夢見る羊のお伽噺 第三話
「――おい!セズシルバス!冗談やめろ、こっから出せ!」
バパムメレが夢から覚めると、目を開く前に、そんな喚き声が聞こえた。
それに、宰相セズシルバスの声が答える。
「以前から、『王女に振り回されるのはもう沢山だ』『少しの間で良いから、付き人をやめたい』と、仰っていましたよね?」
そっと目を開けば、夢幻郷に渡る前の魔王陛下の応接間。
目の前には、焦がれてやまない、夢にまで見た赤茶の毛並み――赤リス、ジェデクがそこに居た。
彼は、格子のケースの中に収められ、テーブルの上に置かれている。
「だからって、なんだよコレ!?ペットか?ペット扱いか!?俺は撫でくり回されるなんて御免だ!」
彼はこちらに背を向けて、宰相セズシルバスに猛抗議を仕掛けている。
セズシルバスはその抗議に、顔色一つ変えることなく、話を続けた。
「貴方は魔王陛下の臣下でしょう。此度、陛下の意向を叶える為にパーン族の族長バパムメレに協力を仰ぎました。その報酬として、彼女には、ひと月、貴方を好きにしていいと確約してあります。ちょっとした特殊任務だとでも思ってください」
何を言っても覆りそうのない現状に、赤リスのジェデクは諦めの心境で項垂れた。
「代わりと言っては何ですが、一年の有給休暇と特別手当を出しましょう」
その言葉に、ちょっとは慰められたのか、赤リス、ジェデクは顔を上げてこちらを振り向く。
黒い、つぶらな瞳と目が合った。
「おい、言っとくけど、俺は撫でられるのが嫌いなんだ!あんまりしつこく撫で回したりしたら、その指噛み千切ってやるからな!!」
先ほどから目を輝かせて、ジェデクを見ていたバパムメレは、興奮のままに、うん、うん、と大きく二回、首を頷かせた。
宰相セズシルバスの転移魔法で、集落へと送ってもらったバパムメレは、家に帰るとケースの中から赤リス、ジェデクを解放した。
バパムメレが夢から覚めたとは言っても、時間はまだまだ夜遅い深夜である。
同じ昼行性でも、先ほどまで眠っていたバパムメレとは違って、ジェデクはかなり眠かった。
そんなジェデクに気が付くと、バパムメレはテーブルの上――ケースから出たジェデクのすぐ傍に、敷物を敷いてくれた。
バパムメレをちょっと見直して、赤リス、ジェデクはその上に横たわる。
バパムメレは何やらごそごそと探していた。
きっと掛け布団だろう。
今は春。自分には暖かな冬毛があるから別に構いはしないのだが、彼女なりの気遣いだろう。
撫で回されるのは嫌いだが、ちょっと位なら我慢してやっても良いかもしれない。
1年もの有給休暇は初めてだった。
そんなに長い期間、休めるものとも思った事もなかった。
休暇中は何をしようか?
久しぶりに故郷の友人を訪ねてみよう。
旅行などにも行ってみたい。
そんなことを思いつつ、赤リス、ジェデクは心地よい睡魔に身を委ねた。
しかし、
彼はその目に見てしまう。
ウトウトと、重たい瞼が閉じる寸前、
星でもなく、月でもない、
不吉な冷たい煌めきを……。
眠ったジェデクを前にして、彼女はうっとりそれを眺めた。
艶やかな赤茶の毛並みは、彼の寝息に合わせてゆっくり上下に揺れている。
彼女はそれに、そっと手を伸ばした。
艶やかでいて、もふもふ、フカフカ、触れば夢見心地なその毛並み。
彼女――バパムメレは、思う存分、その毛を刈った。
剃刀で。
一か月と二週間の後。
彼女のベージュの癖毛には、艶やかな赤茶のファーで出来たボンボンが、髪飾りとして揺れていた。
艶やかでいて、もふもふ、フカフカ、触れば夢見心地なその毛並み。
バパムメレの大のお気に入りとなったそのボンボン飾りは、時には彼女の髪紐となり、また時にはチョーカーとなり、ネクタイとなり、彼女を彩っていたという。
その艶やかさから、赤茶の毛玉はかなりの触り心地の良さだろう。
彼女お気に入りのボンボン飾りは、それを見かけた女性の心を鷲掴みにした。
……が、自慢の毛質が落ちるからと、彼女は一切誰にも触らせようとしなかった。
結果、ジェデクの毛は、彼の体を離れた後も、撫で繰り回される事はなかったのである。
……というのは、既に彼にとってはどうでもいい事実であった。
冬毛のみならず、ひと月後にやっと生えてきた夏毛までをも刈り取られ、丸裸のまま解放された赤リス(…だった)ジェデク。
彼はその後、宰相に与えられたまる一年もの有給休暇を、決して誰とも会わず、遊びもせずに、自らの家に引きこもって泣き過ごしたという。
「バパムメレ」と「剃刀」。
それは、彼にとって、悪夢のような現実を想起させる、恐ろしい単語となって眠れぬ夜を過ごさせた。
オムニバス形式というと、しっとりとした印象の繊細な恋物語が思い浮かびます。
……けど、この『2代目勇者の災難』も、実をいうとオムニバス形式なんですよね~。微妙な所だけど。
全然しっとりしていない。
どっちかっていうと、どっしり。ねばっと?
「ネバっと」は、なんか違うなぁ。
「ぼてっと」って感じ。
皆さんがどんな印象を持たれているかは謎ですが、マイペースにのんびりとやって行きたいと思います。
気が向いた時にでもお付き合い下されば光栄です。
お次は、食いしん坊将軍のターンになります。
勇者、本領発揮!!