第9話(1) 非彩花の日
《《金曜日、午前6時》》
結局、火曜から木曜までの三日間は、ずっと「彩花の日」だった。
私のスマホには、悠真からの無神経なLINEが残っている。
『今日も彩花の日なんだ。ゴメン。化学実験が続いて、彩花のやつ、溜まっているみたいなんだ』
……この、デカブツ!私の使う『彩花の日』が気に入ったみたいね!それに、女心を知らなさすぎる!
どの口が「溜まっている」なんて言うのよ。私のほうが、月曜日に悠真に火をつけられて、火曜日に遥に中途半端に捌け口にされて、それからずっとパンパンに張ったまま放置されてるんだから!
私のテストステロン値をなめないで欲しい。陸上部の現役女子高生が、三日も「お預け」を食らって、しかもその理由が「姉ちゃんの欲求不満解消」だなんて。
金曜の朝、私は震える指で、期待を込めてレスを送った。
「今日は……『非彩花の日』かなぁ~?」
本当は声が聞きたい。でも、もし通話の向こうで姉ちゃんが寝息を立てていたり、シャワーの音がしたりしたら……と思うと、怖くて通話ボタンなんて押せない。
すぐに悠真からレスが来た。
『あれ?今日は実家に帰るって言っていたよ』
……なぁにぃ!?
一瞬、頭の中が真っ白になった。姉ちゃんが家に帰る。つまり、四谷の悠真のアパートは空く。
しかしだよ、それって、それって「私の番」じゃなくて、ただ単に「家族の時間」に引き戻されるだけじゃない!
「こっちに『彩花の日』が来ました。シクシク。家にいます」
力なく悠真にレスを返した直後、今度は追い打ちをかけるように姉ちゃんからLINEが届いた。
『今日は家に帰るから。何か美味しいものを作っておきなさい。お肉がいいわ』
命令。どこまでも絶対的な女王様命令。
この彩花という女は、冷静沈着で理系の頭脳明晰、容姿端麗で隙がない。……だけど、掃除と料理に関しては、本当に、救いようがないくらい「からっけつ」なのだ。
包丁を持たせれば指を切りそうになるし、味付けは化学実験の失敗作みたいな色になる。ぶっちゃけ、近所の小学校三年生の女子のほうがマシなレベル。
「……ハァ。なんで私が、悠真を独占してる女のために、包丁を握らなきゃいけないのよ」
《《キッチンでの戦い》》
私は乱暴に冷蔵庫を開け、豚バラの塊肉をまな板に叩きつけた。今夜のメニューは角煮だ。時間をかけて、じっくり、じっとり、煮込んでやる。
トントントンッ!
キャベツを千切りにする音が、キッチンに鋭く響く。この包丁の先が、悠真のあの無神経な「溜まっている」とかいう文字を切り刻んでいるところを想像する。
「溜まってる……溜まってる……。私だって、ジンジンして、もう爆発しそうなのに」
ジャージのショートパンツの中は、ノーパンのまま。動くたびに、タオル地の生地がアソコに擦れて、余計にイライラする。
美咲姉ちゃんの部屋から「借りてきた」あの掃除機みたいなオモチャ……。あれを今すぐ使ってしまいたい。でも、もうすぐ「本物」をたっぷり味わってきた本妻が帰ってくる。
鍋から立ち上がる醤油と生姜の香りが、余計に私の空腹と、別の「飢え」を刺激した。
カチャ。
玄関の鍵が開く音がした。心臓が、陸上のスタートラインに立った時みたいに跳ねる。
「ただいま。いい匂いね。お腹空いたわ」
リビングに入ってきたのは、少し疲れたような、でもどこか「満たされた」艶のある表情をした彩花姉ちゃんだった。
その首筋、タートルネックに隠れた部分に、昨夜の悠真の痕跡が残っていないか……。
私は包丁を握ったまま、姉ちゃんの白い肌を、獲物を狙うケダモノのような視線で舐めるように見つめていた。
《《地獄の夕食シーン》》
じっくり煮込んだ角煮が、琥珀色の照りを放ちながら大皿に並ぶ。
私はダイニングテーブルの向かい側に座る彩花姉ちゃんを、湯気越しに観察していた。姉ちゃんは、私の作った角煮を「美味しいわね」とも言わずに、当たり前のような顔で口に運んでいる。
その、悠真との三日間を終えて「整った」ような涼しい顔。
あのアパートで、私の知らない「姉ちゃん」を悠真に晒してきたであろうその身体。
……あぁ、もう。手がまだ震えてる。
「ところでさ」姉ちゃんが箸を置き、ふと思いついたように私を見た。
「受験もあって、夏もとうに過ぎたのに、あなた、まだ部活もしてるの?受験の邪魔になるでしょうに。理系大学を目指すなら、時間はいくらあっても足りないはずよ」
きた。姉ちゃんの、こういう「正論」で追い詰めてくる感じ。
「……来年2月に、日本室内陸上競技選手権大会っていうのがあるのよ。それにエントリーしてるの。推薦組やトップ層しか出られない大会だけど、私はタイムで基準を切ってるから」
「だって、あなた、理系大学志望でしょう?選手権に入賞しても、大学では陸上は続けられないでしょ?研究室に籠もることになるんだから」
姉ちゃんは、私が第一志望にしているような難関理系大の「現実」を突きつけてくる。だけど、私の今の身体を支配しているのは、そんな理屈じゃない。
「高校最後の夢なの!それに……」私は自分の太ももを、テーブルの下でギュッと抓った。
「急に走るのを止めたら、ホルモンバランスが崩れるものなの。今は冬季練の真っ最中で、筋力トレーニングとか走り込みをガンガンやってる。これを止めると、急に太ったり、身体のリズムが狂ったりする子もいるのよ」
本当は、こう言いたかった。『スクワットや全力疾走で、私のテストステロン値は今、一生で一番高いの。身体が、男を、悠真を求めてパンパンに張ってるの!』って。
「ふーん。まあ、受験もあるんだから、ほどほどにしないとね。……それで、悠真とはどうなの?」
(ギクッ!)
心臓が喉まで跳ね上がった。姉ちゃんは、私と悠真の「課外授業」をどこまで疑っているのか。探るような、でも確信を持っているような、底冷えのする瞳。
「……悠真?別に、普通に教えてもらってるけど。物理とか化学とか」
「そう。悠真の教え方、上手いでしょう。あいつ、家庭教師としては『テクニシャン』なのよ」
(……っ!!)
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。
※性描写を含みます。




