第12話 成り余れるもの
「悠真さん」と私は言った。
「なに?」
「録音、消さないでください」
悠真さんが少し首を傾けた。
「なんで?」
「凜花が合格したとき、聞き返すと思うから」
凜花がティッシュを顔から離して、私を見た。目が赤い。
「……遥」
「なに?」
「ありがとう」
「うるさい」
長い録音を聞いて、私も私の決着をつけないといけないかな?なんて、思った。でも、どう決着?自分の気持ちがわからない。どうしていいか、わからない。凜花なら、どうする?……考えないで、聞く!
「ねえ、悠真さん……もういいや、さん付けは。悠真、私のこと、スキ?」
「スキだ」躊躇なく答えてくれた。
「凜花は……聞かなくてもいいや……」
「スキだって!」と鼻をすすった。
「そっか。それなら、いいや。それで、十分」
「何よ、遥!それで、十分とか!身を引くとか、テレビドラマのしょうもない結末を考えているんだったら……」
「違うよ、凜花。それで、十分なの!私は、凜花も悠真もスキ。離れたくない。このままでいる。二人が嫌だっていっても離れない……」
「ちょっと、遥、今度はあんたが私を泣かせるの?」
凜花が、ティッシュで目を押さえながら、私を睨んでいる。睨んでいるのに、目が赤くて、鼻の頭もピンクで、全然怖くない。
「泣かせてない。事実を言っただけ」
「事実!事実とか言って!遥、あんた、ずるい!」
「何がずるいの」
「さらっと言うんだもん!私、何年もかかったのに!」
凜花が悠真に向き合うまでの数年間。私は……金曜日から、まだ三日だ。
でも、これでいい。私のペースでいい。
「遥」と悠真が言った。
「なに」
「キミは、ぼくのことをいつから——」
「答えない」
「え?」
「今は答えない。でも、離れない。それだけ」
悠真が少し黙った。それから、小さく笑った。初めて見る笑い方だった。困ったような、でも、嬉しそうな。
「やれやれ」
「感染った?」と凜花が鼻をすすりながら言う。
「うるさい」と悠真。
私は笑いをこらえた。こらえきれなかった。凜花も笑い出した。悠真も、しょうがないという顔で、少し口の端を上げた。
テーブルの上に、ワイルドターキーのボトルが一本と、バーボンの残りが少し。グラスが三つ。
「飲もう」と凜花が言った。
「今度は乾杯する?」と私が聞く。
「する!」
凜花がグラスを持ち上げた。
「何に乾杯する?」と悠真が聞く。
「決まってるじゃない」と凜花。「合格発表まで、あと、何日?」
「二次試験の発表まで……100日弱だ」
「じゃあ、合格発表まで、ちゃんと三人でいることに!」
私と悠真は顔を見合わせた。
「……それでいいか?」と悠真が私に聞く。
「それでいいです」
グラスが、カチン、と鳴った。
ワイルドターキーが喉を焼ける。でも、今日は悪くない。
凜花が、グラスを置いて、ふと真顔になった。
「ねえ、悠真」
「なに」
「ミネソタの話、姉ちゃんが教えてくれるまで待てる?」
「待てる」
「私も待てる」と私は言った。「合格してから聞く。それまでは——」
「それまでは?」と凜花。
「勉強する」
凜花が盛大に噴き出した。
「遥!今、この空気で、勉強!?」
「だって、本当のことだもん」
「やれやれ」と悠真。
「感染った」と私。
また三人で笑った。
「でも、勉強だけだと、動機が不足する!」と凜花がふくれて言う。
「凜花、動機はお姉さんのミネソタの話を知ることでしょ?」
「あの女!……まあ、それも主題の動機としてはいいけど……『成り余れるもの』が目にちらつくのよ!」
「古事記?イザナギ?ちらつくの?」
「正面に座ってるこの男の『成り余れるもの』が目にちらつくのよ!」と悠真を指差す。今度はぼくか?と悠真がため息をつく。「私の『成り合わざるもの』が疼くの!金曜日からとってもエッチになった、むっつりスケベの遥さん、おわかり?」
今度は私が痛いところをつかれた。ハイ、そうですよ。お猿さんに遥はなっちゃったんですよ。初体験から、親友と一緒に三人でなんて、ショックが大きすぎるでしょうに!
「凜花、まいった、まいりました。正直に言います。遥はお猿さんになりました。親友と一緒に三人でしてしまって、とってもむっつりスケベの遥は、凜花と同じくらいエッチな身体になりました。もう、悠真の『成り余れるもの』を私の『成り合わざるもの』に突っ込んでもらいたくて、さっきから下着を濡らしてます……この答えでいいのね!凜花!」
「よろしい」と凜花が満足そうに頷いた。審判みたいに。
「キミたち、ぼくを何だと思ってるんだ……」と悠真がため息をつく。
「成り余れるもの、でしょ?」と凜花。
「やれやれ」
「感染った」と私。
「ねえねえ、悠真がストッキングとかタイツが好きなのはわかった」とちょっと恥ずかしかったけど聞いてみた。
「……確かに、脚はもともとスキだったけど、先週の土曜日から凜花のフェイクストッキングとかニーハイを見て、ますます病が進んだと思う……大好きだよ、クソっ!凜花の黒と遥の白はクラクラしました!遥、これでいいでしょうか?」
「よろしい」
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。
※性描写を含みます。




