茶会の集い(制限時間は60分) 前編
【第一回、魔王による魔王の為の勇者プロデュース企画議会】
魔王の私的な応接室には、そんな横断幕が掲げられていた。
「手書きだねえ~」
「ええ、手書きねぇ」
パーン族の長バパムメレの言に応じたのは、淫魔族のリーリートゥである。
彼女らは、まるでありふれた天気の話でもするかの様に、その横断幕を見上げていた。
繰り返すが、此処は世界最強を誇り、畏怖と尊敬でもって魔界を治める魔王陛下の居室の内の一部屋である。
その他にもこの部屋には、魔区内の錚々たる顔ぶれが集っていた。
「なぁ、腹減ってんだけど、飯ないのか?」
全員魔王の顔なじみであり、こんな馬鹿げた魔王の計画を知らされても帰ってくる反応と言えばこんなものである。
部屋に集う面々は、華奢な細工が施された美術品とも言えるテーブルを囲み座っている。
それぞれに紅茶と茶菓子が配されており、テーブルの中央にも大皿が5枚程、焼き菓子を盛り並べられていたが……。
席が埋まって5分と経たずに5枚の皿は空いていた。
魔王は紅茶で口を湿らせ、受け皿にティーカップを戻す。
立ち上がって口上を述べ始めた。
「え~、ではこれより、第一回、魔王による魔王の為の――」
「陛下、私はこの一時間のみと、申し上げた筈ですが」
応接セットの一人掛けソファーから立ち上がり、開会宣言を始めた魔王に釘を刺す。
「二回目以降の開催を、許した覚えはありませんよ?もちろん、分かっていらっしゃいますよね?」
「……はい」
「それなら結構。どうぞお続けください」
促された魔王は、宰相の顔色を窺いつつ会議の進行を始めた。
「え、え~、では、これより、第一回、魔王による魔王の――」
「ねえ~、メンド臭いし、始めるならとっとと始めちゃってくれない?」
少々甘めの幼い声でバパムメレが言う。
彼女は小首を傾げながら魔王を見上げてそう言うと、早くも興味を失ったのか、視線を落とし、胸元のファーを指先で摘まんで弄りだした。
クルリと毛羽立つ羊毛のファーは、羊人であるバパムメレの髪質と全く違わない。
その性質の半分は羊であるというのに、相変わらずの露出の多さだった。
「――渡された資料に一応目を通しはしたが、一体、何を話し合うというんだ?」
「筋書きは決まっているようだからぁ、配役を決めるんじゃなぁい?」
「飯ねぇのかって聞いてんのによぉ」
それぞれ、好き勝手に話し合う俄か議員たちに魔王は涙目になった。
「残り時間は45分です」
無情に響く冷徹な宰相のカウントに、慌てて気を取り戻す。
「き、聞いてくれぇ!」
もはや威厳も何もない。
情けない大声に静まり返った隙を逃さず魔王は一息に言いたてた。
「第一回、魔王による魔王の為の勇者プロデュース企画議会を始める!議長と進行はこの私魔王ヴェルディルガ・ジョセフが務める!会議の開催意図はこうだ!この私、魔王ヴェルディルガ・ジョセフの第三次成長がなかなか終わらず、魔力の器は膨れ上がるばかり!!このままでは私が爆発してしまう恐れがあり、成長を抑えるために戦闘により重傷を負いたい!そのため、魔区外から勇者を立ち上げることになったので、諸君らには協力を要、請す……r」
息が切れ、ぜいぜいと呼吸を繰り返す魔王を余所に、各々勝手に喋り始める。
「うわ~、あれ信じたんだ~」
「おまえが原因かよ」
「アンタ、資料は見なかったのか?」
バパムメレの一言に、竜人である魔区の将軍デルクバレシスが投げやりに言う。
魔界の鍛冶師ロッグジェグバ・ドッドの問いに、バパムメレは笑って答えた。
「見ないよ~。読んでもつまんなさそうだったし」
「あらぁ、あれはあれで面白かったわよぉ?大真面目にこんな事を考えてぇ、せっせと資料を用意している魔王サマを想像するとぉ。フフッ」
妖艶な美女姿の淫魔族リーリートゥは、ついていた頬杖を解くと魔王を見上げて問いかけた。
「ねえ、魔王サマぁ?役を決めるのなら私、勇者のコの夢に現れる女神の役がいいわぁ。淫魔族なのだし、夢に現れるのはお手の物よぉ?」
甘い誘惑で唆すように紅い唇が言の音を紡いだ。
「だ、駄目だ!女神は既にバパムメレに決まってる。リーリートゥは魔区外に行って、一番強くて体力のありそうなやつを探してくれ」
「え~、そんなの、つまんないわぁ」
「めんどくさ~い」
「いいから!決まりっ!!」
女性陣から上がったブーイングに怯みそうになりながらも、魔王は言い切った。
「ロッグジェグバは、勇者の攻撃力を上げる聖剣の製作!デルクは勇者の案内役兼鍛え役な!!」
それぞれの顔を振り向き、役を振っていく魔王にまたもや文句が上がった。
「俺ぁ、聖剣なんぞというもんは造れんぞ」
「オレもめんどいからパ~ス」
「パス!?『も』って何!?みんなやってくれないのっ!?」
テンパる魔王に頷き返す一同。
魔王は縋る思いで宰相に視線を向けた。
「まあ、見返りも無く、くだらない計画に付き合うような者は、この場にはいませんからね」
当然のことだと、魔界の宰相セズシルバスは、言葉にされずとも明らかに伝わる魔王の救難信号をスルーした。