第8話 姉ちゃんのレポート
《《2026年9月下旬、悠馬の部屋》》
おなじみ、凜花、遥、悠馬が揃っている。三位一体は解散したが、相変わらず、原田一真准教授がかまってくれない時は、悠馬の部屋に入り浸る私。さすがに、三人でするのは控えているが、じゃれ合うのは一緒。「三位一体の解散って、何なんだろう?」と悠馬がボソッと言う。私も、同意。やれやれ。
いろんな所から電話がかかってきて、電話の応対に忙しい。その横で、凜花と悠馬が何か話してる。電話と会話を一緒に聴くのはメンドイよ!
悠馬は、論文のPDFのプリントを研究室から持ち帰ってきて、首をひねっている。凜花は、それを覗いて、
「悠馬ぁ、その英語と日本語のなんちゃら難しそうな書類ってなに?悩んでるみたいね?凜花ちゃんにお見せなさい。読んであげるから!」
「わかるのかい?」
「日本語だけ、頂戴……」と一ページ目を読み出す。「えっっと、なになに?『本報告書は、ホルモン療法における性ホルモン関連の管理物質の役割を探求し、その生成、メカニズム、およびジェンダー適合ケアの文脈での性差縮小への影響に焦点を当てる。近年文献を基に、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)アナログやシプロテロンアセテート(CPA)などの抗アンドロゲン剤を検討し、身体的特性をジェンダーアイデンティティに適合させる治療的利点を強調する』……悠馬ぁ、これ、日本語?」
「凜花、これは、彩花の留学許可を得るための論文だ……」
「え?」
「明美が探し出してくれたんだ……」
「明美が……たまには、いい仕事するんだね……って、会ってないでしょうね?悠馬ぁ!」
「……凜花はおバカなのぉ~、って、遥が感染った……会ってない。今日、明美からのメールで、PDF形式で送付されて来たんだ」
「……う~、わかった!ヒステリーを起こす前に説明してくれて、あんがと……それで、何が書いてあるの?」
「ぼくは物理科だ。この内容は、化学科の人間でも物質の内容がわかるだけだ。社会的な影響を考察するのは、化学に詳しい専門の医者じゃないと無理だ」
その時、私の電話が終わった。二人を見た。
「お~い、悠馬と凜花!聞こえたけど、なんか、医学者が必要なの?真理子から電話があった。『今、あなたの悠馬が面白そうなレポート、持ってるでしょう?英文と日本文の二通。視えちゃったわ。北千住の『分銅屋』にタクシーを飛ばして、三人でおいでなさい。私の知り合いの医学博士と呑んでるから、ちょうど良いわ。答えがわかるわよ、って言ってた。その教授は、ウチの大学の曽根崎アンヌ』なんだって。ねえ、何の話?なんで、真理子は私たちが視えるわけ?」
「遥!さすが、真理子だね?」なにがさすが!なんだか!
「二人共、ちょっと待て。誰だ?その真理子って?」
「文一の四年の文化人類学、民俗学専攻のサークルの先輩だけど?小平先生と加藤恵美助手も彼女の紹介なんだよ」と凜花。
「真理子?」
「真中真理子!」
「それって、あの四年生次の中で有名な『魔女』か?ロゥリィ・マーキュリー?」
「さあ、四年生次のことは知らないけど……ロゥリィ・マーキュリーはそうだよ!」
「噂では、喰われた男は数しれず……」
「悠馬、それ、誤解だよ。真理子先輩は、男を闇雲に喰わない。喰われて当然の男を喰う女だよ」と私。
「よくわからんが、その『分銅屋』に行ってみよう……」
凜花が、「いいけどさ、私、北千住までのタクシー代、持ってないよ」と言う。
「……ぼくが持ってる……行こう!」悠馬は日英の論文をトートバックに突っ込んだ……凜花も遥も普通の格好で良かったよ、と関係ないことを悠馬は思った。
《《2026年9月下旬、北千住「分銅屋」》》
タクシーを降りると、夜風が少し冷たかった。九月の終わりだ。
分銅屋の暖簾をくぐると、女将さんの吉川公美子が「あら、凜花と遥ちゃん、イケメン連れて、良いわねえ。真理子はそこのの畳部屋よ」と顎で示した。
畳の小部屋に真理子がいた。
隣に座っている女性を、私は一瞬、真理子の知り合いと判断できなかった。ゴスロリでも、研究者風でもない。ベージュのニットに、緩いパンツ。丸みのある体型。柔らかい顔立ち。手にぐい呑みを持って、真理子と何か話していた。彼女が医学者?
彼女は、笑うと目が細くなった。
「来ましたわ」と真理子が言った。「みんな、曽根崎アンヌ先生よ。T大精神皮膚科で、私の相棒。アンヌ先生、ノッポが高橋凜花、隣が八重樫遥。イケメンは初対面」と真理子が言うが、年上をつかまえて、『私の相棒』って……。
アンヌは三人を見て、「アンヌと呼んでね。ウルトラセブン!」とハスキー声で、ふわっと微笑んだ。
「座って。お酒飲める?」
「飲めます」と凜花が即答した。
「飲めます」と私も続けた。
「ぼくも」と悠真。
「じゃ、女将さん、水戸泉を二合徳利で四本と板場に並んでいるおつまみを右から左まで全部、お願いいたしますわ」とアンヌが女将さんにお願いした。
では、早速と座った悠馬がトートバックに手をかけると、真理子が、「凜花と遥のイケメンさん、自己紹介くらい、したまえ!ですわよ。美女二人を前にして、動揺してはいけませんわ」
「あの、ぼくは、宮本悠馬です……凜花の……」
「恵美から聞いてますわ。化学科の高橋彩華の元カレ。凜花の今カレ。遥は二人の相棒」って、あのね、私って、何?相棒?
「それで、遥は、今は、原田一真准教授の彼女らしいのよ。恵美に聞かせたいわ。こういう痴話ばなし、ヨダレを垂れ流すわよ」って、自分で説明するなら悠馬に聞くなよ!
「まあ、若いって良いわねえ」とハスキー声で、また、ふわっと微笑んだ。アンヌ先生、誰かに似てると思ったら、湾岸署の内田有紀じゃないか!
女将さんがおつまみと水戸泉、ぐい呑みを持って部屋に入ってきた。それまで、黙っていた凜花が、
「女将さん!また、増えた!」と唐突に言う。
「え?凜花ちゃん、何が増えたの?」
「女将さん!だってさ、だってさ、このシリーズ、前編は、私の姉ちゃんたちはいたけど、私と遥の女子高生コンビの独壇場だったのよ!それが、後編は、真理子でしょ?恵美さんでしょ?女将さんでしょ?それで、この……この、ふわっと微笑えむ、曽根崎アンヌ先生でしょ!女子高生物の話にどんどんどんどん、大人の女が増えてるのよ!キィ~!悠馬、アンヌ先生をジッと見ないで!見ちゃ、ダメ!」
凜花がヒスを起こした。頭をなでて、悠馬がヨシヨシする。凜花がゴロニャンした。おい!話の腰を折るんじゃない!
「まあ!若いって良いわねえ……私、過ぎちゃったものねえ……」とアンヌ先生。この女も真理子と同じで読めない!
お小皿が一通り回って、水戸泉がみんなに注がれた。T大って、水戸泉とウイスキーしかない世界なの?
女将さんが「私も聞いていいですか?」と言った。一同頷く。
「じゃあ、悠馬くん、出して。プリントしたんでしょ?出しなさい」と真理子。なぜわかるの?真理子、得体がしれないわね。悠真が論文のプリントをテーブルに置いた。英文と日本文の二様の論文。アンヌはそれを手に取った。表紙だけ見て、真理子を見た。
「これね」
「これですわ」
二人の間に、すでに何かの了解があったみたい。なぜ?
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。
※性描写を含みます。




