第4話 遥の屁理屈
《《四谷、夕方六時》》
三人が部屋に入った。
遥と凜花はそれぞれ手に持っていたコートをダイニングの椅子の背にかけた。白のゴスロリの遥と、黒のゴスロリの凜花が、椅子を並べて座る。
悠真は二人を前にして、立ったまま固まっていた。
「あの……何か飲み物を……」彼はそう言ったまま、動かない。
凜花がクスクス笑い出した。
遥はその笑い声を聞いて、胸の中でほっとした。あら、凜花が戻った。
「悠真、飲むものだったら、濃縮酎ハイがあるじゃん!」凜花がクスクス笑いながら言った。
「濃縮酎ハイ?」遥が首を傾げた。
「知らないの?お湯や水で割って飲む、濃縮タイプの酎ハイの素よ。割り方を変えると、好みの濃さにできるの。私が買ってきた残りがあるはず」
「お酒なんだ」
緊張を解すのには、いいのかもしれない、と遥は思った。
悠真は促されるまま、ぎこちない手つきで二人のグラスを用意する。自分には、昨日から開けっぱなしにしていたバーボンのボトルから、琥珀色の液体を注いだ。
「あ!自分だけ強いお酒!ズルい!ちょうだい!」
凜花が悠真の腕をひったくるようにしてグラスを奪い、勢いよく煽った。カラン、と氷が鳴る。次の瞬間、彼女は顔を真っ赤にして盛大に咳き込んだ。喉を焼くアルコールの衝撃に、黒いレースの胸元が激しく上下する。
「……やっぱ酎ハイのほうがいいや」
「だろうな」と悠真が呆れた顔で言った。彼の呆れたような声に、部屋の緊張がわずかに緩んだ。
遥もバーボンのグラスを手に取って、一口飲んでみた。
「あれ?美味しいじゃん!」
「遥、強いね」
「横浜の実家が飲む家なので」
二人がさっさと酒を飲み始めているのを、悠真は手持ち無沙汰に眺めていた。妙な静けさ。
「……凜花、ぼくは……」
悠真が切り出した。あの日、彩花の帰宅と「醤油」の声に遮られた、あの言葉の続きを。
「わ、私も……あの……」と凜花。
二人の想いが重なり、そしてまた、言葉が詰まる。
「悠真さん」遥が口を開いた。「サッサと宣言すればいいでしょ?」
「え?」
「①ぼくは凜花が好き、②ぼくは彩花を選ばない、③ぼくは二人の干物じゃない。この三つです」
「……干物?」
「こっちの話です!」
悠真の困惑を無視し、遥は攻勢を強める。
「それで」遥は続けた。「あと二週間で全国模試なんでしょ?凜花は悠真さんに教えてもらうの止めるの?だったら、私が代わりに教わろうかな?」
「遥!あんた、ずっと学年トップじゃない!悠真に習う必要ないでしょ!」凜花が身を乗り出し、黒いフリルがテーブルを掃く。
「なるほど……凜花は悠真さんに習う必要はあるんだと。こういうこと?」
「……」
凜花が黙った。一本取られた凜花が口を噤む。
「悠真さんは凜花に今まで通り家庭教師をするの?エッチばっかじゃなくって?」
「……エッチ?凜花!何をどこまで遥に話したんだ!」
「……全部……」
「何だと?え~、遥はみんな知ってんの?」
「……そう……親友だもん」
「ほとんど、ぜぇ~んぶ、知ってます」と遥。
「彩花とのことも?美咲姉ちゃんとのことも?」
「ハイ、凜花が話したこと、ぜぇ~んぶ」
悠真が黙り込んだ。
「さぁって」遥は酎ハイのグラスを置いた。「どうしようかなあ?凜花が受験放棄・陸上大会放棄とか、悠真さんがまだウジウジするんなら、この話し、美咲お姉さんみたいに投稿小説にして公開しようかなあ?実名で?」
「@#!$#^%$&^!!!」
凜花が叫んだ。悠真が頭を抱えた。
「では、凜花、今まで通りね?悠真さんの大学を受けるのね?悠真さんもいいのね?凜花の面倒を一生見るのね?この面倒くさい子を?」
「遥、わかりました。降参します。凜花を一生面倒見ます」
「でも、凜花が悠真さんの大学を落ちたら?偏差値、危ないよ?」
「遥!なんてことを言うのよ!」
「いいわよぉ、凜花。覚悟が足りないのだったら、私が悠真さんの大学受けてもいいのよ?95%は合格よ?それで、このゴスロリを着て、毎日、悠真さんの研究室に遊びに行っちゃうの!ここにも遊びに来ちゃうの!それで良い?凜花ぁ~?」
「合格すれば良いんでしょ!凜花にかかればイチコロよ!」
「大丈夫ね?落ちたら、私が悠真さんを誘惑……」
「遥!あんた、処女のくせに何言っちゃってんのよ!男子を前にして何もできないくせに!」
「先輩面して、なによ!自分だって、去年の八丈島の一回と悠真さんとの二、三回しか経験、ないじゃん!」
「あんただって、私との経験しかないじゃん!」
悠真はキッチンに逃げ出した。まったく、女子は、彼女から親友に全部ダダ漏れなんだなあ、心しないと……って、『あんただって、私との経験しかないじゃん!』ってなんだ?
モタモタと業務スーパーの冷凍枝豆、揚げいももち、台湾大根餅をレンジに放り込む。それを見た凜花が、
「ああ、見てらんないわ!……って、ゴスロリ衣装が……悠真、エプロンないの?」凜花が立ち上がり、キッチンへ向かう。
「あるよ、ぼくと彩花のと……」とコンロ台の横の棚からエプロンを出した。
「あの女!業スーの冷凍食品ばっかで、エプロンなんていっちょ前に!捨ててやる!」
「凜花、あなたが悠真さんのエプロンして、私が彩花お姉さんのエプロンすれば良いのよ」
「……まあ、捨てるのももったいないか……」
悠真のエプロンをつけた黒のゴスロリと、彩花のエプロンをつけた白のゴスロリ。キッチンに並ぶそのシュールな光景を、悠真はバーボンの酔いと共に眺めていた。
悠真はまたダイニングに座って酒を呑みだした。
「ねえ、凜花。『あんただって、私との経験しかないじゃん!』ってどういう意味?」悠真の問いに、二人は包丁を持つ手を止め、耳まで真っ赤に染まった。
「……え~、あのぉ、それって『百合』の話?」
「そ、そぉです、悠真さん……あの、その、ゴスロリを二人で着ていて、ムラムラして……それで、水曜日ももう一回……」と言う遥の口を塞ごうとする凜花。
「遥!あんた、おバカなのぉ~!」
「あ、マズいこと言っちゃったか……」
《《なんていう複雑な……》》
「凜花、ぼくらの関係って……なんていう複雑な……」
「確かに!三姉妹NTRで……その今の彼女(私よね?)の親友は『百合』の関係……」
「凜花!恥ずかしい台詞を言わないで!」
「……まあ、三姉妹は解決したことだし……」と悠真。
「解決したのかなあ……なんか、モヤモヤするけど……ま、いっか!でも、彼女の親友は解決してないじゃん!」
「凜花、どういうことなの?」
「だって、まあ、元彼女の妹、つまり私でしょ?今彼女の親友、遥でしょ?まだ一辺が残ってるわ!」
「はぁ?」
「三位一体よ!父と子と聖霊の御名によって、アーメン、ってやつ」とキッチンのメモ帳に三位一体の三角形と円の複合図形を書き出す凜花。
「① 神は父である、
② 神は子である、
③ 神は聖霊である、
④ 父は子に非ず、
⑤ 父は聖霊に非ず、
⑥ 聖霊は子に非ず、
です!」
「凜花、数学が不得意で、あなた、保健体育の解剖学とか、こんな宗教の話はよく知ってるわね?」
「うるさいな!でさ、父が悠真で、聖霊が私、子が遥とするじゃん?」
「だから?」
「つまり、父と聖霊は関係あり、子と聖霊も関係あり。残りは、父と子の無関係ってことだよ」
「何を言ってんの?遥、まったく理解できない!父と子って近親相姦?」
「違う!つまりね、悠真と遥の関係がないんだよ」
「だから?」
「だから、もうこうなったら、悠真に遥の初めてを今晩もらってもらおう!」
「あなた、彩花お姉さんとのストレスで頭がおかしくなった?」
「真面目です!悠真も、もう三姉妹やっちゃったんだから、三人も四人も関係ないじゃん!彼女の親友もやっちゃおう!今晩、三人でやっちゃうのよ!」
悠真は絶句した。
悠真の頭痛はほっといて、二人は、業務スーパーの冷凍枝豆、揚げいももち、台湾大根餅を更に盛り付けた。『彩花は業スー以外、何も買ってないじゃん!』と凜花がブツブツいって、冷蔵庫、冷凍庫を引っ掻き回し、野菜と豚バラを見つけたので、それを遥が手際よく切り分けて、野菜炒めを作った。ダイニングに持ってきて並べた。
凜花が元気を取り戻して、ガンガン飲むので、酎ハイもなくなり、悠真の同じく業スーのペットボトル、2.7リットル角瓶を持ち出して、悠真と遥はロック、凜花はソーダ割りで呑みだした。
だんだん、みんなヘベレケになる。悠真は、これで酔っ払ったからバカな考えも忘れてくれるだろうと安心したら、凜花に足元を救われたことを思い出した。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。
※性描写を含みます。




