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38話

 最も会いたいけど、今最も出くわしたくない人。その人が今目の前にいた。


「ダメ。見ないで」


 と言ってみたけど、距離があって高橋には届かなかった。かえって高橋こっちへ歩いていっていた。私はもう一度大声を上げた。


「見ないで!」


 その声に高橋は少し驚いたのか足を止めた。私はその隙を逃さずパッと立ち上がった。すると、石川は戸惑って言った。


「いきなりなに」


 石川の声に、私は無視した。今、石川などどうでも良かった。今私がするべきことはたった一つ。ここから逃げ出すことだった。

 私は高橋とは正反対の方向に全力で走って逃げた。


「春咲てめぇ、待て。戻って来いよ!」

「春咲さん!」


 背後から石川と高橋の声が私を呼んでいたけど、無視した。無視してただ逃げた。

 ずっと走って走ってただ走り続けた。休むこともなく、ただひたすら走った。どれほど走ったのだろうか、ふと気がつくと、いつの間にか私は学校の屋上に立っていた。

 私は力なくしゃがみ込んだ。


「どうしよう。高橋に見られちゃった」


 他の誰にならどうでも良かった。だが、高橋にだけはそんな姿見られたくなかった。

 彼の前には普通の女の子でいたかった。いじめられっ子ではなく、普通な女の子として見て欲しかった。

 だがあんな姿見られたかったら、それはもう無理だろう。

 多分これから私のこと避けるだろう。自分まで巻き込まれるかもしれないから。最悪の場合、私と話してもくれないし、会ってもらえないかもしれない。


「詰んだ」


 胸の奥で何かがぷつりと切れたような気がした。何もかも投げ出してしまいたくなった。全てが無意味に感じて、こんなふうに生きてて一体何の意味があるのだろう。そんな考えまで浮かび始めた。


「死にたい」


 ぽつりと呟きながら顔を上げると、屋上の手すりが目に入ってきた。その瞬間、私は何かに取り憑かれたように静かに立ち上がって手すりの方へゆっくりと歩いていった。


 死のう。

 死ねば全てが楽になるはずだ。死ねばもう不安がる必要もなくなるし、死ねば全部終わらせるはずだ。たとえそうじゃなくても今よりマシだろう。


 私は手すりを乗り越えた。幸いに手すりがそれほど高くなく超えるのに苦労はしなかった。


「高い」


 いつもなら怖くてすぐ帰ったはずだけど、不思議にも全然怖くなかった。むしろ心地よかった。

 多分ここで落ちたら確実に死ぬだろう。

 しかも下には珍しく人がいなかった。普段この時間には人が多いのに、今は誰もいなかった。


「良かった。誰にも迷惑かけずに死ねる」


 天も私の死を手伝ってるようだった。

 私は深く息を吐いて心の準備をした。心の準備をするのに、それほど時間は掛からなかった。ただ早く終わらせて楽になりたい気持ちが大きかった。三回くらい息を吐いたところ、心が平穏になりいつでも飛び降りられるようになった。


「こうなると分かってたら一年前に死ねば良かった」


 無駄に一年を耐えた私が情けなくてバカみたいだった。小さくため息を吐いて虚空に足を踏み出している中、突然誰から私の名前を呼んだ。


「春咲さん! 待ってぇ」


 聞き慣れた声に私は足を止めて振り返った。そしてそこには予想通り高橋が息切れしながら立っていた。

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