表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/38

第10話(1) ぼくは譲渡品じゃない1

《《土曜日、夕方》》


 高円寺の凜花の家。


 私はリビングのソファーで、彩花お姉さんと向かい合って座っていた。


「へえ、NYの提携先へ。すごいですね、彩花お姉さん」

「夏ごろにはもう打診があったのよ。遥ちゃんも留学を考えているなら、今のうちからGPAの管理とTOEFLのスコアメイクは必須よ。どこの大学を狙うにしてもね」


 お姉さんは紅茶を飲みながら、理路整然と留学のアドバイスを口にする。私は「なるほど、参考になります!」と優等生の顔でメモを取るフリをしていた。


(夏から決まっていて、悠真さんには黙ったまま、妹の親友にまであっさり喋るんだ)


「お待たせ。デザートできたよ」


 キッチンから、エプロン姿の凜花がトレイを持って現れた。


 テーブルに置かれたのは、繊細な糸のように絞り出されたマロンクリームが山のように重なり、頂点には艶やかな渋皮煮の栗が飾られている、完璧なフォルムのモンブランだった。


 あの生栗から、本当に作っちゃうのだもの。横で見ているだけで、手伝う必要などなかった。


 昨日の夜、四谷の1Kで悠真さんのモノを咥えていたのと同じ唇が、「はい、どうぞ」とすましている。私は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。


「美味しい。凜花は本当に家庭的ね」彩花お姉さんがフォークでモンブランを崩し、一口食べて、妹を評価するように目を細めた。「こういうスキルは大事よ。誰かさんのお世話にぴったりだわ」


 ピクッ、と凜花の眉が動いた。


「……誰かさんって誰よ」

「さあね。凜花の彼氏かしらね」


 彩花お姉さんは涼しい顔で、極上のモンブランを口に運ぶ。


 私はテーブルの下で、凜花の足をそっと蹴った。余計なことを言うな、という合図。凜花も不満そうに黙り込む。私は紅茶を啜りながら、腹の底で意地の悪いことを考えた。


(彩花お姉さん、あなたの誰かさんは、今日の朝まで、目の前にいる妹とその親友をしゃぶり尽くしたんですよ)


 一通り留学の話は終わった。凜花は興味なさそうだったが、どうせ悠真さん、彩花お姉さんと同じ大学行くなら(って、私だってまだ合格するか、わからないけど)、お姉さんと同じく、留学だって視野に入れていい。参考になった。


「それで、凜花、あなたは大学どうするの?筑波とかを受けるの?飯田橋の理系大学もあるけど?」と唐突に凜花に話題を振った。

「わ、私は……姉ちゃんと悠真と同じ大学を受ける!決めたんだ!」

「あらあら、偏差値、届かないのじゃないの?」

「来週から特訓をする。まず、S台の模試の成績を見て、弱点を強化する。それで、共通一次。最後に二月の二次試験。絶対に受かってやる!」

「へぇ~、物理と化学は?悠真に見てもらう?それに、共通一次、文系科目もあるわね?」

「悠真に数学と物理と化学、遥に国語と地歴公民を習う。英語は自力でなんとかなると思う。遥も同じ大学を受けるのよ」

「あらあら、遥も大変ね……三人でするのね?」


 私は『三人でするのね?』にドキッとした。お姉さん、お見通しなの?


「姉ちゃん、もしも、合格したらお願いがあります」

「悠真のこと?それは、もう火曜日に話したでしょう?『譲る』って」

「悠真はものじゃない!譲るもんじゃないでしょ!まず、悠真に留学の話をして!」

「明日の夕方にするつもりだったのよ。それでいいでしょ?」

「よくない!ちゃんと悠真と向き合って!姉ちゃんはずっとそうだよ!何でも自分の思い通りにして、全部コントロールして、悠真のことだって、NYに行くって決めた瞬間から、もう『終わり』にしてたんでしょ!なのに言わないで、ずるずると『彩花の日』を続けて……それって、悠真に対してひどすぎる!」

「そうね。でも、それも火曜日に話したじゃない?私は、研究を取るの。それだけよ」


 ひどい!お姉さん、ひどすぎる!


 凜花がブルブル震えている。拳を固めた。ちょっと、暴力はダメ!


「姉ちゃんは、姉ちゃんは……姉ちゃん、三位一体って知ってる?」

「え?何よ、急に?あの、カトリックの変な図形よね?父と子と精霊の御名によって、とかいう?」

「そうよ。姉ちゃん、あなたの三角図形の中心は誰?」

「……神、でしょ?」

「違うわよ、あなたの図形の中心は、『私』よ」

「??」

「私の三位一体の図形の中心は……『愛』よ」

「凜花、わけわかんないこと、言わないで!」

「遥と悠真とよくわかっていると思う。そうでしょ?遥?」と私に振られた。


 なるほど。お姉さんの図形は、三角形の中心は『私』なのだ。その周りの三つの頂点は、他人。美咲お姉さんや凜花、悠真さんがいる。でも、それは誰でもいいのだ。互換的だ。


 凜花の三角形の中心は『愛』だ。抽象的かもしれない。だけど、その周りの三つの頂点の中には、凜花がいる。残りの二つは悠真さんと私だ。


「彩花お姉さん、私も凜花の言うことが正しい?違うな?現状を表現するのに合致する例えと思います」

「考え方の相違かしら?」

「そういうものじゃないと思います」


「とにかく、姉ちゃん、悠真に会うなら、火曜日に私に言ったことを悠真にもちゃんと言って!」

「もちろんよ。私がオブラートに包んだ話でもすると思ってるの?」

「……それで、悠真は譲ってもらわなくて結構です!私が奪う!」

「それもご勝手にどうぞ」


「……姉ちゃん、もうひとつ聞いていい?」

「なんでもどうぞ」

「ミネソタで何が有ったの?姉ちゃん、あのあと、変わっちゃったよ……」

「……」

「答えられないの?ねえ、なぜ?なぜなの?」

「……凜花、大学の合格発表は、確か、三月上旬よね?」

「うん、そうだけど?」

「あなたが合格したら、答えてあげる。そのあと、私はアメリカに飛ぶ」

「……」

「それでいいわね?小娘!」


《《土曜日、深夜》》


 四谷の1K。悠真は一人、スマホを耳に当てていた。


 スピーカーからは、興奮した凜花の声と、それをなだめる遥の困ったような声が交互に聞こえてくる。高円寺での「お茶会」を終えた二人は、そのまま遥のマンションに転がり込んだらしい。


『……それでね悠真!私、言ってやったの。お姉ちゃんの中心は「私」だけど、私の中心は「愛」なんだからね!って!』

『……もう、凜花、声が大きい。近所迷惑よ』

『いいじゃない、遥!あの時、遥も言ってくれたよね?凜花の図形こそが「現状に合致してる」って!』


 悠真は、凜花の興奮した説明がよくわからなかった。


『凜花、キミは興奮しすぎていて、話がよくわからない。遥に説明させて欲しい……』

『わかった……遥、私の説明じゃわかんないって。うまく説明して!』


『ええっと、今日、彩花お姉さんと会った口実が留学の話を聞きたいだったから、その話をし始めたの。それで、私も参考になったんだけど、凜花はあんまり興味なさそうだった』

『遥、それは関係ないでしょ!留学の話は端折ってよ!』

『うん、ゴメン。お姉さん、シニカルだよねえ。悠真さんはお姉さんと付き合っていて、よく疲れないよね?』

『遥!それも関係ないでしょ!話した内容だけそのまま説明すれば良いじゃん!』

『私の感想を言うな!ってことね。わかったわ……』


 遥は、留学の話の後の、彩花が凜花の大学受験のことを聞きだしたところから話し始めた。


『お姉さんが、それで、凜花、あなたは大学どうするの?筑波とかを受けるの?飯田橋の理系大学もあるけど?と凜花に聞いて、凜花は、姉ちゃんと悠真と同じ大学を受ける!決めたんだ!と言ったの。そしたら、お姉さんが、あらあら、偏差値、届かないのじゃないの?って凜花をバカにした言い方してさ……』

『あいつも酷いな……』

『そぉでしょう?私、怒ったわよ。それで、来週から、悠真さんに数学と物理と化学、私に国語と地歴公民を習うという話をした。私も同じ大学を受けるってことも』

『なるほど』


『そしたらさ、お姉さんが、あらあら、遥も大変ね……三人でするのね?って言うから……お姉さん、気づいてない?』

『……』

『それで、凜花が、姉ちゃん、もしも、合格したらお願いがあります、って言い出したの?』

『凜花は彩花に何をお願いしたんだ?』

『そしたらね、お姉さんは、お願いが何か聞かないで、悠真のこと?それは、もう火曜日に話したでしょう?譲るって……こういうのよ!譲るって何?失礼でしょ?』

『……それで?』


『凜花が怒ったの!悠真はものじゃない!譲るもんじゃないでしょ!まず、悠真に留学の話をして!って言ったの。そしたら、お姉さんが、明日の夕方にするつもりだったのよ。それでいいでしょ?って答えたの。悠真さん、明日、そっちにお姉さんは行くつもりよ。喧嘩にならなければいいんだけど……』

『遥、心配してくれてありがとう』

『その続きは、凜花が、よくない!ちゃんと悠真と向き合って!姉ちゃんはずっとそうだよ!って喧嘩腰で言ったのよ。そしたらさ、そしたらさ……悠真さん、ショックを受けないでね……あのね……』

『なんて彩花は言ったんだ?』



※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。

※性描写を含みます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ