むしばむ自由
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、予定があまり入っていないほうがいい人かな? それとも予定がぎっちり入っているほうがいいだろうか?
たいてい、前者こそがいいという意見が多いと思う。何かに縛られるというのは、本能的に嫌がりたくなるだろうしね。あれもこれもと指示されず、のびのび取り組みたい気持ちも分かる。
しかし、スケジュールがぎっちり埋まっているというのは、逆説的に実行するものに困らないということでもある。
自由は自由で責任がつきまとうもの。意義のあるものにするか、ないものにするかは個々人の行動と心持ちにかかわってくる。対して、予定は少なくともそれを組み込んだ相手に対し貢献することが期待できよう。
公私を問わず、確実に誰かの役に立てる。仮に自分の意思が入り込む余地がなかったとしても。役割や居場所を用意してもらえる、というのはありがたく感じるときがあるからな。
それらがないフリーの時間。君はきちんと守れている自覚はあるか?
ちょっと前に友達から聞いた話なのだけど、耳に入れてみないか?
寝て起きたはずなのに、やたらと体が疲れている。
これもまた経験した人が多いんじゃないだろうか。しっかり休んでいたのに、回復した気がしない……若いうちはともかく、歳を食ってくるとね。
それ以外に、精神的な影響もでかいとされている。心が疲れている状態だと、ただ睡眠をとっただけでは休みにならず、興奮や緊張状態が継続。休みももらえなかった身体はどんどんダメージを蓄積させて、壊れていってしまうもの。
何事も酷使させ続けることはできない。そのため、どこかしらで解きほぐす術を手にするのが大切なのだが。
友達の場合は、ただの疲れにとどまらなかった。
手足の爪に、垢とは異なる真新しい泥のようなものがはさまり、黒々と染まっているんだ。
そして痛い。爪のあちらこちらに微細なひびが入り、血がかたまっているように見えることもある。
単なる精神的な睡眠の不十分さとはいいがたい。寝ている間の自分の身体に何かしら起こっているのだろう。
真っ先に疑うのは、夢遊病だ。寝ている間にこの体が勝手に動いて、なにかしらのいたずらをしている……というのが、なんとも説得力のあるところだ。
しかし、それは本当だろうか。
あいにく、ビデオカメラの用意ができなかった友達は、寝る直前に手足をあえて染料のたぐいを引っ付けていたそうだ。
もし、歩き回っていたのであれば、これらの染料が家のそこかしこにくっつき、自分の軌跡をある程度はたどることができよう。掃除の手間を考えなければ、原始的だが効果のある方法のはず。
しかし友達の予想に反して、また爪が汚れたのを確かめた朝に、自分の痕跡は家のどこにも残っていなかったのだという。
このことは誰にも話していない。家族が先んじて気づき、片付けたにしても、犯人は誰だと問いただすだろう。完全に拭おうとしたら、愚痴のいくらか出そうなくらいの手間はかかるはず。それが特にツッコまれることがなかった。
むしろ結果が出ていてほしい友達としては、焦りを覚えたという。こうなれば、夜に眠らずにいて自分の指を汚していく犯人を抑えるよりない。
友達としては不退転の覚悟で臨んだとのことだが、いくら気持ちがあろうと、身体がついてこなくては意味がない。
起きようとしては、知らぬ間に意識が飛ぶ。気づいて目覚めるも、また意識が飛ぶ……そのようなことを繰り返し、一晩のうちに覚醒すること8回。
だが、この無謀もまったく無駄だったわけじゃなかった。6度目の覚醒のおり、友達は自分に起きている異常の片鱗を目の当たりにしたらしいからね。
友達は背をぴたりと布団へつけて、眠っていた。そのために気付くのが少し遅れてしまったらしい。
自分が一本の柱に磔になっている状態である、ということを。本来なら、自分で自分の姿を確かめづらいが、このときは自分の真ん前に姿見のような鏡が置いてあり、確認ができたらしいんだ。
その空間は自分の部屋の中ではなく、ろくな明かりもない。ただ姿見の中で十字架状の柱に手足を縛られている自分は、その四肢の先っちょに砥石のようなものをあてがわれている。
砥石は動く。だが、握り手の姿は見えない。奴らがひとりでに動いているかのようだ。
手足の爪に押し当てられたそれは、摩擦の焦げ臭いにおいがほのかに鼻をつくほどの勢いで擦られていき……砕けた。
石の中からはひとつにつき、一匹ずつヤモリによく似た姿の生物があらわれ、めいめいで友達の足もとへ降り立つや、ほうぼうへ散っていってしまったのだとか。
そのことを細かくとがめたり、考察したりする間もなく、友達の視界は暗転。次に目覚めたときには元の布団の中だったとか。ただし手足の爪には、いつもにまして例の泥らしきものが詰まっている。
ようやく、こいつがあの砥石らしきものだった物質……と見当はつけることができたが、そこまでだ。
あれから数度寝ても、同じように磔にされる事態は起こらなかった。そして寝ている間に手足の爪を汚されることも、ぱたりとなくなったらしい。もちろん、あの磔にされた自分を目の当たりにすることも。
自分の睡眠時間は、どうもあの石を削ること、あのヤモリたちを解放することにあてられていたらしい。
その影響がどこで出るのかは、まだ分かっていないようだけど。




