第12話 私の進路決定!
《《土曜日の夜》》
ソファーベッドが軋む音と、私たちの肉体がぶつかり合う卑猥な音が部屋に充満している。
悠真が私の背中から覆いかぶさり、太ももを強く掴んで突き上げてくる。頭が真っ白になりそうな快感の波の中で、私は、今日の電車の中で見た広告をふと思い出した。
悠真に根元まで挿れられて、喉の奥から熱い喘ぎが漏れる。その最中、私は唐突に、脳の片隅で疑問を思いついた。
「ねえ……っ、ねえ、悠真。村上春樹の小説ってさ、ドンドンドンドン面白くなくなるよね?」
「……ああ、それは賛成。……(ニュルン、ニュルン)……って、なんで今、村上春樹なんだよ」
悠真はもう、私のこういう突拍子もない話題転換に慣れてきたみたいだ。腰を動かすリズムを崩さずに、掠れた声で返してくる。
「今日、電車の吊り広告で、彼の名前があったのよ。私は初期の『ノルウェイの森』が好き……。でもさ、最後の方で、レイコとワタナベトオルがセックスするシーンで……あ!そこ!いい、逝く……!……そのシーンで、レイコがトオルに言うじゃない。『ここよ、このへん。おへその少し下。ここを押されると、私、なんだかすごく感じるの』って。……あれ、なんで?」
私は感じまくっているはずなのに、頭の半分は真顔で悠真に問いかける。
「う〜ん……」と、二重の意味で唸る悠真。「つ、つまり、『おへその少し下』って、東洋医学的に丹田だろう? 丹田の下には……うう、くっ……膀胱があって、その後ろに子宮があるはずだ。だから、腹壁の上から膀胱や子宮が直接圧迫されて、内側から刺激される……っていう意味が、あるんだろうね」
「そっかぁ……今がその時だね……あ!ダメ、そこ!……そこ、トオルのように押してみて!」
やれやれと言いながら、悠真が私の丹田のあたりに、拳を当てて軽く押し込んだ。
「うわぁ!なんか、お腹の方から抑えつけられて、悠真のアレに無理やり押し付けられる感じが……うわぁ、これいい!癖になる!正常位、好き!……逝く、逝くぅ!」
一回目が終わった。
身体中、汗と愛液でベトベトになった私たちは、一緒にシャワーを浴びる。狭いシャワー室で、お互いの身体を洗い流しながら、私の手は勝手に悠真のアレに伸びていた。
指先で弄っているうちに、またすぐに、あいつは臨戦態勢に入ってしまう。
二回目、開始。
「ねえ。彩花姉ちゃんと初めてした時、悠真と姉ちゃんは初体験だったの?」
連結したまま、私はずっと気になっていたことを聞いた。
「……まったく、こんな時に。ぼくは、高校の頃に経験済みだったよ。彩花は初体験だった」
「そうするとさ、血がドバドバと出たの?」
「……いや、そうでもなかったな」
「そうかぁ……ねえ、ドラマの殺人事件とかで、血液を発見する時に『ルミノール反応』って使うじゃん?」
「……今度はルミノール反応なのかよ」
「いいじゃん、教えてよ。あれの原理って、何?」
悠真は、私の長い脚を肩に担ぎ上げながら、苦笑まじりに講義を始めた。
「今日は生物の課題か?……確か、アルカリ性のルミノール試薬と過酸化水素の混合液に、血液中のヘモグロビンに含まれる成分が触媒として反応するんだ。すると、青白く発光する。これが化学発光だよ」
「ドラマだと、時間が経っても、洗っても反応するよね?」
「ああ。成分は安定しているから、数年前の血痕でも、洗った後でも反応するはずだ」
「悠真、物理科なのによく知ってるね。文学も生物も。悠真といると、凜花、どんどん賢くなる!」
「……まずは、大学に合格しないとな。……ああ、凜花、いい!気持ちいいよ……!」
私は、確信した。
私の進路は、もう決まった。悠真と同じ大学の、物理学科だ。
それってつまり、彩花姉ちゃんと同じ大学ってこと。
《彼女の妹の進路》
またまた、唐突にぼくの身体の下で嬉しそうに凜花は言い出した。
「凜花、決めたよ!大学と学科はね、悠真と同じにするんだ!」
「はぁ?」
「そう。絶対に合格する!春からは、悠真の後輩になる!」
「彩花の後輩でもあるんだよ?」
「彩花姉ちゃんなんてどうでもいい!悠真の後輩になる!」
「だって、願書は?」
「理系だから、単位は問題なし。一般選抜の出願期間は、1月7日から2月9日だもん。それまでに、高校の内申書と卒業(見込)証明書を準備すればよいのよ」
「やれやれ……本当にやれやれだ……」
想像しては冷や汗を流す毎日だったはずなのに。いつの間にか、ぼくは凜花という個体に、理屈抜きで惹きつけられていた。
最初は、その圧倒的な身体の美しさに目を奪われた。167センチの長身、陸上で鍛え上げられたしなやかな筋肉。ゴスロリの衣装に身を包んだ時のアンバランスな魅力や、今日の部活帰りで見せた、剥き出しの生命力そのもののような「酸っぱい汗」の匂い。
でも、それだけじゃない。凜花は、ぼくの知っている誰とも違っていた。
美咲のような無軌道な奔放さでもなく、彩花のような計算された完璧さでもない。彼女は、自分の欲望にも、嫉妬にも、そして知的好奇心にも、驚くほど真っ直ぐで誠実だ。
セックスの最中に、突然村上春樹や物理法則について問いかけてくるその支離滅裂さ。「おいしくないね」なんて、嘘の一つもつけない残酷なまでの素直さ。そして何より、姉への劣等感を「勉強」という武器で塗り替えようとする、その健気な執念。
(ああ、ぼくは……この『ケダモノ』のような純粋さに、救われているのかもしれない)
彩花といる時のぼくは、常に「正しい彼氏」であることを求められている気がしていた。でも、凜花の前にいるぼくは、ただの「悠真」でいられる。彼女の突拍子もない問いに答え、彼女の飢えた身体を満たし、共に汗を流す。それは、理想気体の状態方程式 PV = nRT のように、極めてシンプルで、けれど逃れられない物理法則のようだった。
ぼくの視界の端で、凜花が誇らしげに笑っている。彩花の妹としてではなく、一人の女性として。
「……凜花」
「なあに、悠真?」
ぼくは彼女の頭を乱暴に撫でた。
このまま進めば、間違いなく地獄が待っている。
ぼくと彩花と同じ大学に凜花が入れば、均衡は完全に崩壊し、不可逆な破滅へと突き進むだろう。それでも……ぼくの腕の中にいる、この熱心な「教え子」を、ぼくはもう手放せそうになかった。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。
※性描写を含みます。




