第13話(1) 真理子の彼氏1
東大本郷キャンパスの五月祭。私の同好会のコスプレ喫茶は、今年も大盛況だった。
私は、黒いレースのドレスを翻し、トレイを抱えて客席を回っていた。霊視の血筋が、今日も騒がしい。構内のどこかで、無念の死を遂げた学生の影が、低く浮遊している。視界の端が、ダークな万華鏡のように歪む。でも、偏光フィルターのように意識を調整して、普通の笑顔を保つ。
そんな時、カウンターの端に座った男が、妙に熱い視線を向けてきた。二十歳くらい、スーツの上にネクタイを緩めたリーマン風。いや、学生かな?
「す、すごい本格的なゴスロリですね!フリルのレイヤーが完璧で、まるでドールみたい!」
彼は興奮気味に話しかけてきた。目は、純粋に「萌え」を湛えている。ゴスロリを「性的対象」として見る男は多いけど、この人は違う。まるで「芸術品」を鑑賞するような、子供のような輝きだった。
「ありがとうございます。お客様も、ゴシックロリータがお好きなんですね」私は、少し警戒しながら微笑んだ。
「大好きです!特にクラシカルゴシック!このレースの質感、最高じゃないですか!」
彼は、熱く語り始めた。アニメやゲームの話、好きなブランド、フリルの歴史まで。性格は軽そうだけど、知識は本物だった。オタク特有の「マニアックさ」が、なんだか可愛かった。
閉店後、彼はまだ残っていた。
「また来てもいいですか?……いや、大学祭は終わっちゃうか……あのぉ、連絡先、交換しませんか?ぼくは、吉澤悟。法学部の四回生です。第1類です」
第1類は、法学総合コースね。約3割が留年する学部。頭は悪くないのね?
「私は真中真理子。駒場キャンパスの教養学部で文化人類学コースを専攻しているの。今日は、同好会のために本郷に出張ってるってわけ」
「文化人類学コース?へぇ、具体的には?」
「日本と世界の民俗学ね。院に進んで研究過程に残りたいと思っているの」霊視が民俗学に含まれるか?は疑問だけれどそれはもちろん言わない。
東京大学教養学部教養学科の「超域文化科学分科・文化人類学コース」はフィールドワーク(現地調査)を核としている。日常的実践から現代社会の問題までを定性的に研究する学問だ。多岐にわたる研究テーマ(宗教、民俗学、メディア、都市、医療など)を扱っている。
「ゴスロリが似合う文化人類学の民俗学専攻の学生かぁ。ますます興味が出てきた。連絡先をお願いします」と深々とお辞儀をして懇願する悟。可愛いね。
私は迷った。霊視の血筋を隠すのは、いつも孤独だった。でも、この人の軽さは、闇を少しだけ照らす光のように感じた。
「いいですよ。だけど、私、ちょっと変わってるかも……」
「変わってる方がいいですよ!普通の女の子より、変わってるゴスロリ女子の方がぼくには百倍も魅力的です!」
軽いなあ。でも、嘘じゃないのがわかる。彼の周りには悪い霊は見えない。普通の先祖の悪意のない守護霊だけだ。
それから、私たちは付き合い始めた。
悟は、私のゴスロリ姿を「萌え」と言いながら、決して性的に消費しなかった。むしろ、私の暗い表情に気づくと、軽いジョークで笑わせようとした。
ある土曜日の午後、悟から電話が来た。
「真理子、今週末空いてる?ディズニーランド行かない?チケット取れたんだよ!」
ディズニーランド?私はそういうベタな場所に行ったことはなかった。霊視の血筋で、人の多い場所は疲れる。でも、悟の声が弾んでいて、なんだか楽しそうだった。
「ディズニーランド?……いいわよ。面白そうじゃない」
悟の声が、電話越しに跳ね上がった。「マジで!?やったー!じゃあ、土曜日朝に待ち合わせね!」
土曜日の朝、舞浜駅で待ち合わせた。悟は、Tシャツにジーンズというカジュアルな格好で、手にミッキーの耳がついたカチューシャを持っていた。
「真理子、これ似合うよ! ゴスロリにミッキー耳、最高の組み合わせだろ?」
私は、黒いワンピースにレースのジャケットという、普段より少し軽めのゴスロリ姿だった。悟の差し出すカチューシャを、苦笑しながら受け取った。
「悟ったら……まあ、いいわ」
パークに入ると、キャストの笑顔、音楽、匂い、すべてが「夢の国」だった。私は、初めての体験に、少し興奮した。アトラクションに乗ったり、パレードを見たり、ポップコーンを食べたり。悟は、子供のようにはしゃいで、私の手を引いて走り回った。
ビッグサンダー・マウンテンで叫んだり、スプラッシュ・マウンテンでびしょ濡れになったり。霊視のフィルターを強めにかけていたので、浮遊する霊はほとんど見えなかった。普通の、楽しいデートだった。
夕方、ホーンテッドマンションの前で休憩していた時、悟がニヤニヤしながら言った。
「真理子、ディズニーランドの都市伝説、知ってる?怖い話好きだろ?」
私は、興味を引かれた。「知らないわ。教えて」
悟は、得意げに話し始めた。「まず、『夜のシンデレラ城前でキスすると呪われる』ってやつ。夜8時以降、シンデレラ城の前でカップルがキスすると、別れるか、呪われて不幸になるっていうジンクス。キャストも『絶対やめろ』って言うらしいよ。実際、別れたカップルがいっぱいいて、呪いの証拠だってさ」
「ふふ、面白そうね」
「次は、『ホーンテッドマンションに本物の幽霊が出る』。アトラクションの中に、赤い服の女性の霊や、書斎に現れる男の子の霊がいるんだって。営業時間後しか出ないけど、キャストの目撃談がいっぱい。乗ってるゲストの写真に、映り込んでるのもあるらしい」
「本物の幽霊ね……」
「それから、『ゲストの遺灰がパーク内に撒かれている』。亡くなった人の遺灰を、家族がこっそり撒くんだって。特にホーンテッドマンションやカリブの海賊に多い。キャストの隠語で『白い粉警報』って言うらしい。白い粉が見つかったら、即清掃」
「遺灰……無念の死ね」
「あと、『地下の巨大カジノ』。VIP会員制のクラブ33の下に、富裕層向けの隠しカジノがあるって噂。ギャンブルやってるセレブがいるんだって」
「クラブ33は実在するけど、カジノは……」
「最後、『トイレに鏡がない』。一部のトイレに鏡がないのは、夢の国で現実の自分を見せないためだって説。鏡見て『あ、現実に戻った』って思わせないように、って」
悟は、目を輝かせて話した。オタクらしいマニアックさで、どれも詳細に語ってくれた。私は、笑いながら聞いた。都市伝説は、民俗学の視点からも面白い。
夜のパレードが終わった後、シンデレラ城の前で二人で立っていた。ライトアップされた城が美しかった。
「あらあら、ちょうど『夜のシンデレラ城前でキスすると呪われる』って場所と時間に私たちいるじゃない?ねえ、悟と私が、呪われるのか?別れるのか?試してみない?」
「え? それって、真理子とキスできるってこと?」悟の目が、丸くなった。悟は、一瞬固まって、顔を赤らめた。でも、すぐに有頂天になった。軽い性格が、顔に出ている。「マジで!?やったー!呪われてもいいよ、キスできるなら!」
私は、くすりと笑って、悟のネクタイを軽く引いた。悟は、慌てて身を寄せてきた。
シンデレラ城の前で、夜8時を過ぎた頃。私たちは、キスした。
【注意・免責事項】
※本作に登場するすべてのキャラクターは18歳以上です。
※制服・学生風衣装・部活動ユニフォーム等の描写は、すべて演出上のコスプレ要素であり、現実の未成年を描写したものではありません。
※本作に登場する事件・設定・団体等はすべてフィクションであり、実在のものとは一切関係ありません。
※第4章以降では、過去の出来事や医療・倫理に関する重いテーマが語られますが、描写は簡潔に留めています。
※性的・暴力的要素を一部含みますが、過度に詳細な描写は行っていません。
※本作は特定の思想・行為を推奨するものではありません。
※苦手な方は該当章の閲覧をお控えください。
※飲酒・喫煙の描写が含まれます。




