5話
噂をすれば影とよく言ったもんだ。あれほど行方が気になっていた春咲さんが、今まさに前の前に現れた。
でも…なんて声を掛ければいいんだ。
予想もしなかった突然の出会いに、俺は戸惑って頭がうまく回らなかった。そしてあれは春咲さんも同じだったのか、彼女も戸惑ったように体をこわばらせていた。
「ご、ごめんなさい。人がいるとは思わなくて」
春咲さんは頭を下げた。そして頭を上げるや否や背を向けて中へと逃げようとした。俺は慌てて春咲さんを呼び止めた。
「春咲さん、ちょっと待って」
春咲さんはビクッとして肩が跳ねた。そして体を震わせながら振り返った。
「どうして私の名前を…。まさか私のこと、知ってる?」
「知ってるっていうか、名前しか」
「…じゃあ、私についての噂、知らない?」
春咲さんの肩がかすかに震えているのが目に入った。
「少しだけ」
今朝、雄太から少し聞いたのが全部だから。
そう何気なく返事をしたせいか、春咲さんの表情はわかりやすいほど暗くなった。
「そぉう、なんだ」
春咲さんの肩が落ちた。
やばい、俺なんか言っちゃいけないことでも言ったのか。あ! まさか。
「でも俺、噂なんか全然信じないから。春咲さんがそんな人には見えないし」
「……本当に?」
「本当。そもそも噂は噂に過ぎないし。本人から直接聞くのが一番大事なんだから」
俺の言葉に、春咲さんは目を丸くした。
春咲さんだって人間だ。自分の悪い噂は耳にしたはずった。いや、むしろ誰よりもよくわかっているかもしれない。そして誰よりも自分の噂に敏感なはずだった。
なのに、俺が噂を知ってるって言っちゃったから。
でも、あの表情は…大丈夫ってことだよな。ふう、よかった。と安堵のため息を吐いた。その時
「ひっ、ひぐっ」
ん? ひぐっ?
突然聞こえてきた鳴き声に、俺は顔を上げ春咲さんに目を向けた。春咲さんの目には涙が溜まっていた。すぐにでも落ちそうだった。やがてその涙は頬を伝い、ついに春咲さんは泣き出してしまった。
いきなりの号泣に、俺はすごく戸惑った。
「だ、大丈夫? どうして急に泣くんだ」
「そ、それが…そんなひゅうに言ってくれた人お、あな、あなたが……あなたがひゃじめてでぇ」
春咲さんはわんわん泣きながら言った。そのため発音はぐちゃぐちゃで、ほとんど聞き取れなかった。
「ごめん、きゅ、急に泣いちゃって」
一度溢れた涙は止まることを知らず、ひたすら春咲さんの頬を伝って落ちていった。そんな春咲さんの様子に、俺はどうにもすることもできず立ち尽くした。
これどうすればいいんだ。
短いと言えば短く、長いと言えば長い十七年の人生の中で、俺は今最も難しい難題に逢着していた。




