30話
全く可能性のない話というわけではなかった。よく考えてみれば、学校中の誰もが私のことを知っていて、そして私を避けていた。なのに、あの人は違った。避けるどころか、私に近づいて「大丈夫?」って声をかけてくれたのだ。
もちろん、あの時私は俯いていたから、そこにいた人が石川ゆづきだと気づいてなかったかもしれない。でも、その可能性はあまりにも低い。だって私と目が合ったのに、あの人は戸惑った気配なかった。軽蔑や汚いものを見るかのような、見ているだけで不快だと言わんばかりの顔ではなかった。そこにあったのはただ純粋な心配。私のことを心配してくれるそんな表情だった。
私はそのまま後ろに倒れるようにして、ベッドに仰向けになった。布団をかぶって小さく呟いた。
「まさか…本当に、私のこと知らない、とか」
ダメだ。期待しちゃだめ。期待したって、結局裏切られるだけ。
それなのに、胸がどくどくと高鳴っていた。まだ学校に、私のことを知らない人がいるかもしれない、その事実にどうしても心が落ち着かなかった。
「あ、明日もう一度話してみようかな」
もう一度話してみれば、はっきりわかる気がした。
心の奥から、期待がじわじわと湧き上がってきた。こんな感情、本当に久しぶりだった。
「よし、あの人と話してみよう」
そう心に決めて目を瞑った。明日を期待しながら眠りについた。
スマホのアラーム音で目が覚めた。私はすぐにアラームを止めながらぽつりと呟いた。
「学校、行きたくない」
朝からため息が出た。学校ことを考えると人の視線やいじめのことが思い浮かんですごく嫌だった。
「でも行かないと」
私はおもむろにベッドから起き上がってトイレに向かった。
学校は嫌だが、だからって欠席するわけにはいかなかった。特別な理由もなく休めば、きっと理由を聞かれるに決まってるからだった。
私は歯磨きをして、軽く顔をカラってから部屋に戻った。
それでも今日は一つだけ期待していることがあって、いつもよりは気分が良かった。
「あの人に、会えるかな」
何年何組なのかも分からない上に、名前すら分からない。だから会えるかどうかすら未知数で合った。
制服に着替えて鞄を持って階段を降りた。キッチンで母さんが「朝ごはん食べなさい」と言ったけれど、「いい、食べない」と返してそのまま玄関へ向かった。
「行ってきます」
そう言って、私は家を出た。
通学路を歩き、学校の中へ入った。
「今日は無事にある」
下駄箱に、私の上履きは無事にあった。私は靴を履き替えて廊下を歩いた。私が通るたびに、チラチラと向けられる視線を感じた。それだけじゃなく、ヒソヒソと話す声も耳に入ってきた。
最初は結構気になっていたけど、これももう一年だった。今は完全に無視できるほど慣れてしまって私は別に気にせず階段を上がって教室へ向かった。
扉の向こうはガヤガしていた。私とはもう関係な世界の音だった。
私は一度深く息を吐いた。そして扉を開けた。誰にも気づかれないよう、静かに中へ入ろうと足を踏み出したその瞬間、
あれ、なんであの人が教室に?
教室に一歩踏み出した途端、昨日屋上で会ったあの人の顔が真っ先に目に飛び込んできた。




