第1話(1) 明美と真理子・アンヌ
※第3章、第12話(5) フィナーレですわ!全員脱ぐの?からの続き。
《《明美?》》
まあ、アラサーでも受けたわよね、アンヌ~!という声援も多かったわ。でも……
ケルン・コンサートの余韻は、まだ会場全体に残っていた。1500人の観客が帰りそびれ、拍手が何度も波のように戻ってくる。最後のピアノ曲が、あまりにも静かで、あまりにも重かったせいだろう。
誰もが「あの曲は何を言いたかったんだろう?」と首を傾げながら、立ち去れないでいる。
私も同じだった。あの残響は、まだ胸の奥に沈んでいる。
私はステージ袖の暗がりに立っていた。
真理子が、珍しく客席の方をじっと見つめている。
普通の真理子なら、こんなところで観客の反応など興味などないはずなのに。
彼女は悠馬を呼び寄せ、小声で話しかけていた。
「悠馬、あの最後部の背の高い男性……彼は、もしかすると、遥の新しい彼氏?」
「え?……物理科の原田一真准教授ですよ……遥の彼氏って、誰に聞いたんです?」悠馬が少し驚いた顔をした。
「遥本人よ、彼女がポロッと言ったのよ」
(……ウソね)
私は内心でため息をついた。しかも、ただの関係じゃない。遥のことを原田に吹き込んだのも真理子だ。悠馬も遥も、まだ知らない……この女は本当に化け物だ。
悠馬は素直に頷いた。
「なるほど」
「その隣の派手な女性は誰?」
「え?……彼女は……神宮明美です。彩花の同期の化学科の。彩花の論文を探して、ぼくに送ってくれたのが彼女」
「ああ、彼女が……」
真理子が急に私の方を振り返った。
「アンヌ、神宮さんとお話したくない?」
「なぜ?」
「だって、彩花と同じ化学科で、論文を読んでいるんでしょ?内容はわかっているはず。それで、お医者様のアンヌと話せば、新しい事実に気づくかもしれないと思ったの」
「……!」
私は少し驚いた。確かに、神宮明美は彩花の同期で、論文のことをよく知っている。
真理子の言う通り、彼女と話せば何か新しい視点が得られるかもしれない。
「悠馬、あの二人を楽屋の廊下に呼んできてちょうだい。それで、あなたは、原田先生を楽屋に連れて行って、遥に合わせてね。後で、どんなことを話したのか、教えてね。面白そう」
悠馬は少し戸惑った顔をしたが、素直に答えた。
「……了解。真理子、先を読んでるね」
「そんなの普通でしょ?」
真理子はにこりと笑った。
「それから、コートを二着、持ってきて?」
「コート?」
「アンヌと神宮さんと外出するのに、私もアンヌもゴスロリは目立つわよね?それから、私とアンヌの荷物、明日、私のマンションに持ってきてね。神宮さんとの話を説明してあげる」
「……了解」
悠馬は客席横の廊下を走っていった。
私は真理子の横顔を見ながら、静かに思った。
(……また、何かを企んでいるわね)
真理子は扇子をパタパタと扇ぎながら、満足げに微笑んでいた。
この14歳のあどけなさを演じ、100歳の老婆のずる賢さを持っているこの隣の美少女は一体なんなのだろう?
人が視えないものが視えるこの少女は?……化け物?
楽屋の外廊下の壁に背を預けていた私を見上げて、真理子がニヤッと笑った。
化け物と思ったのを読まれたのかしら?
5分ほど経って、悠馬が原田先生と神宮さんを連れてやってきた。私は原田教授に一礼した。教授会で時々会うので顔見知り程度だった。
悠馬は「遥がいますよ」と原田の背を押して、楽屋に入った。
神宮さんが、少し緊張した様子で言った。
「悠馬が……宮本くんが、真中さんが私に会いたいと言っていましたが……?」
私は、彼女を観察した。
確かに真理子が言う通り「派手な女」という形容がこれほど似合う女も珍しい。
化学科の研究室に籠もっているというよりは、夜の新宿のラウンジが似合うような装い。ウェーブのかかった栗色の髪をかき上げ、身体のラインを強調するタイトなニットに、短すぎるミニスカート。ブランド物のバッグを肩にかけ、強い香水の匂いを周囲に振りまいている。
彩花と同じ空気を吸っていたとは信じがたいほどの、隠すことのない自己主張。理系学生特有の無機質さとは対極にある、過剰なまでの華やかさがそこにはあった。
真理子がにこやかに答えた。
「神宮さん、真中真理子です。こちらは、医学部の曽根崎アンヌ先生」
悠馬が私たちのコートを持って戻ってきた。
神宮さんが悠馬を見つめた……何か、この二人もあるわね?と私は思った。
「神宮さん……面倒くさいわね。私は真理子、先生はアンヌ、あなたは明美で呼んでいいわね?」と返事も聞かずにきめつけた。「明美、お時間あります?あなたと高橋彩華の化学論分のことを話し合ってみたいな、なんて思ったの」
「ま、真理子、知っているの?私は、彩花の同期の化学科で……」
「知ってますわよ。悠馬と凜花から、私とアンヌが相談を受けたのよ。凜花は彩花の妹。知っているわよね?」
真理子は歩き出そうとした。
「真理子、どこに行くの?」
「タクシーで、私のマンション。落ち着いて話をしましょうよ。ちょっとしたスペインの生ハムとワインがあるわよ」
……この女のすることは予想がつかない……。
私は内心でため息をつきながら、真理子の後ろを歩き始めた。
《《真理子の部屋》》
何度も真理子の部屋にお邪魔しているので、今更驚かないが、明美はビックリしていた。浴室とトイレ以外間仕切りも何もない80平米くらいの空間なのだから。普通の家族用3LDKのマンションのサイズが、間仕切りなし!
「ダイニングに座って。お酒の用意、っと!」とゴスロリで楽しそうにキッチンに行った。
真理子は、ワインがあるわよと言ったのに、キッチンから持ってきたのは、ワインじゃなく、スコッチのザ・マッカラン18年とロックグラスと氷。ワインはどこなの?明美もスコッチのボトルを見て驚いている。……スペインのハムというのも……。
真理子は、アイランドキッチンのテーブルに置かれた何かの覆いを取った。あ~、やっぱり。
スペインのハモン・セラーノの豚の足の塊。それが、スライス用のハモネロ・ヒラトリオ、つまり、、豚の足を固定したまま回転させて、反対側や側面を切りやすくする回転装置が付いた台に置かれていた。つまり、これが真理子の言う『ちょっとしたスペインの生ハムとワイン』なのだ。
真理子は楽しそうにハムを切り分け始めた。蹄が上を向くように原木(脚)が置いてあり、背の反った大きなナイフの刃を脚に当てていった。
「貰い物なのよぉ~。一人じゃ食べきれないでしょ?だから、アンヌと明美を呼んだの」……彩花の論文の話だろ?
脚の上をくさび形にカットして、黄色い脂を取り除いて、薄く薄くスライスして、大皿にフグの刺身のように円形に並べている。慣れてる。だけど……真理子が舌なめずりをして、大きなナイフでハムを切り分けるというのは……何の象徴を意味するの?理解できない。
真理子がハムの大皿を持ってきて、テーブルに座った。グラスを持った。
「かんぱぁ~い!」
「真理子、乾杯って何に?」
「そぉねえ……素敵な女性三人の出会いと夜の宴に!」……私には、大魔女の前の二人の弟子の『魔女の集会』に思えた。
「それとぉ……『彩花の謎』、『ミネソタの事件』それから、彩花がNYで何をしようとしているのか?の謎解きの夜。私が知っていること、明美が知っていることを合わせれば、アンヌ、彩花が何を企んでいるのか?、あなたが説明できるわよね?」
「……確かにそうだわ。これは化学の問題だけじゃない。医学の問題でもあり、社会に波及する問題でもあるわ」
「かんぱぁ~い!」
明美が、「そおか!真理子は、化学の専門の私、医学の専門の私の知恵を結びつけて……」と真理子を見る。
「そぉ、それで、私の専門は、比較人類学……人間社会のことを研究する分野よ……三人よれば文殊の知恵!かんぱぁ~い!」と、もうグラスを飲み干して、私たちのグラスにもドボドボ、高級ウイスキーを注いだ……理解できない……。
「じゃあ、明美から、彩花の論文を読んで、どう思ったかを話してみて……あ!その前に」と真理子。
「ねえ、コンサートホールで、明美は最後部からステージの悠馬を舐めるように見つめていたけど、彩花とはどういう関係だったの?悠馬とは?私、そういう下世話な話しが大好きなのよぉ~」
……よくもまあ、あのステージから観客席の最後部まで観察できたものだわ。
【注意・免責事項】
※本作に登場するすべてのキャラクターは18歳以上です。
※制服・学生風衣装・部活動ユニフォーム等の描写は、すべて演出上のコスプレ要素であり、現実の未成年を描写したものではありません。
※本作に登場する事件・設定・団体等はすべてフィクションであり、実在のものとは一切関係ありません。
※第4章以降では、過去の出来事や医療・倫理に関する重いテーマが語られますが、描写は簡潔に留めています。
※性的・暴力的要素を一部含みますが、過度に詳細な描写は行っていません。
※本作は特定の思想・行為を推奨するものではありません。
※苦手な方は該当章の閲覧をお控えください。
※飲酒・喫煙の描写が含まれます。




