第1話 奔放な彼女の妹
土曜日の夕刻、四谷のアパートで佐藤悠真は一人、夕飯の支度をしていた。
1K、わずか20平米の部屋は彼らしいミニマリスト仕様で、ニトリで買った多機能ソファーベッド(ソファーにもベッドにもなるやつ)、ガラステーブル、作業用も兼ねたダイニングテーブル、そして小さなミニレンジだけが置かれている。余計なものは一切ない。
悠真は手際よく、余って少し酸っぱくなったキムチと豆腐でスープを煮立て、業務スーパーの冷凍餃子をレンジで温め、ブロッコリー、カリフラワー、インゲン、キャベツと豚こま肉をサッと炒めた野菜炒めを完成させた。同じく業務スーパーで買った安いバーボンをグラスに注ぎ、氷を入れてロックにする。
香ばしい湯気が立ち上り、ようやく「さて、食べようか」と箸を手に取ったその瞬間……。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
「まったく、タイミングの悪い。誰だろう?」悠真はため息をつきながら玄関ドアを開けた。
玄関先に立っていたのは、恋人・高橋彩花の妹、高橋凜花だった。
小柄で愛らしい彩花とはまるで違う。陸上部に所属していて、167センチの長身でスラリとしたプロポーション。小顔で、少々いかり肩を本人は気にしているというが、それがまた凜花のクールな美しさを引き立てている。彩花のような「可愛い系」ではなく、整った顔立ちの「美人」だった。
「凜花、どうしたの?」
悠真が驚いて尋ねる。以前、悠真の引っ越しを手伝いに彩花と一緒に来たことがあり、この住所を知っていても不思議ではなかった。凜花は高校3年生、18歳。大学受験真っ最中。女子のくせに彩花と同じ理系志望だという。
「悠真!勉強教えて!」
彼女の妹だろうが、女子高生を部屋に入れるのは……と悠真は一瞬躊躇した。
そのとき、凜花の格好に視線が釘付けになる。
ピーコートは上品で良い。インナーのスヌーピーがプリントされたダブダブのジャージも、まだ可愛らしい。しかし、ジャージの裾からは、アメリカのモデルが履いていそうなデニムの穴あきショートパンツが覗いていた。
尻を半分しか覆っていない、ほとんど布切れのような短さ。寒い冬の夕刻なのに、黒のストッキングにヒールなしのパンプスという格好だ。
長く引き締まった脚が、ストッキングの薄い光沢に包まれて艶やかに輝いている。穴あきデニムのフリンジから覗く白い太ももの肌が、冷えた空気の中でほのかに紅潮しているように見えた。
「そんな脚を出して寒くないのか?」悠真が思わず訊くと、凜花は悪戯っぽく笑って片足を少し前に出した。
「え?これ?これはねえ、フェイクストッキングなんだよ」
「フェイクストッキング?」
「素肌に薄手のストッキング一枚に見えるでしょ?でもね、ストッキングみたいな透け感はあるけど、実はタイツなんだ。厚手なんだよ。触るとわかる!悠真、触る?」彼女はそう言いながら、ストッキングに包まれた太ももを軽く手のひらで撫でてみせた。サラサラとしたナイロンの感触が、悠真の視界の中で妖しく光る。
「……」悠真は言葉を失った。
(彩花の妹だぞ……高校生だぞ……こんな夜に、こんな格好で……)
理性が警鐘を鳴らす。しかし、立たせているのも何だか悪い気がして、結局悠真は凜花を部屋の中へ招き入れてしまった。
断りもなくズカズカと部屋に入ると、凜花はダイニングテーブルにドシンと座り込んだ。長身のせいか、椅子に座っただけで部屋が狭くなった気がする。ショートパンツの裾がさらに捲れ上がり、ストッキングに包まれた太ももがテーブルの下に大胆に広がった。
「彩花姉ちゃんに数学、物理と化学を教えて!って頼んだら『忙しい!時間ない!あ!そうだ!悠真が暇だろうから、悠真に頼めば』と言われたの」
「教えるのはやぶさかじゃないけど……連絡してくれればよかったのに」
「あ!忘れてました!善は急げとばかりに……」と凜花は肩にかけたトートバッグを開き、「テキストとノートをバックに突っ込んで家を出ちゃったのよ!メンゴ!」
凜花がテーブルの上に目をやり、目を輝かせた。
「え?自炊してんの?美味しそうじゃない!私、お腹すいてんだよ」
彼女は小首を傾げてそう言い、普段のツンケンした態度とは裏腹に、天然ボケのかわいい表情を浮かべた。ストッキングに包まれた長い脚を軽く組み替え、テーブル下で悠真の視界にその艶やかな太ももをさらりと晒しながら。穴あきデニムのフリンジが、ストッキングの黒い光沢とコントラストを成し、まるで誘うように揺れる。
「しょうがないなあ」悠真が苦笑すると、凜花はすぐに立ち上がった。
「ねえ、まだわたしの分、ある?」
「あるよ。キムチスープはあっためないといけないけど。餃子は焼かないと……」
「あ、私、やるから。座って食事を続けて」
勝手に2ドアの冷蔵庫の下を開け、冷凍庫の餃子を取り出す。コンロの上にそのままにしてあったスクエアのフライパンに油をたらして焼き出した。スープを温め直し、炊飯器からご飯をよそう。手際が驚くほど良い。長身の凜花がキッチンに立つと、ショートパンツの裾がさらに短く捲れ上がり、ストッキングに包まれた尻のラインがくっきりと浮かび上がる。悠真は慌てて目を逸らした。
「エヘヘヘヘ、彩花姉ちゃんの夫婦茶碗と箸を拝借!」と、彼女は悠真の正面に座った。
「彩花が怒るよ。お客さん用の茶碗もあるのに……」
「なに、それ?姉ちゃんの所有欲?これ、夫婦茶碗、姉ちゃんが無理やり買わせたんだって?」
「まあね……」
「二人が別れたらどうする気なんだろうね?姉ちゃんは?」
「あいつはそこまで考えちゃいないよ」
「脳天気よねえ、彩花は」
凜花はそう笑いながら、熱々のキムチスープを一口啜った。唇に付いた赤い汁を舌で舐め取る仕草が、妙に色っぽい。
「ねえ、悠真、質問!」
「なに?」
「キムチスープでしょ?ニンニク入り餃子でしょ?これを食べたあと、世のカップルは、さて、チュ~しましょという時、口臭を気にしないもんなの?」
悠真は箸を止めた。「いや、どうなのかな……ぼくらの場合だと、そんなの気にならないかな?どうせ、唾が混ざりあって……って、凜花!なにを言わせるんだ!」
「しゅごい!生々しい!『どうせ、唾が混ざりあって』なんて!」
凜花は目を丸くして笑い、ストッキングの脚をテーブル下で悠真の膝に軽く触れさせた。ナイロンの滑らかな感触が、ズボン越しに伝わってくる。
「だってさ、彩花がチュ~しましょって言って、『あ!ちょっと待って!歯を磨くから。お前も磨けよ』なんて言ったらリズムが壊れるじゃん?」
「そぉかあ。彼氏、彼女の段階から階梯がもう一段上がって、夫婦茶碗レベルになると、もうニンニクも何も気にしない境地に達するんだね?」
「変な言い方」
「だってさ、凜花、そのレベルって知らないもん」
「凜花は今は……」
「え?彼氏?いないよ。空き家だよ。凜花、寂しいんだよ。おまけに毎日受験のお勉強でストレス溜まるわよ。もう、悶々」
「悶々……」
「悠真!変な想像しないで!」
「し、してません!」
馬鹿な話をしながら食事が終わった。
「後片付け、私やるから」と凜花はサッサとキッチンに立ち、洗い物をテキパキと終えた。長身が屈むたび、ショートパンツの裾が危険なほど上がる。
ダイニングテーブルの上を台布巾で拭くと、彼女はテキストとノート、筆記具を広げだした。
「対面じゃ、教われないよね?」と悠真の隣にぴったりと座る。
(おそわれない……襲われない……)と悠真は変なことを考え、内心で自分を叱った。凜花の体温がすぐそばにあり、スヌーピーのジャージ越しに柔らかな胸の膨らみがわずかに揺れる。ストッキングの脚が、椅子に座った悠真の太ももに軽く触れている。
テキストを広げ、凜花がため息をついた。「悠真!力学、電磁気学、原子はなんとかなるけど、熱力学と波動は私ダメだわ。ボイル・シャルルの法則、気体分子の運動、気体分子の運動エネルギー、これ、基礎から教えて」
悠真が説明を始めると、凜花は真剣に頷く。
「まだ、ボイルの法則はまだいいね、変数は圧力と体積だから。でも、シャルルの法則では、変数に温度が出てくる。『圧力と質量が一定のとき、気体の絶対温度 T は体積 V に比例する』と絶対温度T=ケルビンが出てくる」
「フムフム」と凜花が頷き、長い髪が悠真の肩に触れる。
「絶対温度 T [K=ケルビン] は、普段ぼくらの使っているセルシウスじゃない。1度毎の温度間隔はセルシウスと一緒だけど、セルシウスが氷点を0℃基準にしているのに対して、絶対温度ケルビンは、物理的に考えられる最低の温度を基準にしている。セルシウス、マイナスの273.16℃が0°Kだ」
「それ、ラテン語?」と凜花がボケるが、悠真は無視して続ける。
「物質を構成する原子の熱運動が完全に停止する温度だ。みんな止まっちゃう。分子も原子も中性子も電子も運動が止まる。電子のスピン運動というのがあるけど、みんな止まる。そういう究極の温度なんだね。そんなことは受験にあまり関係ないと思えるけど、それを踏まえた上で、ボイル⋅シャルルの法則を考えてみると……理想気体は……理想気体の状態方程式は……アボガドロの法則は……これらは試験に絶対に出るからね。よく理解して、ひっ掛け問題も回避しないと……」
凜花がウンウン頷いてノートを取る。悠真が彼女の書いた回答の箇所に顔を近づけて「これ違う!」と言うと、「あ!そうかあ、反比例だものね?」と凜花。
二人の顔が近い。息が混じり合い、凜花の甘いシャンプーの香りと、さっき食べたキムチの残り香が悠真の鼻腔をくすぐる。ストッキングの脚が、悠真の膝にぴたりと押し当てられたまま離れない。
しばらく経った。
「ねえ、悠真ぁ……」
「なに?次は数学?」
「違うよ。あのさ……」
「何?」
「……悠真、美咲姉ちゃんとしちゃったの?」
「え?え?凜花、何をいうんだ」と悠真は慌てて身を引こうとしたが、テーブルが邪魔で逃げられない。
「したんでしょ?白状なさいよ」
「美咲姉ちゃんは彩花の姉だよ」
「姉だろうと、妹だろうと、母だろうと、したんでしょ?実はね、美咲姉ちゃんがパソコンに書いてるのを内緒で読んじゃったんだよ、私」
「えええ?」
「彼女、創作サイトに小説を投稿してるじゃん?その作品の中で、名前を変えているけど、あ!これ、彩花と悠真のことじゃん!という話があったんだよ」
「……」
「すごいんだよ。悠真みたいな登場人物と美咲みたいな彼氏の姉がね、コタツで脚があたって、それから、姉の手が彼氏の股間に伸びて……彼氏の手を自分のアソコに押し付けて……彼氏の指がショーツの中に差し入れられて……濡れ濡れとかさ、書いてあるんだよ。ポルノだよ。R-15に抵触するよ……って、そういうの、読んじゃったんだ。だから、あ、これは実話だ!ってピンときた」
「……」
「したのね?」
「……成り行きで……」
「ふ~ん、いいよ、彩花姉ちゃんには黙っとく」
凜花はそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。ストッキングの長い脚を悠真の膝の上にゆっくりと乗せ、ナイロンの滑らかな感触を擦りつけるように動かす。
「その代わりね、私も……して?」
「ちょっと、凜花!」
「彼女の姉としちゃったんでしょ?こうなったら、妹ともしちゃえば?一人するのも二人するのも変わりないじゃん!」
「美咲姉ちゃんとは不可抗力でさ……」
「だぁから、私ともその不可抗力を行使しようよ、ね?ね?」
部屋の空気が一瞬で熱を帯びた。
悠真の理性は、再び激しく警鐘を鳴らし始めた――しかし、テーブルの下で絡みつく、167センチの長身のストッキングの脚は、悠真の抵抗を嘲笑うかのように、ますます強く彼の太ももを締め付けて離さなかった。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※飲酒喫煙シーンが書かれてあります。
※性描写を含みます。




