34話
あの日から、私はお昼休みになるとよくあの人と屋上で会っていた。待ち合わせとかじゃなかった。ただお昼休みに屋上へ行くといつまそこに彼がいて自然に合わせるようになっただけだった。
彼と話して笑う時間が好きだった。一緒にいると楽しくて、ちゃんと私を見てくれて心地よかった。最初は一人になりたくて屋上へ行こうと思ったのに、いつの間にか私は彼に会いに屋上へ行くようになっていた。
「ところであんたのお名前教えてくれる?」
「俺の名前?」
「そう、恥ずかしいんだけど、まだあんたの名前を知らなくて。教えてくれる?」
「そういやまだ言ってなかったね。ごめん。高橋だよ。高橋晴翔」
高橋晴翔と呼ぶんだ。
私は忘れないように、彼の名前を頭の中にしっかりと刻み込んだ。
高橋と一緒にいられる時間はお昼休み。たかが一時間ほどだった。いや、厳密に言うと一時間もない。でもその短い時間があまりにも楽しくて、石川や他のことを全部忘られるほどだった。できればお昼休み以外にもたくさん話したかったけれど、他の人の前でそんなことしたら高橋まで変な噂に巻き込まれてしまうかもしれない。だから、人前では知らないふりをしていた。
高橋のおかげで楽しい日々を送っていた。けれど、いじめが完全になくなたわけじゃなかった。高橋と知り合って一、二週間ほど経った頃のことだった。その日もいつもの通り、高橋に会いに屋上へ行っていた時だった。
「春咲久しぶりじゃん」
屋上に続く階段の前で、石川が私を待ち構えていた。石川は微笑みながら近づいてきて私の肩に腕を回した。
「最近どこ行ってた。忘れるところだったよ」
「……」
私は怯えて声が出て来なかった。すると石川はチッと舌打ちをした。
「また黙って何も言わないつもりかよ。まあいいけど。春咲、ついて来い」
石川は私を強引に引きずっていった。私は抵抗もできずただおとなしく石川に引きずられた。
「着いたよ。顔上げて」
石川の声に顔を上げてみた。
こ、ここは。
体育館の裏だった。ここの風景を見るや否や忘れていた記憶が一気によみがえってゾッとした。
忘れていた。ここでの記憶を。
体が震え息が荒くなってきた。そんな私の様子など石川は気にも留めずそのまま壁に押し付けて鋭い目で睨みつけた。
「春咲私たちのこと避けてたよね?」
「ち、違う…そんなこと」
乾いた音と同意に頬に激しい痛みが走った。
痛い…。
痛みに目に涙が溜まった。
「ねぇ、そんな見え見えの嘘に私たちが騙されると思った? バカにしてんのかよ」
「違う。そ、そうじゃなくて」
「じゃあ答えなさい。避けてたでしょ?」
「そ、それは」
怖い。怖い。怖い。
怖くて石川と目を合わせることができなかった。俯いて視線を逃そうとしたけれど、石川はそれを許さなかった。頬を掴まれて無理やり顔を上げさせられた。自分に向けるように、逃げられないように。
「私ね、春咲のそういうとこ昔から嫌いだったんだ。すぐ嘘つくでしょ。だからもう素直に答えなさい。避けてたよね?」
優しいようで、全く優しくない声が恐怖を煽った。
「ねえ、答えなよ。人が聞いてるでしょ」
「……」
「避けてたよな!」
どうしても声が出なくて私は小さく頷いた。その瞬間、視界が揺れ気づいたら地面に倒れていた。
「春咲私たちのこと嫌いなんだ」
上から石川の声が聞こえてきた。石川が私を見下ろして立っていた。
「いいよ。私も、春咲のことが大嫌いだから。だからこれはおあいこだよ」
それが最後の記憶だった。その後、集団リンチされて全く記憶がなかった。気づいた時には、石川と彼女の友達の姿はどこにもなかった。
「うう痛いぃ…」
口からかすれた呻き声が漏れた。私は地面に手をついてなんとか立ち上がった。
朦朧とする意識の中、高橋の顔が浮かんだ。
「屋上…」
私はフラフラと歩いた。一歩踏み出すたびに傷が痛んだけれど、それでも私は歩き続けた。高橋がいる屋上へと。
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