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第9話(2) 非彩花の日

 私は、噛みかけた角煮を飲み込みそうになった。


 テクニシャン。


 悠真も、その彼女の姉ちゃんも、なんて的確で、残酷な言葉の使い方をするのよ!


(そうね、知ってるわよ!彼はテクニシャンよ!教えるのも、身体の感度を引き出すのも!あなたも火、水、木とその『テクニシャン』に、中までめちゃくちゃに解きほぐされたんでしょ!?クソっ……!)


 頭の中に、悠真の手が姉ちゃんの白い肌を愛撫する光景が、フラッシュバックのように焼き付く。


 美咲姉ちゃんの「隠し箱」にあった、あのオモチャの振動。それを遥に押し当てられた時の、冷たい快感。そして、月曜日の夜に私の中にあった、悠真の「本物」の熱さ。


 すべてが混ざり合って、私のショートパンツの中が、姉ちゃんの目の前でじわりと熱を帯びていく。


「……そうね。確かに、分かりやすいわ。物理の熱力学なんて、彼に教わって初めて『熱』がどう伝わるか理解できたし」私は皮肉を込めて、そう返した。


 姉ちゃんはフッと微笑むと、再び角煮に箸を伸ばした。


「そう。受験が終わるまで、しっかり『吸収』しなさい。彼のいいところを全部ね」


 姉ちゃんの言葉が、まるで私の「盗み」を許容しているようで、あるいは「最後には私の元に帰ってくる」と宣言されているようで、私はただ、自分の作った角煮の味さえ分からなくなるまで、それを噛みしめるしかなかった。


「ところで、化学実験も無事終わってさ、研究室で小旅行をするのよ。明日、明後日と。だから、この土日は、悠真に朝から晩まで教えてもらいなさい。悠真にもたのんどいたから」


(ナニイィ!あんた、知ってか知らずか、空腹の猫の前に干物を置くつもりなんか?)


「……ええ?土日……私、遥と買い物したいな……」と心にも無いことを言う私。

「調べたら、もうすぐ全国統一模試じゃないの?あなたの偏差値じゃあ志望校は無理よ!悠真に習いなさい!なんて、妹思いの姉なのかしら?」


(妹思いの姉……確かに、そうだ)


「その代わり、偏差値が模試で上がらなかったら、私と悠真二人で教えるわ!」


(あんた、その『私と悠真二人で教えるわ』って、美咲姉ちゃんで経験済みでしょ?……つまり、今度は、彩花姉ちゃんと私と悠真?)


……妄想が止まらなくなった。イカン!


「わかったわよ。姉ちゃんと悠真にゴリゴリされたら、頭が爆発するわ。せいぜい、模試まで姉ちゃんの悠真を借りて偏差値を上げるように努力します!」


《《地獄の部屋シーン》》


食事が終わった。


彩花姉ちゃんは、料理は壊滅的だけど、洗い物と後片付けだけは機械のように効率的にこなす。その「完璧な妻」みたいな背中を見ているだけで、私は逃げ出したくなった。


「凜花、化学のテキスト見せてもちょうだい。どこが弱点か、私も把握しておかないと。土日は悠真が付きっきりなんだから」


 姉ちゃんはそう言うなり、私の返事も待たずにスタスタと私の部屋へ向かった。


 「ちょっと、待って!」と叫ぶ間もなかった。あのアパートでの美咲と彩花と悠真の時と同じ、絶対的な侵略者の足取り。


 案の定、姉ちゃんの目は、クローゼットにかけてあったあの衣装を見のがさなかった。


「……あら。ゴスロリなんて、凜花は着るの?」


(ギクッ!!)


 私の心臓が、今日何度目かの停止を告げた。


 月曜日に悠真の部屋から帰ってきて、名残惜しくて洗わずに抱きしめていた、あのソフトゴスロリの衣装。フリルの隙間には、まだ悠真の匂いや、私自身の……あの時の熱が染み込んでいるはずの、最高に「汚れた」証拠品。


「あ、いや……それは、遥に無理やり着せられたっていうか……!」

「ふーん。いいじゃない。私も着てみたいわ」


 姉ちゃんは平然と、その黒いティアードスカートを手に取った。


 そして、私の目の前でスルスルとニットワンピースを脱ぎ捨てると、あろうことか、私のゴスロリを試着し始めたのだ。


 お、お~い! OMG!


 それ、まだ洗ってないんだよ! 悠真の体液がついているかもしれないんだよ!


「……あら、凜花のほうが背が高いけど、意外と着られるわね」


 鏡の前でくるりと回る姉ちゃん。


 167センチの私の身体に合わせて買ったゴスロリは、少し小柄な姉ちゃんが着ると、スカートの丈が絶妙に長くなり、それが逆に「清楚なドール」のような、私とは違う、別の意味で破壊的なエロティシズムを放っていた。


「ねえ、凜花。これ、今度貸してね。これ着て悠真の前に現れたら、あいつ、どんな反応するかしら?」姉ちゃんが、鏡の中の自分を見つめながら、ゾッとするほど艶やかな笑みを浮かべた。


(死んじゃうよ。悠真、絶対にショック死しちゃうよ!)


 妹が着ていたのと同じ服を、翌週に姉が着て現れる。 悠真にしてみれば、それは「お前らのことは全部お見通しよ」という姉ちゃんからの死刑宣告に他ならない。


 それを知ってか知らずか、姉ちゃんはチョーカーのレースをいじる。 その首筋、私が昨日必死に探した悠真の「痕跡」が、黒いレース越しに笑っているように見えた。


「……それにしても、いい匂いね。これ、何の香水?」

「あ、えっと……遥の香水じゃないかな!」


 私は必死で誤魔化した。 違う。 それは悠真の匂いと、私の情熱が混ざった、この世で一番不潔で愛おしい匂いだ。 それを「本妻」が纏って、悦に浸っている。


「そう。……いいわ。 明日、明後日は悠真をたっぷり貸してあげる。 私がいない間、その偏差値と一緒に、女としての磨きもかけなさい。 ……『テクニシャン』の彼に、ね」


 姉ちゃんは服を脱ぎ捨て、私にその「お下がり」を投げ返した。


 クローゼットへ戻されたゴスロリは、姉ちゃんの体温を吸って、さっきよりもずっと不穏な熱を帯びている。


 明日から、土日。 二日間、悠真と二人きり。


 空腹の猫の前に、干物が投げ出される。

 

 姉ちゃんの言う通り、偏差値も、感度も、全部「吸収」してやるわよ。


 でも、もし、姉ちゃんが言っていた「二人で教える(3P)」なんて状況になったら……。


 私の頭は、冬季練の負荷よりもずっと激しく、今にも爆発してしまいそうだった。



※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。

※性描写を含みます。

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