表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/45

第9話(1) 非彩花の日

《《金曜日、午前6時》》


 結局、火曜から木曜までの三日間は、ずっと「彩花の日」だった。


 私のスマホには、悠真からの無神経なLINEが残っている。


『今日も彩花の日なんだ。ゴメン。化学実験が続いて、彩花のやつ、溜まっているみたいなんだ』


……この、デカブツ!私の使う『彩花の日』が気に入ったみたいね!それに、女心を知らなさすぎる!


 どの口が「溜まっている」なんて言うのよ。私のほうが、月曜日に悠真に火をつけられて、火曜日に遥に中途半端に捌け口にされて、それからずっとパンパンに張ったまま放置されてるんだから!


 私のテストステロン値をなめないで欲しい。陸上部の現役女子高生が、三日も「お預け」を食らって、しかもその理由が「姉ちゃんの欲求不満解消」だなんて。


 金曜の朝、私は震える指で、期待を込めてレスを送った。


「今日は……『非彩花の日』かなぁ~?」


 本当は声が聞きたい。でも、もし通話の向こうで姉ちゃんが寝息を立てていたり、シャワーの音がしたりしたら……と思うと、怖くて通話ボタンなんて押せない。


 すぐに悠真からレスが来た。


『あれ?今日は実家に帰るって言っていたよ』


……なぁにぃ!?


 一瞬、頭の中が真っ白になった。姉ちゃんが家に帰る。つまり、四谷の悠真のアパートは空く。


 しかしだよ、それって、それって「私の番」じゃなくて、ただ単に「家族の時間」に引き戻されるだけじゃない!


「こっちに『彩花の日』が来ました。シクシク。家にいます」


 力なく悠真にレスを返した直後、今度は追い打ちをかけるように姉ちゃんからLINEが届いた。


『今日は家に帰るから。何か美味しいものを作っておきなさい。お肉がいいわ』


 命令。どこまでも絶対的な女王様命令。


 この彩花という女は、冷静沈着で理系の頭脳明晰、容姿端麗で隙がない。……だけど、掃除と料理に関しては、本当に、救いようがないくらい「からっけつ」なのだ。


 包丁を持たせれば指を切りそうになるし、味付けは化学実験の失敗作みたいな色になる。ぶっちゃけ、近所の小学校三年生の女子のほうがマシなレベル。


「……ハァ。なんで私が、悠真を独占してる女のために、包丁を握らなきゃいけないのよ」


《《キッチンでの戦い》》


 私は乱暴に冷蔵庫を開け、豚バラの塊肉をまな板に叩きつけた。今夜のメニューは角煮だ。時間をかけて、じっくり、じっとり、煮込んでやる。


トントントンッ!


 キャベツを千切りにする音が、キッチンに鋭く響く。この包丁の先が、悠真のあの無神経な「溜まっている」とかいう文字を切り刻んでいるところを想像する。


「溜まってる……溜まってる……。私だって、ジンジンして、もう爆発しそうなのに」


 ジャージのショートパンツの中は、ノーパンのまま。動くたびに、タオル地の生地がアソコに擦れて、余計にイライラする。


 美咲姉ちゃんの部屋から「借りてきた」あの掃除機みたいなオモチャ……。あれを今すぐ使ってしまいたい。でも、もうすぐ「本物」をたっぷり味わってきた本妻が帰ってくる。


 鍋から立ち上がる醤油と生姜の香りが、余計に私の空腹と、別の「飢え」を刺激した。


 カチャ。


 玄関の鍵が開く音がした。心臓が、陸上のスタートラインに立った時みたいに跳ねる。


「ただいま。いい匂いね。お腹空いたわ」


 リビングに入ってきたのは、少し疲れたような、でもどこか「満たされた」艶のある表情をした彩花姉ちゃんだった。


 その首筋、タートルネックに隠れた部分に、昨夜の悠真の痕跡が残っていないか……。


 私は包丁を握ったまま、姉ちゃんの白い肌を、獲物を狙うケダモノのような視線で舐めるように見つめていた。


《《地獄の夕食シーン》》


 じっくり煮込んだ角煮が、琥珀色の照りを放ちながら大皿に並ぶ。


 私はダイニングテーブルの向かい側に座る彩花姉ちゃんを、湯気越しに観察していた。姉ちゃんは、私の作った角煮を「美味しいわね」とも言わずに、当たり前のような顔で口に運んでいる。


 その、悠真との三日間を終えて「整った」ような涼しい顔。


 あのアパートで、私の知らない「姉ちゃん」を悠真に晒してきたであろうその身体。


 ……あぁ、もう。手がまだ震えてる。


「ところでさ」姉ちゃんが箸を置き、ふと思いついたように私を見た。

「受験もあって、夏もとうに過ぎたのに、あなた、まだ部活もしてるの?受験の邪魔になるでしょうに。理系大学を目指すなら、時間はいくらあっても足りないはずよ」


 きた。姉ちゃんの、こういう「正論」で追い詰めてくる感じ。


「……来年2月に、日本室内陸上競技選手権大会っていうのがあるのよ。それにエントリーしてるの。推薦組やトップ層しか出られない大会だけど、私はタイムで基準を切ってるから」

「だって、あなた、理系大学志望でしょう?選手権に入賞しても、大学では陸上は続けられないでしょ?研究室に籠もることになるんだから」


 姉ちゃんは、私が第一志望にしているような難関理系大の「現実」を突きつけてくる。だけど、私の今の身体を支配しているのは、そんな理屈じゃない。


「高校最後の夢なの!それに……」私は自分の太ももを、テーブルの下でギュッと抓った。

「急に走るのを止めたら、ホルモンバランスが崩れるものなの。今は冬季練の真っ最中で、筋力トレーニングとか走り込みをガンガンやってる。これを止めると、急に太ったり、身体のリズムが狂ったりする子もいるのよ」


 本当は、こう言いたかった。『スクワットや全力疾走で、私のテストステロン値は今、一生で一番高いの。身体が、男を、悠真を求めてパンパンに張ってるの!』って。


「ふーん。まあ、受験もあるんだから、ほどほどにしないとね。……それで、悠真とはどうなの?」


(ギクッ!)


 心臓が喉まで跳ね上がった。姉ちゃんは、私と悠真の「課外授業」をどこまで疑っているのか。探るような、でも確信を持っているような、底冷えのする瞳。


「……悠真?別に、普通に教えてもらってるけど。物理とか化学とか」

「そう。悠真の教え方、上手いでしょう。あいつ、家庭教師としては『テクニシャン』なのよ」


(……っ!!)



※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。

※性描写を含みます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ