18話
「じゃ、今日から俺たち恋ーー」
ーー人ってことだよねと言いかけてた刹那、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。
何このタイミング。
よりによってこのタイミングにチャイムが鳴るなんて。ほんと空気読めないチャイムだな。と文句を言っても仕方ないよな。チャイムは自分の役目を果たしただけなんだから。とりあえずチャイムが鳴った以上、クラスに戻らないと。
「じゃあ…今から、私たち付き合うってことでいいの?」
え、春咲さんがそれ聞くの?
思いもよらなかった。俺は驚いて、しばらく彼女をぼんやりと見つめてしまった。
「うん…」
あまりにも驚いてぼんやりと小さく頷いた。すると、春咲さんはニコッと微笑んだ。
「ありがとう。私のために、そこまでしてくれて」
埃だらけの顔だったけど、それでも彼女の笑顔は誰よりも美しかった。
「…はし? 高橋?」
「え? あ、ごめん」
あまりにも美しすぎて、つい見惚れてしまっていた。なんだか照れ臭くなった俺は慌てて立ち上がった。
「じゃあチャイムも鳴ったし、教室に戻ろうか」
「あ、先に戻ってて。私は後で戻るから」
「ん? まあ別にいいけど、どうして」
まさか俺を戻らせてまた自殺を
「ちょっと目が赤くなって。ちょっと落ち着いたら行くよ」
あ、そういうことか。
確かにさっき泣いたせいで、春咲さんの目元は赤くなっていた。
「わかった。じゃ先に行くね」
「うん」
春咲さんは小さく手を振った。俺もそれに応えて手を振って、教室に戻った。
それからは退屈な午後の授業の続きだった。昼休みに色々無理したせいで瞼が重かった。いつからだっけ。先生の声がだんだん子守歌みたいに聞こえはじめ、そのまま眠ってしまった。結局、睡魔との戦いに負けて、気がついた時にはもう下校時間になっていた。
「晴翔、やっと起きたか」
目をこすりながら顔を上げた。すでにほとんどの生徒が帰っていて、教室には空席が多かった。
春咲さんももう帰ったのか。
春咲さんの席も空いていた。
「何してんだ。早く帰ろぞ」
いつの間にか、雄太は鞄を持って隣に立っていた。俺は「わかった」と言い、鞄を持って席を立った。
そうして俺たちは校舎を出て校門へ向かった。体育館の前を通りかかる頃、昼休みに春咲さんがいじめられていた光景が頭をよぎった。
まさか、今も…いや、そんなはずないか。
この時間にまでいじめているとは思えなかった。
でも、なんだろう。この不安。なんかいやな気がするんだが……確認だけしてみよっか。
確認するだけなら、そんなに時間もかからないし、さっさと確かめてこのモヤモヤを消した方がいいと思った。
「雄太」
「なに」
前を歩いていた雄太が振り返った。
「ちょっと確認したいことがあって。行ってきてもいい?」
「なんだ。一緒に行こうぜ」
雄太が俺の方へ戻ってきた。一緒に行くのは計画になかったが、まあいいっか。
そうして俺たちは体育館の脇道へ向かった。
進むにつれて、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
まさか……!
俺は声のする方へ駆け出した。
「おい、いきなりどうしたんだ!」
後ろから雄太の声が聞こえたが、今はそれどころじゃなかった。俺は無視して走り続けた。そうして体育館の裏に辿り着いた俺の目の前に飛び込んできたのは、石川のグループに囲まれている春咲さんの姿だった。
「春咲、昼休みはよくも私を無視したんだな」
石川が春咲さんを鋭く睨みつけた。すぐにも殴りかかりそうな、緊迫した空気だった。
「晴翔いきなりなん…うわっ、なんだあれ。すごくヤバそうだが」
追いついてきた雄太は、この光景にずいぶん驚いたようだった。
その瞬間、石川の手が振り上げられるのが目に入った。
「雄太、ちょっとこれ持っていて」
俺は雄太に鞄を押し付けた。そして春咲さんの前へ歩き出した。
石川の手は勢いよく振り下ろされ、春咲さんの頬を狙っていた。やがて石川の手は頬を叩いてパシッと乾いた音が響いた。だが、叩かれたのは春咲さんの頬じゃなかった。
「マジかぁ」
あそこで驚いた雄太の声が聞こえた。驚いていたのは雄太だけじゃなかった。目の前の石川もそのグループも、戸惑った表情で俺を見ていた。
「高橋大丈夫?」
背後から春咲さんの声が聞こえた。俺はそっと振り返った。春咲さんも驚いたのか、心配そうな顔で俺を見上げていた。
「大丈夫」
俺は淡々と答えた。
本当は漫画みたいに見事に攻撃を止めて格好よく登場するつもりだったのに。タイミングを逃しちゃって俺が春咲さんの代わりに頬を叩かられてしまった。
まあでも、そんなことはどうでもいい。春咲さんが無事なのが最も大事だから。
幸い俺が間に合ったようだ。春咲さんに大きな傷はなさそうだった。それを確認して、俺は改めて石川グループに顔を向けた。突然の俺の登場に、石川のグループはざわついていた。
「誰だよ、あいつ」
「昼休みのやつじゃない?」
「は? お前なんだよ。どけー。私たちは春咲に用事あるんだよ」
「それはできない」
俺はきっぱりと言った。
「は? お前なんなん。お前がこいつの彼氏かよ」
「そう」
俺は迷いなく答えた。すると石川とそのグループの奴らが目を見開いた。
「俺、春咲さんの彼氏だが」
俺は顔を上げて彼女らをまっすぐに見ながら堂々と言った。




