第13話 この一週間ってさ!
《《日曜日の超早朝》》
ふと目が覚めた。枕元の腕時計に目をやると、午前四時半。
カーテンの隙間から漏れる光はまだなく、世界は深い紺色に沈んでいる。
私は今、悠真の腕の中にいる。
規則正しい彼の鼓動が、私の背中に伝わってくる。幸せだ。今は、ただそれだけで胸がいっぱいになる。
意識がはっきりしてくると、私はこの一週間あったことを、まるで牛が草を反芻するように、何度も何度も心の奥で噛み締め直した。
始まりは、彩花姉ちゃんの「悠真に家庭教師を頼んだら?」という、あの何気ない思いつきだったんだよね。
私は大きな勘違いをしていた。自分はクール系で、彩花姉ちゃんは可愛い系。
でも中身は真逆だった。姉ちゃんはどこまでも冷徹で、私は……自分でも呆れるくらい、中身はドロドロに熱いケダモノなんだから。
先週の土曜日、あの穴あきのデニムショートパンツにフェイクストッキングを合わせたのだって、実はただの思いつき。
最初から悠真を挑発してやろうなんて、そんなしたたかな計算は私にはなかった。ただ寒かったから穿いただけなのに、結果として彼をあんなに狂わせるなんてね。
私もこの一週間で、ずいぶん大人になったと思う。
世の中のカップルは、キスする時に口臭なんて気にしないの?なんて、本当にお子様の考えだった。
好きな相手なら、そんなのどうでもよくなる。悠真が私の唾をすすって、私も彼の熱を飲み込んで。そんな究極の親密さの中で、臭いなんて気にするわけないじゃない。
……好きな相手。
そうなんだよね。なんで私をこんなに優しく抱きしめている男が、姉ちゃんの彼氏なんだろう。なんで。
すべての引き金は、美咲姉ちゃんが書いたあの「小説」を読んじゃったことだった。
「その代わりね、私も……して?」なんて、よくもまああんなこと言えたものだわ。「彼女の姉としちゃったんでしょ?こうなったら妹ともしちゃえば?一人も二人も変わらないでしょ!」
今思い出しても心臓がバクバクする。よくぞ言ったよ、私。あの時の私は、恐怖で震えが止まらなかった。だって経験なんてほとんどなかったし、相手はよりによって姉ちゃんの彼氏。
あの時飲んだ酎ハイ。あれ、本当に美味しかったな。すっかり癖になっちゃった。
でも、お酒の勢いを借りて言ったあの言葉が、今になって胸を刺す。
「彩花姉ちゃんと悠真がもし結婚したら……結婚式で、私と美咲姉ちゃんはどういう顔をするのかしら」
笑うわけないじゃん!泣くのよ、私は。狂うほど泣いて、全部を壊したくなるに決まってる。
この一週間で、私は「女子のリアル」をたくさん知った。
ホテルでオシッコをしたくなった時、どうやって彼にバレないように立ち回るかとか。
している最中に、あんな突拍子もないお喋りをしても、悠真なら受け止めてくれるんだってこととか。
ディープキスの時に鼻息が荒くなっても気にしなくていいし、シャワーだって必須じゃない。
それに、削岩機みたいに激しいだけが男子じゃないってことも、悠真が教えてくれた。
月曜日の、人生初のゴスロリ。
あれはただ「ゴスロリ」という衣装が受けただけだと思っていたけれど、悠真のあの顔を見ればわかる。
遥とも……あんなことになっちゃって、それはそれで良かったのかどうか、今の私にはまだ答えが出ないけれど。
彩花姉ちゃんの日が続いて、私は絶望した。
でも昨日の夜、部活帰りの私の酸っぱい汗の匂いを「ガツンとくる」と言ってくれた悠真を知って、少しだけ救われた気がしたんだ。
最後にした後、彼は私の頭を乱暴に、でも愛おしそうに撫でてくれた。
あれってさ、私は単なる「高橋彩花の妹」じゃないって、そう思っていいのかな?
悠真、ねえ。あなたは私を、一人の「凜花」という女として見てくれているの?
暗闇の中で、眠る彼の顔をじっと見つめる。
私は、もう一週間前には戻れない。
《《日曜日の早朝》》
ふと目が覚めた。枕元の腕時計は午前四時半。まだ外は真っ暗だ。
私は今、悠真の腕の中にいる。幸せだ。幸せすぎて、胸が張り裂けそうになる。
私はモンモンとしていた。いや、これまでの悶々(もんもん)とは違う。身体の火照りじゃなくて、心がぐちゃぐちゃにかき乱されて、もう眠ることなんてできなかった。
この一週間、あったことを何度も何度も反芻した。牛が草を噛み直すみたいに、何度も、何度も。
私は悠真を起こさないようにそっとベッドを抜け出した。
散らばったレギンスや下着をかき集め、トートバッグから替えの下着と、陸上部のいつものジャージを取り出した。
シャワーを浴びて、悠真の匂いと、私の情熱の痕跡を洗い流す。……寂しい。でも、こうしなきゃいけない気がした。
それからキッチンに立ち、ご飯を炊いて、昨日の残りの食材と味噌汁を作った。
午前七時。私は、ジャージ姿の「普通の高校生」に戻って、悠真を起こした。
「……ん、凜花?もう起きてたのか。っていうか、その格好は……」
悠真が寝ぼけ眼で、私のジャージ姿を見て不思議そうに首を傾げた。
私は黙って味噌汁を出し、食卓についた。温かい湯気が、私の視界をさらに曇らせる。
「あのね、悠真、悠真と同じ大学と学科を受けるっていうの、あれ、冗談。……私、筑波に行こうと思う」
悠真の手が止まった。
「……また急になんでだよ。あんなに、後輩になるって意気込んでたのに」
「それはね……あ~あ、あ~あ、あ~あ……っ!」
私は我慢できなくなって、テーブルを拳で叩いた。
「……それはね……!なんで、私は彩花の妹なのよ!なんで、彩花姉ちゃんは悠真の彼女なの!なんで私は、悠真の彼女の『妹』じゃなくて、悠真の『凜花』という彼女になれないのよ!ヤダ!ヤダ!もう、ヤダぁ!」
私はテーブルに突っ伏して泣いた。
「号泣」という言葉は知っていたけれど、ああ、これが号泣なんだ、と思った。身体中の水分が全部、目から溢れ出してくるみたいだった。
悠真が慌てて立ち上がり、私の肩をさすろうとする。
「凜花、落ち着けよ……」
「いいんだよ、悠真!ほっといてよ!気まぐれな女子高生なんだから……ほっといて!」
私は彼の掌を振り払った。触れられたら、また決心が鈍ってしまう。
「……あのさ、彩花姉ちゃんが今日帰ってくるでしょ?いつここに顔を出すかわかんないでしょ?だから、私は普通のジャージを着る。朝食が終わったら、平気の平左で悠真に勉強を教わる。もし姉ちゃんがここに来たら、ニコッと笑ってこう言うのよ。『あら?早いじゃん。昨日は家で悠真に習ったところを復習して、今日も朝早くから邪魔しに来てたんだよ』って。わかる?わかる、悠真?私の気持ち、わかるの!?」
自分の声が、悲鳴みたいに部屋に響く。
「いいよ、何も言わなくて。わかったような顔で慰めてほしいわけじゃない。悠真だって安心でしょ?私が茨城県の大学に行けば、彩花姉ちゃんとの仲を邪魔されなくて済むんだから!」
「凜花……」
「わ~ん、わ~ん!私、何泣いてんのよ!筑波に行って、イケメンの彼氏作って、悠真となんて比べものにならないくらい濃密なエッチして、彼と結婚して、バカスカ子供産んで、私、絶対に幸せになっちゃうんだからね!凜花はそっちで幸せになるんだから!わ~ん、わ~ん……っ!」
私は、身体を小さく丸めて、私は子供みたいに声を上げて泣き続けた。
私の進路は、決まった。
悠真を奪いきれない自分からの、惨めな逃走。
でも、この一週間の熱い記憶だけは、どんなに遠くへ行ってもルミノール反応みたいに、私の心に一生、青白く残り続けるんだろうな……。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。
※性描写を含みます。




