第15話 百合の夜
《《火曜日、悠真の部屋》》
悠真の部屋に着いた。彼が玄関を開けると、そこには制服姿の女子二人。凜花は黒のハイソックス。私は白。悠真さんの視線が膝下と見た。は、恥ずかしい。
部屋に入ると、悠真はテーブルに分厚いテキストを広げて、ウンウン唸っていた。
「何の本?」と凜花が邪魔する。
「量子力学の教科書。後期試験の範囲が広くて……」
「ちょうどいい!」と凜花が量子革命と宇宙創成の三冊をテーブルにドサッと置いた。
「何だ?」
「この本、読もうと思って。シュレディンガー、知ってる?」
「……物理科で知らない学生はモグリだよ」
「この本に量子力学と天文学のことがいっぱい書いてあるみたい」
「え?どれどれ……」と悠真さんが本をパラパラ開いた。「ああ、難しい部分があるが、これは凜花向けかもしれない。よく選んだね?」
「遥が選んだ!」
「遥が?」
私も三冊を取り出して、テーブルに置いた。
「私も買ったの。気になって」
「今は模試に集中しないと……」
「凜花がね、量子力学にちょっと興味を持ったの……『シュレーディンガーのエロスの噴出』に萌えたみたい」
「何の話かサッパリ……」
「悠真、悠真のいる物理科に行きたい!って動機以外のものを凜花が見つけるいい機会よ」
「まあ、そういうことなら……」
その夜、テーブルには、悠真の量子力学のテキスト、私たちの参考書、それから三冊の本が並んだ。
凜花は、参考書じゃなく、量子革命を夢中で読んでいる。悠真が何か言いたそうだったが、「悠真、ラノベ小説を読むよりいいでしょ?」と私が言うと黙認した。
時々、凜花がときどき悠真に「黒体輻射って何?」とか「アインシュタインの光量子って何?」とか聞いている。脳が筋肉の凜花の口から物理用語が飛び出すとは奇跡だ!タンジョン攻略!とか言うよりもずっといい!
「シュレーディンガーの猫、知ってるか?」と悠真。
「知らない」
「量子革命にも書いてあるけどね。箱の中に猫を入れる。量子力学的な装置で、猫が生きているか死んでいるかが決まる仕組みにする。箱を開けるまで、猫は生きている状態と死んでいる状態が重なり合っている……これが重ね合わせだ」
「開けるまで、生きてるか死んでるかわからない?」
「わからないんじゃなくて、両方の状態が同時に存在している」
「……え?」
凜花が固まった。
「それって……」
「なに」
「彩花姉ちゃんみたいだ」
私と悠真とが凜花を見た。
「ミネソタで何があったか、私が合格するまで開かない箱の中にある。開けるまで、姉ちゃんの中に何があるかわからない。でも、ある。確かにある……それって、シュレーディンガーの猫じゃない?」
悠真が少し黙った。
「……量子力学を人間に当てはめるのは、厳密には正しくない」
「でも、違う?」
「……詩的には、違わない」
「彩花姉ちゃんはシュレディンガーの猫……」
《《百合の夜》》
11時半になった。終電は、零時26分って凜花がいっていたな……
「凜花、そろそろ終電の時間だよ」
「え?昨日、四時に帰っちゃったんだから、今日はお泊り!ルンルン!」
「ええ?今日は泊まるの?」と悠真が苦情を言う。
「泊まるんだよ、悠真」
「凜花、ママに何ていうの?」
「遥が超高熱を出して、死にそうだから、今晩は遥の部屋に泊まる、と朝出掛けにママに言っておいた」
「……私、外泊の準備してない!」
「大丈夫!遥の下着とシャツを持ってきた」とトートバックの中を見せた。準備がいい。「歯ブラシは一昨日のがあるでしょ?」
「……じゃあ、明日は朝この部屋から学校に行くの?」
「そぉよ!」
悠真が頭をかきむしる。「ぼくの部屋から、朝、制服姿の女子高生が二人、でてきたら、近所になんて言われるんだろう!」
「あら、パパ活ですよぉ~って誤魔化せば?」と平気の平左の凜花。
悠真が突っ伏したままうめいている。凜花がトートバッグをごそごそやりはじめた。
「遥、これ着て」
「何?」
「ノースリーブのシャツ。私のだけど、遥も着られるサイズ」
「着替えるの?今?」
「悠真、向こう向いてて」
「……自分の部屋なんだが」
「向いてて!」
悠真がしぶしぶ壁に向いた。
凜花がするっとブラウスを脱いだ。ジャンパースカートを脱いだ。ネクタイを外した。下着姿になった。まったく躊躇がない。
「遥も脱いで」
「……凜花、悠真さん、いるんだけど」
「あっち向いてるから平気!早く!」
私も仕方なく脱いだ。制服を畳んで、シャツを受け取って着た。凜花が悠真の引き出しをあけて、ショートパンツを二枚引っ張り出した。
「悠真のだけど、借りる」
「勝手に開けるな!」
「ありがとう!」
凜花がショートパンツを穿いた。私にも一枚渡した。
着替え完了。
悠真が振り向いた。凜花のノースリーブとショートパンツ姿を見て、また目を逸らした。
「凜花、それ……」
「何よ?」
「寒くないか」
「全然!遥、ソファ、ちょっと詰めて」
私がソファの端に寄ると、凜花がぴったりくっついて座った。毛布を二人で引っ張って、足まで包んだ。悠真がテーブルで量子力学の教科書に戻った。
しばらく、静かだった。
凜花が私の肩に頭を乗せた。
「遥」
「なに」
「今日、楽しかった」
「昨日も同じこと言ってた」
「また楽しかったんだもん」
少し黙った。
「遥、ありがとう」
「何が」
「量子革命、選んでくれて。悠真の学科に行きたいっていう動機以外のもの、見つけた気がする」
「気がする、じゃなくて、見つけたんでしょ」
「……うん。見つけた」
凜花が毛布の中で私の手を握った。細い指。陸上部の手。
「遥の手、冷たい」
「凜花の手が温かいんでしょ」
「私、体温高いから」
「知ってる」
悠真がこちらを見ないまま言った。
「二人とも、いびきをかくなよ」
「かかない!」と凜花。
「遥は?」
「……かかないと思います」
「思います、か」
「やれやれ」と凜花が笑った。
窓の外で、冬の風が四谷の夜を吹き抜けていく。
凜花の手が、毛布の中でずっと私の手を握ったままだった。
あったかい。
悠真は、私たちの存在を意識から追い出すように、背中を丸めて量子力学の数式をノートに書きなぐっている。カツカツとシャープペンの先が紙を叩く音だけが、静かな部屋に響いていた。
「……ねえ、遥」凜花が耳元で囁いた。熱い吐息が耳たぶをかすめて、背筋にゾクッと電気が走る。
「なに」
「悠真、集中してるね。……全然、こっち見てくれない」
「……いいじゃない。勉強してるんだから」
言いながら、私は毛布の下で、凜花の指先が私の手のひらをそっとなぞるのを感じていた。
指の腹が、私の肌の上を這う。
昨日のあの感覚が、指先一つで蘇ってくる。
「遥のここ、まだ熱い」凜花の指が、私のショートパンツの裾から、太ももの内側へと滑り込んできた。
「凜花……ダメだって……」
「ダメじゃない!……だって、遥、昨日あんなにすすり泣いてたじゃない。思い出すと、私まで疼いちゃうんだもん」
凜花の手は、迷うことなく私のアソコへと伸びていく。ストッキング越しではない、生身の肌の感触。悠真から借りたブカブカのショートパンツが、彼女の指をラクラクと侵入させている。あ!止め……。
「……あ、……ん」声が漏れそうになって、私は慌てて自分の唇を噛んだ。
ダイニングには、悠真の広い背中がある。彼が振り返れば、毛布の下で親友同士が何を演じているか、一目でバレてしまう。そのスリルが、昨夜の情事とはまた違う、鋭い快感となって私の下腹部を突き上げた。
「遥、顔、真っ赤。……可愛い!」
凜花はニヤリと小悪魔のように笑うと、私の耳たぶを甘噛みした。彼女のもう一方の手が、私のノースリーブの胸元から滑り込み、まだ熱を持っている乳首を指先で弾く。
「ひっ、ひっ、……ふ、……う……」私は、凜花の肩に顔を埋めた。
彼女の体温、彼女の匂い。悠真を共有しているこの子の感触。不思議なほど私を安心させる。もっと深い「泥沼」へと誘っていく。
(……私、本当にお猿さんになっちゃったんだ……)
凜花の指が、私の濡れた場所を捉えた。彼女の指が、執拗に、優しく私をかき回す。私は、悠真の背中気になったまま、凜花の腕の中で小さくのけぞった。
「遥……逝いっちゃっていいよ……声でちゃうから、口を塞ごうね」
凜花が、自分の唇を私の唇に重ねてきた。吐息を封じられ、視界が火花を散らす。私は親友の口の中で、声にならない悲鳴を上げて絶頂した。
小刻みに震える私の体を、凜花がぎゅっと抱きしめる。
「うふふ、……遥、おいしかった」凜花が唇を離し、満足そうに私の鼻先を自分の鼻で小突いた。意地悪だ!私は、涙目で彼女を睨むことしかできなかった。
「……この、……変態」
「感染ったんでしょ?……お互い様だよ、遥」
毛布の中で、私たちは再び手を繋いだ。今度は、二人とも少しだけ汗ばんでいたけれど。
悠真が、ようやくペンを置いて、大きく伸びをした。
「……よし、今日はここまでだ。……おい、二人とも、寝たのか?」って、知ってて知らぬふりでしょ?
私たちは、狸寝入りを決め込んで、返事をしなかった。
その晩は、悠真は超絶頑張って我慢したと思う。何もしなかった。チェッ!
冬の夜、四谷の1K。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。
※性描写を含みます。




