処にあるとも知れない台布巾であったから……。


 余談であるが、隣の患者はよくサボりに寝に来る常連であり、彼女らの訪れた医務室の担当医務員が結構な無精者で、台布巾の事など歯牙にもかけない性格なのを知っていたのだった。



 しかし、テーナにはそんな事は知る由も無く、また、知っていたとしても気にすることなく部長の顔を拭っていただろう。


 何週間も着たきりであった白衣で、顔を拭う事もざらな彼女らにとっては、今更な問題なのである。


 研究者というものは、研究に関わる事のない日常の事物において、時に恐ろしい程無頓着であり、また、目的の為ならば手段を問わない彼女らは、用が成せればそれでいいのであった。




 テーナは、ガビガビに乾いた布で、部長の顔にこびり付いた血をガシガシと削り取ると、その布が台布巾であることに気づき、ふと昔を思い返して溜め息をついた。


 徐に自分の服装を見下ろしてみて、再度、今度は何処か諦めたように軽く息を吐く。


 適当な服の上に、何年前に洗ったか見当もつかない草臥れた白衣。


 彼が幾ら無頓着であり、自分と似たような格好で居るとしても、コレでは振り向いて貰えないのも無理はないかもしれないと、今更ながらに気づいたのだ。



――少なくとも、研究に携わる前はもう少し女らしい格好をしていたものだったのに。



 瞬間、頭を過ぎった思いに、思わず笑いが零れる。


 女らしい格好を捨てる切っ掛けとなったのが、他でもない、部長への恋情だったからだ。


 皮肉なものだと思いながら、何処か可笑しくてテーナは楽しげに笑ったのだった。





 研究者は、己が研究に身を投じ、家族と過ごす時間をも顧みる事がない。


 私が研究者になろうと思い至ったのは、そんな研究者に惚れてしまったからである。


 ともすると研究室に引きこもり、関係協力者にしか会おうともなかった部長、ル―ド・エリテスに近付き、関係を保つにはコレしかないように思えた。



 研究に取り組んでいる最中のエリテスは、真摯で誠実であった。


 そのすぐ傍で彼を手伝い、度々彼に名を呼ばれることが今の至福であるが、恋にうつつを抜かして研究に手を抜く程、私は莫迦では無い。


 部長の信頼を得、少しでもその目に留まるよう、研究への取り組みには全力を尽くした。


 そして、とっとと部長の研究を完遂させ、研究に対する執着と興味を尽かす。


 それが、今現在の最たる目標である。




 『目標の為には、手段は問わない』




 それは、うっかり気長に構えて居たら何時になっても恋人になれそうもない鈍感な部長に想いを寄せるテーナだけではなく、自らの生涯の内に終えるかも分からない研究を相手取る他の研究部員達にも共通の心持ちであった。




……其れ故に。




 それ故に、私達は、研究の為というのなら、親愛なる魔王陛下を【犠牲】にする事となっても、特に異論はなかったのである。





 覚悟を持って歩む道のその先を、私達は知らない。


 知らないからこそ、私達は期待と興奮に胸を躍らせ、その道を突き進むのである。





最後の文章、


「覚悟を持って歩む道のその先を、私達は知らない。

 知らないからこそ、私達は期待と興奮に胸を躍らせ、その道を突き進むのである。」


は、ポジティブ版とネガティブ版、二通りの意味に解釈できます。

さて、魔研の命運は如何に(笑)


因みに、この三歩の話で出てきた研究者云々の話は、只の偏見ですので鵜のみになさらぬようご注意を。

几帳面で、綺麗好きで、日常生活を普通に営む研究者の方も多い筈です。



現在、私は夏バテにやられてグデグデです。

気温差激しいですので、体調などにお気をつけて。

では、また。


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