第7話(2) ゴスロリでコンサート?本番そのまま?
《《2026年11月、駒場祭一週間前》》
そこからは、地獄だった。
フェンダーのギターとベースをレンタルして、レンタルスタジオで五人の練習。恵美さんは、流暢にシンセサイザーを操り、アンヌ先生は、無表情で重厚なサブベースやキーボードでピアノを響かせる。
「遥、リズムが走ってる!恵美のドラムを聴きなさい!」
「凜花、ギターソロ、そこはもっと歪ませて!」真理子の罵声が、スタジオに飛び交う。駒場祭まで、二ヶ月。
「全然音が合わない!!!!!!!」
《《レンタルスタジオ、本番練習》》
「さあって、じゃあ、ゴスロリを着て、本番そのままで、練習しましょう!」と真理子が言う。鬼!
……部屋の空気が、一瞬、凍った。
「……いま、なんて言ったの?」凜花が、ギターを抱えたまま、ゆっくり顔を上げる。
「聞こえませんでしたの?ゴスロリを着て、本番そのままで練習、と言いましたの」真理子は、当然のことのように答えた。
「いやいやいやいや!」私は思わずベースを床に置いた。「このスタジオで?今?フル装備で?」
「当然でしょう。本番で着るんですから」
真理子は、机の上に置いてあった大きな衣装袋を、ばさっと開けた。
……出てきたのは、黒いベルベット三層のゴスロリ衣装とレースの下着。極限までのハイレグ……。
レース。
フリル。
コルセット。
パニエ。
ブラとTバック。
そして……、
厚底ブーツ。
「……これで、楽器弾くの?」私は呟いた。
「ええ。弾きますの」
真理子は、すでに着替え始めていた。黒いベルベットのドレスが、スタジオの蛍光灯を吸い込む。
凜花が震えた声で言う。
「遥……」
「なに」
「これ……ギターソロ、エフェクターが見えなくない?」見えない。パニエが広がりすぎて、足元のエフェクターが完全に死角だ。
「それも練習ですわ」真理子は、鏡の前でコルセットを締めながら言った。「ステージでは照明で見えません。今のうちに身体で覚えなさい」鬼だ。いや、鬼教官だ。
さらに横を見ると……
「……恵美さん?」
「うん?」
恵美さんは、すでに完璧なゴスロリだった。黒レースのドレスに、十字架のネックレス。
普通にシンセの前に座っている。
「似合うでしょ?」
「似合うとかじゃなくて、なんで慣れてるの?」
「高校のとき、ヴィジュアル系バンドやってたから」
そんな経歴、聞いてない。
「……遥、シンセの前から下を覗いてみて」
「ええ、こうですか?」
「どう見える?」と脚をガバァ~とおっ広げた。「ポスターよりもいいんじゃない?」
「……」あんた!T大の物理学研究室助手がパンツの見え具合を気にすんなぁ~!
アンヌ先生を見る。
……。
……。
完全無表情でゴスロリ。
黒ドレス。
黒手袋。
黒ブーツ。
そして巨大なサブベース。
「アンヌ先生……」
「何?」
「重くないですか」
「重い……」それだけ言って、ゴォンと低音を鳴らした。スタジオが揺れる。「あ~、……ベースが……アソコをかき回す……」
アンヌ先生も!止めて!
「……似合ってるのが怖い」凜花が小声で言った。
「……」
「さあ、全員着替えましたわね」
真理子が手を叩く。
「では——」
イントロが流れた。
Last Christmas。
「ワン、ツー、スリー!」
演奏が始まる。
……。
……。
「遥!ベース低い!」
「スカートで指板見えない!」
「凜花、コーラス遅れてます!」
「ドレスで息吸えない!」
カオスだった。
パニエがギターに当たる。
レースが弦に絡む。
ブーツがペダルを踏み外す。
「止め!」真理子が叫ぶ。「……本番まで一週間。こんな状態でどうするんですの?」
「誰のせいよ!」
凜花が怒鳴る。
「でもさ」恵美さんが、くすくす笑う。シンセを弾きながら言った。「見た目は最高だよ?大学祭でゴスロリ混成団がヘヴィメタやる!最高じゃない!」
「でも、……客は来る」アンヌ先生が低く言う。
「ほら」恵美さんが言った。「この格好は……パンツが見える……だから、これは……成功するよ」
パンツで!成功!
真理子が、ふっと笑った。「ええ。成功させますの」
「ところで、遥、女子高生は見せパン、履くじゃない?」
「履きますよ。私は、蒸れるから履きません」
「私も履かないわ。でもね、勝負パンツの上に、紐パン履いたらどうだろう?」
「なぜ?」
「だって、男子が、これでいよいよ!って、紐パン脱がせたら、もう一枚、本当の勝負パンツがあった!って驚かない?」
「……だれが、そんなバカなことをするんですか?」
「そぉよねえ……しないわよねえ……」
そして。
今度は……
Don't Stop Believin'。
「凜花、ヴォーカル」
「……うそでしょ」
「本番通りですわ」
凜花は、深呼吸した。ベルベットのドレスが揺れる。ギターを構える。
そして、……歌い出した。
「♪Just a small town girl…」
……。
……。
スタジオの空気が変わった。凜花の声が、思ったより強い。
恵美のシンセドラムが入る。アンヌのベースが地鳴りのように響く。私は必死でベースラインを追う。真理子が横でギターを刻む。曲が終わった。
静寂。
真理子が言った。
「……今の」
凜花が恐る恐る聞く。
「……どう?」
真理子は、少しだけ笑った。
「合格点の三割」
「三割!?」
「演奏もそうですが、露出不足ですわ。凜花、乳首が見えそうなくらい、もっと胸を突き出す。遥、もっと腰を突き上げて、パンツを見せて、恍惚の表情を!大事なところがチラッと見えたって、気にしませんのよ!」
「……」
「でも」真理子はギターを肩にかけ直した。「もうちょっとで、ステージには立てますわね」
私は思った。たぶんこの一週間、私たちは……死ぬほど練習することになる。ベルベット三層のために。
そして……駒場祭の30分のために。
鬼教官、真中真理子のもとで。パンツを見せるために……。
やれやれ。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。
※性描写を含みます。




